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時を超えていけ!フィナーレ編

250 スノークリスタル

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 そして流石に戸惑いを見せるイルザは、私に聞いた。

「そ、それは本当ですか?あ、兄が、そんなにあなたを誘惑なさったのですか?」

 私はジェーンを睨んだ。ジェーンは黙りこくって、照れてんのか、恥ずかしいのか、手で顔を覆っていた。まあ妹に聞かれちゃあねえ、お兄ちゃんだもんね、ヒッヒッヒ。何て、意地の悪い私はもう帰りますよ。だから離してくれ、イルザ……。

「はあ、あなたも、人が悪い。」ジェーンが一瞬微笑んでから、ボソッと答えた。「イルザにそれを知られてしまうとは。私は、最後まで、この世界の人間の前では……それも、妹の前では、今までの私でいたかった。だから、あなたが現れても尚、昔の私を必死に、出していたというのに。」

 ……あら、そうだったの。

「そ、それはごめん。」

「どうしてでしょう、兄様。」イルザが聞いた。「私は、兄様の新たな一面を見られるなら、とても嬉しく思います。いつも冷静な兄様も尊敬に値しますが、キルディアさんのせいで、人間らしく微笑まれている兄様も、嫌いではありません。」

 せいで、って何でそうなるの。もうやだ。するとジェーンが、私を見た。腕を組んで、入り口の柱にもたれながら、私をじっと見つめる目は、冷徹さが無くなっていて、寧ろ、優しげを帯びた、愛しむような瞳だった。一気に胸の中が熱くなった。ジェーンは、私に聞いた。

「して、キルディア。あなたは、私を、どうしたいのですか?」

 よし今だ、もう誰にも、優柔不断で行動力が遅いとは言わせない。私はスッとその場で、片膝をついた。するとジェーンが目を見開いた。

「アレクセイ・ジェーン……違う。アレクセイ・ソフィア・シードロヴァ・イエモリ、だっけ?」

「ふふっ、その通りです。キルディア。」

 微笑むジェーンの手を取った。もう片方の手は、胸に当てたかったが、それは無いので、心の中で、胸に手を当てた。

「アレクセイ、私は、あなたを愛しています。どうか、私と共に……と言うのは、私はこの世界では不安定な存在で、この先、どうすべきか分からない。きっと、帰れるなら私だけ、未来の世界に帰った方が、いいのかもしれないから。だから、一緒に居なくてもいい。最後に、もう一度だけ、ハグをしてください。」

「……。」

 顔を赤らめてはくれたが、ジェーンは眉間にシワを寄せていた。何だろう、その難しい表情は。そして、少ししてから、彼は答えた。

「実は、あなたに報告しておくべきことがあります。私は、カタリーナと」

 そうだ!カタリーナ!彼はもう既に結婚しているし、しかも相手はこの世界にいる!そうだよ、カタリーナさんはこの世界にいるんだって!ああ、何だ……。私が一人、邪魔だったのだ。

「いや!いいんだ!はは!」私は立ち上がって、首をブンブン振った。「は、ハグはいいよ!ただ、気持ちを伝えたかっただけだから、奥方様と仲良くしてよ!ね!じゃあ、じゃあね!」

 私が手を振って後退りをすると、私の腕が、正面からガシッと掴まれた。今度はジェーンだった。

「離婚しました。」

 え?……え?

 ジェーンは、私の腕を離してくれない。彼は顔を赤らめたまま、チラチラとイルザを見ている。イルザは無表情で、兄を見ていた。何この空気、ってか、離婚……!?え!?私はジェーンに聞いた。

「急にそんなこと言ったって、カタリーナさんは良いって言ってたの?」

「この世界は配偶者の死後、婚姻を継続するか、放棄するか選べます。もし継続すれば、配偶者の財産を受け取れますから、彼女は継続を選んでおりました。しかし確認したところ、相続した私の財産で、好き勝手やっていたので、少々お仕置きをしておきました。それから……方法について、私は細かいことは言いませんが、事故以前の処理だとごまかして、離婚をしておきました。」

