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時を超えていけ!フィナーレ編
249 ただ伝えたい
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私達はキッチンへと向かい、廊下を歩いていた。その時だった。何やら、紅茶の匂いがした。私はピンと来た。このお茶の香りは、ジェーンがよくオフィスで飲んでいるものと似ていた。私は走って、イルザを抜かした。
これまた広いキッチンに入ると、グラスのティーポットを傾けて、紅茶をカップに注いでいる、一人の男性が立っていた。その紳士的な服装の後ろ姿、クリーム色の長髪、明らかにジェーンだった。
何故かヘッドフォンを付けている。それが、声掛けに反応しなかった原因らしい。私は隣に立っているイルザと目が合った。彼女は話しかけなさいと、言わんばかりに、顎を使って、私に合図をした。
すっごく緊張する。私はそろりそろりと近づいて、ジェーンの肩をトントンと、叩いた。
「……!?」
はっ、と彼が振り返り、開目して、動きが止まってしまった。そして、持っていたポットを台に置いてから、彼は素早くヘッドフォンを取り、目を擦って、私をよく見た。絵に描いたような驚き方だった。彼が手に持っているヘッドフォンから、クラシック音楽が漏れている。絶句している彼に、私は話しかけた。
「何で、ヘッドフォンしているの?たくさん名前を呼んで、探したよ。それに、もし私が敵だったら、ジェーン、死んでたよ。」
私の声を聞いて、ジェーンはこれが現実だと分かったらしく、一気に動揺して、胸を押さえて、はっはっと呼吸をし始めた。それから私の後ろにイルザが居るのを発見して、彼はイルザに質問した。
「……どうして、彼女がここに?」
私の背後から機械的な女性の声が聞こえた。
「私が連れて参りました。私の元へは、ブラウンプラントで会ったと思われる、グレッグが連れて参りました。それよりも、折角ここまでお越しくださったのです。私ではなく、彼女に話しかけては如何でしょうか?」
「……。」
な、何さ。どうして私には話しかけないの?まあ、最後でキス拒んじゃったし、こんなストーカーみたいな真似して、悪いとは思ってるけど、こんな扱いする?
ちょっと不貞腐れた私は、ジェーンを少し睨んで、こう言った。
「おい、ソフィア。」
するとジェーンが私を見た。しかし、そこには温かさは無かった。最初に出会った頃のような、無表情で、冷静な声色で答えた。
「おやおや、荒々しい呼びかけですね。何でしょうか?」
「ジェーン……本当はジェーンじゃ無いらしいけど、それはどうしてなの?別に良いけど、気になったから聞いた。」
「それを知りたいが為に、ここまで来たのなら、呆れるばかりですが、良いです、答えましょう。」
なんかどうしたの、本気で最初の頃に、元通りになってるけど、まさかとは言え、私のこと覚えてるかな?それぐらいのレベルだった。私はちょっと苦笑いをした。
「あなたも長らく、ルーカスだったでしょう?」
「え?あ、ああ。そうだね。」ああ、彼には記憶があった、良かった。けど、こんな様子じゃ、きっと私のこと、もう嫌いなんだろうな。ジェーンは続けた。
「ソフィアという名は、私にとっては可愛らしすぎる。それに昔を思い出します。生みの父の事です。生前、知能で上に立てない父は、よく私のことを、ミドルネームでからかいました。女性扱いして、罵りました。私は、ソフィアよりも、ジェーンで居たいと考えます。これからも、ジェーンの名前を使います。何よりも、あなたが一番呼んでくれた名前だからです。」
「そっか、悪いことを聞いた。ごめん。」
「いえ。」
ジェーンは眉間にシワを寄せて、ため息をついた。何だか、今の話をしたから、ではなくて、私と会話するのが面倒くさそうな感じだった。ならばと、聞きたいことだけ聞いて、後は、言いたいこと言って、どこかに消えよう。私は彼に聞いた。
「ごめん、この会話だって、退屈だよね?でもちょっと気になる。どうして、ジェーンという名前にしたの?」
彼は窓の外の雪を見ながら答えた。
「ギルドで、最初にあなたのことを発見した時、私はあなたの後を追跡しました。あなたはクエストを受注してから、ロビーから出て、食堂の自販機で立ち止まり、上半身の重厚な装備を脱いで、タンクトップ姿になりました。そのまま栄養ドリンクを三本も買って、一気にゴクゴクとそれらを飲み干しました。その時、あなたが上腕に翡翠のミサンガを付けているのが見えました。覚えていますか?」
