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魔法騎士大演習編 (ファンタジー系)
第30話 魔法騎士大演習 5
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崖道を越え、草が腰辺りまで生える群集地帯を抜け(笹に似た植物だ)、美花達は、ゴール地点のエデン平に到着した。
まだ、明るい。ファウラの予定通り、四日目の昼過ぎには到着した。これで、失格はなくなったが、ここからは戦闘による離脱しかない。
それはそれで、怖かった。
ひとまずは、ここまで登って来れた。美花は涙が出た。涙か汗かは不明だが、自分が塩の塊になった気がしないでもない。
臭いーー。
「まだ、泣くのは早いわよ」
カルディに優しく微笑まれ、美花はさらに泣いてしまった。何度も「荷物を持つ」と言われ、断って。崖から落ちそうになって、引っ張られて。
ーーみんな、良い人すぎる。
「あそこに、アレクセイ殿下がいらっしゃるわ」
エデン平を見下ろす小高い場所に、天幕は立てられていた。立派な柵も付けられ、間違っても落ちないようになっている。
ーーげぇ!
こちらを見て手を振る弟。
なんであんたがいるのよ、と美花は忌々しい気持ちで睨んだ。
「あの方、聖女様かしら?」
「遠くからしか見た事なかったけど、イメージと違うわね」
「眼鏡、してたかしら?」
別人ですよ、美花は、冷静に突っ込んだ。
「皆さん、よく頑張りましたね。ゆっくり休みたいところですが、少々仕掛けをしてから休みましょう」
ファウラ大隊長がのんびりと言った。ふんわりと笑う、戦闘など縁がなさそうな優男だが、最年少で大隊長になっている兵だ。
美花は、首を傾げた。
「ミハナは休んでいていいですよ。他にも休みたい方は遠慮せずに休んで下さい。食べられるなら携帯食を食べて下さい。動ける者で、木の間を紐でしばりましょう」
「引っ掛けるんですか?」
美花はすっとんきょんな声をあげてしまった。
「はい。転ばせます。一番乗りの特権ですよ。気を失ってくれたらありがたいですね」
にこにこと指示を出す。
なんとも言えない顔で見ていた事に気付いたのか、ファウラは美花に話しかけてきた。
「卑怯な手は嫌いですか?」
アレクセイの御前での事を、気にしてくれているのだろう。
美花は慌てて首を振る。
「違うんです。あたし、騎士ってそもそも何なのかよくわかってないし。名誉が何より大事なのかなー、とか」
正直に疑問を口にする美花に、ファウラは笑った。
「そうですよ。名誉は大事です。名誉は、勝たなければ守れません」
美花は、はっとする。
「勝った者は何でも言えます。卑怯な事も正しさに変えれるんです。だから、勝たなければいけない。仲間を守り、国を守る為には、多少汚いこともしますよ」
多少ねーー。ファウラは、片目を瞑って見せた。
「大隊長。落とし穴も掘っちゃいましょうよー」
紐を縛り終えたマッジが、袖を捲りあげてスコップを手にした。
先輩たち元気だなー。
「落とし穴!どうせなら、深いのとか浅いのとか色々作りましょうよ。落ち葉をわざとらしく乗せたりして」
美花は立ち上がった。
「へー、元気だなぁ。新人さんだろ?聖女様の加護でもついてんの?」
優しい人達の中にも嫌味を言う人もいるが、
「そうかもしれませんね!後、気になってる場所もあるんで、話、聞いてください!」
と、美花は笑った。それを見てファウラ大隊長は目を細くして微笑んだ。
それ(聖女様のお仲間)込みで自分だ。
今はねーー!
「走れ!走れ!」
大魔犬の群れに追い立てられ、東堂達は登り坂を全速力で走っていた。
「も、もうダメだ!」
フルッグの速度が落ちていく。
「くそ!交戦すっぞ!」
魔犬より、何倍も大きい大魔犬。
「炎が弱点だよー」
モロフがいうが、東堂は炎の魔法は得意ではない。
「殿下の魔法、使いたいよーー」
泣き言を言いそうになりながら、連発できる火球ファイヤーボールをひたすら撃つ。
「炎天!」
モロフも応戦する。離れたところでは、先頭のトルイストや他の小隊も交戦中。
「エンカウント、多いぜーー」
午前0時に間に合うのか!
