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32 鉄の箱の中で
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薄暗い倉庫の中、イオリが椅子に座った状態で、縄で縛られている。彼は項垂れていて、憔悴した様子だった。私はその隣で立っている。
窓が一つもない部屋の四隅には重武装の人物がいて、皆イオリに銃を向けている。そしてイオリの前にはオリオン様が仁王立ちで立っていて、彼をじっと見つめている。
しかしオリオン様の額には汗が流れていた。何故なら、本当はイオリに散々ノアズへの鬱憤をぶつけようとしたが、隣にいる私がそうさせなかった。
いくら私に手錠をかけても外すし、いくら私を撃っても透けるし、いくら縄をかけようとも、ふと目を逸らした隙に床に落ちている。挙げ句の果てに、ヒュッと私が相手の体に入って、寒気を感じさせて銃を落とさせた。
結果、私はイオリに取り憑いているゴーストとして、オリオンカンパニーの人間に認められてしまった。イオリを狙うものなら私が瞬間移動で襲いかかるので、もう諦めてしまっている状態だ。
既に数人が私への恐怖心で別室で寝込んでいる。イオリは何とも言えないこの状況に、苦笑いをしながら項垂れているのだ。そんな彼に、オリオン様が呟いた。
「……困ったものだ。この世に、本当に、ゴーストがいるとは。」
「俺も困っているんだ……」イオリが答えた。「これのせいで、俺の人生が狂っている。さっきのスナイパーだって、これが勝手に俺に撃たせた。」
「これって……。」
「よし。」オリオン様が腕を組んで頷いた。「リア、お前はずっと、この男と一緒にいるのだな?」
「そうですね。」
「ふん……ならば、イオリ。お前を歓迎したい。お前はどうやら、本物のネクロマンサーだ。」
「ふふっ!」
つい笑ってしまった。オリオン様とイオリが同時に私を見てきた。私はつい肩を窄めた。
「だって、ネクロマンサーって面白かった……。」
「ああそうか。俺は全く楽しくないよ。」
「痴話喧嘩はそこまでにしろ。」オリオン様が言った。「リア、お前は俺に協力をしてくれるようだ。それは有難い。しかし、この組織に、忠誠があるのかどうか、まだ信じられない。」
「でも昔は、バリーの嫁として狙撃して働いてた。」
「ああ……バリーか。なるほど。」
知っているみたいだった。オリオン様は何度か頷いて、我々に言った。
「しかしそれは過去だ。今、忠誠があるのか、知りたい。その為には、俺は常にコントロールする側でありたいのだ。リア、お前の力は侮れない。だが俺が上に立つ以上は、お前を超えなくてはならない。どうしてもだ。」
「それは、どういうこと?」
私の問いに、オリオン様は初めて微笑んだ。
「お前の恐怖たるものを、俺は用意しなくてはならない。何だと思う?」
私は首を傾げた。
「分からない。」
「あれを連れてこい。」
彼が命令すると、ドアのところに立っていた重装備の男が一度頭を下げてから消えた。すぐに戻ってきて、頭に布袋を被せた誰か、ジャージ姿の人を連れてきた。
ジャージ姿の人は少し抵抗しているようで、いやいや連れてこられているのが分かる。何だろう、誰だろう、私はじっとその人を見つめた。
オリオン様が布袋の人物を受け取り、肘を持って、無理矢理イオリの前に立たせた。ポタポタと袋から何か落ちた。多分、その人泣いているっぽかった。
イオリはじっと目の前の謎の人物を見ている。
「イオリ、教えてくれ、こいつに価値があるのか、俺に教えてくれ。」と、オリオン様が布袋を取った。
口にガムテープを貼られた、ボサボサ頭のサラだった。涙で化粧が溶けていて、イオリを見ると、またボロボロ泣き始めた。
「サラ!」
イオリが立とうとして、椅子をガタっと揺らした。すぐに彼の椅子の近くに四つの銃弾が威嚇目的で撃たれた。イオリはサラを見たまま、静かに座った。
私は……夢中で、サラを心配そうに見つめるイオリの横顔を見ていた。胸が痛み始めた。戸惑う私の顔を見て、オリオン様は微笑んだ。
「これはいい反応だ。さあ、」と彼はサラのガムテープをバリっと取った。「うああっ」とサラが痛みに呻いた。
そして彼はサラの肩を掴んで、イオリの前に座らせて、彼女の頭をガシッと掴むと、イオリの方へ近づけさせた。私はつい、後ずさった。
「さあイオリ、この場でこの女とキスをしろ。」
「何故!?」イオリの声が響いた。
「愛し合っているのだろう?違うのなら、この女に価値はない。この場で……!」
「分かった。」イオリがサラを真っ直ぐに見つめた。少しも私を見てくれなかった。「指示に従えば、サラを解放してくれるか?」
