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時を超えていけ!フィナーレ編
248 彼の痕跡
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周りに車はいない。だが、ドンドンと車が音を立てている。明らかにこの車に向かって、魔弾が撃ち込まれている音だった。周りにいないとなると、地上から撃っているに違いない。私はイルザに言った。
「もう少し、上空に飛べませんか?」
「……、境界域に触れることは、危険です。それよりも、あなたが地上の悪党どもを排除してください。あなたなら出来るはずです。」
いやいや待てよ、だって私は、未来の人間だ。威嚇射撃ぐらいだったら或いは……いやいや!
「わ、私が撃っちゃっていいのかな!?だって、その射撃で誰かが死んだら歴史が狂うんじゃないの!?」
「ならば、何も抵抗せず、私とあなたはそのうち墜落するでしょう。ここで死んでは、全てが終わります。あなたは、この世界で死にたいですか?あなたの銃弾で誰かが死のうとも、それはこの時代で完結します。これが正しい歴史なのだとしたら、その者の死によって、未来の大勢の人間が助かるのです。そしてその人間の中に、あなたのそばにいた、大切な人がいるかもしれない。」
「あ、ああ、そうかな?私の攻撃で、未来世界にいる私の友人が守れるかもって言ってんのね?……でも、出来ないよ。なるべく、何も起こさないようにと思って、こっち来たんだ。」
「ああ、焦ったい。」
イルザがハンドルをぐいっと切ると、車が大きく揺れて、私は顔を窓に打ち付けられた。ちょっと痛い。
「何です?あなたは、勇敢であるのに、どうも優柔不断ですね。それだから、兄がこちらに帰ってきたのでは?大体、歴史を気にするなら、そもそもあの世界で、じっとしていれば良かったではありませんか!さっさと銃を構えなさい!威嚇射撃ぐらい出来るでしょう!?」
「は、はい!」
ごめんなさいと言いかけてしまった。確かに私は、行動するまでが遅いのだと、痛感したからだ。
私は窓から一旦離れて、ボタンを押して窓を開けると、下を覗いた。工場地帯で、建物の隙間から、魔弾がこちらに向かって飛んできている。ならば工場を撃ってみようか。私は魔弾を左手で構えて、バンバン下に向かって撃った。
すると、工場の隙間から、数台の車がこちらに向かって飛んできたのだ。きっと、この車がイルザの車だと知っているのだろう。助手席の奴らが、身を乗り出して、こっちに向かってバンバン撃ってきている。
私は窓から手を出すのをやめて、後部座席にシュッと移動をした。そして、まだこちらの方が高度があるので、拳銃を一度ベルトに挟んでから、ドアを開けて、両足でしっかりと踏ん張って、その隙間から車に向かって魔弾を撃った。
私の魔弾が数発、相手の車のボンネットに穴を開けると、車は大きくブレて、他の車とぶつかりながら、地上へ向かって落ちていってしまった。願わくば、彼らには無事でいて欲しい。
しかしこの銃、一発一発にとても反動があるが、見た事ないくらいに威力が高い。この時代だから、ルミネラ帝国ではあるはずの武器開発における威力の制限も、無かったのだ。私はイルザに話しかけた。
「これ、とても、攻撃力あるね。驚いた。」
「ああそうですか、私のものではありませんので、よく知りません。」
「え?そうなの?」
私はマグナムの銃身を観察した。重厚なボディに、小さな薔薇の彫刻がついてる、黒い拳銃だ。イニシャルが書いてあった。I・P・Aだった。確かに、イルザ(Ylsa)のイニシャルではない。もしかしてイオリさんの?……と、思ったが、そうこうしている内に、また車に銃撃が当り始めたので、私はまた防衛を開始した。
残りの数台も、タイヤに集中的に弾を撃ち込んでみたら、バランスを崩して、地上に向かってフラフラと落ちていった。追跡が消えたところで、私はドアを閉めて、助手席に戻り、シリンダーが空になっているのを確認してから、引き出しに魔銃を戻した。