「きついって!」
東堂は叫び、剣を抜いて大魔犬の攻撃を受け止めた。
力で押し切り、振りかぶり、斬り裂く。次から次に、大魔犬が東堂を襲う。
「俺が囮になるから、おまえら先に行け!大隊長を助けろ!」
「何言ってんだよ!」
モロフが叫ぶ。
「間に合わなかったら、意味ないだろ!」
大魔犬の鋭い爪と牙の攻撃をかわす。
「!」
東堂は、横に飛ばされた。
尻尾だ。尻尾の攻撃に、飛ばされたのだ。
ーーしっぽってーー。
大魔犬が、爪で斬り裂こうと前足を振り上げた。
裂かれるーー。
「天上の炎!」
トルイストが魔法を出す。
炎が大魔犬の群れを焼く。東堂には盾がかけられていた。
「大丈夫?」
守ってくれたのはモロフだ。
「さっさと立て!」
大隊長トルイストが叫んだ。渋メンがさらに渋く見える。
「うす!」
「皆、エデン平はもうすぐだ。遅れずに付いて来い!」
「はい!」
勝利の余韻には浸らない。大隊長にとっては、当たり前の事なのだろう。
東堂は、溜め息をついた。
「ん?疲れたの?」
モロフが尋ねる。
「いや、不甲斐ない、と思ってよ」
「トードォは新人なのに、ちっとも甘えないんだな」
モロフが不思議そうに聞いた。
「甘えるーかぁー」
馴染がない。ガタイの良さから、頼られる事の方が多かったし、それにーー。
自分など、どうなってもいいーー。
そうも、思っていたーー。
「ミハナ」
肩を揺すられる。
目を覚ますと、カルディが「帯刀」と小さく言った。
美花の事をギリギリまで休ませてくれたのだろう、戦闘は間近だという空気感に身震いする。
回りは暗い。月はある。寝入ってしまった事を恥ずかしく思いながら気を引き締めた。
戦闘が始まる。遠くから集団が近づいてくる圧を感じる。
唾を呑み込んで、美花は剣を構える。
「味方と敵は間違えないように。背後にも気をつけて。でも、無理はしないで」
紐は至る所に付けられていた。もちろん、美花の後ろの木々にも、
「うわっ、なんじゃこりゃー!」
聞き馴染んだ声が聞こえた。
「モロフ!フルッグ!みんな止まれ!」
東堂の怒号に、止まった者もいたが、大概の者がつんのめっている。そこに美花達は集めた石を一斉に投げた。
「痛い!痛い!頭に当たってるぞ!」
「剣じゃなきゃいいみたいよー。確認済みー」
「おいおいおいー!致命傷になるって!」
剣で跳ね飛ばしながら東堂は近付いてくる。
すぐに、石も無くなる。
だが、魔導師が現れ数名が宙に浮く。
「ジャスチン!ビールバー!ケビニン!コール!」
東堂が、悲しそうに友の名を呼んだ。
「お前たちの事、忘れねぇぜ!」
「死んでないからね!」
モロフが突っ込んだ。
「さっさと、この暴れ鬼女を退治すんぞ」
ひどい通り名を付けたものだ。兵馬が鬼女なんて言うから。
「向こう側から師団長のチームが来てる。おまえらのチーム挟まれてるけど、大丈夫ー?」
何て嫌みな奴だろう。こいつは絶対騎士じゃない。聖女の証も間違えるときがあるのだろう。
「そっちこそ、あたしらの人数が少ないのわかんないかなー?」
そう、美花達は数人しかこの場にいないのだ。
反対側からも他のチームが上がってきているが、交戦する騎士がいない事に戸惑っている。おまけに仲間が転けたり、落とし穴に躓いたり、はまるのが嫌なのか進めなかったりで、混乱状態だ。
美花達は、中央へと敵を誘い込んだ。
距離を詰められて、背後からも敵が押し寄せてくる。
ーーどうする気だ?ファウラはこいつらをエサにして、トルイストとパボンを相討ちさせる気か?