「ああ、確かにそうだった。あれは母から貰った……。」
ものだが、ギルドの依頼の最中に、イスレ山の何処かで千切れて紛失してしまったものだった。母のミサンガ、それが関係している?ジェーンは続けた。
「翡翠はJADE。あなたは、魔工学における、DtoN回路をご存知ですか?」
「いや。」
背後で、イルザは「ああ、なるほど」と、答えた。ジェーンは私に教えてくれた。
「DtoN回路は、Division to Nullの略で、境界線を無効化するシステムです。私は、この世界に戻るという任務の為、我々の間の境界線も無くしたいと考えておりましたので、DtoN回路にあやかり、JADEのDをNに変換しました。ですからJANEになりました。」
「なるほど。その願いの通り、任務は遂行されたんだ。それは、良かった。」
となると、ここに私がいるのは、だいぶ間違いのようだ。やばいな、言いたいことだけは言いたかったが、ちょっと、気持ちを伝えるとか、そんな空気では、なくなってしまった。でも彼だっていけないのだ。私をこんな気にさせたのだから。なんて、人のせいか。はああ。
「……。」
無言が続いている。ヘッドホンからはゆったりとした曲が流れている。窓の外には、さっきよりも大粒の雪が、深々と降り続いていた。この家に居て、一番おかしいのは私だ。それは分かっている。私は胸に手を当てて、窓の外を見続けているジェーンに言った。
「あなたを、突き放したのは……騎士の価値観を優先し続けたのは、大きな間違いだった。私はもう、覚悟が出来ている。けど、こんなことをして、申し訳ない。」
ジェーンが私を見た。そして、私の右手が無いことに気付いた。
「右手の無いまま、戦う術のないまま、この世界に来て、ブラウンプラントからヴィノクール経由でここまで移動した。それが、どれほど危険なことだったか、あなたは理解していますか?それ程に危険な橋を、あなたは渡ったのです。無鉄砲なのは、治らなかったようですね。」
「ごめんなさい。」
「大体、あなたはどのようにして、この時代へ飛んできたのでしょうか?」
「ごめんなさい。でも私が乗って来た二号機は、見事に大破した。」
ジェーンが疲労感に満ちた仕草で、手で顔を拭い、言った。
「二号機ですか。この時代でしか手に入れることの出来ない素材の代替品を、チェイスがあの世界で見つけたと仰るのですね。それもそうですが、あの男、組み立てないという約束で、手伝いを許したのに、その約束を破りましたか。大馬鹿者め。」
「ま、まあ組み立てていたのは事実だけど、でも彼は、すぐに木っ端微塵にして、廃棄する予定だったんだよ。ジェーンとの共同の設計が嬉しくて、組み立てるだけ組み立てたいんだって、ルミネラ城の屋根の上に変なラボ作って、そこで作業してたの。それを私がわがまま言って、使わせてもらったんだ。言いたいことは分かる。私がこの世界に来て、リスクは大いにあった。やるべきことでは無かった。」
「いえ。」と、答えたのはイルザだった。「彼女が居なければ、私はノアズで撃たれて死んでいたでしょう。あの時、そばに居た彼女は、遠くの敵に向かい魔術を放ちました。彼女は野生の動物だったかもしれないと、仰いましたが、それはスナイパーライフルを構えたボードンの手先であったと、先程、私の通信機器に報告がありました。」
「え?その人死んだ?」
私はイルザに聞いた。切実に質問したのだった。
「……あなたのせいではありません。それに、工業地帯で追手の車が何台か地面で大破しましたが、それもあなたのせいではありません。」
「……。」
いやいやいやいやいやいや、とても大事になってるじゃん。いやあ分かってたけどさ、だってそうしないと我々が死んでたもの。それにしても、いやあ……。と、私は恐る恐るジェーンを見た。彼は、もうそれは呆れたと言わんばかりの顔で、私を見ていた。そしてジェーンは私に言った。
「類は友を呼ぶとは、よく言ったものです。チェイスがあり、あなたがいる。はあ、付き合い切れませんね。」
「ご、ごめんなさい。」
私はシュンとした。しかしイルザが私の隣に来て、ジェーンに言った。
「元々は、兄様が時空を飛び越えたからではありませんか。私は、彼女から聞いて、そうだと考えたのです。これは正式な歴史なのです。実際、彼女があの時、ノアズへ訪れなかったら、私は死んでいました。私は、あの建物に、見えない壁で閉じ込められていたのです。」
「それは……あなたが、外に出なければ良かっただけの話。もう少し凌げば、後は自ずと平和が訪れたはずです。」
