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時を超えていけ!フィナーレ編
244 新たな皇帝の素顔
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クラースさんの船で、海路からルミネラ平原に行くことにした。颯爽と海を渡って行く中で、何度もジェーンの直筆ポエムを読んだ。読むたびに、彼に会いたくなった。この行動が、間違っていないと思えるようになった。
ルミネラ平原の海岸に、雑に船を停めて、そこで降りた。クラースさんは今までやったことのない目的にテンパって、何故か漁船に置いてあった釣り餌のミミズを数匹ポケットに入れた。私も急がなきゃとテンパっていたので、それはスルーした。
そこからは走って、高速道路沿いに進み、休憩所で帝都行きの車をヒッチハイクした。サングラスをかけた、小太りのおじさんの軽トラックに乗って、私達は無事に帝都に到着した。
南門の駐車場から降りて、帝都のメイン通りをルミネラ城に向かって走っていると、騎士に声をかけられた。兜を取ったその顔は、ヴァルガの補佐のトレバーだった。チェイスに会いたいと彼に訴えると、トレバーのブレイブホースの後ろに乗っけてくれた。クラースさんは一緒にいた他の騎士のブレイブホースに乗った。
そうして城まで着くと、そのままトレバーが、陛下の執務室に案内してくれた。何だか、本当に皇帝になったんだと、クラースさんと目が合って、にやけてしまった。彫刻の施された大きな扉の前に案内されて、その扉を開けて中に入ると、チェイスが新しい皇帝の衣装に身を包んでいた。
キラキラの金色のジャケットに、中はピロピロレースのオシャレ(?)な、シャツをお召しになっていた。ジャケットの方は今さっき、届いたようで、彼は全身鏡を使って、試着しているところだった。
「ねえ、丁度良かった。僕に似合っているか、意見を聞きたかったんだ。ちょっと派手じゃない?」
「ええ、とてもよくお似合いですとも!陛下なのですから、派手に行きませんと!」
答えたのは、チェイスにジャケットを着せた、両手を可憐に構えて、小指を立てて、女性らしい振る舞い方をしている男性の騎士だった。彼が……衣装担当らしい。なるほど、このキラキラの服がチェイスの趣味ではなくて、ちょっと安心した。
「何だか、ピカピカしているな、チェイス……違うか、陛下よ。」
クラースさんが苦笑いして声をかけた。チェイスは「そうだよね、」と頭を掻いた。
「あと僕は、スタイリストの君じゃなくて、キルディアとクラースに聞いたんだ。まあいいけどさ。キルディア、僕のこの格好は、どうかな?素敵?」
私はチェイスに接近して、彼の胸ぐらを掴んだ。彼は目を丸くした。
「チェイス!お願いだ!あなたに、叶えて欲しい頼みがある!」
「ちょ、ちょっと!?」
「おいキリー!胸ぐらを掴むのは良くないぞ!彼は今、陛下なんだから。」
確かにそうだ、私はチェイスを解放した。衣装担当の騎士が、私のことを睨んでいる。そうだよね、無礼なことをした。でも、私は急いでいるのだ。
「ご、ごめんなさい……陛下、お願いがあります。私はジェーンにもう一度、会いたいのです。」
チェイスがそう言うことね、と合点いった様子で何度も頷いた。
「その前にさ、キルディアもクラースも、プライベートでは今まで通り、僕のことをチェイスって呼んで、敬語をやめてくれ。もう僕、急に周りの人間が僕のことを崇め始めたから、ちょっと窮屈なんだ。だから敬語はやめてね。」
私とクラースさんは、了承の旨で頷いた。そしてチェイスは突然、微笑みを消した。
「さて……例の件だね。ちょっと君、ここから出ていってくれるかい?この話は聞かれたくないものでね。」
と、チェイスが衣装担当の騎士に出ていくよう指で合図をした。その騎士は、少し怯えた様子で部屋から退出した。確かに、チェイスがいつもの柔らかい雰囲気とは違って、何だか……ドSの様な雰囲気に包まれている気がするのだ。微笑みは無いし、寧ろ、鋭い目つきになっている。
そして彼は、机に軽く腰を掛けながら、腕を組み、私のことを見つめた。
「キルディア、どう考えても、ジェーンにはもう会えないよ。彼は過去の人間だ。彼は遅かれ早かれ、彼の世界に帰る運命だった。それを知っていて、ずっと一緒にいたのだろう?それを知っていて、手伝ってきたのだろう?」
「知ってた。知ってたけど……。」
どうして、そんなにはっきり言うんだろう。半分理解している、もう諦めなくてはいけないことを。でも、少しぐらい、協力してくれたって、いいのに。私は、あどけない少女のように、ポロリと涙を流した。それを見たチェイスは、一瞬目を丸くしたが、すぐに鋭い目つきに戻った。
私の肩をクラースさんが抱いてくれた。彼はチェイスに訴えた。