「ふう~、排除完了です、これでいいでしょ?」
「ほお、あなたなら、やると思っておりました。流石でございます。」
なんだろう、妹の方が、若干偉そうだ。まあ、それも面白いなと少し笑い、私達を乗せた車は、灰色の雲に覆われた、白い粉雪の舞い散る地帯へと向かって行った。
銃撃戦があってから、数時間後のことだった。周りはひらひらと細かな雪が雲から降り続けていて、窓ガラスはすぐに曇ってしまった。暖房があるからだ。こんなに、外が寒い経験はしたことない私は、何度もカーディガンの袖で窓を拭いて、雪を眺めた。
「雪は、初めてですか?」
イルザの質問に、笑顔で答えた。
「うん、初めてだ。こんなに綺麗な景色は。」
「感動的ですね、しかしそれは、最初のうちだけです。」
どうして、夢をぶち壊すんだろう。まあ、分かるよ、私だって最初ユークに初めて行った時は、あの青い海に感動したものさ。今となっては、ただの景色に過ぎない。家の窓から見える、ただの海。でも好きだけどね。
雪が降っていると言うことは、ジェーン達の実家がある、灯の雪原が近いのだろう。ああ、なんだか緊張して来た。会ったら、どんなことを言われるだろう、きっと、私を責めるに違いない。それから彼はきっと、ため息をついて、それから……どうなるだろう。分からない。
雪原地帯の中に、蝋燭のような、ほのかな灯りが見えた。それは近づくにつれて、段々と広がっていき、街へと変わって行った。近づくと、屋根が全て白く染まっていて、街灯がぼんやりとまあるく色付いている、幻想的な光景を見ることが出来た。
この中にジェーンがいるのか。余計に緊張してきた。街からは数台の車が空へと飛び立って行った。あそこら辺に、駐車場があるんだ。そう思っていると、我々の車は、そこを通り過ぎて行った。
「駐車場に停まらないの?」
「あなたは待ち伏せに遭い、死にたいですか?」
「ごめんなさい。」
「はい。」
実にテンポの良い会話だった。もう何も言うことのない私は、その後はずっと黙っていた。ワイパーがフロントガラスを拭いている音だけが、車内にずっと響いていた。
すぐに、街の外れにある大きな邸宅の庭に、車が降りた。古い洋館で、庭には謎の女性の銅像があり、身体にこんもりと雪が乗っかっていた。イルザは車のエンジンを止めて、私に話しかけてきた。
「あの銅像は、義理母様のお姿です。」
「ああ、そうなんだ。若い時の?」
「ええ。偉大な音楽家でした。兄のピアノを聞きましたか?」
「聞きました。」
「彼女に教わったのです。それも聞きましたか?」
「多分、聞きました。」
「この世界のことを、あなたにはよくお話ししているようですね。それだけ、兄はあなたに、心を許しているのでしょう。兄がどうして、この家に篭っているのか、たった今、理解しました。さあ、あの家に行きましょう。」
「は、はい。」
私達は、車を降りた。その時だった。一瞬で、私の全身が勢いよく冷えて、痛み始めたのだ。しかも私の通気性重視のブーツは、雪で包まれたことで、いとも簡単にグショグショになってしまった。私は身を震わせながら、ぴょんぴょんと跳ねた。
「寒っ!寒っ!?何!?鼻の奥が痛い!」
見るとイルザはオフィスファッションの上に、トレンチコートを羽織っていた。それだって羽織って意味あるのか知りたいぐらいの薄さだが、彼女は平気な顔をして私を見ている。
「……永久凍土ですから、寒いに決まっています。さあ、来てください。あの建物の中は、幾分暖かいはず。」
「そうだね、そうだ、急ぐよ私は!」
「あ、ちょっと!」
私はイルザの手を引っ張って走り始めた。雪の上を走るなんて、ちょっと楽しいが、それよりもやはり寒い。凍てつく寒さのせいで頭痛さえする。「速い、速い」と、イルザが言葉を漏らしたが、私は速度を下げなかった。