「兄様がしてくれたこと、感謝はしております。しかし、あのままあそこにいるだけではいずれ、突破されました。この者と車で工業地帯を移動して、私が囮となり戦力が割けたのも、良いスパイスになりました。私は、この者に感謝をしております。兎に角、兄様は、あまり彼女を責めるべきではありません。」
「そうですね、キルディア、申し訳なかった。あなたは妹の命を救った。それが歴史にどう影響するのか、実際これが正しい歴史なら、どうも影響はしないのだろうが。するとキルディアはどうなるのか。いえ、ここは兎に角、先ほどの発言を謝ります。それで良いでしょう?イルザ。」
「はい。どうです?キルディアさん。」
「ああ、いや……はい、あの、それでいいです。」
なんか、胃が痛い。心のない謝罪も何ていうの、無いよりはあったほうがいいかもだけど、すごい事務的。もう絶対ジェーンは私に気持ちが残っていないだろう。そんな気がプンプンする。
はあ、あの雪の中で、永遠に眠ろうかな。いや、あそこはシードロヴァ家の敷地内だから、せめてもの感謝ってことで、もっと町から出たところで眠ろう……。
私は一歩、後ずさった。すると二人が私を見た。若干、胸が痛い。
「ちょっと、散歩しますね。」
「こんなに寒いのに、その薄手の格好で?」
そう聞いたのはイルザだった。できれば、ジェーンに心配されたかった。しかし彼は、後ろを向いて、紅茶を飲んでいた。興味ないのね。私は、キッチンの入り口へと後退りながら移動した。
「ああ、なんか、ちょっと見たいものがあってね、はは。ここまで連れて来てくれて、ありがとう、イルザ。あとジェーンも、ごめんね。チェイスに約束を破かせたのは私だ。本当に、ごめん。色々と。」
ジェーンは、振り返りもしなかった。これでいいんだ、最後で、彼の姿を見られたのは、幸せなことだった。人生で初めての失恋が確定したが、そのせいで色んなものを巻き込んでしまった。その償い、させて貰うよはは。
私は踵を返して、キッチンから出ようとした。すると声を掛けられた。
「あなたは何をしに、ここまでやって来たのです?」
それは、ジェーンの声だった。今聞いちゃうそれ?私は振り返らず、ボソッと答えた。
「……私は、ただジェーンに、会いたかった。」
「ならば何故、突き放したのです?」
そう聞いたのは、イルザだった。どうしてあなたが私に聞くんだと、まるでタブルジェーンに問い詰められているかのようで、心の中で苦笑しつつ、返答した。
「ジェーンには奥方様がいる。私は、昔、礼儀を重んじる、騎士だった。くだらないプライドのせいで、彼とどれだけ仲良くなろうとも、親友から変わろうとしなかった。その先に進めなかった。ジェーンは違ったのに、私のために、色んな努力をしてくれたのに、私はただ、拒んでばかりだった。彼が消えた時に、私は……」
くだらない涙がこみ上げてしまった。悔しい。
「その時になって、初めて、失ったものの大きさに気付いた。これからは、私から彼を求めたい。価値観なんて、いくらでも曲げられる、捨てられるんだと、その時に気付いた。だから、彼を求めて、私はこんな、馬鹿げた行動をとった。この世界には感謝してる、グレッグさん、イルザ、メガインコ……メガインコが居なかったら、私は、地面に激突していた。可愛い、メガインコ……。メガインコ……。」
私は、涙ながらに、歩みを再開した。すると、ガシッと腕を掴まれた。振り返ると、イルザだった。もう悲しすぎる。その手を離してくれ……。しかも彼女は、目を丸くしていて、信じられないと言った様子で、私に質問をした。
「兄が、あなたに対して、それ以上の関係を、望んだのですか?あの、兄が?」
それに答えたのは、ジェーンだった。慌てた様子で、カップを台に置いてから、足早にこちらに近付いて来て、私に言った。
「キルディア、嘘はいけません。何を仰いますか?あなたの方が、私と共にいることを望んでいたのです。最初から、あなたが私を求めていたのです。私はただ、任務を遂行する為でしたが、あなたは違いました。仲良くなった私を、あなたが誘惑したのです。」
いやいやいや、何その兄のプライド。何その嘘!私は身の潔白を証明しようと必死になった。
「いやいや!ジェーン!誘惑して来たのはそっちだよ!何でそんな嘘をつくの?記憶でも飛んだの?違うでしょ!?だって私の方が、最初はその気なんて、これっぽっちも無かったんだから!ギルドで私を見つけて後を付けたのだって、普通そんなことしないよ?」
ジェーンは無言で私を睨んでいる。もうね、こっちだって、冷たい態度取られたんだから、言ってやるよ!
