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衛兵も気付いていなかったようで、彼は慌てて頭を下げ始めた。イオリもピシッとした姿勢で頭を下げた。それを見たダニーは見様見真似でイオリのように頭を下げて、レイヴもそれを見てぐにゃっと頭を下げた。
ならばと私も頭を下げようとしたその時、彼女の白く細い手が私のおでこに当てられて、ぐいっと押し戻された。……頭を下げられなかった。
「そういった振る舞いは必要ありません。今は。」
彼女のバイオレット色の瞳が私を冷たく睨んでいる。いや、通常の視線かもしれないけど。そして美人だ。シードロヴァにそっくり。
私は話しかけた。
「イ、イルザ様、来ました。灯の雪原から、きました。」
「アリシアですね。これからよろしくお願い申し上げます。あなたのおでこはやはり冷たいですね。幽霊を実際に肉眼で捉えたのは初めての経験です。触覚で確認したいのですが、構いませんか?」
「え?イルザ様触覚あるの?」
するとイオリが私の肩に手を置いた。
「彼女が触りたいと言っているだけだ。虫のような触覚が彼女にあるわけではない……。」
ああ、そうなのね……。私は苦笑いして彼女を再び見た。彼女はクスリと笑うこともせず、手のひらをこちらに向けて、スタンバイしている。
何だか仕草がロボットみたいだった。私はそんな彼女に、「どうぞ」と言った。すると彼女は恐る恐る、私の頬に手を添えた。
そんな彼女でも、私より随分と温かかった。彼女の手から伝わる熱を感じて、生命の差を感じた。
「本当に、冷たい。これが幽体なのですね。」
「イルザ様、」イオリが彼女の隣に移動して、話しかけた。「申し訳ございません、我々には時間が。本社から緊急信号が出ておりましたが、今はどのような状況ですか?」
イルザ様が私の頬に手を当てたまま、答えた。
「イオリのノアフォンを、後で拝借します。正式のノアズのIDを差し込み、我々の情報が共有出来る様に致します。緊急信号はノアズのシステムが勝手に行ったことです。この辺りに、街の警備システムを潜り抜けたボードン兵が数人いるようです。彼らがノアズ本社の近くにいることから、警報が出ました。」
「そ、それはいけない!イルザ様、一時も近衛兵から離れてはなりません!」
「彼らは接近出来ても、本社内部へ侵入する事は出来ません。所謂、結界があります。それに相手の正体は判明しております。カタリーナ・シードロヴァです。彼女が接近しています。」
私は聞いた。
「ラズベリーが狙ってるの?イルザ様のこと。」
イルザ様は私を見た。まだ頬には手が添えられてる。
「ええ。彼女で間違いありません。彼女は兄の死後、財産を受け取る為に婚姻を継続しました。彼女は今も私の家族ですから、システムの範囲外となります。彼女だからこそ、接近出来ている。しかしノアズ本社は、特別な結界があります。故に、私はここから出られない、のかもしれません。」
「出られる訳がありません。」イオリが言った。「ここから出れば誰が狙ってくるか。今はここで待機すべきです。」
「……。」
イルザ様は私の頬から手を離した。そして何故かレイヴを見た。
「あなたがイオリの弟ですか?」
「そうだけど?」
「あなたに渡したいものがあります。」
と、だけ言って、彼女がくるりと身体を回転させて、歩き始めた。その歩き方もどこかロボットぽかった。姿勢がとてもいいし。
我々は彼女について行った。廊下を曲がり、ずっと歩いていくと、別に何の変哲もない普通の扉に、イルザ・シードロヴァというプレートがつけられていた。
シンプルなクイーンの執務室だった。彼女がドアを開けて中に入った。イオリのオフィスと同様、壁が一面窓になっていて、そこからは中庭が見えた。遥か向こうには正門があるけど、見渡す限り誰一人いない。
でも門の外には数人の衛兵が銃を持って立っている。かなり米粒のような大きさなので、つい目を細めて凝らした。
部屋の中に視線を戻すと、白い大きな机が一つあった。他にはソファも何もない、本棚もない部屋だった。机にはPCがあって、彼女はその机の引き出しから、謎の小瓶を取り出した。
それを窓から景色を眺めていたレイヴに近寄り、差し出した。レイヴは受け取り、瓶の中身を怪訝な顔をして見つめた。
