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時を超えていけ!フィナーレ編
251 全ては言の葉に
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キッチンでジェーンと再会してから二時間後、私達とイルザは、地下の研究室に居た。全ての準備を終えて、あとは時空間歪曲機に乗って帰るだけ。本当に良いのか、少し迷いながらも、私はジェーンとイルザさんのハグを見つめていた。機械的な、ぎこちないハグだと思っていると、案の定な一言をイルザさんが言った。
「兄様と、ハグをしたのは、初めてでございますね。」
「ええ、ええ。中々、しっくりきません。」
「同感です。」
何だその感想は……私は苦笑いした。するとジェーンがイルザに言った。
「私が去った後も、時が来るまで、ずっとここに居なさい。あなたの平和は確定します。」
「ええ、キルディアさんのお蔭で、私はとうとう自由を手に入れることができる。これは素敵なことです。」
何のことだかさっぱりだけど、二人の会話が終わったようなので、次は私がイルザさんにお別れのハグをした。まだ出会ったばかりだけど、何だか、寂しい。それを素直に言った。
「イルザ、この世界で、色々と助けてくれてありがとう。もう会えないなんて、少し寂しいよ。」
「そうですか。私はあなたに愛着など、ありませんが。」
「そ、そうですよね……今日会ったばかりだもんね、はは。でもイルザ、私だけじゃなくて、ジェーンとも、お別れになってしまう。」
イルザは先程と同様、氷のような無表情で答えた。
「兄がこの世界に戻ってきては、私はクイーンの座に居られません。あの事故は、悲劇であり、しかし私にとっては、好機でした。キルディアさん、是非とも、兄をあなたの世界に連れ帰ってください。何卒、お願い申し上げます。」
「あ、ああ……ありがたく、そうするよ。」
なんかすごかった。予想よりも、イルザさんは強かった。ジェーンの方を見ると、彼は口を押さえて笑っていた。
「ふふ、どうやら私は不要のようですね。あなたなら、そう申すとは予想しておりました。それぐらいなら私も、心残りはありません。イルザ、私はキルディアと共に、時空間歪曲機に乗ります。あなたのことを、いつも想っている。あの世界から、ずっと。」
イルザさんが少し笑った。
「私は、兄様には感謝しております。兄様が未来の世界に飛ぶのなら、私は永遠に、兄様が死ぬのを見られずに済むのですから。対して、この瞬間以降、私は遥か昔に死んだものとなりますね。生き続けてください、キルディアさんと共に。」
「本当に良いのかな……ぐっ、うええ。」
私は涙も鼻水も垂らしながら、時空間歪曲機に乗った。もう既に、ここにはジェーンの本がぎっしりと積まれていて、更にジェーン自身も乗ってきたので、中は結構狭くなった。イルザさんがカバーを閉めてくれて、ガラス越しに私に言った。
「キルディアさん、絶対に、兄がもう戻って来ないように見張っていてください。この世界のクイーンは私です。そうなりたいが為に、私がどれほど苦労したか。」
「はい……すみませんでした。」
「それと、兄様」イルザがジェーンを見た。「この一件に関連するデータは全て、私がしっかりと、消しておきます。兄様が消した兄様自身のデータも、全て完全に消去されているか、確認をしておきます。もう心置きなく、この世から去ってください。」
「最後まで、あなたには、お手数をお掛けしました。」
機械がウィーンと起動し始めると、ジェーンが少し身体を上げて、ガラスの向こうに立っているイルザに向かって言った。
「イルザ、愛しております。」
しかしその時だった。イルザさんは手を振り、そのまま何も言わずに、ボタンを押してしまったのだ。一気にカバーの向こうの視界がマーブル状態になった。そんな、何も言わないでボタン押しちゃうの?と、私は隣のジェーンを見た。ジェーンは、ぽかんと口を開けていた。