だとしたら、ファウラと言う男は卑怯極まりない。
他の騎士はどこに隠れている?まさか、森の中で潜んでいるのか?次は自分達が背後を取られるのか。
周囲を見渡しても、隠れる場所はない。
東堂は眉を顰めた。
トルイストとパボンも同じ事を考えていた。
何を、仕掛けるんだ、あの男はーー。
東堂は、思案を巡らせながら近付いた為に、美花達の足元にある物に気付くのが遅くなった。
美花達は、二人一組になってしゃがみ、足元に置いた鉄の大盾に隠れる。
盾を向けた方向は、アレクセイの天幕だ。
「やべー!」
意識外だった。
トルイストもパボンも、目を剥いた。
アレクセイの天幕の左右、小高い丘にファウラ隊は弓を構えていた。月明かりを背に、こちらに気取られぬように。
「放て!」
矢の雨に、魔法騎士達は、驚愕した。
そんな所に、いるなんてーー!
次々と放たれる矢に身体を射抜かれて、騎士が離脱していく。
「ちっ!」
剣で払うも追いつかず、東堂の肩に矢は刺さった。
「いってぇぇ!」
まだまだ!と、踏ん張ろうとしたそのとき、静かな声が響いた。
「そこまで。ファウラの勝ちだ」
士長アンダーソニーが宣言した。
残った者は、その場に座り込んだ。魔導師が離脱を確認しに行く。
東堂の所にも来たのだが、「平気っす」と、追い返した。
「大丈夫ー?」
美花の心配顔が、目の前にあった。
「なんだよ、その盾。担いできたのか?」
にんまりと美花は、笑う。
「初心者特典で、作ってもらったの。琉生斗のカレー用の鍋が盾になっちゃった」
東堂は目を丸くした。
「おまえ、そういう贔屓、嫌いだろ?」
「うん。そうね。あっ、靴ありがとう。ホント足が楽になった。あたしが履いてた靴、良く知ってたわね」
「そりゃ、あいつに設計図描かせたからな」
ーーいろいろすごい弟だ。
仮眠を取る前に、美花はアレクセイとの謁見を、ファウラに頼んだ。自分で聞くのは、ファウラの立場を無いものにする、そう思ったからだ。
ファウラは快く、アレクセイの元へ行き、頷いた彼は、わざわざ美花の隣に降り立ってくれた。
全員、その場に片膝をついて頭を垂れた。
「よい。頭をあげよ。何か用か?ミハナ」
「殿下、殿下の天幕の左右の丘、空いてますけど、使用して大丈夫ですか?」
ダメだろう。カルディは冷や汗がでた。マッジも他の騎士も自分の首が斬り落とされるのを覚悟した。
「ここの地形は使用する為にある。どこを使ってもよいと説明したはずだ」
「殿下、不敬に当たります」
ファウラが、口を挟んだ。
「私ならばよい。それで早く決着がつくのも、手だ」
アレクセイの言葉に、美花は頭を下げた。
「あのー、もう一つお願いがあるんですがー」
ファウラが目を開いた。何という胆力!アレクセイ殿下の圧倒的オーラの前で、軽々しく話すことができるとは。
さすがに、聖女様のお仲間は違うーー。
「何だ?」
「初心者特典、使ってもいいですかー?」
「んで、盾作ってもらったのか。矢が来たとき、自分達を守る為の」
東堂はひっくり返った。確かに殿下の近くには敵はいないと思った。あの場の誰もが思っただろう。
「しかも、弓かよ。騎士だぜ、弓はないだろ」
「そうみたいね。みんな、弓矢は持ってたんだけど、普段使わないみたいね」
「卑怯者。そこまでして、生き延びたかったのかよ」
吐き捨てるように東堂は言った。美花の目が開かれる。
「……生きたいに決まってんでしょ。あんたは死にたいの?」
美花の言葉に、東堂は顔を隠した。
「……死にてぇー。死にてぇーよ……」
ーーなんで。
今まで、そんな事言わなかったじゃないー。
「わぁぁー!」
「ひゃあぁぁぁ!」
近くにいたモロフとフルッグから、悲鳴があがった。
美花は彼らが見ているモノの方向に目を向けた。
森の中からたゆ立つように、ゆらゆら広がっていくものーー。
腰の力が抜ける。
後退る。
「ひっ!」
「ミハナ、目を閉じて!」
カルディに強引に目を塞がれる。しかし、一瞬視界に入ったモノに、恐怖心で狂いそうになっている。
「魔蝕だ!結界を張れ!」
動ける魔法騎士達が結界を張る。
まだ、明るい。ファウラの予定通り、四日目の昼過ぎには到着した。これで、失格はなくなったが、ここからは戦闘による離脱しかない。
それはそれで、怖かった。
ひとまずは、ここまで登って来れた。美花は涙が出た。涙か汗かは不明だが、自分が塩の塊になった気がしないでもない。
臭いーー。
「まだ、泣くのは早いわよ」
カルディに優しく微笑まれ、美花はさらに泣いてしまった。何度も「荷物を持つ」と言われ、断って。崖から落ちそうになって、引っ張られて。
ーーみんな、良い人すぎる。
「あそこに、アレクセイ殿下がいらっしゃるわ」
エデン平を見下ろす小高い場所に、天幕は立てられていた。立派な柵も付けられ、間違っても落ちないようになっている。
ーーげぇ!