「んん、そんなことは分かっていたんだ。彼女だって、騎士団の価値観がどうのこうのって、必死に抗ったんだ。でもジェーンがいけなかったんだ。ジェーンが、いつかは帰る予定だったくせに、こいつをたぶらかしたからな?でもこいつだっていけない、それを気に入ってしまったんだから!」
あんたは一体、誰のフォローをしているんだ……。私は色々と悲しくなって、オオオと泣いた。クラースさんはハッとして、付け加えた。
「と、兎に角!そんなこと言わずに、彼女の力になってくれないか?」
「あのさ、」チェイスがダルそうに答えた。「僕に何が出来るって言うの?」
私はチェイスに聞いた。
「だって、チェイスは見たでしょ?時空間歪曲機の設計図。」
「ああ、あれね!」チェイスは思い出したかのように人差し指を立てた。「とても素晴らしい設計図だったよ。あれを考えついたシードロヴァ博士には、本当に脱帽している。まあそれでも改善の余地はあって、僕の得意分野から、ちょっと意見を出させてもらったけどね、一緒に作業出来たのは、この人生の中で、一番の刺激だった。それが何?どうしたの?」
……何だか、冷たい。まあ異常なことを頼んでいるから仕方ないとは言え、こんなに冷たくあしらおうとしなくてもいいのに。クラースさんが、ガッカリした様子で言った。
「チェイス、何だかお前、人が変わったみたいだ。出来ないことがあるにせよ、もっと優しく反応してくれると思っていた。」
私も、同感だ。ここでチェイスのことを怒っても仕方ないか。時空間歪曲機は重罪なんだ。ジェーンの場合は、この帝国を救ったこともあり、チャラになったけど、本当は罪深いことなのだ。
こんな頼み、聞いてもらえる訳ないかと、負い目を感じていると、なんとチェイスが私の目の前までやって来て、私の顎を掴んだ。私は驚いて、チェイスを凝視した。
「確かに僕には、あの設計図を、もう一度形にする力がある。この頭の中に、あの設計図が入っているからね。でも、もうジェーンと約束したんだ。これを絶対に形にしないと、それがあったから僕は、あの尊敬する博士と協力することが出来たんだ。君は、その約束を、破かせようと言うのかい?そうしたら僕は、ジェーンになんて思われるだろうか?」
「そ、そう言われると……。」
チェイスと目が合っている。あと、顎を離して欲しい。固まっていると、チェイスは私に言った。
「彼のことはもう、忘れたまえ。君には相応しく無い。」
どう言うことだ?と思ったが、ああ、そう言えば、彼は私のことが好きだということを思い出した。あーあ、何それ。だから意地悪しているのかな?何それ。すぐにクラースさんが、ヤキモキした様子で反応した。
「そんなことを言わずに、彼女の力になってくれないか?俺からも頼む。なあ、チェイスよ。お前はとても優しい男なのに、どうして……。」
チェイスは私を解放した。すると不敵な笑みを浮かべながら、応えた。
「ああ、はっはっは……よく誤解されるんだよね。僕が優しい?僕は天然?君たちは一体、僕の何を見ていたんだろう。僕はこうして、天然のフリをして、上辺だけの優しさを振りまいて、民からの好感だって得られて、晴れてやっと皇帝になれたのに。どうしてキルディア、どうして君は、皇帝である僕を選ばない?ジェーンなんかより、僕の方が君のことを幸せに出来る。ずっとそばに、毎日そばにいてあげられるのに!」
と、魔王のように両手を広げて、背中を向けたチェイスの、ピカピカのジャケットの裾に、値札が付いていた。クラースさんと目が合った。彼は確実に、笑いを堪えている。私だって、そうである。何この、演劇会。
「僕はね!」まだ続くんかい。「元々、こう言う人間だったんだよ。残酷で、それでいて繊細。カエルなんか、躊躇せずに、グシャっと片手で潰してしまえるんだ!そして……。」と、急にチェイスが振り返ったので、私は咄嗟に口を尖らせて、どうにか笑いを誤魔化した。「そして、僕は、キルディア、君のことを想っている。僕の恋人になりなさい。これは皇帝の命令です。」
私は即答した。
「嫌です。あと、値札が付いていますよ、陛下。」
「え!?どこに!?」
チェイスが慌ててジャケットをピロピロ動かして値札を探している。私は冷静に、ジャケットに付いていた値札をブチっと取ってあげた。偽りがバレてしまったと思ったのか、チェイスは苦笑いをした。クラースさんが、チェイスに聞いた。
「それで?どうしてクールな態度を取ったんだ?らしく無いぞ。」
「クールな態度?ああ、これが僕の素だよ。驚かせてごめんね。」
まだ続くのですか……私は呆れてクラースさんを見た。するとクラースさんはニヤリと私に笑ってから、チェイスに聞いた。
「ほお?なになに?お前は片手でカエルが潰せるらしいな。だったらミミズもいけるよな!?ほらよ!」
と、クラースさんがポケットからミミズ達を取り出して、チェイスに向かって投げつけた。チェイスは驚いたネコのように飛び上がり、一気に体を震わせて、女子のように叫んだ。
「あんっ!」
「……。」
何とも言えない沈黙の中、皇帝の執務室の赤いカーペットの上で、ミミズがゴロゴロ気持ち良さそうに転がっている。しかも今のは、あまり聞きたく無い類の叫び声だった。