「このタイミングで、ボタンを押すのね。」
「ええ、彼女は実に、私の妹です。」
そして、機械がガタガタ揺れ始めると、ジェーンは私の手を握った。このまま、あの時代に帰る。彼と一緒に、帰れる。切ないけど、嬉しくて、変な気持ちだった。
時空間歪曲機のカバーの景色が、マーブルから空模様へと変わると、ジェーンはボタンを操作して、時空間歪曲機で空を移動した。私は下の景色を覗いた。青い海が広がっていて、近くには孤島が七つ、連なっている島々があった。明らかに、七つの孤島だった。
「ジェーン!近くに七つの孤島がある!あそこに着陸しよう。」
「了解です。一つめの島に、着陸を試みます。」
「どの時代だろう、でも海が広がっているから、ルミネラ時代かな。問題は、どの皇帝の時代なのかってことだけど。」
「ええ……」と、ジェーンが彼のウォッフォンの電源を入れた。するとすぐに太陽光で充電がされつつ、ホログラムが付いて、電波が入った。表示された月日を見てみると、何と、私が飛び立った日の翌日だった。
「す、すご。もう少し早かったら、過去の我々に出会していたかも。」
「ふふ、そうなれば、どうなったでしょうね。物体が二つに増えますから……とてもややこしいことに、なったでしょう。」
「ちょっとニュース見てみてもいい?」
「ええ、私は運転をしておりますから、あなたが操作してください。」
私はジェーンのウォッフォンのホログラムを触って、ネットでニュースを見てみた。するとチェイスが皇帝になったことや、LOZの解散のことなどが、全面的に写真付きで特集されていた。ああ、やはり帰ってこれたんだ!私は嬉しくなって、カバーをバンバン叩いた。
「ちょっとキルディア、揺れます。」
「あはは!だって、帰ってきた、帰ってきたぞ!この青い海は、ユークアイランドに通じているんだ!はあ~、早く海風を嗅ぎたい。」
「私も嗅ぎたい。それから、ふふ、我々はもう恋人同士ですから、家でするべきことがあります。」
「……。」
何だか、嬉しいような、恥ずかしいような、変な気持ちになった。
ジェーンはそのまま運転を続けて、我々を乗せた機械は無事に七つの孤島の一つめの島へと、近づいていったが、海岸沿いに一艘の船が停まっているのが見えた。あのオレンジの屋根、白いボディ、シロープ島の漁師の船だ。
「ジェーン、もしかして、あれはクラースさんの船かな……?」
ジェーンはモニターを見て、首を傾げた。
「どうしてクラースが、翌日ここに来ますか?あれは別の人物の船では?」
私は船の近くの海岸をジロジロと眺めた。すると、ヤシの木が密集しているエリアから、一人男が出てくるのが見えた。あの褐色の肌、赤茶の髪色!
「あれ、クラースさんだ!」
しかも彼は何か手に持っている。それが何なのか分かった時、私とジェーンは笑ってしまった。
クラースさんが頭上の機械に気付いたのは、それからすぐだった。彼は最初、うわっと尻餅をついて、UFOだと思ったのか、ウォッフォンでしきりに動画を撮っていたが、時空間歪曲機だと気づくと、何度か目を擦ってから、こっちだこっちだと言わんばかりに、手でオーライオーライしてくれた。
クラースさんの誘導もあり、砂浜の上に到着すると、扉から飛び出して、私はクラースさんに突撃した。相変わらず力強く抱きしめてくれた。それからジェーンがクラースさんに笑顔で手を振ると、クラースさんはジェーンに突撃して、力強いハグをお見舞いしていた。ジェーンが、もがきながら言った。
「も、もう宜しいではありませんか、苦しいです。それに流石クラースといったところでしょうか、我々が戻ってくることを、知っておりましたか。」
クラースさんがジェーンを解放して、照れながら答えた。
「あ、ああ、まぐれだけどな。研究所も今日は休みだったし、ちょっと気になって、こっち来てみたんだ。これを持ってな。ほらよ!もう置いていくんじゃないぞ!」