こちらを見て手を振る弟。
なんであんたがいるのよ、と美花は忌々しい気持ちで睨んだ。
「あの方、聖女様かしら?」
「遠くからしか見た事なかったけど、イメージと違うわね」
「眼鏡、してたかしら?」
別人ですよ、美花は、冷静に突っ込んだ。
「皆さん、よく頑張りましたね。ゆっくり休みたいところですが、少々仕掛けをしてから休みましょう」
ファウラ大隊長がのんびりと言った。ふんわりと笑う、戦闘など縁がなさそうな優男だが、最年少で大隊長になっている兵だ。
美花は、首を傾げた。
「ミハナは休んでいていいですよ。他にも休みたい方は遠慮せずに休んで下さい。食べられるなら携帯食を食べて下さい。動ける者で、木の間を紐でしばりましょう」
「引っ掛けるんですか?」
美花はすっとんきょんな声をあげてしまった。
「はい。転ばせます。一番乗りの特権ですよ。気を失ってくれたらありがたいですね」
にこにこと指示を出す。
なんとも言えない顔で見ていた事に気付いたのか、ファウラは美花に話しかけてきた。
「卑怯な手は嫌いですか?」
アレクセイの御前での事を、気にしてくれているのだろう。
美花は慌てて首を振る。
「違うんです。あたし、騎士ってそもそも何なのかよくわかってないし。名誉が何より大事なのかなー、とか」
正直に疑問を口にする美花に、ファウラは笑った。
「そうですよ。名誉は大事です。名誉は、勝たなければ守れません」
美花は、はっとする。
「勝った者は何でも言えます。卑怯な事も正しさに変えれるんです。だから、勝たなければいけない。仲間を守り、国を守る為には、多少汚いこともしますよ」
多少ねーー。ファウラは、片目を瞑って見せた。
「大隊長。落とし穴も掘っちゃいましょうよー」
紐を縛り終えたマッジが、袖を捲りあげてスコップを手にした。
先輩たち元気だなー。
「落とし穴!どうせなら、深いのとか浅いのとか色々作りましょうよ。落ち葉をわざとらしく乗せたりして」
美花は立ち上がった。
「へー、元気だなぁ。新人さんだろ?聖女様の加護でもついてんの?」
優しい人達の中にも嫌味を言う人もいるが、
「そうかもしれませんね!後、気になってる場所もあるんで、話、聞いてください!」
と、美花は笑った。それを見てファウラ大隊長は目を細くして微笑んだ。
それ(聖女様のお仲間)込みで自分だ。
今はねーー!
「走れ!走れ!」
大魔犬の群れに追い立てられ、東堂達は登り坂を全速力で走っていた。
「も、もうダメだ!」
フルッグの速度が落ちていく。
「くそ!交戦すっぞ!」
魔犬より、何倍も大きい大魔犬。
「炎が弱点だよー」
モロフがいうが、東堂は炎の魔法は得意ではない。
「殿下の魔法、使いたいよーー」
泣き言を言いそうになりながら、連発できる火球ファイヤーボールをひたすら撃つ。
「炎天!」
モロフも応戦する。離れたところでは、先頭のトルイストや他の小隊も交戦中。
「エンカウント、多いぜーー」
午前0時に間に合うのか!
