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25 ミミズの銃
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意外とイオリは魚のスープを残さずに食べてくれた。食べ終わった時には雨は止んで、彼は腰にタオルを巻いた姿で小川で鍋を洗いに行ってくれている。
私はその間イオリが着れるような服を探した。夫の服はこのトレーラーには無いし、私のブラウスやスカートは……うん。
冬服の入っている戸棚から全て取り出して隈なく探していると、ビニール袋に入ったままのホテルクラークの制服セットが出てきた。ヴィノクールコンフォートホテルの屋上でスナイプした時にパクってきたと言うか、入手したものだ。
ホテルの屋上には倉庫があって、その前の地面に落ちていたものだ。夫が喜ぶと思って持ち帰ったけど、いらないと言われたのを思い出した。
これならイオリのサイズに合うはずだ。私は袋をナイフで破いて、オークルのヤシの木のシルエットがプリントされたさらさら綿素材の白いシャツとブラウンのスラックスを取り出した。これなら着れるはずだ。
ガラッと扉が開いて彼が帰ってきた。
「貴様。」
「え?」
鍋を簡易コンロの近くに置いたイオリが、何も言わずに素早くソファルームに散らばっている冬服を畳み始めた。お店で見るような綺麗な畳み方で素早く全てを重ねると、開いていた戸棚に勢いよく突っ込んだ。
そして私を睨んできた。
「いいか?元々狭い室内を更に乱すな。」
「はいはい。でもほら見つけたよ。これなら着れるね。」
私は見つけた制服をイオリに渡した。イオリは「ほお」といい反応を見せて、それらを受け取り、シャツの袖に腕を通した。
これ以上は見てはいけないと目を逸らした。スルスルと綿が肌を伝う音が聞こえた。すぐに肩をとんと指先で軽く叩かれ、振り返るとそこにはホテルクラークがいた。
「ふふ、似合う似合う。」
「無いよりはマシだな……。」
彼は袖を巻くって七部丈にして、ボタンを二つ外した。一気に南国のプレイボーイ風になった。
「これからどうする?私、考えた。」
イオリは魚の缶詰コップで水を飲みながらソファに近づいた。私もソファに座った。
「何を考えたんだ?」
「イオリがノアズに戻れるように、嫌な奴だけどシードロヴァを説得する。私がアリシアのゴーストだって分からせる。レモン飴も私が盗んだってカメラで分かるでしょ?って言う。」
「……。」
イオリは缶詰コップを戸棚の上に置いた。そして黙ってしまった。
「お家、無くなったのショックだよ。ここ来てから、何もそのことについては言わないけど。イオリはお家も、ノアフォンも、洋服もない。平気なはずがない。」
「リア、もういい。話すな。」
その言葉は鋭利な刃物のようだった。彼は身を屈めると、がくっと項垂れた。じっと一人で我慢しているように見えた。
イオリにこんな思いをさせてしまったのは私だ。どうしよう。彼のコレクション……もう、このケースの中のマグナムしかない。
そうだ、私は閃いて、ベッドルームに走った。
マットの上に飛び乗って、壁にかかっている銃を片っ端からガチャガチャ外してマットに投げた。マークスマン、ハンティング、ヘビースナイパー、他にはアサルトもある。
それらを全部担ごうとしたけど私の両手では抱えきれなくて出来なかった。とりあえずマークスマンとアサルトだけ持って、ソファの近くに戻った。
彼はまだ項垂れたままだった。私は彼のそばに座って、マークスマンライフルを差し出した。彼がそれを、虚な目で見た。
「イオリ、これはマークスマンライフル。こっちはアサルト。他にもハンティングとヘビースナイパーもある。全部イオリにあげる。」
「……いらない。」
彼の声が、聞いたことないくらいに震えていた。どうしよう、銃身に彫刻があればもしかしたら気に入ると思った私は、ミニキッチンからナイフを取って、試しにマークスマンに傷を入れた。
でも銃身は当たり前だけど屈強だった。それでも力を入れて、何とかミミズの這った跡のような細い線を入れた。
「何をしている……?」
「気にしないで、休んでて。」
蝶を彫りたいのにマークスマンに現れたのはガリガリのミミズ一匹だった。この世で一体誰がミミズの銃を欲しがるだろうか。苦笑いをした。
まだ巻き返せる。まだ蝶に持っていける。羽をつけたくてナイフで削っていると、刃先がスルッと滑った。ほぁぁ……危うく指を切断するところだった。
「何をしている!」
イオリが私の腕を掴んで、ナイフを取り上げてしまった。私は「あーあー!」とナイフを取り戻そうとしたが、イオリは私を片手で脇に挟むようにがっしり捕まえて、私の手が届かないようにした。