と、クラースさんが私に向けて、手に持っていたナイトアームを投げつけた。私はそれをキャッチして、体に装着した。うーん、やはりいい感じだ。私が両手をワキワキ動かしていると、クラースさんが急に驚いた声をあげた。
「おい!お前それ!」
「え!?」
「左手の薬指にあるのって……お前ら、婚約したのか!?」
私は首をブンブン振った。
「ち、違う違う!ジェーンが離婚してくれたから、付き合ってはいるけれど、まだ、っていうか、婚約はしていないよ!そういうのはほら、お互い……ゆっくり進めたいと思っているよ。ねえ?ジェーン。」
ジェーンが答えた。
「ええ、折角ですから、過程も楽しみたいと思っております。まあ、結末は決まっておりますがね。しかし、この世界は暑い……ああ、溶けそうだ。」
ジェーンが額の汗をハンカチで拭いた。確かに、向こうの世界に比べたら暑すぎるかもしれない。ジェーンの世界は、雪原地帯以外でも、肌寒かった。あの世界を、少しでも肌で感じられたのは、いい経験だった。
「あっちの世界は、逆に寒すぎた。息をする度に、唇が凍りそうになるのも、鼻の穴が痛いのも、末端が常に凍りそうなのも、新鮮だった。何よりもあの雪、すごく綺麗だった。」
「ほお」クラースさんが思案顔で想像しながら言った。「そうか、ジェーンの世界には雪があったんだな。俺も、一度で良いから、雪を見てみたいもんだ。」
「実は、あるよ。」
私の一言に、クラースさんが目を丸くした。私とジェーンは時空間歪曲機の中からバケツを三つ取り出した。そのバケツには、雪がたくさん入っていた。クラースさんはそれらを見て、おおおと声を漏らし、人差し指を突っ込んだ。
「さくっとしているな。」
「ええ、しかしそのままにしていると、指が痛くなります。」
ジェーンの一言に、クラースさんは指を抜いた。やはり初めての雪が気になるようで、クラースさんが、まじまじとしゃがんで観察している。その姿を私とジェーンは微笑ましく見ていた。
少しすると、ジェーンが時空間歪曲機の中から一本のお酒のボトルを取り出した。灯の雪原の銘酒である、クリスタルリキッドを、クラースさんに見せようとしたのだ。しかしその時、彼のベストのポケットから、一枚の紙切れが、砂の上に落ちたのが見えた。
ジェーンとクラースさんがクリスタルリキッドの話題で盛り上がっている時に、私はその紙を広げてみた。これは……。
「ねえ、ジェーン。」
「はい?」と、ジェーンが私を見た。クラースさんはまた雪を見るためにしゃがんだ。私は、ジェーンに紙を差し出した。その紙を見て、ジェーンは嬉しそうに微笑んだ。紙にはこう書いてあった。
「兄様LOVEですか……ふふ、いつの間に、忍び込ませたのか。」
「何だか、意外な一面があるんだね、イルザさん。でも、本当にこれで良かったのかな。」
ジェーンが紙切れを大事そうにポケットにしまってから、私に微笑んだ。
「いいに決まっております。それにこの文章は、彼女なりに砕けてみたのでしょう。ああ見えて、彼女は結婚しております。彼女にも愛する人がいる、私にもいるのです。それだけの話です。」
「そっか、私にもいる。勿論、クラースさんにもね。」
「煩いぞ。」
と、クラースさんが雪をツンツンしながら答えた。ちゃんと聞いていたんだと、私は笑った。
「ところで、」クラースさんが立ち上がった。「この雪、ケイトにも見せてあげたいと思うんだが、溶けないうちにユークに持っていけないだろうか。」
それにはジェーンが答えた。
「陛下が、時空間歪曲機での飛行を、今日一日でも許可して頂けるのなら、ユークに持って帰ることは可能です。確かに、研究所の皆にも、見せてあげたいですね。」
「じゃあ、チェイスに、聞いてみようか!」
私がそう言うと、ジェーンがウォッフォンを構えた。
「そうですね。では、私が……。」
「ちょっと待って、ジェーン。」
「はい?」
私は、ジェーンの胸ぐらを掴んで、彼にキスをした。最初は驚いていた彼も、次第に私の頭を掴んで、激しく貪るようなものへと変化させていった。私は慌てた、ちょっと彼の勢いの方が、上回っている。何度も何度も繰り返されるキスとキスの合間に、私は言葉を放った。