「解放はしない。だが、痛めつけることはやめよう。彼女は……使えるからな。そうだろう、リア?」
「……。」
私はオリオンを睨んだ。これは私に対する、見せしめだ。私を支配しようとするオリオンの作戦。
でも同時にこれは、事実でもあった。イオリはサラを愛している。横顔でも分かる、彼がどれほど彼女を愛しているか、どれほど抱きしめたいのか。
昨日の行為は、ただのお遊びだったのだ。
「イオリ……私、急に、車で……!」
「いい、いい、大丈夫だ。俺がいる。さあ、」
彼の綺麗な唇が、彼女の可愛い唇で歪んだ。互いに愛を求め合うかのように、深く口が動いた。
ふとオリオン様と目が合った。彼は微笑んでいた。本当に悪魔ってこの世にいるのね。私はもう見ていられないので、ずっとオリオン様を見た。
「リア、俺に忠誠を誓うか?」
「……そうですね。」
するとオリオン様がこちらに来て、私の前に立った。
「イオリを含めて、お前に聞く。盗み、取引、襲撃、暗殺、お前に何ができる?」
「私は直接……」と、イオリの方を見た。サラが彼の頬を掴んで、まだキスをしていた。イオリも目を閉じて応じている。良かったね、また会えてさ……。「私は直接、人を手にかけることは出来ない仕組みになってる。金銭的なことしか、出来ない。」
「そうか、それでも十分だ。早速だが、お前に頼みがある。」
「私とイオリにでしょ?」
「そうだ。ラズベリーが分かるか?」
「顔は知らない。」
「顔は後ほど脱獄したノアフォンを渡し、それに画像を送る。ラズベリーを救出して欲しい。あれが今ボードンの手に渡ると厄介だ。ラズベリーを救出したら、イオリとお前の手配を下げてやる。それは、ラズベリーがしてくれることだが。」
「じゃあその人を連れてくれば、手配されなくていいのね。」
「ああ。指示があるまでは部屋を用意するから、そこで待機しろ。三人でな。」
「三人でなのね。」
「厳密には」とオリオンがサラに近づいて行き、キスをする彼女をイオリから引き剥がした。イオリがすぐに睨んだ。「この女は檻の中だ。お前らがちゃんと忠誠を誓っているかどうかで、この女の処遇が決まると思え。」
「オリオン!」イオリが叫んだ。「彼女をどこに行かせるつもりだ!」
「同じ部屋だ。同じ部屋に独房がある。そこにペットのように入れておくだけだ。世話はイオリがしてやれ。ふふっ……。」
サラは重装備のクルーに連れて行かれた。静かに、でも絶望しているような背中で、とぼとぼ歩いて行った。
イオリはずっと宙を見つめていた。すぐにオリオンによってイオリは解放されて、私とイオリは部屋に案内されることになった。
窓が一つもない部屋の四隅には重武装の人物がいて、皆イオリに銃を向けている。そしてイオリの前にはオリオン様が仁王立ちで立っていて、彼をじっと見つめている。
しかしオリオン様の額には汗が流れていた。何故なら、本当はイオリに散々ノアズへの鬱憤をぶつけようとしたが、隣にいる私がそうさせなかった。
いくら私に手錠をかけても外すし、いくら私を撃っても透けるし、いくら縄をかけようとも、ふと目を逸らした隙に床に落ちている。挙げ句の果てに、ヒュッと私が相手の体に入って、寒気を感じさせて銃を落とさせた。
結果、私はイオリに取り憑いているゴーストとして、オリオンカンパニーの人間に認められてしまった。イオリを狙うものなら私が瞬間移動で襲いかかるので、もう諦めてしまっている状態だ。
既に数人が私への恐怖心で別室で寝込んでいる。イオリは何とも言えないこの状況に、苦笑いをしながら項垂れているのだ。そんな彼に、オリオン様が呟いた。
「……困ったものだ。この世に、本当に、ゴーストがいるとは。」
「俺も困っているんだ……」イオリが答えた。「これのせいで、俺の人生が狂っている。さっきのスナイパーだって、これが勝手に俺に撃たせた。」
「これって……。」
「よし。」オリオン様が腕を組んで頷いた。「リア、お前はずっと、この男と一緒にいるのだな?」
「そうですね。」
「ふん……ならば、イオリ。お前を歓迎したい。お前はどうやら、本物のネクロマンサーだ。」
「ふふっ!」
つい笑ってしまった。オリオン様とイオリが同時に私を見てきた。私はつい肩を窄めた。
「だって、ネクロマンサーって面白かった……。」
「ああそうか。俺は全く楽しくないよ。」
「痴話喧嘩はそこまでにしろ。」オリオン様が言った。「リア、お前は俺に協力をしてくれるようだ。それは有難い。しかし、この組織に、忠誠があるのかどうか、まだ信じられない。」
「でも昔は、バリーの嫁として狙撃して働いてた。」
「ああ……バリーか。なるほど。」
知っているみたいだった。オリオン様は何度か頷いて、我々に言った。