「じゃあ説明しよう。この男はね、私に誰も愛するなとか、寝ている間に唇奪ったりとか、私とタージュ博士のデートを、博士の自宅のシステムをハッキングして遠隔で阻害して来たりとか、もうすごかったんですよ!イルザ!」
「馬鹿な!」ジェーンがすごい剣幕で反応した。「私にレジスタンスのテントで抱きついてきたのは、あなたの方です!それに、病院でキスだって、あなたの方から!」
「あのね、レジスタンステントは、ジェーンが最初に、私のこともう親友だと思っていない、それ以上の関係だって言ったじゃないの!しかもその後、私の手の甲にキスしてきたんでしょ!?病院でキスは、ジェーンが私のベット潜ってきて、じっと私のことを艶かしく見つめてきたんだもの!私はね、健康なんですよ!騎士だったし、士官学校卒で、体力があってね、思春期だって立派に抑圧されてきたんですよ!ジェーンに誘惑され続けて、何度も何度も激情が込み上げてきたことあったけど、すごく我慢して来たんです!なのに、ジェーンが同じベットに入って、鼻と鼻がぶつかるような至近距離で見つめてきたら、こんな私なのに、もう耐えられる訳がないでしょ!でも……素直になって、こうやって迎えに来たら、なあに?何でそんな冷たいの!馬鹿!もういいよ、地下の時空間歪曲機で帰るから!」
私は踵を返して、その場から去ろうとしたが、また腕を掴まれて、グイッと引かれて、踵を返すことになった。しかも引っ張ったのはイルザだった。もう~~~!
これまた広いキッチンに入ると、グラスのティーポットを傾けて、紅茶をカップに注いでいる、一人の男性が立っていた。その紳士的な服装の後ろ姿、クリーム色の長髪、明らかにジェーンだった。
何故かヘッドフォンを付けている。それが、声掛けに反応しなかった原因らしい。私は隣に立っているイルザと目が合った。彼女は話しかけなさいと、言わんばかりに、顎を使って、私に合図をした。
すっごく緊張する。私はそろりそろりと近づいて、ジェーンの肩をトントンと、叩いた。
「……!?」
はっ、と彼が振り返り、開目して、動きが止まってしまった。そして、持っていたポットを台に置いてから、彼は素早くヘッドフォンを取り、目を擦って、私をよく見た。絵に描いたような驚き方だった。彼が手に持っているヘッドフォンから、クラシック音楽が漏れている。絶句している彼に、私は話しかけた。
「何で、ヘッドフォンしているの?たくさん名前を呼んで、探したよ。それに、もし私が敵だったら、ジェーン、死んでたよ。」
私の声を聞いて、ジェーンはこれが現実だと分かったらしく、一気に動揺して、胸を押さえて、はっはっと呼吸をし始めた。それから私の後ろにイルザが居るのを発見して、彼はイルザに質問した。
「……どうして、彼女がここに?」
私の背後から機械的な女性の声が聞こえた。
「私が連れて参りました。私の元へは、ブラウンプラントで会ったと思われる、グレッグが連れて参りました。それよりも、折角ここまでお越しくださったのです。私ではなく、彼女に話しかけては如何でしょうか?」
「……。」
な、何さ。どうして私には話しかけないの?まあ、最後でキス拒んじゃったし、こんなストーカーみたいな真似して、悪いとは思ってるけど、こんな扱いする?