その扉は雰囲気が裏口っぽかった。正面玄関のように門から道が続いていることもなく、庭に直接つながっていたからだ。イルザがポケットから薄い、四角い手のひらサイズの機械を取り出して、ドア横の認証パッドにかざすと、ロックが解除された。
「さあ、どうぞ。」
と、言ったイルザの口元の吐息が曇っている。寒さで、彼女の鼻が少し赤くなっていた。私は頷いてから、邸宅の中に入った。
そこは吹き抜けのような場所だった。正面には玄関があり、横には二階への階段、それから左には部屋があり、右にも部屋があるが通路もある。やはり広く、そしてちょっと暖かい。暖房は入っていないが、それでも、雪や風を凌げるのは、だいぶ違うことだ。
「どこにいるのかな。」
と、私が言った時に、私の鼻からスッと水が垂れた。暖かいところに来たから、急に鼻水が出てしまった。何度も啜るが、やはり垂れてしまう。苦戦していると、イルザが私にティッシュをくれた。
「全く、ハンカチも持っていないのでしょうか?それは差し上げます。」
「あ、ありがとう。」
ティッシュ二枚をくれたので、私はそれで鼻を拭きながら歩き始めた。よく見ると、所々埃の塊みたいなのがコロコロ転がっていて、天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。ちょっとお化け屋敷みたいだった。イルザも埃の塊を見ていた。
「ああ、そろそろ使用人を雇うべきでした。数年でここまで汚くなるとは。折角いただいたお家ですから、大事にしませんと。」
「ま、まあでも、お家自体の素材的には、まだ耐久度がありそうだし、今からでも掃除すれば元通りになりそうだ。今度雇ったら、きっと大丈夫だよ。」
「そうですね。あなたの仰る通りです。さて、兄ですが。」
「ああ、どこにいるんだろう。でも本当に、この場所にいるのかな?」
「今ここ以外に、彼の居場所はありません。私がここに連れてきたのです、確実にいます。地下が研究室ですから、そこに行きましょう。」
イルザが階段の方へ行き、地下へと降りて行った。私も彼女に続いて、薄暗いランプの灯る階段を降りていく。
緊張してきた、彼に会える、とうとう会える!イルザが地下室の扉を開けた。打ちっぱなしの壁に包まれて、様々なモニターや機械が置いてあるのが見えた。彼女に続いて中に入ると、奥には傷ひとつない、時空間歪曲機があるのを発見して、私は思わず叫んだ。
「あ!あれがある!」
「ええ。」イルザが机の上の何か、設計図を見ながら答えた。「あれに乗って、兄は帰ってきました。あなたも乗ってきたのでしょう?そう言えば、あなたの乗っていたものは、どこに置いてきたのですか?」
「あ、私のは、空中で爆発しました。」
「え?」イルザが私を無表情だけど、多分驚いている表情で見た。「もしや、その腕……。」
私は首をブンブン振りながら答えた。
「ああ、これは別件です!別件で、腕とれちゃって、はは!」
「そうでしたか……ふん、兄の姿は見えませんが、どれ。」
と、イルザは、カバーが開けっ放しの時空間歪曲機の中に座り、ボタンを押して、何かを確認し始めた。そうか、きっと初号機の方は、爆発しないで到着できるくらいに仕上がっていたんだ。それが嬉しかった。
しかも、指定した時代から殆どずれることなく、到着しているように思える。チェイスが指定したのは、ジェーンが帰った時と同じ時間だったけど、それからもほんの一日ずれるだけに終わっている。
だが、二号機だったから、あの爆発があったのだ。きっと初号機は、そのズレもなく、完成したに違いない。私の発明ではないが、嬉しくてつい、笑顔になってしまった。でもこれは、何の為に、ここにあるのだろうか。願わくば、私の為であって欲しいとは思った。
