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34 ラズベリーさん
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部屋のドアがノックされたのはその日の夜だった。相変わらずイオリとサラは檻越しに座り込んで楽しげに会話をしていて、私はソファに座ってイオリのリボルバーの手入れをしていた。
ドアを開けると知らない人が立っていた。大きなサングラスにハリネズミのような茶色の短いトゲトゲヘアが印象的な小柄のスーツ姿の男が、黒い袋を私に渡した。
「何これ。」
「中にノアフォンが入ってる。三人分だ。それからラズベリー様について、何か聞いてるか?」
意外にも甲高いアニメ声だったので私は笑いを堪えた。
「んっふ、後でラズベリーさんの顔写真を送るってオリオン様に言われたまま……。」
「ああそうか。ならこのノアフォンを持って、すぐに地下に止めてある車のところまで来い。イオリと二人でな。それから指示をするまで待機してろ。」
それだけ言って、男はドアを閉めた。袋の中には使い古しなのか、角の欠けたりヒビが入ったり少し汚れている黒くて小さいノアフォンが三つ入っていた。
一つ手に取って電源を入れると、イオリの名前が表示された。もうどれが誰の分なのか割り振られているらしい。
私はイオリとサラにノアフォンを配って、イオリを手招いた。そうするだろうなと思った通りに、別れのキスをしてからイオリがこちらに来た。
彼にリボルバーを渡すと、彼が腰のベルトにそれを装着した。そして歩きながら私に聞いた。
「どう言う仕事だ?」
「ラズベリーさんを迎えに行くだけじゃない?」
「ほお……何もないといいが。」
「……。」
廊下に出てノアフォンでロックをかけてから、二人でエレベーターに乗り、地下階に向かった。ずっとイオリは黙っていた。私も話したくないので黙っていた。
地下階は駐車場だった。柱には剥がれかけのエロいポスターが貼られていて、壁のグラフィティもそこかしこにあった。
真ん中に黒い乗用車が止まっていて、さっきの小柄な男がボンネットに座ってこちらを手招きした。
私とイオリは車に小走りで向かい、後ろの席に座った。男も運転席に乗り込んできて、車内には変な沈黙が流れた。
最初に口を開いたのはイオリだった。
「これから、どこに行くんだ?」
「……知らない。」男が答えた。「俺も指示を待っているんだ。どこにいって、何をするかなんて、その場に行ってからやっと指示が出る。だからこそ、途中でノアズに捕まっても何も情報が出ない。アドリブに強いやつじゃないと、務まらない仕事だよな。はは。」
「はは。」
一応、合わせて笑っておいた。すぐにピロンと音がしたので、私とイオリが同時にポケットのノアフォンを取り出して、送られてきた画像を見た。
ラズベリーさん、と言う名の女性の証明写真だった。年齢は二十代で、ブロンドのハーフアップの髪型で、鼻がツンと可愛くとんがっていて、青い目をしてる、とても美しい女性だ。
「この人を捕まえるの?」
私の質問に男が答えた。
「いや違う。厳密には、ラズベリー様が持っているものを、奪いたい。奪うというか……貰う。」
「奪うんですね。」
「そ、そうだね。リア。」
すぐに車が発進された。男は運転しながらも耳につけているイヤホン型のマイクで通信をとっている。車が外に出ると一気に眩しいくらいの水色やピンクのネオンが飛び込んできた。
「あーそうだ、座席のポケットにイヤーピースがあるからそれを着けてくれ。それはお前らにあげるから、これからも使って。」
私とイオリはポケットからそれを出して耳に着けた。ノアフォンと繋がっていて、ジーっと通信中の音が聞こえた。
車は片側四車線の大きな通りに出た。どでかい謎の銅像や、金色の噴水、三角の大きなホテル、この辺りにはカジノが沢山ある。そしてたまに、鶏の頭の看板があった。お馴染みのフライドチキンショップだ。
観光に来たみたい。違うけど。車はスイスイ進んで、私の目の奪われた三角ホテルの隣の脇道を通って行った。噴水と噴水に挟まれた道路は、何だかVIP感があった。
隣のイオリを見てみた。ドアに肘をついて、じっと外を眺めていた。彼にかける言葉など見つかるはずもなく、私は見なかったフリをした。
噴水エリアが終わると、道はどんどんとネオンの気配を失くした。ヤシの木が生えて、街灯も少なくなっていく。
車はすぐに脇の駐車場に入って、適当に停まった。目の前にあるお店を見て、私は絶句した。ピンクのネオンが怪しく光ってる外観、看板に上半身裸のお姉さまがカクテルを持っているイラストがあった。多分この店はストリップバーだ。
……何これ。何しに来たのここ。
するとお店の中からガタイのいい男が出てきて、その後ろからすらりとしたワンピース姿の、大きな帽子に夜なのにサングラスをかけている女性が、迷わずにこの車に向かってきた。
運転席の男が慌てて飛び出して、彼女のために助手席のドアを開けた。でも彼女はイオリのいる方のドアを開けて、イオリを私の方に押し込んで、無理矢理後部座席に座ってきた。
潰されながらも私は聞いた。
「……わ、私、前に行ったほうがいい?」
「構いませんわ。」女性は答えた。ふわっと甘い香水の匂いが漂った。「さあ車を出して頂戴。」
「それは困るな。」
女性がドアを閉めようとしたのを、さっき店から一緒に出て来たガタイのいい男が手でドアを掴んで阻止した。デニムのベストを着た、いかついスキンヘッドをしてる。
するとスキンヘッドさんがイオリを指差した。
「奥にいる男、うちが指名手配してる人間なんだ。」
え……この人、ノアズの人なの?
