星空に恋するハッピーゴースト

meishino

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73 きらめくみなも

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 イオリは立ち上がり、椅子をレイモンドの前に置き直した。レイモンドは怯えた顔でイオリを見つめている。イオリは彼の肩に手を置いて、子どもを寝かせる時のように、シーッと人差し指を立てた。

『レイモンド、大丈夫だ。俺たちは危害を加えたりしない。』

『何が大丈夫なんだ!?だったらすぐに解放しろ!俺を今すぐにヴィノクールに連れて行け!』

『レイモンド、俺の目を見てくれ。』

『嫌だね。』彼はイオリから目を逸らした。『催眠でもかけるつもりか?そんなのマジックと同じで種があるんだろ?俺には効かないよ。』

 するとイオリはベストのポケットからコインを取り出した。それは昨日行ったストリップバーで入場した時に記念に貰ったコインだった。

 彼はそれを指二本で持って、片方の手はレイモンドの肩に置いたまま、コインを彼の目の前で表裏とゆっくりひっくり返した。

『これはストリップバーで貰ったコインだ。ふふ、だからなのか、コインに女性の胸が描かれている。いやらしいな。』

 レイモンドがチラッとコインを見た。するとその時、イオリが肩を持っている手をギュッと力を入れた。それが何かのトリガーだったのか、レイモンドはじっとコインを見つめ始めた。

 イオリはコインをゆっくりと回転させながら、照明の光を反射させて、レイモンドに見せている。そして彼はゆったりとした静かな声で、レイモンドに語りかけた。

『綺麗だな。まるで湖面のようだ。渓谷地帯にある大きな湖を思い出させる。水面にきらめく陽の光。穏やかな草花の匂い。小鳥がさえずっている。ずっと眺めていたい。』

『……行ったことがあるよ、その湖に。』

『ああ、その湖だ。君は湖を眺めている。大きな湖だ。陽の光が優しく、温かく、君を包んでいる。まるで。』

『まるで……おくるみに包まれているような感覚だ。』

『そうだ。おくるみに包まれて、気持ちがいいかもしれない。君は段々と、力が抜けていく。』

 レイモンドは一回大きく息を吸って、それをゆっくり吐いた。じっとイオリの動かしているコインを見つめてる。

『胸に突っかかっているものがあるはずだ。それを吐いて仕舞えば、君は楽になれる。ここは湖で、周りには誰もいない。誰も聞いていない。君は自由に、言いたいことを言える。』

『そうだな……出来れば給料を上げて欲しい。上官の秘書は大変だ、割に合わない。』

『割に合わないから給料を上げて欲しい。湖だけが君の声を聞いている。湖面のきらめきを見てくれ。じっとだ、君はふと、体がゆっくりと沈んでいく感覚になる。言いたいことを言えて、安らいでいるからだ。』

『ああ、ああ!』

 レイモンドはコインを見つめたまま嬉しそうに微笑んだ。

『温かさで眠くなる。君は湖面を見つめて、眠くなる。』

 と、レイモンドがゆっくりと目を閉じてガクッと頭を下げた。イオリは彼を支えながら、コインをポケットにしまった。

 そしてイオリは支えながら彼に、低い声で伝えた。

『起きた時に、君はカジノ島の権利書について知っていることを、話してしまう。きっかけはこれだ。』

 と、イオリは親指でグッとレイモンドの肩に力を入れた。レイモンドはぐったりと項垂れたままで、今のを聞いていたのか分からない。でもイオリはパチンと指を鳴らした。

 レイモンドは目を開けて、辺りを見た。イオリと目が合って、彼は眉を顰めた。

『アルバレス……あれ?今は……?』

 覚えてないのかな?それとも意識が朦朧としてたのかな?何が起きたのか分からない。

 イオリはレイモンドの肩を親指でグッと押した。するとレイモンドが突然狼狽し始めてイオリと目が合うと、いきなり叫んだ。

『カジノ島の権利書が本社にある!あるけどもそれは紙の権利書で、シードロヴァ様はそれが狙われやすいのを理解してるから別の口座にデジタル化した最新の権利書を入れてる!それも本社の銀行にある!パスコードはランダムジェムで、シードロヴァ様の眼球認証がないと取り出せないから俺でも無理なんだ!』

「くそっ!」

 オリオン様が膝を叩いて立ち上がった。なるほど……それは盗むのは難しそうだ。オリオン様は悔しそうに何度も地べたを蹴った。イオリはレイモンドの肩を優しく叩いた。

『ありがとうレイモンド。ヴィノクールに帰ったら、ゆっくりと休んだ方がいい。後で誰かに送ってもらうから、そうしたらまた家でゆっくりとコーンスープが飲める。』

『ああ、ああ……』レイモンドはボーッとしたまま言葉を出した。『よく俺がコーンスープが好きって分かったな。すごいなお前は……。』

『昔から好きだったのだろう?俺も好きだ。』

 そう言ったイオリはその個室から出てきて、ドアを閉めると、ふうと大きく息を吐いた。

「と言うことらしい。あまり知っていなさそうだったので、彼を寝返らせるよりは情報を吐いてもらった。」

「すごいですね!イオリさん!」と、サングラスの男がイオリに握手を求めると、イオリは「ああいや……」と渋々握手に応じた。イオリはオリオン様に言った。

「後で彼を本当にヴィノクールに連れて行って欲しい。まだ今日の間はぼんやりしているだろうから、その間に。」

 オリオン様は答えた。

「分かった、誰かに送らせよう。……イオリ、お前の才能は素晴らしい。それは喜ぶべきものだが、カジノ島については残念と言わざるを得ない。シードロヴァ本人がこちらにでも来ない限り、あれを入手することは極めて困難だ。彼にお前の……。」