「だめ!返して!」
「返すものか!一体何を、危険極まりないことをしているんだ!これにも触るな!」
ナイフを放り投げたイオリが私からマークスマンも取り上げた。険しい顔のまま銃身を見て、首を傾げた。
「な、なんだ?」
「……蝶の胴体と羽の片っぽ。うまく出来ない。銃身はとても硬いから。」
「俺のためにか?」
「そう。」
彼は黙ったまま、その傷を見つめた。つけっぱなしのラジオからDJの陽気な話し声が響いている。いつの間にか彼の腕の力が緩んでいて出られたので、床に落ちているアサルトを拾って、ベッドルームに戻そうと思った。
急に腕を掴まれた。イオリだった。見れば、彼の瞳には涙が溜まっていた。私は彼に言った。
「それあげる。でもすぐにノアズに帰れる。私がゴーストだって証明するから。」
「ノアズには、帰れない……。」
「どうして?無実が分かれば……!」
「あの爆発は、シードロヴァの爆弾に間違いない。彼はそれ程に、発明品の窃盗に激怒している……俺に戻る場所はない。ヴィノに戻っても、以前と同じ生活はない。すべてを失った。もう二度とサラにも会えないだろう。素直に捕まるしか。」
「捕まったらもう二度と出られない。」
「ああ、彼に恨まれている俺は、シードロヴァの実験に使われる可能性が高い。あいつはいつも人命を使う実験台を面白半分に探している。そしてそれが実行される時もあった。俺はきっと、どの道……ノアズに戻っても戻らなくても、この世のどこかで息絶える……!」
そんなこと、想像したくも無かった。私は叫んだ。
「だめ!イオリ、逃げよう!」
ハッとした彼と目が合った。スッと彼の頬に透明の跡がついた。私はアサルトを床に落として、意を決して、イオリに抱きついた。
彼は嫌がらずに私を抱きしめ返してくれた。どんどんと抱きしめる力がきつくなっていって苦しくなったけど、緊張の方が大きかった。兎に角、彼に安心して欲しかった。
「冷たいな、お前の身体は。」
「ごめんね、体温が無い。」
「許してくれ。こうしたい。」
少し離れると、イオリは両手で私の頬を包んだ。彼は私の瞳と、どこか下の方を交互に見つめた。見たことのない、彼から与えられる人を慈しむような視線に戸惑っていると、イオリが私にキスをした。
……頬にちゅっと。
「……何で。」
「これでは不満か?」
またギュッとハグされた。何これ。
「少し不満。」
「はは、悪かった。」
……べつに、と思った。でも少しだけいつもの彼に戻った気がして、そこは嬉しかった。
私はその間イオリが着れるような服を探した。夫の服はこのトレーラーには無いし、私のブラウスやスカートは……うん。
冬服の入っている戸棚から全て取り出して隈なく探していると、ビニール袋に入ったままのホテルクラークの制服セットが出てきた。ヴィノクールコンフォートホテルの屋上でスナイプした時にパクってきたと言うか、入手したものだ。
ホテルの屋上には倉庫があって、その前の地面に落ちていたものだ。夫が喜ぶと思って持ち帰ったけど、いらないと言われたのを思い出した。
これならイオリのサイズに合うはずだ。私は袋をナイフで破いて、オークルのヤシの木のシルエットがプリントされたさらさら綿素材の白いシャツとブラウンのスラックスを取り出した。これなら着れるはずだ。
ガラッと扉が開いて彼が帰ってきた。
「貴様。」
「え?」
鍋を簡易コンロの近くに置いたイオリが、何も言わずに素早くソファルームに散らばっている冬服を畳み始めた。お店で見るような綺麗な畳み方で素早く全てを重ねると、開いていた戸棚に勢いよく突っ込んだ。
そして私を睨んできた。
「いいか?元々狭い室内を更に乱すな。」
「はいはい。でもほら見つけたよ。これなら着れるね。」
私は見つけた制服をイオリに渡した。イオリは「ほお」といい反応を見せて、それらを受け取り、シャツの袖に腕を通した。
これ以上は見てはいけないと目を逸らした。スルスルと綿が肌を伝う音が聞こえた。すぐに肩をとんと指先で軽く叩かれ、振り返るとそこにはホテルクラークがいた。
「ふふ、似合う似合う。」
「無いよりはマシだな……。」
彼は袖を巻くって七部丈にして、ボタンを二つ外した。一気に南国のプレイボーイ風になった。
「これからどうする?私、考えた。」
イオリは魚の缶詰コップで水を飲みながらソファに近づいた。私もソファに座った。
「何を考えたんだ?」
「イオリがノアズに戻れるように、嫌な奴だけどシードロヴァを説得する。私がアリシアのゴーストだって分からせる。レモン飴も私が盗んだってカメラで分かるでしょ?って言う。」
「……。」