「あ、ありがとうございますけれど、クイーン様。何これでしょうか?」
「あなたの敬語はゴミ以下です。」
……すごいどこかで聞いたことあるそれ。私は笑いそうになった。でもイオリもそうだったみたいで、彼はゲフンと咳払いをした。
そしてイルザ様が言った。
「あの事故の後、暫くしてから発見したのですが、これは兄からあなたへのプレゼントのようです。」
「え!?シードロヴァが……じゃねーや!あなた様の兄君様から、俺に!?」
「ええ、もう少し普通にお話し出来ませんか?」
「え!?無理ですね!だって普通にって言ったら、こうなっちゃいますですからね!えーこれ毒じゃねえの!?」
「毒ではありません。どのような作用があるのか、詳しくは私も存じ上げておりませんが、用法を伝えます。瓶には三つ錠剤が入っております。一つはあなたが、もう一つはアリシア、そしてもう一つはイオリ。それで完成だと兄が。」
私は彼女に聞いた。
「飲んだらどうなるの?」
イルザ様は私を見た。
「さあ。私はそれがどのように作用するのか、存じ上げておりません。毒ではないようですから飲んでおいてください。その間にイオリのノアフォンのIDを復活させます。」
毒じゃないのなら美味しそうな見た目をしているし、私は早速飲んだ。ついでに毒味の気持ちでポイッと口に入れたのだ。私はもう死んでるから。
小さい丸いタブレットで、口の中に入れるとパイナップルの味と何か錆びたような金属の味がした。でも飴じゃないみたいで、それは口の中ですっと溶けてどっかに行ってしまった。
「パイン味の新食感の飴だ。最初は飴だけど、そのうちわたあめにみたいになってシュッと消える感じ。」
「へー」と、レイヴが口に放り込んだのを見たイオリも、口に放り込んだ。二人とも「確かに」と呟いて、味を確かめていた。
「美味しいですか?」
イルザ様がイオリのノアフォンを操作しながら我々に聞いたその時だった。私はノアズの正門のところに誰かがいるのを発見した。イオリからスナイパーを奪って、そのスコープで門のところを見た。
バイカーっぽいレザージャケットを羽織ったモヒカンのおじいさんと女性がいる。ポニーテールで、赤土色のカーディガンを羽織った、綺麗な女性だった。
でも気になった。彼女は市民っぽい格好をしているけど、首まで筋肉の筋が浮き出るほどに鍛えられた肉体をしている。体のラインは細いけど、明らかに兵士だった。
ならばと私も頭を下げようとしたその時、彼女の白く細い手が私のおでこに当てられて、ぐいっと押し戻された。……頭を下げられなかった。
「そういった振る舞いは必要ありません。今は。」
彼女のバイオレット色の瞳が私を冷たく睨んでいる。いや、通常の視線かもしれないけど。そして美人だ。シードロヴァにそっくり。
私は話しかけた。
「イ、イルザ様、来ました。灯の雪原から、きました。」
「アリシアですね。これからよろしくお願い申し上げます。あなたのおでこはやはり冷たいですね。幽霊を実際に肉眼で捉えたのは初めての経験です。触覚で確認したいのですが、構いませんか?」
「え?イルザ様触覚あるの?」
するとイオリが私の肩に手を置いた。
「彼女が触りたいと言っているだけだ。虫のような触覚が彼女にあるわけではない……。」
ああ、そうなのね……。私は苦笑いして彼女を再び見た。彼女はクスリと笑うこともせず、手のひらをこちらに向けて、スタンバイしている。
何だか仕草がロボットみたいだった。私はそんな彼女に、「どうぞ」と言った。すると彼女は恐る恐る、私の頬に手を添えた。
そんな彼女でも、私より随分と温かかった。彼女の手から伝わる熱を感じて、生命の差を感じた。
「本当に、冷たい。これが幽体なのですね。」
「イルザ様、」イオリが彼女の隣に移動して、話しかけた。「申し訳ございません、我々には時間が。本社から緊急信号が出ておりましたが、今はどのような状況ですか?」
イルザ様が私の頬に手を当てたまま、答えた。
「イオリのノアフォンを、後で拝借します。正式のノアズのIDを差し込み、我々の情報が共有出来る様に致します。緊急信号はノアズのシステムが勝手に行ったことです。この辺りに、街の警備システムを潜り抜けたボードン兵が数人いるようです。彼らがノアズ本社の近くにいることから、警報が出ました。」
「そ、それはいけない!イルザ様、一時も近衛兵から離れてはなりません!」