ちょっと不貞腐れた私は、ジェーンを少し睨んで、こう言った。
「おい、ソフィア。」
するとジェーンが私を見た。しかし、そこには温かさは無かった。最初に出会った頃のような、無表情で、冷静な声色で答えた。
「おやおや、荒々しい呼びかけですね。何でしょうか?」
「ジェーン……本当はジェーンじゃ無いらしいけど、それはどうしてなの?別に良いけど、気になったから聞いた。」
「それを知りたいが為に、ここまで来たのなら、呆れるばかりですが、良いです、答えましょう。」
なんかどうしたの、本気で最初の頃に、元通りになってるけど、まさかとは言え、私のこと覚えてるかな?それぐらいのレベルだった。私はちょっと苦笑いをした。
「あなたも長らく、ルーカスだったでしょう?」
「え?あ、ああ。そうだね。」ああ、彼には記憶があった、良かった。けど、こんな様子じゃ、きっと私のこと、もう嫌いなんだろうな。ジェーンは続けた。
「ソフィアという名は、私にとっては可愛らしすぎる。それに昔を思い出します。生みの父の事です。生前、知能で上に立てない父は、よく私のことを、ミドルネームでからかいました。女性扱いして、罵りました。私は、ソフィアよりも、ジェーンで居たいと考えます。これからも、ジェーンの名前を使います。何よりも、あなたが一番呼んでくれた名前だからです。」
「そっか、悪いことを聞いた。ごめん。」
「いえ。」
ジェーンは眉間にシワを寄せて、ため息をついた。何だか、今の話をしたから、ではなくて、私と会話するのが面倒くさそうな感じだった。ならばと、聞きたいことだけ聞いて、後は、言いたいこと言って、どこかに消えよう。私は彼に聞いた。
「ごめん、この会話だって、退屈だよね?でもちょっと気になる。どうして、ジェーンという名前にしたの?」
彼は窓の外の雪を見ながら答えた。
「ギルドで、最初にあなたのことを発見した時、私はあなたの後を追跡しました。あなたはクエストを受注してから、ロビーから出て、食堂の自販機で立ち止まり、上半身の重厚な装備を脱いで、タンクトップ姿になりました。そのまま栄養ドリンクを三本も買って、一気にゴクゴクとそれらを飲み干しました。その時、あなたが上腕に翡翠のミサンガを付けているのが見えました。覚えていますか?」
「ああ、確かにそうだった。あれは母から貰った……。」
ものだが、ギルドの依頼の最中に、イスレ山の何処かで千切れて紛失してしまったものだった。母のミサンガ、それが関係している?ジェーンは続けた。
「翡翠はJADE。あなたは、魔工学における、DtoN回路をご存知ですか?」
「いや。」
背後で、イルザは「ああ、なるほど」と、答えた。ジェーンは私に教えてくれた。
「DtoN回路は、Division to Nullの略で、境界線を無効化するシステムです。私は、この世界に戻るという任務の為、我々の間の境界線も無くしたいと考えておりましたので、DtoN回路にあやかり、JADEのDをNに変換しました。ですからJANEになりました。」
「なるほど。その願いの通り、任務は遂行されたんだ。それは、良かった。」
となると、ここに私がいるのは、だいぶ間違いのようだ。やばいな、言いたいことだけは言いたかったが、ちょっと、気持ちを伝えるとか、そんな空気では、なくなってしまった。でも彼だっていけないのだ。私をこんな気にさせたのだから。なんて、人のせいか。はああ。
「……。」
無言が続いている。ヘッドホンからはゆったりとした曲が流れている。窓の外には、さっきよりも大粒の雪が、深々と降り続いていた。この家に居て、一番おかしいのは私だ。それは分かっている。私は胸に手を当てて、窓の外を見続けているジェーンに言った。
「あなたを、突き放したのは……騎士の価値観を優先し続けたのは、大きな間違いだった。私はもう、覚悟が出来ている。けど、こんなことをして、申し訳ない。」
ジェーンが私を見た。そして、私の右手が無いことに気付いた。
「右手の無いまま、戦う術のないまま、この世界に来て、ブラウンプラントからヴィノクール経由でここまで移動した。それが、どれほど危険なことだったか、あなたは理解していますか?それ程に危険な橋を、あなたは渡ったのです。無鉄砲なのは、治らなかったようですね。」
「ごめんなさい。」
「大体、あなたはどのようにして、この時代へ飛んできたのでしょうか?」
「ごめんなさい。でも私が乗って来た二号機は、見事に大破した。」
ジェーンが疲労感に満ちた仕草で、手で顔を拭い、言った。