「きついって!」
東堂は叫び、剣を抜いて大魔犬の攻撃を受け止めた。
力で押し切り、振りかぶり、斬り裂く。次から次に、大魔犬が東堂を襲う。
「俺が囮になるから、おまえら先に行け!大隊長を助けろ!」
「何言ってんだよ!」
モロフが叫ぶ。
「間に合わなかったら、意味ないだろ!」
大魔犬の鋭い爪と牙の攻撃をかわす。
「!」
東堂は、横に飛ばされた。
尻尾だ。尻尾の攻撃に、飛ばされたのだ。
ーーしっぽってーー。
大魔犬が、爪で斬り裂こうと前足を振り上げた。
裂かれるーー。
「天上の炎!」
トルイストが魔法を出す。
炎が大魔犬の群れを焼く。東堂には盾がかけられていた。
「大丈夫?」
守ってくれたのはモロフだ。
「さっさと立て!」
大隊長トルイストが叫んだ。渋メンがさらに渋く見える。
「うす!」
「皆、エデン平はもうすぐだ。遅れずに付いて来い!」
「はい!」
勝利の余韻には浸らない。大隊長にとっては、当たり前の事なのだろう。
東堂は、溜め息をついた。
「ん?疲れたの?」
モロフが尋ねる。
「いや、不甲斐ない、と思ってよ」
「トードォは新人なのに、ちっとも甘えないんだな」
モロフが不思議そうに聞いた。
「甘えるーかぁー」
馴染がない。ガタイの良さから、頼られる事の方が多かったし、それにーー。
自分など、どうなってもいいーー。
そうも、思っていたーー。
「ミハナ」
肩を揺すられる。
目を覚ますと、カルディが「帯刀」と小さく言った。
美花の事をギリギリまで休ませてくれたのだろう、戦闘は間近だという空気感に身震いする。
回りは暗い。月はある。寝入ってしまった事を恥ずかしく思いながら気を引き締めた。
戦闘が始まる。遠くから集団が近づいてくる圧を感じる。
唾を呑み込んで、美花は剣を構える。
「味方と敵は間違えないように。背後にも気をつけて。でも、無理はしないで」
紐は至る所に付けられていた。もちろん、美花の後ろの木々にも、
「うわっ、なんじゃこりゃー!」
聞き馴染んだ声が聞こえた。
「モロフ!フルッグ!みんな止まれ!」
東堂の怒号に、止まった者もいたが、大概の者がつんのめっている。そこに美花達は集めた石を一斉に投げた。
「痛い!痛い!頭に当たってるぞ!」
「剣じゃなきゃいいみたいよー。確認済みー」
「おいおいおいー!致命傷になるって!」
剣で跳ね飛ばしながら東堂は近付いてくる。
すぐに、石も無くなる。
だが、魔導師が現れ数名が宙に浮く。
「ジャスチン!ビールバー!ケビニン!コール!」
東堂が、悲しそうに友の名を呼んだ。
「お前たちの事、忘れねぇぜ!」
「死んでないからね!」
モロフが突っ込んだ。
「さっさと、この暴れ鬼女を退治すんぞ」
ひどい通り名を付けたものだ。兵馬が鬼女なんて言うから。
「向こう側から師団長のチームが来てる。おまえらのチーム挟まれてるけど、大丈夫ー?」
何て嫌みな奴だろう。こいつは絶対騎士じゃない。聖女の証も間違えるときがあるのだろう。
「そっちこそ、あたしらの人数が少ないのわかんないかなー?」
そう、美花達は数人しかこの場にいないのだ。
反対側からも他のチームが上がってきているが、交戦する騎士がいない事に戸惑っている。おまけに仲間が転けたり、落とし穴に躓いたり、はまるのが嫌なのか進めなかったりで、混乱状態だ。
美花達は、中央へと敵を誘い込んだ。
距離を詰められて、背後からも敵が押し寄せてくる。
ーーどうする気だ?ファウラはこいつらをエサにして、トルイストとパボンを相討ちさせる気か?