「俺の催眠術は彼には効かないだろう。あいつは排他的な性格をしている。人間嫌いだ。誰かの言うことにどっぷりハマるタイプではない。」

「そうか。……今日の報酬は後ほど支払う。それともう一つ、頼みがある。」

「俺に?」イオリは首を傾げた。

「カジノ島を手に入れる作戦を考えて欲しい。あれがノアズの手にある限り、カンパニーの取引やトロピカルバイスのカジノに影響が出る。ボードンと手を組み力のついたノアズはそのうち俺たちを飲み込みにかかるだろう。最後の砦なんだ、あの島は。プロパガンダとしても、あの島は最高だ。」

「あれを入手する方法ですか……。権利書を手に入れるか、無理やり攻め入って実質的に支配するか、シードロヴァを……狙って……一人になったラズベリーを、味方につけるか。」

「それか、」オリオン様がボソッと言った。「味方につけず、ラズベリーを殺すか。攻めこむのは多勢に無勢だ。権利書の入手が困難なら、シードロヴァを狙うしかないか。彼がいなくなれば、ラズベリーが権利書を受け継ぐ。あとは彼女を消せばいい。」

「しかしラズベリーにはその後もノアズのフォローがつく。ノアズにはシードロヴァの妹もいる。彼女も強者だ。」

「じゃあ」と、サングラスの男が言った。「ノアズの所長を狙うのはどうです?ニコライ所長。彼をどうにかすれば、シードロヴァへの揺さぶりにはなるかと。」

「確かにな……」とオリオン様は椅子に深く座った。イオリはじっと思案顔で黙っている。オリオン様が言った。「一理ある。ならば俺たちはニコライを狙うことにする。イオリ、お前は少し自宅で待機をしていろ。時が来れば、シードロヴァの方をお前に任せたい。」

「それは、殺すということですか?」

「まだそうとは決まっていない。奴にはうんと苦しめられている。奴がうんと苦しむまで、死なせたりはしない。さあ、去れ。」

 イオリと私は頭を下げてから、その場を後にした。

 黄色い明かりの通路で彼の後ろについて歩いた。イオリはしばらく黙っていたけど、階段を上がっている時にこちらに振り返らず私に話しかけた。

「俺は奴を殺せない。」

「イオリが殺すことはない。シードロヴァのことを苦しめたいってオリオン様は言ってた。大丈夫だよ。」

「あの島の権利書をFOCが手にする時は、彼がこの世からいなくなっている時だ。ノアズの気持ちも分かる。ボードンの開発したあの島を押さえなければ、ボードン自体にも活気がつく。ボードンの資産はこの世で一番大きくて、それは権力にも繋がる。世界を支配しているのはノアズだが、それもいつまで続くことか。その状況の中で、あの島が作られた。あれを抑えることが、三つの組織にとって一番重要だが……、」

 イオリは階段を上がり切ると、こちらを見た。不安げな顔だった。

「時々思う、俺はここにいていっ……。」

 イオリが言い終わる前に、私はシュッと彼の方へ飛んで、彼の口を塞いだ。彼は驚いた顔をしてた。でも私は小声で言った。

「言いたいことわかる。でも今はダメ。」

「……分かった。」

 私はイオリの腕を掴んで倉庫内を歩いた。ここにいていいのかってそんなこと、もし誰かに聞かれたらイオリの変な噂が立つ。噂はこの仕事においてとても厄介だ。信頼を外から削られる。

 イオリは無言で付いて来てる。ちょっと別の話をしようと、気になってることを聞いた。

「どうしてレイモンドがコーンスープ好きって分かったの?イオリも好きだから?」

「別に、特段好きという訳では無い。しかしおくるみだぞ?赤ちゃんの時の体感覚を彼は大人になった今も容易く思い出せる。そういう記憶が鮮明に残っている人物は、大概赤ちゃんが好むものを大人になっても好む。おかゆにミルクにコーンスープ。コーンスープはレイモンドの年代に様々な栄養素が混ざっているものが赤ちゃん向けに発売されている。彼は乳幼児期にそれを飲んでいた可能性が高いと判断した。だから賭けに出た。あと、コーンスープ顔だった。」

「ふふっ途中まで感心して聞いてたのに、顔って何?」

「いや……はは、そうだな。」

「イオリ、でも今日はすごかった。」

「どうも。」

 彼の手をぐいぐい引いて倉庫から出ると、スーツ姿の組織員が礼をした後に車を用意してくれた。車内でずっと、イオリは私の手を握っていた。冷たい手だった。
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