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71 未明の車内で
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「お前らどっか行ってふたりの世界を満喫するのはいいけど、一言俺たちになんか言えよ!」
トロピカルバイスの小さな通りで、レイヴが不満をぶちまけながら運転している。助手席にはあのストリップバーでめいいっぱい楽しんだのか、頬に唇の形のリップの跡がたくさんついてるヤギさんが座っている。
後ろで私とイオリは手を繋いで座っているけど、私はイオリの肩に頭を乗せてる。こうしてくっつきながら車に乗れるのは幸せだ。
さっきの言葉に対して、イオリが反応した。
「仕方ないだろう、あの時は急がないと、こいつがあのストリッパーに喰われるところだったんだ……。フィール草のカクテルまで飲まされて。」
「えーまじかよ。」バックミラー越しのレイヴが驚いた顔をした。「あいつ結構手段選ばないんだな。ってかあいつさあ、お兄ちゃんに似てたよな。あっはっは!」
「お兄ちゃんはやめろ「そうでしょ!イオリをムキムキにした感じだよね!」
「アリシア……。」
イオリがギュッと手を握る力を強くした。少し痛かった。窓の外ではヤシの木の通りが淡いピンク色で彩られていて、すぐそこに朝が迫ってるのが分かる。
「で?」レイヴが聞いた。「今日はお前ら仕事?俺は休みだけど。」
イオリが答えた。
「そうだ。オリオン様がノアズが手に入れたカジノ島を諦めきれないらしい。」
「あーそうみたいだよねー。まー分かる。だってあれが手に入れば、あれを運営してるだけで一生食っていける。あれがもし完成したら、この辺のカジノなんか比べものにならないから、こっちは軒並み潰れるだろうしねー。まだその島がトロピカルバイスに近いところだから仕事はありそうだからいいけど。」
「そうだ。あれは収入源でもあり、この辺を破壊するものでもある。だからオリオン様は手に入れたいようだ。しかし今はシードロヴァが所有権を持っている。そして彼には秘書がいて、それは俺の知っている人物だが……兎に角、オリオン様は彼を捕まえたらしい。」
「えっ!?まじかよ!」
「ああ。カジノ島の権利書はノアズの銀行にあるらしいが、そのセキュリティさえ破れば、奪うことが出来る。しかしシードロヴァの警備システムは侮れない。機械がダメなら人間だ。奴の秘書を寝返らせるしかない。その揺さぶりを、俺に依頼した。今日はその仕事だ。」
「えーお前に出来んのー?」
「知らん。」
「えー!」
そんな大事な仕事の前に、こんな遊んでて良かったんだろうか。そう言ってくれれば良かったのに、なんかごめんねイオリ。
「レイヴ、」イオリが言った。「トランクに積んである昨日買った物だが、俺の部屋に運んで置いてくれるか?暇なら。」
「そりゃそうするよ。お前って今となっては俺の上司なんだから。あーそうするさーでも一人だと大変だなー。」
「じゃあ僕が手伝おう。暇だしね。」
と、ヤギさんが言った。私は彼に聞いた。
「まだ帰らないの?その、下界に。」
「うん、昨日色々と楽しかったから、もう少しこの世界に居ようと思ってる。レイヴ君と過ごすよ。いいかな?」
「いいけど、ちゃんと服を着ろよ。」
「僕、服着るの嫌いなんだよね。だってこの肉体なら見たって誰も損しないでしょ?」
「……。」
車内に何とも言えない沈黙が流れた。確かに損しないけど、それでいいのだろうかという沈黙だった。レイヴは困った様子でヤギさんに言った。
「でもさー、俺んち母ちゃんいるんだよね。母ちゃんの前だけでも服を着ろよ?昨日買ったやつの中で黒いパーカーがあるから、あれ気に入ってるけど……兎に角!それをあげるから着てよ!」
「うーん、仕方ないなぁ、分かったけど、母ちゃんってことはイオリ君のお母さんでもあるの?」
「そうだけど?」
「へえ。」