「二号機ですか。この時代でしか手に入れることの出来ない素材の代替品を、チェイスがあの世界で見つけたと仰るのですね。それもそうですが、あの男、組み立てないという約束で、手伝いを許したのに、その約束を破りましたか。大馬鹿者め。」
「ま、まあ組み立てていたのは事実だけど、でも彼は、すぐに木っ端微塵にして、廃棄する予定だったんだよ。ジェーンとの共同の設計が嬉しくて、組み立てるだけ組み立てたいんだって、ルミネラ城の屋根の上に変なラボ作って、そこで作業してたの。それを私がわがまま言って、使わせてもらったんだ。言いたいことは分かる。私がこの世界に来て、リスクは大いにあった。やるべきことでは無かった。」
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「え?その人死んだ?」
私はイルザに聞いた。切実に質問したのだった。
「……あなたのせいではありません。それに、工業地帯で追手の車が何台か地面で大破しましたが、それもあなたのせいではありません。」
「……。」
いやいやいやいやいやいや、とても大事になってるじゃん。いやあ分かってたけどさ、だってそうしないと我々が死んでたもの。それにしても、いやあ……。と、私は恐る恐るジェーンを見た。彼は、もうそれは呆れたと言わんばかりの顔で、私を見ていた。そしてジェーンは私に言った。
「類は友を呼ぶとは、よく言ったものです。チェイスがあり、あなたがいる。はあ、付き合い切れませんね。」
「ご、ごめんなさい。」
私はシュンとした。しかしイルザが私の隣に来て、ジェーンに言った。
「元々は、兄様が時空を飛び越えたからではありませんか。私は、彼女から聞いて、そうだと考えたのです。これは正式な歴史なのです。実際、彼女があの時、ノアズへ訪れなかったら、私は死んでいました。私は、あの建物に、見えない壁で閉じ込められていたのです。」
「それは……あなたが、外に出なければ良かっただけの話。もう少し凌げば、後は自ずと平和が訪れたはずです。」
「兄様がしてくれたこと、感謝はしております。しかし、あのままあそこにいるだけではいずれ、突破されました。この者と車で工業地帯を移動して、私が囮となり戦力が割けたのも、良いスパイスになりました。私は、この者に感謝をしております。兎に角、兄様は、あまり彼女を責めるべきではありません。」
「そうですね、キルディア、申し訳なかった。あなたは妹の命を救った。それが歴史にどう影響するのか、実際これが正しい歴史なら、どうも影響はしないのだろうが。するとキルディアはどうなるのか。いえ、ここは兎に角、先ほどの発言を謝ります。それで良いでしょう?イルザ。」
「はい。どうです?キルディアさん。」
「ああ、いや……はい、あの、それでいいです。」
なんか、胃が痛い。心のない謝罪も何ていうの、無いよりはあったほうがいいかもだけど、すごい事務的。もう絶対ジェーンは私に気持ちが残っていないだろう。そんな気がプンプンする。
はあ、あの雪の中で、永遠に眠ろうかな。いや、あそこはシードロヴァ家の敷地内だから、せめてもの感謝ってことで、もっと町から出たところで眠ろう……。
私は一歩、後ずさった。すると二人が私を見た。若干、胸が痛い。
「ちょっと、散歩しますね。」
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そう聞いたのはイルザだった。できれば、ジェーンに心配されたかった。しかし彼は、後ろを向いて、紅茶を飲んでいた。興味ないのね。私は、キッチンの入り口へと後退りながら移動した。
「ああ、なんか、ちょっと見たいものがあってね、はは。ここまで連れて来てくれて、ありがとう、イルザ。あとジェーンも、ごめんね。チェイスに約束を破かせたのは私だ。本当に、ごめん。色々と。」
ジェーンは、振り返りもしなかった。これでいいんだ、最後で、彼の姿を見られたのは、幸せなことだった。人生で初めての失恋が確定したが、そのせいで色んなものを巻き込んでしまった。その償い、させて貰うよはは。
私は踵を返して、キッチンから出ようとした。すると声を掛けられた。
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それは、ジェーンの声だった。今聞いちゃうそれ?私は振り返らず、ボソッと答えた。
「……私は、ただジェーンに、会いたかった。」
「ならば何故、突き放したのです?」
そう聞いたのは、イルザだった。どうしてあなたが私に聞くんだと、まるでタブルジェーンに問い詰められているかのようで、心の中で苦笑しつつ、返答した。