「ちょっと、激しっ、ぶっ!」
「だって、この世界ですから、何も気にすることは、ありません。」
「だからって、弾けすぎ、ぶっ!」
「ん、もう少し、色っぽく。」
じゃあ話している途中で、私の口を塞がないでくださいよ……。と言いたかったが、もうこの勢いは止まらない。しかも彼は、口を開けてきた。私も油断していて開けてしまうと、ニュルっとしたものが入ってきて、私はバックステップで彼と距離をとった。頬が赤く、とろんとした目のジェーンと目が合った。
「今のは何?」
「……我々は恋人です。これぐらい、誰だってします。さあ、おいでなさい。もっと、私と口づけをしましょう?」
「クラースさんいるんですよ。そこに。」
「見せつければいいではありませんか。あなたが来ないのなら、私から迎えに行くまでです。んむっ。」
ジェーンがいきなり突撃してきて、一瞬頭が真っ白になった私は、動けずに彼に捕まってしまい、キスを受けた。何だその勢いはと、笑いながら私も彼に激しくやり返した。私の勢いに押された彼が、どこか隙のある表情で息を漏らすと、私はどきっと胸が高鳴って、もっともっと、彼を襲いたくなった。
気がつくと、二人して砂浜の上で転がりながら、互いの唇を貪り合っていた。堰き止められていた物が、一気に放出されて、私は容赦など出来ずに、彼を無茶苦茶にしてしまったが、彼が私に付いて来れていることを考えると、彼もまた、色々と我慢していたに違いないと思った。
キスが落ち着いて、鼻をくっつけて見つめ合っていると、二人の頬が砂だらけなことに気付いて、一緒に笑った。ふと気になって、クラースさんは何をしているのか見たら、何と、ウォッフォンで我々の動画を撮っていたのだった。それは予想外だった。
「兄様と、ハグをしたのは、初めてでございますね。」
「ええ、ええ。中々、しっくりきません。」
「同感です。」
何だその感想は……私は苦笑いした。するとジェーンがイルザに言った。
「私が去った後も、時が来るまで、ずっとここに居なさい。あなたの平和は確定します。」
「ええ、キルディアさんのお蔭で、私はとうとう自由を手に入れることができる。これは素敵なことです。」
何のことだかさっぱりだけど、二人の会話が終わったようなので、次は私がイルザさんにお別れのハグをした。まだ出会ったばかりだけど、何だか、寂しい。それを素直に言った。
「イルザ、この世界で、色々と助けてくれてありがとう。もう会えないなんて、少し寂しいよ。」
「そうですか。私はあなたに愛着など、ありませんが。」
「そ、そうですよね……今日会ったばかりだもんね、はは。でもイルザ、私だけじゃなくて、ジェーンとも、お別れになってしまう。」
イルザは先程と同様、氷のような無表情で答えた。
「兄がこの世界に戻ってきては、私はクイーンの座に居られません。あの事故は、悲劇であり、しかし私にとっては、好機でした。キルディアさん、是非とも、兄をあなたの世界に連れ帰ってください。何卒、お願い申し上げます。」
「あ、ああ……ありがたく、そうするよ。」
なんかすごかった。予想よりも、イルザさんは強かった。ジェーンの方を見ると、彼は口を押さえて笑っていた。
「ふふ、どうやら私は不要のようですね。あなたなら、そう申すとは予想しておりました。それぐらいなら私も、心残りはありません。イルザ、私はキルディアと共に、時空間歪曲機に乗ります。あなたのことを、いつも想っている。あの世界から、ずっと。」
イルザさんが少し笑った。
「私は、兄様には感謝しております。兄様が未来の世界に飛ぶのなら、私は永遠に、兄様が死ぬのを見られずに済むのですから。対して、この瞬間以降、私は遥か昔に死んだものとなりますね。生き続けてください、キルディアさんと共に。」
「本当に良いのかな……ぐっ、うええ。」