……もう一度だけでも、未来の世界に、ジェーンが行けるなら、そういう風に彼が願ってくれるなら、そして時空間歪曲機が彼の身体をもう一度だけ飛ぶことを許してくれるなら、こんなに嬉し事はないが……しかし、イルザがいる。そうなれば彼女は、二度とジェーンに会えなくなってしまう。それにこの世界だって、魅力がある。色々と思うと、何だか、躊躇した。
イルザが、時空間歪曲機から降りた。
「テスト起動の最終履歴を確認しました。つい、二十分前のことでした。それから、研究室には暖房がついている。この屋敷内にいます。彼が通信機器を持っていれば、すぐに位置が分かったのですが、仕方ありません、歩いて探しましょう。」
「そっか、じゃあ、本当にここにいるんだ。」
「ええ。しかしまあ、この短時間でよくもここまで、補修を進められたものです。上に戻りましょう。全く、ここにいれば良いというのに、世話の焼ける。」
イルザはスタスタと歩き始めた。何だか、本当にジェーンによく似てる。地上階へと戻った私達は、「兄様!」「ジェーン!」と、叫びながら廊下を歩いた。しかし、どの部屋からも反応が無かった。私達は階段で二階に上がり、また廊下を歩きながらジェーンのことを呼び続けた。しかし、返事が無い。また、吹き抜けに戻ってきて、二人で話し合った。
「おかしい、兄が、居留守を使う訳がありません。この屋敷にいない……?」
「でもさ、暖房つけっぱなしでしょ?ジェーンがそんなことをするとは思えないよ。でも、返事をしないのもおかしいよね。まさか……。」
イルザが私を見た。
「悪党に、拉致されたとか?いえ、兄が帰ってきていること、誰も知らないはずです。やはりどこかで、すれ違ったのでしょう。もう一度、一階を探しましょう。」
「そうだね、そうしよう。」
イルザと今度は、部屋の中まで入って探すことにした。古ぼけたソファのあるリビング。暖炉にも蜘蛛の巣が張っていた。ソファには、誰かが座った形跡もないし、人の気配がない。物音が無いのだ。
そしてリビングを通って、大きなモニターのあるダイニングへと移動した。広いダイニングで、ソファがコの字型の、黒いビッグサイズだった。
部屋の角には、邸宅にはありがちの、謎の甲冑が飾られていて、クモの巣が添えられていた。そこにも、ジェーンは居ない。他の部屋も見てみたが、彼の姿はどこにも無かった。書斎から出て、廊下に立ち止まったイルザが私に言った。
「後は、キッチンだけです。」
「うん、見てみよう。」
私達は、廊下を歩き始めた。イルザの履いているヒールが、木製の床にコツコツと響いた。
「もう少し、上空に飛べませんか?」
「……、境界域に触れることは、危険です。それよりも、あなたが地上の悪党どもを排除してください。あなたなら出来るはずです。」
いやいや待てよ、だって私は、未来の人間だ。威嚇射撃ぐらいだったら或いは……いやいや!
「わ、私が撃っちゃっていいのかな!?だって、その射撃で誰かが死んだら歴史が狂うんじゃないの!?」
「ならば、何も抵抗せず、私とあなたはそのうち墜落するでしょう。ここで死んでは、全てが終わります。あなたは、この世界で死にたいですか?あなたの銃弾で誰かが死のうとも、それはこの時代で完結します。これが正しい歴史なのだとしたら、その者の死によって、未来の大勢の人間が助かるのです。そしてその人間の中に、あなたのそばにいた、大切な人がいるかもしれない。」
「あ、ああ、そうかな?私の攻撃で、未来世界にいる私の友人が守れるかもって言ってんのね?……でも、出来ないよ。なるべく、何も起こさないようにと思って、こっち来たんだ。」
「ああ、焦ったい。」
イルザがハンドルをぐいっと切ると、車が大きく揺れて、私は顔を窓に打ち付けられた。ちょっと痛い。
「何です?あなたは、勇敢であるのに、どうも優柔不断ですね。それだから、兄がこちらに帰ってきたのでは?大体、歴史を気にするなら、そもそもあの世界で、じっとしていれば良かったではありませんか!さっさと銃を構えなさい!威嚇射撃ぐらい出来るでしょう!?」
「は、はい!」
ごめんなさいと言いかけてしまった。確かに私は、行動するまでが遅いのだと、痛感したからだ。