だとしたら、ファウラと言う男は卑怯極まりない。
他の騎士はどこに隠れている?まさか、森の中で潜んでいるのか?次は自分達が背後を取られるのか。
周囲を見渡しても、隠れる場所はない。
東堂は眉を顰めた。
トルイストとパボンも同じ事を考えていた。
何を、仕掛けるんだ、あの男はーー。
東堂は、思案を巡らせながら近付いた為に、美花達の足元にある物に気付くのが遅くなった。
美花達は、二人一組になってしゃがみ、足元に置いた鉄の大盾に隠れる。
盾を向けた方向は、アレクセイの天幕だ。
「やべー!」
意識外だった。
トルイストもパボンも、目を剥いた。
アレクセイの天幕の左右、小高い丘にファウラ隊は弓を構えていた。月明かりを背に、こちらに気取られぬように。
「放て!」
矢の雨に、魔法騎士達は、驚愕した。
そんな所に、いるなんてーー!
次々と放たれる矢に身体を射抜かれて、騎士が離脱していく。
「ちっ!」
剣で払うも追いつかず、東堂の肩に矢は刺さった。
「いってぇぇ!」
まだまだ!と、踏ん張ろうとしたそのとき、静かな声が響いた。
「そこまで。ファウラの勝ちだ」
士長アンダーソニーが宣言した。
残った者は、その場に座り込んだ。魔導師が離脱を確認しに行く。
東堂の所にも来たのだが、「平気っす」と、追い返した。
「大丈夫ー?」
美花の心配顔が、目の前にあった。
「なんだよ、その盾。担いできたのか?」
にんまりと美花は、笑う。
「初心者特典で、作ってもらったの。琉生斗のカレー用の鍋が盾になっちゃった」
東堂は目を丸くした。
「おまえ、そういう贔屓、嫌いだろ?」
「うん。そうね。あっ、靴ありがとう。ホント足が楽になった。あたしが履いてた靴、良く知ってたわね」
「そりゃ、あいつに設計図描かせたからな」
ーーいろいろすごい弟だ。
仮眠を取る前に、美花はアレクセイとの謁見を、ファウラに頼んだ。自分で聞くのは、ファウラの立場を無いものにする、そう思ったからだ。
ファウラは快く、アレクセイの元へ行き、頷いた彼は、わざわざ美花の隣に降り立ってくれた。
全員、その場に片膝をついて頭を垂れた。
「よい。頭をあげよ。何か用か?ミハナ」
「殿下、殿下の天幕の左右の丘、空いてますけど、使用して大丈夫ですか?」
ダメだろう。カルディは冷や汗がでた。マッジも他の騎士も自分の首が斬り落とされるのを覚悟した。
「ここの地形は使用する為にある。どこを使ってもよいと説明したはずだ」
「殿下、不敬に当たります」
ファウラが、口を挟んだ。
「私ならばよい。それで早く決着がつくのも、手だ」
アレクセイの言葉に、美花は頭を下げた。
「あのー、もう一つお願いがあるんですがー」
ファウラが目を開いた。何という胆力!アレクセイ殿下の圧倒的オーラの前で、軽々しく話すことができるとは。
さすがに、聖女様のお仲間は違うーー。
「何だ?」
「初心者特典、使ってもいいですかー?」
「んで、盾作ってもらったのか。矢が来たとき、自分達を守る為の」
東堂はひっくり返った。確かに殿下の近くには敵はいないと思った。あの場の誰もが思っただろう。
「しかも、弓かよ。騎士だぜ、弓はないだろ」
「そうみたいね。みんな、弓矢は持ってたんだけど、普段使わないみたいね」
「卑怯者。そこまでして、生き延びたかったのかよ」
吐き捨てるように東堂は言った。美花の目が開かれる。
「……生きたいに決まってんでしょ。あんたは死にたいの?」
美花の言葉に、東堂は顔を隠した。
「……死にてぇー。死にてぇーよ……」
ーーなんで。
今まで、そんな事言わなかったじゃないー。
「わぁぁー!」
「ひゃあぁぁぁ!」
近くにいたモロフとフルッグから、悲鳴があがった。
美花は彼らが見ているモノの方向に目を向けた。
森の中からたゆ立つように、ゆらゆら広がっていくものーー。
腰の力が抜ける。
後退る。
「ひっ!」
「ミハナ、目を閉じて!」
カルディに強引に目を塞がれる。しかし、一瞬視界に入ったモノに、恐怖心で狂いそうになっている。
「魔蝕だ!結界を張れ!」
動ける魔法騎士達が結界を張る。
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嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
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