私は涙も鼻水も垂らしながら、時空間歪曲機に乗った。もう既に、ここにはジェーンの本がぎっしりと積まれていて、更にジェーン自身も乗ってきたので、中は結構狭くなった。イルザさんがカバーを閉めてくれて、ガラス越しに私に言った。
「キルディアさん、絶対に、兄がもう戻って来ないように見張っていてください。この世界のクイーンは私です。そうなりたいが為に、私がどれほど苦労したか。」
「はい……すみませんでした。」
「それと、兄様」イルザがジェーンを見た。「この一件に関連するデータは全て、私がしっかりと、消しておきます。兄様が消した兄様自身のデータも、全て完全に消去されているか、確認をしておきます。もう心置きなく、この世から去ってください。」
「最後まで、あなたには、お手数をお掛けしました。」
機械がウィーンと起動し始めると、ジェーンが少し身体を上げて、ガラスの向こうに立っているイルザに向かって言った。
「イルザ、愛しております。」
しかしその時だった。イルザさんは手を振り、そのまま何も言わずに、ボタンを押してしまったのだ。一気にカバーの向こうの視界がマーブル状態になった。そんな、何も言わないでボタン押しちゃうの?と、私は隣のジェーンを見た。ジェーンは、ぽかんと口を開けていた。
「このタイミングで、ボタンを押すのね。」
「ええ、彼女は実に、私の妹です。」
そして、機械がガタガタ揺れ始めると、ジェーンは私の手を握った。このまま、あの時代に帰る。彼と一緒に、帰れる。切ないけど、嬉しくて、変な気持ちだった。
時空間歪曲機のカバーの景色が、マーブルから空模様へと変わると、ジェーンはボタンを操作して、時空間歪曲機で空を移動した。私は下の景色を覗いた。青い海が広がっていて、近くには孤島が七つ、連なっている島々があった。明らかに、七つの孤島だった。
「ジェーン!近くに七つの孤島がある!あそこに着陸しよう。」
「了解です。一つめの島に、着陸を試みます。」
「どの時代だろう、でも海が広がっているから、ルミネラ時代かな。問題は、どの皇帝の時代なのかってことだけど。」
「ええ……」と、ジェーンが彼のウォッフォンの電源を入れた。するとすぐに太陽光で充電がされつつ、ホログラムが付いて、電波が入った。表示された月日を見てみると、何と、私が飛び立った日の翌日だった。
「す、すご。もう少し早かったら、過去の我々に出会していたかも。」
「ふふ、そうなれば、どうなったでしょうね。物体が二つに増えますから……とてもややこしいことに、なったでしょう。」
「ちょっとニュース見てみてもいい?」
「ええ、私は運転をしておりますから、あなたが操作してください。」
私はジェーンのウォッフォンのホログラムを触って、ネットでニュースを見てみた。するとチェイスが皇帝になったことや、LOZの解散のことなどが、全面的に写真付きで特集されていた。ああ、やはり帰ってこれたんだ!私は嬉しくなって、カバーをバンバン叩いた。
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「あはは!だって、帰ってきた、帰ってきたぞ!この青い海は、ユークアイランドに通じているんだ!はあ~、早く海風を嗅ぎたい。」
「私も嗅ぎたい。それから、ふふ、我々はもう恋人同士ですから、家でするべきことがあります。」
「……。」
何だか、嬉しいような、恥ずかしいような、変な気持ちになった。
ジェーンはそのまま運転を続けて、我々を乗せた機械は無事に七つの孤島の一つめの島へと、近づいていったが、海岸沿いに一艘の船が停まっているのが見えた。あのオレンジの屋根、白いボディ、シロープ島の漁師の船だ。
「ジェーン、もしかして、あれはクラースさんの船かな……?」
ジェーンはモニターを見て、首を傾げた。
「どうしてクラースが、翌日ここに来ますか?あれは別の人物の船では?」
私は船の近くの海岸をジロジロと眺めた。すると、ヤシの木が密集しているエリアから、一人男が出てくるのが見えた。あの褐色の肌、赤茶の髪色!