私は窓から一旦離れて、ボタンを押して窓を開けると、下を覗いた。工場地帯で、建物の隙間から、魔弾がこちらに向かって飛んできている。ならば工場を撃ってみようか。私は魔弾を左手で構えて、バンバン下に向かって撃った。
すると、工場の隙間から、数台の車がこちらに向かって飛んできたのだ。きっと、この車がイルザの車だと知っているのだろう。助手席の奴らが、身を乗り出して、こっちに向かってバンバン撃ってきている。
私は窓から手を出すのをやめて、後部座席にシュッと移動をした。そして、まだこちらの方が高度があるので、拳銃を一度ベルトに挟んでから、ドアを開けて、両足でしっかりと踏ん張って、その隙間から車に向かって魔弾を撃った。
私の魔弾が数発、相手の車のボンネットに穴を開けると、車は大きくブレて、他の車とぶつかりながら、地上へ向かって落ちていってしまった。願わくば、彼らには無事でいて欲しい。
しかしこの銃、一発一発にとても反動があるが、見た事ないくらいに威力が高い。この時代だから、ルミネラ帝国ではあるはずの武器開発における威力の制限も、無かったのだ。私はイルザに話しかけた。
「これ、とても、攻撃力あるね。驚いた。」
「ああそうですか、私のものではありませんので、よく知りません。」
「え?そうなの?」
私はマグナムの銃身を観察した。重厚なボディに、小さな薔薇の彫刻がついてる、黒い拳銃だ。イニシャルが書いてあった。I・P・Aだった。確かに、イルザ(Ylsa)のイニシャルではない。もしかしてイオリさんの?……と、思ったが、そうこうしている内に、また車に銃撃が当り始めたので、私はまた防衛を開始した。
残りの数台も、タイヤに集中的に弾を撃ち込んでみたら、バランスを崩して、地上に向かってフラフラと落ちていった。追跡が消えたところで、私はドアを閉めて、助手席に戻り、シリンダーが空になっているのを確認してから、引き出しに魔銃を戻した。
「ふう~、排除完了です、これでいいでしょ?」
「ほお、あなたなら、やると思っておりました。流石でございます。」
なんだろう、妹の方が、若干偉そうだ。まあ、それも面白いなと少し笑い、私達を乗せた車は、灰色の雲に覆われた、白い粉雪の舞い散る地帯へと向かって行った。
銃撃戦があってから、数時間後のことだった。周りはひらひらと細かな雪が雲から降り続けていて、窓ガラスはすぐに曇ってしまった。暖房があるからだ。こんなに、外が寒い経験はしたことない私は、何度もカーディガンの袖で窓を拭いて、雪を眺めた。
「雪は、初めてですか?」
イルザの質問に、笑顔で答えた。
「うん、初めてだ。こんなに綺麗な景色は。」
「感動的ですね、しかしそれは、最初のうちだけです。」
どうして、夢をぶち壊すんだろう。まあ、分かるよ、私だって最初ユークに初めて行った時は、あの青い海に感動したものさ。今となっては、ただの景色に過ぎない。家の窓から見える、ただの海。でも好きだけどね。
雪が降っていると言うことは、ジェーン達の実家がある、灯の雪原が近いのだろう。ああ、なんだか緊張して来た。会ったら、どんなことを言われるだろう、きっと、私を責めるに違いない。それから彼はきっと、ため息をついて、それから……どうなるだろう。分からない。
雪原地帯の中に、蝋燭のような、ほのかな灯りが見えた。それは近づくにつれて、段々と広がっていき、街へと変わって行った。近づくと、屋根が全て白く染まっていて、街灯がぼんやりとまあるく色付いている、幻想的な光景を見ることが出来た。
この中にジェーンがいるのか。余計に緊張してきた。街からは数台の車が空へと飛び立って行った。あそこら辺に、駐車場があるんだ。そう思っていると、我々の車は、そこを通り過ぎて行った。
「駐車場に停まらないの?」
「あなたは待ち伏せに遭い、死にたいですか?」
「ごめんなさい。」
「はい。」