「彼らは接近出来ても、本社内部へ侵入する事は出来ません。所謂、結界があります。それに相手の正体は判明しております。カタリーナ・シードロヴァです。彼女が接近しています。」
私は聞いた。
「ラズベリーが狙ってるの?イルザ様のこと。」
イルザ様は私を見た。まだ頬には手が添えられてる。
「ええ。彼女で間違いありません。彼女は兄の死後、財産を受け取る為に婚姻を継続しました。彼女は今も私の家族ですから、システムの範囲外となります。彼女だからこそ、接近出来ている。しかしノアズ本社は、特別な結界があります。故に、私はここから出られない、のかもしれません。」
「出られる訳がありません。」イオリが言った。「ここから出れば誰が狙ってくるか。今はここで待機すべきです。」
「……。」
イルザ様は私の頬から手を離した。そして何故かレイヴを見た。
「あなたがイオリの弟ですか?」
「そうだけど?」
「あなたに渡したいものがあります。」
と、だけ言って、彼女がくるりと身体を回転させて、歩き始めた。その歩き方もどこかロボットぽかった。姿勢がとてもいいし。
我々は彼女について行った。廊下を曲がり、ずっと歩いていくと、別に何の変哲もない普通の扉に、イルザ・シードロヴァというプレートがつけられていた。
シンプルなクイーンの執務室だった。彼女がドアを開けて中に入った。イオリのオフィスと同様、壁が一面窓になっていて、そこからは中庭が見えた。遥か向こうには正門があるけど、見渡す限り誰一人いない。
でも門の外には数人の衛兵が銃を持って立っている。かなり米粒のような大きさなので、つい目を細めて凝らした。
部屋の中に視線を戻すと、白い大きな机が一つあった。他にはソファも何もない、本棚もない部屋だった。机にはPCがあって、彼女はその机の引き出しから、謎の小瓶を取り出した。
それを窓から景色を眺めていたレイヴに近寄り、差し出した。レイヴは受け取り、瓶の中身を怪訝な顔をして見つめた。
「あ、ありがとうございますけれど、クイーン様。何これでしょうか?」
「あなたの敬語はゴミ以下です。」
……すごいどこかで聞いたことあるそれ。私は笑いそうになった。でもイオリもそうだったみたいで、彼はゲフンと咳払いをした。
そしてイルザ様が言った。
「あの事故の後、暫くしてから発見したのですが、これは兄からあなたへのプレゼントのようです。」
「え!?シードロヴァが……じゃねーや!あなた様の兄君様から、俺に!?」
「ええ、もう少し普通にお話し出来ませんか?」
「え!?無理ですね!だって普通にって言ったら、こうなっちゃいますですからね!えーこれ毒じゃねえの!?」
「毒ではありません。どのような作用があるのか、詳しくは私も存じ上げておりませんが、用法を伝えます。瓶には三つ錠剤が入っております。一つはあなたが、もう一つはアリシア、そしてもう一つはイオリ。それで完成だと兄が。」
私は彼女に聞いた。
「飲んだらどうなるの?」
イルザ様は私を見た。
「さあ。私はそれがどのように作用するのか、存じ上げておりません。毒ではないようですから飲んでおいてください。その間にイオリのノアフォンのIDを復活させます。」
毒じゃないのなら美味しそうな見た目をしているし、私は早速飲んだ。ついでに毒味の気持ちでポイッと口に入れたのだ。私はもう死んでるから。
小さい丸いタブレットで、口の中に入れるとパイナップルの味と何か錆びたような金属の味がした。でも飴じゃないみたいで、それは口の中ですっと溶けてどっかに行ってしまった。
「パイン味の新食感の飴だ。最初は飴だけど、そのうちわたあめにみたいになってシュッと消える感じ。」
「へー」と、レイヴが口に放り込んだのを見たイオリも、口に放り込んだ。二人とも「確かに」と呟いて、味を確かめていた。
「美味しいですか?」
イルザ様がイオリのノアフォンを操作しながら我々に聞いたその時だった。私はノアズの正門のところに誰かがいるのを発見した。イオリからスナイパーを奪って、そのスコープで門のところを見た。
バイカーっぽいレザージャケットを羽織ったモヒカンのおじいさんと女性がいる。ポニーテールで、赤土色のカーディガンを羽織った、綺麗な女性だった。
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