「あれ、クラースさんだ!」
しかも彼は何か手に持っている。それが何なのか分かった時、私とジェーンは笑ってしまった。
クラースさんが頭上の機械に気付いたのは、それからすぐだった。彼は最初、うわっと尻餅をついて、UFOだと思ったのか、ウォッフォンでしきりに動画を撮っていたが、時空間歪曲機だと気づくと、何度か目を擦ってから、こっちだこっちだと言わんばかりに、手でオーライオーライしてくれた。
クラースさんの誘導もあり、砂浜の上に到着すると、扉から飛び出して、私はクラースさんに突撃した。相変わらず力強く抱きしめてくれた。それからジェーンがクラースさんに笑顔で手を振ると、クラースさんはジェーンに突撃して、力強いハグをお見舞いしていた。ジェーンが、もがきながら言った。
「も、もう宜しいではありませんか、苦しいです。それに流石クラースといったところでしょうか、我々が戻ってくることを、知っておりましたか。」
クラースさんがジェーンを解放して、照れながら答えた。
「あ、ああ、まぐれだけどな。研究所も今日は休みだったし、ちょっと気になって、こっち来てみたんだ。これを持ってな。ほらよ!もう置いていくんじゃないぞ!」
と、クラースさんが私に向けて、手に持っていたナイトアームを投げつけた。私はそれをキャッチして、体に装着した。うーん、やはりいい感じだ。私が両手をワキワキ動かしていると、クラースさんが急に驚いた声をあげた。
「おい!お前それ!」
「え!?」
「左手の薬指にあるのって……お前ら、婚約したのか!?」
私は首をブンブン振った。
「ち、違う違う!ジェーンが離婚してくれたから、付き合ってはいるけれど、まだ、っていうか、婚約はしていないよ!そういうのはほら、お互い……ゆっくり進めたいと思っているよ。ねえ?ジェーン。」
ジェーンが答えた。
「ええ、折角ですから、過程も楽しみたいと思っております。まあ、結末は決まっておりますがね。しかし、この世界は暑い……ああ、溶けそうだ。」
ジェーンが額の汗をハンカチで拭いた。確かに、向こうの世界に比べたら暑すぎるかもしれない。ジェーンの世界は、雪原地帯以外でも、肌寒かった。あの世界を、少しでも肌で感じられたのは、いい経験だった。
「あっちの世界は、逆に寒すぎた。息をする度に、唇が凍りそうになるのも、鼻の穴が痛いのも、末端が常に凍りそうなのも、新鮮だった。何よりもあの雪、すごく綺麗だった。」
「ほお」クラースさんが思案顔で想像しながら言った。「そうか、ジェーンの世界には雪があったんだな。俺も、一度で良いから、雪を見てみたいもんだ。」
「実は、あるよ。」
私の一言に、クラースさんが目を丸くした。私とジェーンは時空間歪曲機の中からバケツを三つ取り出した。そのバケツには、雪がたくさん入っていた。クラースさんはそれらを見て、おおおと声を漏らし、人差し指を突っ込んだ。
「さくっとしているな。」
「ええ、しかしそのままにしていると、指が痛くなります。」
ジェーンの一言に、クラースさんは指を抜いた。やはり初めての雪が気になるようで、クラースさんが、まじまじとしゃがんで観察している。その姿を私とジェーンは微笑ましく見ていた。
少しすると、ジェーンが時空間歪曲機の中から一本のお酒のボトルを取り出した。灯の雪原の銘酒である、クリスタルリキッドを、クラースさんに見せようとしたのだ。しかしその時、彼のベストのポケットから、一枚の紙切れが、砂の上に落ちたのが見えた。
ジェーンとクラースさんがクリスタルリキッドの話題で盛り上がっている時に、私はその紙を広げてみた。これは……。
「ねえ、ジェーン。」
「はい?」と、ジェーンが私を見た。クラースさんはまた雪を見るためにしゃがんだ。私は、ジェーンに紙を差し出した。その紙を見て、ジェーンは嬉しそうに微笑んだ。紙にはこう書いてあった。
「兄様LOVEですか……ふふ、いつの間に、忍び込ませたのか。」
「何だか、意外な一面があるんだね、イルザさん。でも、本当にこれで良かったのかな。」