実にテンポの良い会話だった。もう何も言うことのない私は、その後はずっと黙っていた。ワイパーがフロントガラスを拭いている音だけが、車内にずっと響いていた。
すぐに、街の外れにある大きな邸宅の庭に、車が降りた。古い洋館で、庭には謎の女性の銅像があり、身体にこんもりと雪が乗っかっていた。イルザは車のエンジンを止めて、私に話しかけてきた。
「あの銅像は、義理母様のお姿です。」
「ああ、そうなんだ。若い時の?」
「ええ。偉大な音楽家でした。兄のピアノを聞きましたか?」
「聞きました。」
「彼女に教わったのです。それも聞きましたか?」
「多分、聞きました。」
「この世界のことを、あなたにはよくお話ししているようですね。それだけ、兄はあなたに、心を許しているのでしょう。兄がどうして、この家に篭っているのか、たった今、理解しました。さあ、あの家に行きましょう。」
「は、はい。」
私達は、車を降りた。その時だった。一瞬で、私の全身が勢いよく冷えて、痛み始めたのだ。しかも私の通気性重視のブーツは、雪で包まれたことで、いとも簡単にグショグショになってしまった。私は身を震わせながら、ぴょんぴょんと跳ねた。
「寒っ!寒っ!?何!?鼻の奥が痛い!」
見るとイルザはオフィスファッションの上に、トレンチコートを羽織っていた。それだって羽織って意味あるのか知りたいぐらいの薄さだが、彼女は平気な顔をして私を見ている。
「……永久凍土ですから、寒いに決まっています。さあ、来てください。あの建物の中は、幾分暖かいはず。」
「そうだね、そうだ、急ぐよ私は!」
「あ、ちょっと!」
私はイルザの手を引っ張って走り始めた。雪の上を走るなんて、ちょっと楽しいが、それよりもやはり寒い。凍てつく寒さのせいで頭痛さえする。「速い、速い」と、イルザが言葉を漏らしたが、私は速度を下げなかった。
その扉は雰囲気が裏口っぽかった。正面玄関のように門から道が続いていることもなく、庭に直接つながっていたからだ。イルザがポケットから薄い、四角い手のひらサイズの機械を取り出して、ドア横の認証パッドにかざすと、ロックが解除された。
「さあ、どうぞ。」
と、言ったイルザの口元の吐息が曇っている。寒さで、彼女の鼻が少し赤くなっていた。私は頷いてから、邸宅の中に入った。
そこは吹き抜けのような場所だった。正面には玄関があり、横には二階への階段、それから左には部屋があり、右にも部屋があるが通路もある。やはり広く、そしてちょっと暖かい。暖房は入っていないが、それでも、雪や風を凌げるのは、だいぶ違うことだ。
「どこにいるのかな。」
と、私が言った時に、私の鼻からスッと水が垂れた。暖かいところに来たから、急に鼻水が出てしまった。何度も啜るが、やはり垂れてしまう。苦戦していると、イルザが私にティッシュをくれた。
「全く、ハンカチも持っていないのでしょうか?それは差し上げます。」
「あ、ありがとう。」
ティッシュ二枚をくれたので、私はそれで鼻を拭きながら歩き始めた。よく見ると、所々埃の塊みたいなのがコロコロ転がっていて、天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。ちょっとお化け屋敷みたいだった。イルザも埃の塊を見ていた。
「ああ、そろそろ使用人を雇うべきでした。数年でここまで汚くなるとは。折角いただいたお家ですから、大事にしませんと。」
「ま、まあでも、お家自体の素材的には、まだ耐久度がありそうだし、今からでも掃除すれば元通りになりそうだ。今度雇ったら、きっと大丈夫だよ。」
「そうですね。あなたの仰る通りです。さて、兄ですが。」
「ああ、どこにいるんだろう。でも本当に、この場所にいるのかな?」
「今ここ以外に、彼の居場所はありません。私がここに連れてきたのです、確実にいます。地下が研究室ですから、そこに行きましょう。」
イルザが階段の方へ行き、地下へと降りて行った。私も彼女に続いて、薄暗いランプの灯る階段を降りていく。