イオリがギクッとしたのだろう、急に私の手を掴んできた。ほんっとうに、こう言う時だけスキンシップ取りたがるよね、と嫌々ながらも私は手をぎゅっと握ってあげた。
するとラズベリーさんがイオリのことを見た。5秒ぐらい見つめてから、デニム男に答えた。
「彼は私の新しい男ですわ。ニコライ所長に、よろしくお伝えくださいね。それから奥にいる女性も、私のお友達ですの。」
「え、し、しかし!」
「それが呑めないのなら、私はもうノアズに興味はないとはっきりニコライ所長に伝えますわ。そして原因はあなたのせい。それでよろしくて?」
「い、いやそれは!……分かりました。全て上に伝えておきますから。」
「よろしくね。それと、若い子にレモンを口移しでもらってるあなたの顔、とてもブサイクでしたわ!あっはっは!」
ギュンと車が発進された。気になったので後ろの窓から見てみると、デニム男はぽかんとしたままこの車を見つめていた。
可哀想に……デニム男。変な同情感が胸を締め付けてる。そしてこの状況、どうするんだろう。
きっとこの女性がラズベリーさんだ。一応聞いてみた。
「ラズベリーさんですか?」
彼女が私を見た。どこか人を見下すような視線だった。
「……あなたの名前は何かしら?」
「リアです。そしてこちらはイオリ。」
「あらそう。イオリね。あら?聞いたことがある名前ね。ふーん。お元気かしら?」
ほら聞かれてるよ、と私はイオリの膝を叩いた。イオリはボソッと答えた。
「元気です……。先程は、我々を庇っていただき、ありがとうございます……。」
「お礼はよくってよ。これであなた達は無罪放免ね。私には力があるの。」と彼女はリップにグロスを塗り始めた。「時間もお金も有り余っているわ。後は何が欲しいかって、権力よ。権力さえあれば何でも出来るの。お分かり?」
「お分かりですとも!」と運転してる男が答えた。
「あなたとはお話ししておりませんわ。」
……すみません、と運転してる男のしょんぼりした声が聞こえた。
ドアを開けると知らない人が立っていた。大きなサングラスにハリネズミのような茶色の短いトゲトゲヘアが印象的な小柄のスーツ姿の男が、黒い袋を私に渡した。
「何これ。」
「中にノアフォンが入ってる。三人分だ。それからラズベリー様について、何か聞いてるか?」
意外にも甲高いアニメ声だったので私は笑いを堪えた。
「んっふ、後でラズベリーさんの顔写真を送るってオリオン様に言われたまま……。」
「ああそうか。ならこのノアフォンを持って、すぐに地下に止めてある車のところまで来い。イオリと二人でな。それから指示をするまで待機してろ。」
それだけ言って、男はドアを閉めた。袋の中には使い古しなのか、角の欠けたりヒビが入ったり少し汚れている黒くて小さいノアフォンが三つ入っていた。
一つ手に取って電源を入れると、イオリの名前が表示された。もうどれが誰の分なのか割り振られているらしい。
私はイオリとサラにノアフォンを配って、イオリを手招いた。そうするだろうなと思った通りに、別れのキスをしてからイオリがこちらに来た。
彼にリボルバーを渡すと、彼が腰のベルトにそれを装着した。そして歩きながら私に聞いた。
「どう言う仕事だ?」
「ラズベリーさんを迎えに行くだけじゃない?」
「ほお……何もないといいが。」
「……。」
廊下に出てノアフォンでロックをかけてから、二人でエレベーターに乗り、地下階に向かった。ずっとイオリは黙っていた。私も話したくないので黙っていた。
地下階は駐車場だった。柱には剥がれかけのエロいポスターが貼られていて、壁のグラフィティもそこかしこにあった。
真ん中に黒い乗用車が止まっていて、さっきの小柄な男がボンネットに座ってこちらを手招きした。
私とイオリは車に小走りで向かい、後ろの席に座った。男も運転席に乗り込んできて、車内には変な沈黙が流れた。
最初に口を開いたのはイオリだった。
「これから、どこに行くんだ?」
「……知らない。」男が答えた。「俺も指示を待っているんだ。どこにいって、何をするかなんて、その場に行ってからやっと指示が出る。だからこそ、途中でノアズに捕まっても何も情報が出ない。アドリブに強いやつじゃないと、務まらない仕事だよな。はは。」
「はは。」
一応、合わせて笑っておいた。すぐにピロンと音がしたので、私とイオリが同時にポケットのノアフォンを取り出して、送られてきた画像を見た。
ラズベリーさん、と言う名の女性の証明写真だった。年齢は二十代で、ブロンドのハーフアップの髪型で、鼻がツンと可愛くとんがっていて、青い目をしてる、とても美しい女性だ。
