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24 アリシアワールド
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イオリが寝ている間、私は小川で水を観察した。透き通っていてそのまま飲めそうだったので、タンクからホースを引っ張ってきて車に水を貯めた。
ソファの部屋に戻り、棚から古びた鍋と魚の缶詰を取り出し、簡易コンロに鍋を置いて、その中に缶詰の中身を入れて火をつけた。煮物を作りたいのだ。
他にもスパイスや保存用の無糖ビスケットを入れた。ビスケットには栄養が入っているから。
床には新しいリュックが転がっていた。それを拾ってから黄緑の二人掛けのソファに座った。膝の上に置いて、中身のケースを取り出した。
持ってみるとずっしりと重かった。その黒いケースをソファに置いて、リュックの裂けたところを残念な気持ちで撫でてから、リュックも置いた。
ぐつぐつと鍋が音を立てたので、火を止めてからソファに戻って、私も横になった。イオリは気にするなと言ったけど、私のせいでこうなった。
レモン飴を盗んだからシードロヴァが怒ったに違いない。怒って、それで仕返しに家を爆破したんだ。なんて恐ろしい人物だと思った。彼の狂気があるから、ノアズは力を保てているのかもしれない。
でも彼はイオリの幼なじみだ。あんなことをしたけど、私がやったんだって、私はゴーストなんだって、本当のことを話せば信じてくれるかも……。今のイオリはボロボロだ。これ以上状況を変えてしまうのは良くない気もする。本当のことを話して、ちゃんと夫に容疑を向けさせて、彼がノアズに戻れるように頼む?
いや、ああまで人間離れした理性を持っていると何を言っても無駄かも。だからノアズを頼るのはいけないことだ。ああでもこのままでは、ああもう、どうしよう。頭の中で答えの出ない会議がずっと続いた。
これからどうするかずっと考えていた。お昼前になると雨がポツポツと降り始め、それはすぐにザーザー降りに変わった。この雨でイオリの家の炎は消えると思った。
イオリのコレクションはもうあの中だ。エミリの家庭菜園も。二人の思い出が昨日の夜、一瞬で消えてしまった。
あの家に一日しかいない私でさえ、こんなに悲しい。イオリの力が抜けてしまうのも分かる気がする。
私がゴーストであることが証明出来れば、ノアズはイオリが無実であることを納得するだろう。そしたら彼はあの組織に戻れるかな。メアリも解放されるかな。それでも消えたものは戻ってこないけど……このままでいるよりかはいいはず。
彼らの目の前で私が姿を消せば、ゴーストだと認めてもらえるだろう。シードロヴァに本当の自分を見せて、どうにか説得したい。アリシアを殺したのは彼じゃない。レモン飴を盗んだのは彼じゃない。
そもそも監視カメラを見たはずなんじゃ……?窓に雨が当たって、車体が風でゆらりと揺れた。この辺りでたまに発生するゲリラ豪雨だった。すぐに止む。
「リア。」
振り返るとカーテンのところに黒いボクサーパンツ姿のイオリが立っていた。疲労感の漂う顔で、ため息をついた。
「はぁ……少しは眠れたが、結局悪夢を見て、休まりはしなかった。」
「シャワー浴びる?」
「あるのか?」
「お湯は出ない。」
「……何故だ?」
「え?」
そんなにお湯求める?私はイオリの方へ向かい、カーテンを開けてすぐのところにある白い扉を開けた。狭い寝室の隣には狭いシャワールームがある。ちゃんと掃除はしています。
そこに入って小窓も開けてシャワーの蛇口を押した。ちゃんと水は出た。さっき汲んだから。
「おおっ!」
振り向くとイオリが何かにつまづきそうになっていた。
「な、なんだこれは!?」
「おトイレ。もしかして……!」
「手洗いぐらい知っている!それが何でここにあるんだという話だ!ああぁぁぁぁ……!」と彼は何かを悟ったらしく手で顔を覆った。「ユニットバスか?」