緊張してきた、彼に会える、とうとう会える!イルザが地下室の扉を開けた。打ちっぱなしの壁に包まれて、様々なモニターや機械が置いてあるのが見えた。彼女に続いて中に入ると、奥には傷ひとつない、時空間歪曲機があるのを発見して、私は思わず叫んだ。
「あ!あれがある!」
「ええ。」イルザが机の上の何か、設計図を見ながら答えた。「あれに乗って、兄は帰ってきました。あなたも乗ってきたのでしょう?そう言えば、あなたの乗っていたものは、どこに置いてきたのですか?」
「あ、私のは、空中で爆発しました。」
「え?」イルザが私を無表情だけど、多分驚いている表情で見た。「もしや、その腕……。」
私は首をブンブン振りながら答えた。
「ああ、これは別件です!別件で、腕とれちゃって、はは!」
「そうでしたか……ふん、兄の姿は見えませんが、どれ。」
と、イルザは、カバーが開けっ放しの時空間歪曲機の中に座り、ボタンを押して、何かを確認し始めた。そうか、きっと初号機の方は、爆発しないで到着できるくらいに仕上がっていたんだ。それが嬉しかった。
しかも、指定した時代から殆どずれることなく、到着しているように思える。チェイスが指定したのは、ジェーンが帰った時と同じ時間だったけど、それからもほんの一日ずれるだけに終わっている。
だが、二号機だったから、あの爆発があったのだ。きっと初号機は、そのズレもなく、完成したに違いない。私の発明ではないが、嬉しくてつい、笑顔になってしまった。でもこれは、何の為に、ここにあるのだろうか。願わくば、私の為であって欲しいとは思った。
……もう一度だけでも、未来の世界に、ジェーンが行けるなら、そういう風に彼が願ってくれるなら、そして時空間歪曲機が彼の身体をもう一度だけ飛ぶことを許してくれるなら、こんなに嬉し事はないが……しかし、イルザがいる。そうなれば彼女は、二度とジェーンに会えなくなってしまう。それにこの世界だって、魅力がある。色々と思うと、何だか、躊躇した。
イルザが、時空間歪曲機から降りた。
「テスト起動の最終履歴を確認しました。つい、二十分前のことでした。それから、研究室には暖房がついている。この屋敷内にいます。彼が通信機器を持っていれば、すぐに位置が分かったのですが、仕方ありません、歩いて探しましょう。」
「そっか、じゃあ、本当にここにいるんだ。」
「ええ。しかしまあ、この短時間でよくもここまで、補修を進められたものです。上に戻りましょう。全く、ここにいれば良いというのに、世話の焼ける。」
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「でもさ、暖房つけっぱなしでしょ?ジェーンがそんなことをするとは思えないよ。でも、返事をしないのもおかしいよね。まさか……。」
イルザが私を見た。
「悪党に、拉致されたとか?いえ、兄が帰ってきていること、誰も知らないはずです。やはりどこかで、すれ違ったのでしょう。もう一度、一階を探しましょう。」
「そうだね、そうしよう。」
イルザと今度は、部屋の中まで入って探すことにした。古ぼけたソファのあるリビング。暖炉にも蜘蛛の巣が張っていた。ソファには、誰かが座った形跡もないし、人の気配がない。物音が無いのだ。
そしてリビングを通って、大きなモニターのあるダイニングへと移動した。広いダイニングで、ソファがコの字型の、黒いビッグサイズだった。
部屋の角には、邸宅にはありがちの、謎の甲冑が飾られていて、クモの巣が添えられていた。そこにも、ジェーンは居ない。他の部屋も見てみたが、彼の姿はどこにも無かった。書斎から出て、廊下に立ち止まったイルザが私に言った。
「後は、キッチンだけです。」
「うん、見てみよう。」
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