 カタリーナさんの好き勝手の内容も、処理のごまかし方も気になるが、そっか、ジェーンは離婚したんだと、しみじみ思った。

 するとジェーンが、キッチン台の方を指差して言った。

「イルザ、ヘッドフォンをしなさい。」

「嫌です。兄様。」

「いいから、しなさい。」

「嫌です。」

「私の言うことに反発しますか?」

「はい。嫌です。」

 急に兄妹喧嘩を始めないで頂きたい。しかもイルザよ、兄の命令は絶対ですと言っていたのは、何だったのか。

 諦めたジェーンは、私の腕を掴んだまま、シンクの方へと移動をした。するとイルザが付いてきた。これは面白い、追跡機能付きだった。私が笑いを堪えていると、ジェーンが私の肩をべしっと叩いた。

「笑い事ではありません!ああ、イルザ、あなたも大人でしょう!?私の命令に従いなさい!」

「嫌です。」

 すると観念したジェーンが、ヘッドフォンをとって、イルザに被せようとした。イルザが抵抗しながら訴えた。

「兄様、私も聞きたい。お願いです。」

「いけません。あなたの前では、私は賢く、冷静な兄でありたいのです。あなたが聞いているならば、私は、素直になれません。」

「……分かりました。」

 ヘッドフォンをしたイルザは、じっと我々を見つめている。その視線を気にしつつも、ジェーンが私の腕を掴むのをやめて、私の手を取り、私に思いっきり微笑んだ。ああ、私はずっと、その心を許してくれたような微笑みが、欲しかった。

「離婚の手続きをしに、私はこの世界に帰ってきたのです。あなたが、どうしても私が妻帯者だと、こだわるから、こうすれば、私は、何にも邪魔されずに、あなたのものに、なれるでしょう?」

 顔が熱い。私は頷いた。

「う、うん。離婚すれば、そうだけど。でも、その為だけに、帰ってきたの?でも、もうジェーンは、移動回数の制限があるから……。」

「その為だけではありません。離婚をし、あなたにプレゼントを買い、それからどうしても持っておきたい本がありましたから、それらも取りに。更に、諸々の作業、それはこの世界でしておきたかったことですが、それも完了させました。この故郷の雪を見て、あの世界の人々に、雪を持ち帰ってあげたいと思いました。特にあなたに。この世界にいる間、私はあなたのことを、ずっと想っておりましたよ。」

「本当に……?」

「ええ、ふふ。戻るつもりでした。戻れるのです。あの男の持っていた技術は、想像以上のもので、時のズレを徹底的に狭め、更に移動の回数制限を上げてくれました。」

「そ、そうなの!?チェイスの技術で!?」

 私は開目した。チェイスに感心した様子の私を見て、ジェーンは少しムッとした。

「ええ、そうだと言いましたが?それが何か?ふふ、兎に角、それが分かっているから戻るつもりでした。だからこそ、ウォッフォンをあなたに預けることなく、付けたまま帰ったのです。あなたの元へと戻ると決めていたから。」

「あ。」

 確かに彼の手首にはウォッフォンが付けっぱなしだった。ジェーンは続けた。

「ですから、お土産を時空間歪曲機に詰め込んで、また帰る予定でした。あのまま未来の世界で待っていれば、私は現れたはず。しかし時のズレは完全に取り除けたのでありませんから、大いに年単位で、ずれてしまうことは考えられた。そこで、です。」

「ちょっと待って」

 私は気になる事を彼に聞いた。

「当初の予想から、かなり時代のズレが狭まったのと、移動回数制限が増えたのを、ジェーンが知ったのは、いつなのかな?」

 ジェーンは唇を噛んで、申し訳なさそうに答えた。

「……チェイスが作成の手伝いに加わり、少ししてからです。」

「え?え……」じゃあ、とっくの昔に知ってた訳だ。「それはチェイスも知っていたの?」

「彼は、知らない筈です。時代を指定するシステムや、時空間の移動システムの設定ですが、それらは私しか理解の出来ない暗号で構築されております。教えてと懇願されましたが、断りました。勿論、何年前に飛ぶのか、それを定める操作は、彼にも出来たでしょうがね。それに、二号機の作成は設計図通りのコピーだと考えますが、この複雑な二つのシステムのプログラムは彼には出来なかった筈。それでも二号機が上手く作動したのは、どう言う理由なのか、気になりますが。」