イオリは缶詰コップを戸棚の上に置いた。そして黙ってしまった。
「お家、無くなったのショックだよ。ここ来てから、何もそのことについては言わないけど。イオリはお家も、ノアフォンも、洋服もない。平気なはずがない。」
「リア、もういい。話すな。」
その言葉は鋭利な刃物のようだった。彼は身を屈めると、がくっと項垂れた。じっと一人で我慢しているように見えた。
イオリにこんな思いをさせてしまったのは私だ。どうしよう。彼のコレクション……もう、このケースの中のマグナムしかない。
そうだ、私は閃いて、ベッドルームに走った。
マットの上に飛び乗って、壁にかかっている銃を片っ端からガチャガチャ外してマットに投げた。マークスマン、ハンティング、ヘビースナイパー、他にはアサルトもある。
それらを全部担ごうとしたけど私の両手では抱えきれなくて出来なかった。とりあえずマークスマンとアサルトだけ持って、ソファの近くに戻った。
彼はまだ項垂れたままだった。私は彼のそばに座って、マークスマンライフルを差し出した。彼がそれを、虚な目で見た。
「イオリ、これはマークスマンライフル。こっちはアサルト。他にもハンティングとヘビースナイパーもある。全部イオリにあげる。」
「……いらない。」
彼の声が、聞いたことないくらいに震えていた。どうしよう、銃身に彫刻があればもしかしたら気に入ると思った私は、ミニキッチンからナイフを取って、試しにマークスマンに傷を入れた。
でも銃身は当たり前だけど屈強だった。それでも力を入れて、何とかミミズの這った跡のような細い線を入れた。
「何をしている……?」
「気にしないで、休んでて。」
蝶を彫りたいのにマークスマンに現れたのはガリガリのミミズ一匹だった。この世で一体誰がミミズの銃を欲しがるだろうか。苦笑いをした。
まだ巻き返せる。まだ蝶に持っていける。羽をつけたくてナイフで削っていると、刃先がスルッと滑った。ほぁぁ……危うく指を切断するところだった。
「何をしている!」
イオリが私の腕を掴んで、ナイフを取り上げてしまった。私は「あーあー!」とナイフを取り戻そうとしたが、イオリは私を片手で脇に挟むようにがっしり捕まえて、私の手が届かないようにした。
「だめ!返して!」
「返すものか!一体何を、危険極まりないことをしているんだ!これにも触るな!」
ナイフを放り投げたイオリが私からマークスマンも取り上げた。険しい顔のまま銃身を見て、首を傾げた。
「な、なんだ?」
「……蝶の胴体と羽の片っぽ。うまく出来ない。銃身はとても硬いから。」
「俺のためにか?」
「そう。」
彼は黙ったまま、その傷を見つめた。つけっぱなしのラジオからDJの陽気な話し声が響いている。いつの間にか彼の腕の力が緩んでいて出られたので、床に落ちているアサルトを拾って、ベッドルームに戻そうと思った。
急に腕を掴まれた。イオリだった。見れば、彼の瞳には涙が溜まっていた。私は彼に言った。
「それあげる。でもすぐにノアズに帰れる。私がゴーストだって証明するから。」
「ノアズには、帰れない……。」
「どうして?無実が分かれば……!」
「あの爆発は、シードロヴァの爆弾に間違いない。彼はそれ程に、発明品の窃盗に激怒している……俺に戻る場所はない。ヴィノに戻っても、以前と同じ生活はない。すべてを失った。もう二度とサラにも会えないだろう。素直に捕まるしか。」
「捕まったらもう二度と出られない。」
「ああ、彼に恨まれている俺は、シードロヴァの実験に使われる可能性が高い。あいつはいつも人命を使う実験台を面白半分に探している。そしてそれが実行される時もあった。俺はきっと、どの道……ノアズに戻っても戻らなくても、この世のどこかで息絶える……!」
そんなこと、想像したくも無かった。私は叫んだ。
「だめ!イオリ、逃げよう!」
ハッとした彼と目が合った。スッと彼の頬に透明の跡がついた。私はアサルトを床に落として、意を決して、イオリに抱きついた。
彼は嫌がらずに私を抱きしめ返してくれた。どんどんと抱きしめる力がきつくなっていって苦しくなったけど、緊張の方が大きかった。兎に角、彼に安心して欲しかった。
「冷たいな、お前の身体は。」
「ごめんね、体温が無い。」
「許してくれ。こうしたい。」
少し離れると、イオリは両手で私の頬を包んだ。彼は私の瞳と、どこか下の方を交互に見つめた。見たことのない、彼から与えられる人を慈しむような視線に戸惑っていると、イオリが私にキスをした。
……頬にちゅっと。
「……何で。」
「これでは不満か?」
またギュッとハグされた。何これ。
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