ジェーンが紙切れを大事そうにポケットにしまってから、私に微笑んだ。
「いいに決まっております。それにこの文章は、彼女なりに砕けてみたのでしょう。ああ見えて、彼女は結婚しております。彼女にも愛する人がいる、私にもいるのです。それだけの話です。」
「そっか、私にもいる。勿論、クラースさんにもね。」
「煩いぞ。」
と、クラースさんが雪をツンツンしながら答えた。ちゃんと聞いていたんだと、私は笑った。
「ところで、」クラースさんが立ち上がった。「この雪、ケイトにも見せてあげたいと思うんだが、溶けないうちにユークに持っていけないだろうか。」
それにはジェーンが答えた。
「陛下が、時空間歪曲機での飛行を、今日一日でも許可して頂けるのなら、ユークに持って帰ることは可能です。確かに、研究所の皆にも、見せてあげたいですね。」
「じゃあ、チェイスに、聞いてみようか!」
私がそう言うと、ジェーンがウォッフォンを構えた。
「そうですね。では、私が……。」
「ちょっと待って、ジェーン。」
「はい?」
私は、ジェーンの胸ぐらを掴んで、彼にキスをした。最初は驚いていた彼も、次第に私の頭を掴んで、激しく貪るようなものへと変化させていった。私は慌てた、ちょっと彼の勢いの方が、上回っている。何度も何度も繰り返されるキスとキスの合間に、私は言葉を放った。
「ちょっと、激しっ、ぶっ!」
「だって、この世界ですから、何も気にすることは、ありません。」
「だからって、弾けすぎ、ぶっ!」
「ん、もう少し、色っぽく。」
じゃあ話している途中で、私の口を塞がないでくださいよ……。と言いたかったが、もうこの勢いは止まらない。しかも彼は、口を開けてきた。私も油断していて開けてしまうと、ニュルっとしたものが入ってきて、私はバックステップで彼と距離をとった。頬が赤く、とろんとした目のジェーンと目が合った。
「今のは何?」
「……我々は恋人です。これぐらい、誰だってします。さあ、おいでなさい。もっと、私と口づけをしましょう?」
「クラースさんいるんですよ。そこに。」
「見せつければいいではありませんか。あなたが来ないのなら、私から迎えに行くまでです。んむっ。」
ジェーンがいきなり突撃してきて、一瞬頭が真っ白になった私は、動けずに彼に捕まってしまい、キスを受けた。何だその勢いはと、笑いながら私も彼に激しくやり返した。私の勢いに押された彼が、どこか隙のある表情で息を漏らすと、私はどきっと胸が高鳴って、もっともっと、彼を襲いたくなった。
気がつくと、二人して砂浜の上で転がりながら、互いの唇を貪り合っていた。堰き止められていた物が、一気に放出されて、私は容赦など出来ずに、彼を無茶苦茶にしてしまったが、彼が私に付いて来れていることを考えると、彼もまた、色々と我慢していたに違いないと思った。
キスが落ち着いて、鼻をくっつけて見つめ合っていると、二人の頬が砂だらけなことに気付いて、一緒に笑った。ふと気になって、クラースさんは何をしているのか見たら、何と、ウォッフォンで我々の動画を撮っていたのだった。それは予想外だった。
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ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。
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【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
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「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
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