「少し、いいか?」イオリがヤギさんの座席をトントンと叩いた。ヤギさんは振り返った。「アリシアのことなんだが、その、どうにかならないか?」
「未練の変更のこと?」
「そうだ。お前に頼むしかない。難しいのは十分知っている、しかし俺も諦めきれないんだ。どうか、挑戦してくれないか?」
「その代わりに、何を僕にくれるのかな?」
「この楽しい日々。」
イオリの即答に、車内の誰からともなく笑いが沸々湧き上がった。すぐにレイヴが「楽しい日々って!」とゲラゲラ笑いはじめた。ヤギさんも笑いつつ、でも首を傾げた。
「うーん……僕が求めてるのは君の寿命とかなんだけど。」
「それは無理だ。アリシアと長くいたい。」
「あ、そうか。そうだね、まあ君は……ああ、もらう訳にはいかないか。」ヤギさんが何かを調べてるのかイオリの瞳をじっと観察して、そう言った。「楽しい日々ね。未練の変更は有識者の承認が必要で、その条件だと会議で弾かれそうではあるけど、挑戦はしてみるよ。でも期待はしないで。」
「あ、ああ……ありがとう。」
イオリが何か考えてるのか、どこかを見つめながらそう言った。どうして寿命をもらう訳にはいかないの?私はヤギさんに聞いた。
「どうしてイオリから貰えないと思ったの?」
彼は前方を見たまま答えた。
「イオリ君は邪悪だから。」
「何それ!」レイヴが笑った。「死神に言われるって相当だよあっはっは!」
そっか、よく分からない理由だけどそうなんだって。ね?ってイオリの方を見ると、別に笑いもせず、彼は私を少し見て、私の頭を掴んで、彼の方に寄せた。
そして小声で私に言った。
「仕事が終わったら、部屋を改造しよう。」
「どこを改造するの?」
「サラがいたエリアだ。あそこの壁紙の色は住居としては気味が悪いが、その……そういうスペースだと考えれば、丁度いい。鎖を天井から吊るして、キャンドルを置く。」
ああ。そこ、そのための部屋にするのね……私はにやけた。するとヤギさんが言った。
「あと鞭と僕のおすすめした筒も置いてね!」
「うるさい。」
イオリのツッコミで皆が笑った。そのあとはレイヴが今日の仕事場である街の外れの倉庫まで連れていってくれた。
トロピカルバイスの小さな通りで、レイヴが不満をぶちまけながら運転している。助手席にはあのストリップバーでめいいっぱい楽しんだのか、頬に唇の形のリップの跡がたくさんついてるヤギさんが座っている。
後ろで私とイオリは手を繋いで座っているけど、私はイオリの肩に頭を乗せてる。こうしてくっつきながら車に乗れるのは幸せだ。
さっきの言葉に対して、イオリが反応した。
「仕方ないだろう、あの時は急がないと、こいつがあのストリッパーに喰われるところだったんだ……。フィール草のカクテルまで飲まされて。」
「えーまじかよ。」バックミラー越しのレイヴが驚いた顔をした。「あいつ結構手段選ばないんだな。ってかあいつさあ、お兄ちゃんに似てたよな。あっはっは!」
「お兄ちゃんはやめろ「そうでしょ!イオリをムキムキにした感じだよね!」
「アリシア……。」
イオリがギュッと手を握る力を強くした。少し痛かった。窓の外ではヤシの木の通りが淡いピンク色で彩られていて、すぐそこに朝が迫ってるのが分かる。
「で?」レイヴが聞いた。「今日はお前ら仕事?俺は休みだけど。」
イオリが答えた。
「そうだ。オリオン様がノアズが手に入れたカジノ島を諦めきれないらしい。」
「あーそうみたいだよねー。まー分かる。だってあれが手に入れば、あれを運営してるだけで一生食っていける。あれがもし完成したら、この辺のカジノなんか比べものにならないから、こっちは軒並み潰れるだろうしねー。まだその島がトロピカルバイスに近いところだから仕事はありそうだからいいけど。」
「そうだ。あれは収入源でもあり、この辺を破壊するものでもある。だからオリオン様は手に入れたいようだ。しかし今はシードロヴァが所有権を持っている。そして彼には秘書がいて、それは俺の知っている人物だが……兎に角、オリオン様は彼を捕まえたらしい。」