「ふふ、そうそう。でも綺麗だよ?掃除してる。だって仕方ない、トレーラーハウスだもん。」
「……そうだな、そうか。この狭さでユニットバスとは恐れ入る。生きている間にもう二度と経験したくないと思っていたが仕方あるまい。」
イオリに体を押されて、私は強制的にユニットバスを追い出された。仕方あるまい。私はソファの部屋に戻って、キャビネットから畳まれたバスタオルを取り出した。
窓から外を覗くと木々から雨が滝のようにこぼれ落ちて、地面をかき回していた。小川は勢いと水量を増していたので、心配になった私はソファルームから運転席に移動して、小川から少し離れた場所にトレーラーを移動した。
それから鍋のところに戻って、また火をつけて温めていると、シャワー室から「タオル」と聞こえてきたので、「ドアの前に置いた」と答えた。すぐに扉から腕だけひょいと出てきて、タオルを掴んでいった。
「何だ、この匂いは?」
「魚のスープ~ほろほろビスケットを添えて~を作った。どう……うっ。」
火を消して振り向くと、腰にバスタオルを巻いたイオリが私を見つめて立っていた。黒いウェーブの毛先から、雫がポタリと彼の肩に落ちた。全身の筋肉がすごい。雑誌の表紙みたいだった。
「イオリ、すごい筋肉だね。」
彼は不機嫌な顔をしている。
「まあな……ノアズにいる限り、訓練は発生する。俺も参加していたからな。」
「そっか。」
「……因みに、新しい情報はあるか?ノアズに関して。」
「ラジオ聞いてない。」
イオリはソファにドスンと座って、小棚に置いてあったラジオを手に取り、電源を入れた。丁度五分番組の時間で、クラシックが流れ始めた。
私は出来上がったスープを、さっき空になった魚の缶詰に注いだ。これでこのスプーンをぶち込めば完成だ。私はそれをイオリに差し出した。
「ほらイオリ、たんとお食べ。」
「……な、何だこれは?」
「何って、魚スープだよ。何回聞くの?」
彼の引きつった顔とクラシック音楽と窓の外の豪雨の組み合わせがちょっと面白かった。まるで雑巾を摘むように指の先で缶を受け取ったイオリは私に聞いた。
「な、何故スープを缶に戻した?」
「お皿が無い。キッチンにあるのはお鍋とナイフ、それからコンロだけだよ。お鍋がお皿の時もある。」
「……本音を言っていいか?そろそろ。」
「え?」
額の血管が浮き出るほど顔が引きつっているイオリが、缶を小棚の上に置いて、ワナワナと立ち上がった。
そして叫んだ。
「俺になんて気味の悪いものを食べさせようとしている!?それはいい、お前のおもてなしだからな!だがあのマットはなんだ!?寝返りを打つたびに中の折れたコイルが俺の背中をミリミリ突き刺してきた!」
「え?そお?」
「あまつさえそのコイルはお尻の間を!……それはもう良い。加えてあのシャワー!ただの冷水かと思ったら淡水ではないか!ただ生臭いだけではない、どうしてシャワーから出てきた苔とこんにちはしなくてはならないんだ!?川の水を使うのなら浄水ぐらいしろ!」
「……だって。」
そんなに怒る?クラシックが辛いよ……。
「だってもあさってもあるか!それに何なんだこのお粗末なキッチンは!何がコンロだ!アルコールランプの上に網を置いているだけではないか!まともな卓上コンロも買えないのか!?お前の仕事の報酬はどうなっていたんだ!」
「仕事の報酬は洋服や銃、缶詰、このトレーラーにあるものだよ。」
前髪をかき上げたイオリがぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……雇い主に現金は貰わなかったのか?」
「ない。夫が雇い主、夫は更に組織に雇われてた。報酬はきっと、夫が持っていった。」
「そうか……それを知らずに俺は……すまなかった。」
「いいよ。」