「この人を捕まえるの?」
私の質問に男が答えた。
「いや違う。厳密には、ラズベリー様が持っているものを、奪いたい。奪うというか……貰う。」
「奪うんですね。」
「そ、そうだね。リア。」
すぐに車が発進された。男は運転しながらも耳につけているイヤホン型のマイクで通信をとっている。車が外に出ると一気に眩しいくらいの水色やピンクのネオンが飛び込んできた。
「あーそうだ、座席のポケットにイヤーピースがあるからそれを着けてくれ。それはお前らにあげるから、これからも使って。」
私とイオリはポケットからそれを出して耳に着けた。ノアフォンと繋がっていて、ジーっと通信中の音が聞こえた。
車は片側四車線の大きな通りに出た。どでかい謎の銅像や、金色の噴水、三角の大きなホテル、この辺りにはカジノが沢山ある。そしてたまに、鶏の頭の看板があった。お馴染みのフライドチキンショップだ。
観光に来たみたい。違うけど。車はスイスイ進んで、私の目の奪われた三角ホテルの隣の脇道を通って行った。噴水と噴水に挟まれた道路は、何だかVIP感があった。
隣のイオリを見てみた。ドアに肘をついて、じっと外を眺めていた。彼にかける言葉など見つかるはずもなく、私は見なかったフリをした。
噴水エリアが終わると、道はどんどんとネオンの気配を失くした。ヤシの木が生えて、街灯も少なくなっていく。
車はすぐに脇の駐車場に入って、適当に停まった。目の前にあるお店を見て、私は絶句した。ピンクのネオンが怪しく光ってる外観、看板に上半身裸のお姉さまがカクテルを持っているイラストがあった。多分この店はストリップバーだ。
……何これ。何しに来たのここ。
するとお店の中からガタイのいい男が出てきて、その後ろからすらりとしたワンピース姿の、大きな帽子に夜なのにサングラスをかけている女性が、迷わずにこの車に向かってきた。
運転席の男が慌てて飛び出して、彼女のために助手席のドアを開けた。でも彼女はイオリのいる方のドアを開けて、イオリを私の方に押し込んで、無理矢理後部座席に座ってきた。
潰されながらも私は聞いた。
「……わ、私、前に行ったほうがいい?」
「構いませんわ。」女性は答えた。ふわっと甘い香水の匂いが漂った。「さあ車を出して頂戴。」
「それは困るな。」
女性がドアを閉めようとしたのを、さっき店から一緒に出て来たガタイのいい男が手でドアを掴んで阻止した。デニムのベストを着た、いかついスキンヘッドをしてる。
するとスキンヘッドさんがイオリを指差した。
「奥にいる男、うちが指名手配してる人間なんだ。」
え……この人、ノアズの人なの?
イオリがギクッとしたのだろう、急に私の手を掴んできた。ほんっとうに、こう言う時だけスキンシップ取りたがるよね、と嫌々ながらも私は手をぎゅっと握ってあげた。
するとラズベリーさんがイオリのことを見た。5秒ぐらい見つめてから、デニム男に答えた。
「彼は私の新しい男ですわ。ニコライ所長に、よろしくお伝えくださいね。それから奥にいる女性も、私のお友達ですの。」
「え、し、しかし!」
「それが呑めないのなら、私はもうノアズに興味はないとはっきりニコライ所長に伝えますわ。そして原因はあなたのせい。それでよろしくて?」
「い、いやそれは!……分かりました。全て上に伝えておきますから。」
「よろしくね。それと、若い子にレモンを口移しでもらってるあなたの顔、とてもブサイクでしたわ!あっはっは!」
ギュンと車が発進された。気になったので後ろの窓から見てみると、デニム男はぽかんとしたままこの車を見つめていた。
可哀想に……デニム男。変な同情感が胸を締め付けてる。そしてこの状況、どうするんだろう。
きっとこの女性がラズベリーさんだ。一応聞いてみた。
「ラズベリーさんですか?」
彼女が私を見た。どこか人を見下すような視線だった。
「……あなたの名前は何かしら?」
「リアです。そしてこちらはイオリ。」
「あらそう。イオリね。あら?聞いたことがある名前ね。ふーん。お元気かしら?」
ほら聞かれてるよ、と私はイオリの膝を叩いた。イオリはボソッと答えた。
「元気です……。先程は、我々を庇っていただき、ありがとうございます……。」
「お礼はよくってよ。これであなた達は無罪放免ね。私には力があるの。」と彼女はリップにグロスを塗り始めた。「時間もお金も有り余っているわ。後は何が欲しいかって、権力よ。権力さえあれば何でも出来るの。お分かり?」
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