「えっ!?まじかよ!」
「ああ。カジノ島の権利書はノアズの銀行にあるらしいが、そのセキュリティさえ破れば、奪うことが出来る。しかしシードロヴァの警備システムは侮れない。機械がダメなら人間だ。奴の秘書を寝返らせるしかない。その揺さぶりを、俺に依頼した。今日はその仕事だ。」
「えーお前に出来んのー?」
「知らん。」
「えー!」
そんな大事な仕事の前に、こんな遊んでて良かったんだろうか。そう言ってくれれば良かったのに、なんかごめんねイオリ。
「レイヴ、」イオリが言った。「トランクに積んである昨日買った物だが、俺の部屋に運んで置いてくれるか?暇なら。」
「そりゃそうするよ。お前って今となっては俺の上司なんだから。あーそうするさーでも一人だと大変だなー。」
「じゃあ僕が手伝おう。暇だしね。」
と、ヤギさんが言った。私は彼に聞いた。
「まだ帰らないの?その、下界に。」
「うん、昨日色々と楽しかったから、もう少しこの世界に居ようと思ってる。レイヴ君と過ごすよ。いいかな?」
「いいけど、ちゃんと服を着ろよ。」
「僕、服着るの嫌いなんだよね。だってこの肉体なら見たって誰も損しないでしょ?」
「……。」
車内に何とも言えない沈黙が流れた。確かに損しないけど、それでいいのだろうかという沈黙だった。レイヴは困った様子でヤギさんに言った。
「でもさー、俺んち母ちゃんいるんだよね。母ちゃんの前だけでも服を着ろよ?昨日買ったやつの中で黒いパーカーがあるから、あれ気に入ってるけど……兎に角!それをあげるから着てよ!」
「うーん、仕方ないなぁ、分かったけど、母ちゃんってことはイオリ君のお母さんでもあるの?」
「そうだけど?」
「へえ。」
「少し、いいか?」イオリがヤギさんの座席をトントンと叩いた。ヤギさんは振り返った。「アリシアのことなんだが、その、どうにかならないか?」
「未練の変更のこと?」
「そうだ。お前に頼むしかない。難しいのは十分知っている、しかし俺も諦めきれないんだ。どうか、挑戦してくれないか?」
「その代わりに、何を僕にくれるのかな?」
「この楽しい日々。」
イオリの即答に、車内の誰からともなく笑いが沸々湧き上がった。すぐにレイヴが「楽しい日々って!」とゲラゲラ笑いはじめた。ヤギさんも笑いつつ、でも首を傾げた。
「うーん……僕が求めてるのは君の寿命とかなんだけど。」
「それは無理だ。アリシアと長くいたい。」
「あ、そうか。そうだね、まあ君は……ああ、もらう訳にはいかないか。」ヤギさんが何かを調べてるのかイオリの瞳をじっと観察して、そう言った。「楽しい日々ね。未練の変更は有識者の承認が必要で、その条件だと会議で弾かれそうではあるけど、挑戦はしてみるよ。でも期待はしないで。」
「あ、ああ……ありがとう。」
イオリが何か考えてるのか、どこかを見つめながらそう言った。どうして寿命をもらう訳にはいかないの?私はヤギさんに聞いた。
「どうしてイオリから貰えないと思ったの?」
彼は前方を見たまま答えた。
「イオリ君は邪悪だから。」
「何それ!」レイヴが笑った。「死神に言われるって相当だよあっはっは!」
そっか、よく分からない理由だけどそうなんだって。ね?ってイオリの方を見ると、別に笑いもせず、彼は私を少し見て、私の頭を掴んで、彼の方に寄せた。
そして小声で私に言った。
「仕事が終わったら、部屋を改造しよう。」
「どこを改造するの?」
「サラがいたエリアだ。あそこの壁紙の色は住居としては気味が悪いが、その……そういうスペースだと考えれば、丁度いい。鎖を天井から吊るして、キャンドルを置く。」
ああ。そこ、そのための部屋にするのね……私はにやけた。するとヤギさんが言った。
「あと鞭と僕のおすすめした筒も置いてね!」
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