イオリはソファに座って、嫌そうな雰囲気を出しながら再び缶詰を手に取り、スープを一口食べた。あまり美味しくなかったのか、眉間にシワを寄せながら、ゆっくりと二口めを頬張った。
ソファの部屋に戻り、棚から古びた鍋と魚の缶詰を取り出し、簡易コンロに鍋を置いて、その中に缶詰の中身を入れて火をつけた。煮物を作りたいのだ。
他にもスパイスや保存用の無糖ビスケットを入れた。ビスケットには栄養が入っているから。
床には新しいリュックが転がっていた。それを拾ってから黄緑の二人掛けのソファに座った。膝の上に置いて、中身のケースを取り出した。
持ってみるとずっしりと重かった。その黒いケースをソファに置いて、リュックの裂けたところを残念な気持ちで撫でてから、リュックも置いた。
ぐつぐつと鍋が音を立てたので、火を止めてからソファに戻って、私も横になった。イオリは気にするなと言ったけど、私のせいでこうなった。
レモン飴を盗んだからシードロヴァが怒ったに違いない。怒って、それで仕返しに家を爆破したんだ。なんて恐ろしい人物だと思った。彼の狂気があるから、ノアズは力を保てているのかもしれない。
でも彼はイオリの幼なじみだ。あんなことをしたけど、私がやったんだって、私はゴーストなんだって、本当のことを話せば信じてくれるかも……。今のイオリはボロボロだ。これ以上状況を変えてしまうのは良くない気もする。本当のことを話して、ちゃんと夫に容疑を向けさせて、彼がノアズに戻れるように頼む?
いや、ああまで人間離れした理性を持っていると何を言っても無駄かも。だからノアズを頼るのはいけないことだ。ああでもこのままでは、ああもう、どうしよう。頭の中で答えの出ない会議がずっと続いた。
これからどうするかずっと考えていた。お昼前になると雨がポツポツと降り始め、それはすぐにザーザー降りに変わった。この雨でイオリの家の炎は消えると思った。
イオリのコレクションはもうあの中だ。エミリの家庭菜園も。二人の思い出が昨日の夜、一瞬で消えてしまった。
あの家に一日しかいない私でさえ、こんなに悲しい。イオリの力が抜けてしまうのも分かる気がする。
私がゴーストであることが証明出来れば、ノアズはイオリが無実であることを納得するだろう。そしたら彼はあの組織に戻れるかな。メアリも解放されるかな。それでも消えたものは戻ってこないけど……このままでいるよりかはいいはず。
彼らの目の前で私が姿を消せば、ゴーストだと認めてもらえるだろう。シードロヴァに本当の自分を見せて、どうにか説得したい。アリシアを殺したのは彼じゃない。レモン飴を盗んだのは彼じゃない。
そもそも監視カメラを見たはずなんじゃ……?窓に雨が当たって、車体が風でゆらりと揺れた。この辺りでたまに発生するゲリラ豪雨だった。すぐに止む。
「リア。」
振り返るとカーテンのところに黒いボクサーパンツ姿のイオリが立っていた。疲労感の漂う顔で、ため息をついた。
「はぁ……少しは眠れたが、結局悪夢を見て、休まりはしなかった。」
「シャワー浴びる?」
「あるのか?」
「お湯は出ない。」
「……何故だ?」
「え?」
そんなにお湯求める?私はイオリの方へ向かい、カーテンを開けてすぐのところにある白い扉を開けた。狭い寝室の隣には狭いシャワールームがある。ちゃんと掃除はしています。
そこに入って小窓も開けてシャワーの蛇口を押した。ちゃんと水は出た。さっき汲んだから。
「おおっ!」
振り向くとイオリが何かにつまづきそうになっていた。
「な、なんだこれは!?」
「おトイレ。もしかして……!」
「手洗いぐらい知っている!それが何でここにあるんだという話だ!ああぁぁぁぁ……!」と彼は何かを悟ったらしく手で顔を覆った。「ユニットバスか?」
「ふふ、そうそう。でも綺麗だよ?掃除してる。だって仕方ない、トレーラーハウスだもん。」
「……そうだな、そうか。この狭さでユニットバスとは恐れ入る。生きている間にもう二度と経験したくないと思っていたが仕方あるまい。」