「しかしそれは過去だ。今、忠誠があるのか、知りたい。その為には、俺は常にコントロールする側でありたいのだ。リア、お前の力は侮れない。だが俺が上に立つ以上は、お前を超えなくてはならない。どうしてもだ。」
「それは、どういうこと?」
私の問いに、オリオン様は初めて微笑んだ。
「お前の恐怖たるものを、俺は用意しなくてはならない。何だと思う?」
私は首を傾げた。
「分からない。」
「あれを連れてこい。」
彼が命令すると、ドアのところに立っていた重装備の男が一度頭を下げてから消えた。すぐに戻ってきて、頭に布袋を被せた誰か、ジャージ姿の人を連れてきた。
ジャージ姿の人は少し抵抗しているようで、いやいや連れてこられているのが分かる。何だろう、誰だろう、私はじっとその人を見つめた。
オリオン様が布袋の人物を受け取り、肘を持って、無理矢理イオリの前に立たせた。ポタポタと袋から何か落ちた。多分、その人泣いているっぽかった。
イオリはじっと目の前の謎の人物を見ている。
「イオリ、教えてくれ、こいつに価値があるのか、俺に教えてくれ。」と、オリオン様が布袋を取った。
口にガムテープを貼られた、ボサボサ頭のサラだった。涙で化粧が溶けていて、イオリを見ると、またボロボロ泣き始めた。
「サラ!」
イオリが立とうとして、椅子をガタっと揺らした。すぐに彼の椅子の近くに四つの銃弾が威嚇目的で撃たれた。イオリはサラを見たまま、静かに座った。
私は……夢中で、サラを心配そうに見つめるイオリの横顔を見ていた。胸が痛み始めた。戸惑う私の顔を見て、オリオン様は微笑んだ。
「これはいい反応だ。さあ、」と彼はサラのガムテープをバリっと取った。「うああっ」とサラが痛みに呻いた。
そして彼はサラの肩を掴んで、イオリの前に座らせて、彼女の頭をガシッと掴むと、イオリの方へ近づけさせた。私はつい、後ずさった。
「さあイオリ、この場でこの女とキスをしろ。」
「何故!?」イオリの声が響いた。
「愛し合っているのだろう?違うのなら、この女に価値はない。この場で……!」
「分かった。」イオリがサラを真っ直ぐに見つめた。少しも私を見てくれなかった。「指示に従えば、サラを解放してくれるか?」
「解放はしない。だが、痛めつけることはやめよう。彼女は……使えるからな。そうだろう、リア?」
「……。」
私はオリオンを睨んだ。これは私に対する、見せしめだ。私を支配しようとするオリオンの作戦。
でも同時にこれは、事実でもあった。イオリはサラを愛している。横顔でも分かる、彼がどれほど彼女を愛しているか、どれほど抱きしめたいのか。
昨日の行為は、ただのお遊びだったのだ。
「イオリ……私、急に、車で……!」
「いい、いい、大丈夫だ。俺がいる。さあ、」
彼の綺麗な唇が、彼女の可愛い唇で歪んだ。互いに愛を求め合うかのように、深く口が動いた。
ふとオリオン様と目が合った。彼は微笑んでいた。本当に悪魔ってこの世にいるのね。私はもう見ていられないので、ずっとオリオン様を見た。
「リア、俺に忠誠を誓うか?」
「……そうですね。」
するとオリオン様がこちらに来て、私の前に立った。
「イオリを含めて、お前に聞く。盗み、取引、襲撃、暗殺、お前に何ができる?」
「私は直接……」と、イオリの方を見た。サラが彼の頬を掴んで、まだキスをしていた。イオリも目を閉じて応じている。良かったね、また会えてさ……。「私は直接、人を手にかけることは出来ない仕組みになってる。金銭的なことしか、出来ない。」
「そうか、それでも十分だ。早速だが、お前に頼みがある。」
「私とイオリにでしょ?」
「そうだ。ラズベリーが分かるか?」
「顔は知らない。」
「顔は後ほど脱獄したノアフォンを渡し、それに画像を送る。ラズベリーを救出して欲しい。あれが今ボードンの手に渡ると厄介だ。ラズベリーを救出したら、イオリとお前の手配を下げてやる。それは、ラズベリーがしてくれることだが。」
「じゃあその人を連れてくれば、手配されなくていいのね。」
「ああ。指示があるまでは部屋を用意するから、そこで待機しろ。三人でな。」
「三人でなのね。」
「厳密には」とオリオンがサラに近づいて行き、キスをする彼女をイオリから引き剥がした。イオリがすぐに睨んだ。「この女は檻の中だ。お前らがちゃんと忠誠を誓っているかどうかで、この女の処遇が決まると思え。」
「オリオン!」イオリが叫んだ。「彼女をどこに行かせるつもりだ!」
「同じ部屋だ。同じ部屋に独房がある。そこにペットのように入れておくだけだ。世話はイオリがしてやれ。ふふっ……。」
サラは重装備のクルーに連れて行かれた。静かに、でも絶望しているような背中で、とぼとぼ歩いて行った。
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