 ああそうなんだ、確かにそれはチェイスがどう言うプログラムをしたのか気になるね。だからチェイスは本気で私を心配っておいいいいい!私は叫んだ。

「じゃあ何でジェーンは、今生の別れみたいな演出したの!もう二度と会えないと思ったじゃないの!」と、私はジェーンの手を振り払い、ポケットから紙切れを取り出してピラピラさせながらジェーンに怒鳴った。「何このポエム!何でこんな……何このポエムううう!何の必要があって、私はこのポエムを見ながら涙してんのよ!」

 ジェーンは申し訳なさそうな顔して、私の腕を掴んできた。

「だって、私はすぐに、あなたの元へと帰れる保証がありませんでした。数年後に、なるやもしれない。そうやって、私が離れている間に、あなたが他の男性に、特に……チェイスに目移りしてしまったら、どうしますか?彼は今、皇帝だ。私と同程度のスキルを持っている上に、彼は皇帝なのです!」

「皇帝なのです、じゃないよ!このギルバートが、権力なんぞに、たぶらかされるとお思いか!?そんなことある訳ないでしょう!」

「……私は、チェイスより、優れています。」

「それは知ってるって!分かってるの!だあ~もう、じゃあこのポエムは……?」

「ですからそのポエムは、離れている間に、私のことを忘れないで頂くためですと、何度申せば。」

「ガァァ……!」

「キルディア、今度は、私にさせてください。」

 ジェーンが片膝をついた。急にそんな行動をとるもんだから、私はぽかんとした。その時、イルザさんがしれっとヘッドフォンを取ったのを見たが、私は黙って、またジェーンを見た。

 彼は、少し涙目になっていた。頬が赤くて、少し、興奮しているように、ソワソワとした。そして、ベストのポケットから、白銀の指輪を取り出して、私に差し出した。私はハッとした。

「キルディア・ギルバート・カガリ……あなたを、心の底から、愛しております。これから毎日、あなたの隣で眠りから覚めたい。どうか私の、最初で、最後の恋人に、なってください。」

 人は、嬉しすぎると、頭が真っ白になるようだ。それに、もうここには、我々を遮るものは、何一つ無かった。彼がそうしてくれた。私の為に、価値観を超えられなかった私の為に、彼がここまでしてくれた。それだって、とても嬉しい。

 しばらく放心してから、私はジェーンに微笑んで、頷いた。

「はい。……私も、毎日ジェーンと一緒にいたい。」

「ふふ、ありがとうキルディア。とても、嬉しいです。」

 ジェーンは指輪を私に付けてくれた。白銀と思っていたが、何だか氷のようにも見える透き通った素材で、リングが六角形の形になっている、幾何学模様の彫刻の入った、細くて美しい指輪だった。因みに、イルザが乾いた拍手をしてくれている。

 私はジェーンに聞いた。

「これは……?」

「これは、スノークリスタルの指輪です。この雪原地帯でしか採掘出来ない、稀な鉱石で、付けている者に幸せが訪れるそうです。それを知っていた私は、あなたと共にいるうちに、出来ればこれをあなたに捧げたいと考えるようになりました。それにしても」と、ジェーンが立ち上がって、ため息をついた。

「妹の前で、一世一代の告白をするとは。」と、言いながら、私をきつく抱きしめた。私も彼の背中を抱いた。とても安心する温かさに、思わず目を閉じてしまった。

 乾いた拍手の中、ジェーンと私は、キスをした。やはり見られているからか、優しくて軽めのキスだった。
 
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