「ジェーンには奥方様がいる。私は、昔、礼儀を重んじる、騎士だった。くだらないプライドのせいで、彼とどれだけ仲良くなろうとも、親友から変わろうとしなかった。その先に進めなかった。ジェーンは違ったのに、私のために、色んな努力をしてくれたのに、私はただ、拒んでばかりだった。彼が消えた時に、私は……」
くだらない涙がこみ上げてしまった。悔しい。
「その時になって、初めて、失ったものの大きさに気付いた。これからは、私から彼を求めたい。価値観なんて、いくらでも曲げられる、捨てられるんだと、その時に気付いた。だから、彼を求めて、私はこんな、馬鹿げた行動をとった。この世界には感謝してる、グレッグさん、イルザ、メガインコ……メガインコが居なかったら、私は、地面に激突していた。可愛い、メガインコ……。メガインコ……。」
私は、涙ながらに、歩みを再開した。すると、ガシッと腕を掴まれた。振り返ると、イルザだった。もう悲しすぎる。その手を離してくれ……。しかも彼女は、目を丸くしていて、信じられないと言った様子で、私に質問をした。
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いやいやいや、何その兄のプライド。何その嘘!私は身の潔白を証明しようと必死になった。
「いやいや!ジェーン!誘惑して来たのはそっちだよ!何でそんな嘘をつくの?記憶でも飛んだの?違うでしょ!?だって私の方が、最初はその気なんて、これっぽっちも無かったんだから!ギルドで私を見つけて後を付けたのだって、普通そんなことしないよ?」
ジェーンは無言で私を睨んでいる。もうね、こっちだって、冷たい態度取られたんだから、言ってやるよ!
「じゃあ説明しよう。この男はね、私に誰も愛するなとか、寝ている間に唇奪ったりとか、私とタージュ博士のデートを、博士の自宅のシステムをハッキングして遠隔で阻害して来たりとか、もうすごかったんですよ!イルザ!」
「馬鹿な!」ジェーンがすごい剣幕で反応した。「私にレジスタンスのテントで抱きついてきたのは、あなたの方です!それに、病院でキスだって、あなたの方から!」
「あのね、レジスタンステントは、ジェーンが最初に、私のこともう親友だと思っていない、それ以上の関係だって言ったじゃないの!しかもその後、私の手の甲にキスしてきたんでしょ!?病院でキスは、ジェーンが私のベット潜ってきて、じっと私のことを艶かしく見つめてきたんだもの!私はね、健康なんですよ!騎士だったし、士官学校卒で、体力があってね、思春期だって立派に抑圧されてきたんですよ!ジェーンに誘惑され続けて、何度も何度も激情が込み上げてきたことあったけど、すごく我慢して来たんです!なのに、ジェーンが同じベットに入って、鼻と鼻がぶつかるような至近距離で見つめてきたら、こんな私なのに、もう耐えられる訳がないでしょ!でも……素直になって、こうやって迎えに来たら、なあに?何でそんな冷たいの!馬鹿!もういいよ、地下の時空間歪曲機で帰るから!」
私は踵を返して、その場から去ろうとしたが、また腕を掴まれて、グイッと引かれて、踵を返すことになった。しかも引っ張ったのはイルザだった。もう~~~!
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サリバン辺境伯領の領主代行として領地に籠もりがちな私リリーに対し、王都の社交界で華々しく活動……悪く言えば男をとっかえひっかえ……していた妹ローズが、そう言って寄越したのは、それまで送ってきていたドレスでも宝飾品でもなく、私の初恋の方でした。
ローズのせいで広まっていたサリバン辺境伯家の悪評を止めるために、彼は敢えてローズに近付き一切身体を許さず私を待っていてくれていた。
そして彼の初恋も私で、私はクールな彼にいつのまにか溺愛されて……?
妹のおさがりばかりを貰っていた私は、初めて本でも家庭教師でも実権でもないものを、両親にねだる。
「お父様、お母様、私この方と婚約したいです」
リリーの大事なものを守る為に奮闘する侯爵家次男レイノルズと、領地を大事に思うリリー。そしてリリーと自分を比べ、態と奔放に振る舞い続けた妹ローズがハッピーエンドを目指す物語。
小説家になろう様でも別名義にて連載しています。
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
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