イオリに体を押されて、私は強制的にユニットバスを追い出された。仕方あるまい。私はソファの部屋に戻って、キャビネットから畳まれたバスタオルを取り出した。
窓から外を覗くと木々から雨が滝のようにこぼれ落ちて、地面をかき回していた。小川は勢いと水量を増していたので、心配になった私はソファルームから運転席に移動して、小川から少し離れた場所にトレーラーを移動した。
それから鍋のところに戻って、また火をつけて温めていると、シャワー室から「タオル」と聞こえてきたので、「ドアの前に置いた」と答えた。すぐに扉から腕だけひょいと出てきて、タオルを掴んでいった。
「何だ、この匂いは?」
「魚のスープ~ほろほろビスケットを添えて~を作った。どう……うっ。」
火を消して振り向くと、腰にバスタオルを巻いたイオリが私を見つめて立っていた。黒いウェーブの毛先から、雫がポタリと彼の肩に落ちた。全身の筋肉がすごい。雑誌の表紙みたいだった。
「イオリ、すごい筋肉だね。」
彼は不機嫌な顔をしている。
「まあな……ノアズにいる限り、訓練は発生する。俺も参加していたからな。」
「そっか。」
「……因みに、新しい情報はあるか?ノアズに関して。」
「ラジオ聞いてない。」
イオリはソファにドスンと座って、小棚に置いてあったラジオを手に取り、電源を入れた。丁度五分番組の時間で、クラシックが流れ始めた。
私は出来上がったスープを、さっき空になった魚の缶詰に注いだ。これでこのスプーンをぶち込めば完成だ。私はそれをイオリに差し出した。
「ほらイオリ、たんとお食べ。」
「……な、何だこれは?」
「何って、魚スープだよ。何回聞くの?」
彼の引きつった顔とクラシック音楽と窓の外の豪雨の組み合わせがちょっと面白かった。まるで雑巾を摘むように指の先で缶を受け取ったイオリは私に聞いた。
「な、何故スープを缶に戻した?」
「お皿が無い。キッチンにあるのはお鍋とナイフ、それからコンロだけだよ。お鍋がお皿の時もある。」
「……本音を言っていいか?そろそろ。」
「え?」
額の血管が浮き出るほど顔が引きつっているイオリが、缶を小棚の上に置いて、ワナワナと立ち上がった。
そして叫んだ。
「俺になんて気味の悪いものを食べさせようとしている!?それはいい、お前のおもてなしだからな!だがあのマットはなんだ!?寝返りを打つたびに中の折れたコイルが俺の背中をミリミリ突き刺してきた!」
「え?そお?」
「あまつさえそのコイルはお尻の間を!……それはもう良い。加えてあのシャワー!ただの冷水かと思ったら淡水ではないか!ただ生臭いだけではない、どうしてシャワーから出てきた苔とこんにちはしなくてはならないんだ!?川の水を使うのなら浄水ぐらいしろ!」
「……だって。」
そんなに怒る?クラシックが辛いよ……。
「だってもあさってもあるか!それに何なんだこのお粗末なキッチンは!何がコンロだ!アルコールランプの上に網を置いているだけではないか!まともな卓上コンロも買えないのか!?お前の仕事の報酬はどうなっていたんだ!」
「仕事の報酬は洋服や銃、缶詰、このトレーラーにあるものだよ。」
前髪をかき上げたイオリがぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……雇い主に現金は貰わなかったのか?」
「ない。夫が雇い主、夫は更に組織に雇われてた。報酬はきっと、夫が持っていった。」
「そうか……それを知らずに俺は……すまなかった。」
「いいよ。」
イオリはソファに座って、嫌そうな雰囲気を出しながら再び缶詰を手に取り、スープを一口食べた。あまり美味しくなかったのか、眉間にシワを寄せながら、ゆっくりと二口めを頬張った。
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