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第2話 ルベリーには感謝しかない
しおりを挟む「ねえ、お母さま、ん。今日って何年?」
病気になって以来、ルベリーは変だ。医師は後遺症と言うが本当にそうなのか。
まあ、いいわ。玉の輿にさえなってくれたら。
「ポラリス歴846年よ」
ルベリーは顔を顰めた。その表情にマリガはおぼえがなかった。たが、特に気にしないようにした。
|(おかしいわ。わたしが死んだ年じゃない。あれから数週間しか経ってないなんてー。本物のルベリーはどうしたの?)
どんなにがんばってもルベリーの記憶がないはずだ。死んで三週間で他人になったのだからー。
|(まあ、考えても仕方ないわね)
「お母さん、王太子様の婚約者ってー」
「あんた、いくらなんでもそこは無理でしょ」
「いや、そういう意味じゃーー」
「最近、公爵の娘が亡くなったから、伯爵のアメリって娘になったのよ」
ルベリーは目を見張った。
|(わたしの他にも公爵家の娘はいるのに、伯爵家からなんてー)
そこまで考えて、ルベリーは首を振った。
|(わたしはわたしの人生を謳歌するのよ!憧れの魔法学院で!)
カリナンなんか、もう会うこともないのだしー。平凡な魔法学院生活をエンジョイするわ。
毎日のように玉の輿玉の輿という母親を持て余しながら、ルベリーは支度をして、魔法学院に旅立った。
ルベリーも、大変だっただろう、と同情した。
バロッコ魔法学院は庶民の為の由緒正しき魔法学院である。ルベリーがいるパンサーナ大陸において、庶民が魔法を使うことは、とてもレアケースなことだ。
入学できるということは、本当に名誉なことなのだ。
ルベライトは18歳だったので、16歳からやり直すことになるのだがー。
「わあぁ、カッコいい……」
外観が黒で統一された学院は、まるで黒いパウンドケーキのようだった。しっかり長方形。
窓ガラスも黒いが、中から見たらちゃんと外が見えた。内装は黒だが、モダン的で最先端の流行を取り入れているようだった。おしゃれすぎて魔法使いっぽくはないわねー、とルベリーは思う。
「はい。ルベリー・アルードさん。女子寮の貴女の部屋はねー」
管理人室により、寮の入寮証明書と鍵を受け取る。大部屋|(星の間)と書かれた鍵だ。
どんな人と一緒になるのかしらー、ルベリーはドキドキがとまらなかった。
「え?」
見間違いだろうかー。ルベリーは目を擦る。さっき男子寮の前を通った。素晴らしい屋敷だった。
なのにー。
「ぼ、ぼろ、違った、ずいぶんと古風ですわね」
引きつりそうな頬を撫で、ルベリーは傾いたドアを開けた。
バキっ。
「えー!」
「あら、壊した。直しておいてね」
中にいたクールな美人が笑う。
「えー!」
「もとから壊れてたじゃん。ごめんねー、新入生でしょ?あたしは寮長のミツカ。こっちは副寮長のシーラ。よろしくね」
明るい笑顔が素敵なミツカ先輩と、クールな美人シーラ先輩ね、ルベリーは頭を下げた。
「ルベリー・アルードです。よろしくお願いいたします」
「はい」
「床抜けるけど気をつけて」
ミツカに言われてルベリーは尋ねる。
「直さないんですか?」
「そう。あたしらが入寮したときからずっとこの状態」
「男子寮はきれいなのに?」
「そうなの。学院、男子寮、と改修して、資金が尽きたんですって。いま貯めてるところなんでしょ」
大人の事情に、はー、と息をつく。
「それに、女子は少ないから、あまり真剣に考えてもらえないの。あらゴキブリ」
ルベリーはシーラが指差したところにいたゴキブリを靴で踏んでしまった。
「ぎゃああああああぁぁぁ!」
「あら、元気な新入生」
「靴洗いなよ」
「部屋も、年季がはいってますね」
「由緒正しいって、そういうことよ」
本当だ。古いとあちこち手を入れなきゃならなくなるが、お金がないと直せない。
「古けりゃいいんじゃないんですね」
「お金が大事よ」
シーラが邪悪な顔で微笑んだ。
「他は誰がいるんです?」
「エンジェ!」
ミツカが大きな声を出した。
「はぁいー」
遠くから声が聞こえてくる。
「呼びましたか?」
ルベリーは目を見開いた。
「お、男の子?」
蒼い目をした栗色の髪の少年なのだ。
「残念。女の子よ。もったいないわよねー、これだけカッコいいのに」
シーラは心底がっかりしたように言った。
「あっ、ごめんなさい」
ルベリーは謝った。容姿の事を言うなんてー、なんて失礼な事をー。
「いいよ。好きでこの格好してるから」
エンジェに明るく言われ、ルベリーは安堵した。
「よろしくね、えーと…」
「ルベリーです。何年生ですか?」
「一年、一緒だね」
「ほんと!同じ学年なの!?ほんとによろしくお願いします!」
ちなみに、ミツカとシーラは二年生で、三年生は寮を出たらしい。
「他には誰が?」
「残念ながら」
ミツカは手を振った。
「学院の近くに部屋を借りてる人もいるけど、新入生百人の中で、女子なんか十人しかいないじゃん?」
「あ、ほんとですね」
「だから、住まないの、まともな女子は」
ミツカとシーラは声をあげて笑った。
「ーーそっか」
エンジェは心配そうにルベリーを見た。
「大丈夫?ルベリー?」
尋ねられ、ルベリーは声を張り上げた。
「住めば都だし、がんばります!」
伸び伸び暮らせそうだし、いいじゃない。
入学式の日にいきなりテストだった。
魔法の使い方、魔法学のテストだったのだが、ルベライトのときの記憶がとてもありがたく、スラスラ解けた。しかし、ルベリーはしばし考える。
|(目立っちゃだめよね。平均って、70点ぐらいかしら?)
答えを消していく。計算すると72点になった、丁度いいだろう。
「難しかったね。ルベリーはできた?」
ありがたいことに同じクラスになったエンジェが問う。
「ほんとにー。最後がわからなかったわ」
「たしかにー」
と、隣りの男子が口を挟んできた。
|(やだ、普通っぽい!)
「オレ、ジークフリー。ジークって呼んでな」
赤毛の少年が挨拶をしてくれた。
|(なんてときめく展開なの。ルベリーありがとう!)
普通に接してくれる事がどれだけありがたいかー。無視、嫌がらせ、誹謗中傷を受け続けてきたルベライトには、クラスメイトの普通の対応が嬉しくて仕方ない。
「うん。よろしく!わたしはルベリー、こっちのイケメン女子はエンジェよ」
「あぁ、すごいイケメン女子だな」
ジークフリーが真顔で、負けた、と言った。エンジェはおかしそうに笑う。
他のクラスメイトとも、たくさん話をした。
十二歳でカリナンの婚約者になった。八歳も上なのに、何でお姉様じゃないの?とごねたものだ。姉の方が歳が近かったのにー。
それからは地獄のはじまりだ。嫉妬にまみれた友達の嫌がらせやいじめ。メイド達までが自分を嫌い世話をしなくなった。
カリナンの前で身に覚えの無い悪行を晒され、学院を何度も変えた。貴族の学院は、あそこが最後だった。
殺されるなんてねー。そうまでして王太子と婚約したいとは、敵ながらあっぱれだわ。カリナンのどこがいいのか、わたしにはわからないけど。
もはや、恨みはない。
ルベリーには悪いが、第二の人生を楽しくやらないとーー。
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