私はクラースさんを睨んだ。クラースさんもこの反応は予想外だったらしく、両手を上げて、お手上げポーズをした。チェイスがミミズに怯えて体を震わせながら言った。
「……わ、分かったよ。もう悪ぶるのはやめるよ。だからそのミミズ、ポケットにしまっておいてくれ。早く!ほら!クラース、早くって言ってるだろう!?」
「あ、ああ……悪かった。」
クラースさんがミミズをポケットにしまうと、チェイスに聞いた。
「もう一度聞くが、どうして冷たい態度を取ったんだ?」
チェイスは恥ずかしそうにムッとした。
「……だって、女性は本能的に、ちょい悪な男に惹かれる傾向があるんだ!その理由はね、ちょい悪な男は生殖機能が強いのを、女性が本能的に知っているからだって、この本に書いてあったんだ!だから、だから僕……!」
と、チェイスが机の引き出しから引っ張り出したのは、オフホワイトだった。もうその本やだ!もう嫌い!私はその場で撃沈した。
「ね、ねえ?僕って、天然じゃ無いよね?だってジェーンと共同で研究出来る程に知識を持っているし、と言うことは、僕は天然じゃ無いよね?」
私は床に突っ伏して撃沈したまま答えた。
「それとこれとは別なんじゃ無いですかね……。」
「お前、その本に書いてあったからって、だからちょい悪を目指していたのか?」
クラースさんがチェイスに聞いた。チェイスは沈んでいる私の背中を撫でながら回答した。
「そ、そうだよ。僕にだって出来ると思っていたんだ……はあ。ごめんねキルディア。君を泣かせるつもりは無かったんだよ。」
私は立ち上がりながら言った。
「ちょい悪なんかより、そのままの方が素敵だよ、チェイス。」
「えっ!?」と、チェイスが満面の笑顔で立ち上がった。「どう言うこと!?キルディア!ありのままの僕の方が素敵って、どう言うこと!?」
「そのままの方が素敵だから、設計図を形にしてください。」
「え!?何それ!」チェイスが頬を膨らました。「その手には乗るもんか!絶対に嫌だね!大体、過去の人間がこちらに来るのはいいが、未来の人間が過去に行くのは良くない!」
「これだ正しい歴史だったら!?それにジェーンだって、一度こっちで生活しているんだから、もう未来の人間でしょ!彼は、この時代の技術だって、たくさん知っているんだよ!?」
「ぐぬぬ……」チェイスは歯を食いしばっている。「や、やだよ。確かに君の意見は一理ある。だが、ジェーンはその塩梅が分かっているから、君とは違うんだ!絶対に、僕は協力しないよ。だって僕は、キルディア、君のことが好きなんだ!そんな危険なこと、させられるか!」
「はあ!?」私は声を荒らげた。「塩梅だったら、私にだって分かるよ!それに、私はジェーンが好きだ!」
「なっ!?……だから、そんな奴のこと忘れてよ!僕はキルディアが、もっともっと好きなんだから!」
「嫌だ!私だってジェーンのことが、もっともっともっと好きだ!」
「ええ!?僕だってキルディアが、もっともっともっともっと好きだ!」
「私だって!「お前ら!」クラースさんが、やれやれ顔で怒鳴った。「もっともっと、どれだけ言うんだ煩いぞ!こんなことしていたら、日が暮れる!」
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キラキラの金色のジャケットに、中はピロピロレースのオシャレ(?)な、シャツをお召しになっていた。ジャケットの方は今さっき、届いたようで、彼は全身鏡を使って、試着しているところだった。
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「ええ、とてもよくお似合いですとも!陛下なのですから、派手に行きませんと!」
答えたのは、チェイスにジャケットを着せた、両手を可憐に構えて、小指を立てて、女性らしい振る舞い方をしている男性の騎士だった。彼が……衣装担当らしい。なるほど、このキラキラの服がチェイスの趣味ではなくて、ちょっと安心した。
「何だか、ピカピカしているな、チェイス……違うか、陛下よ。」
クラースさんが苦笑いして声をかけた。チェイスは「そうだよね、」と頭を掻いた。
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私はチェイスに接近して、彼の胸ぐらを掴んだ。彼は目を丸くした。
「チェイス!お願いだ!あなたに、叶えて欲しい頼みがある!」
「ちょ、ちょっと!?」
「おいキリー!胸ぐらを掴むのは良くないぞ!彼は今、陛下なんだから。」
確かにそうだ、私はチェイスを解放した。衣装担当の騎士が、私のことを睨んでいる。そうだよね、無礼なことをした。でも、私は急いでいるのだ。
「ご、ごめんなさい……陛下、お願いがあります。私はジェーンにもう一度、会いたいのです。」
チェイスがそう言うことね、と合点いった様子で何度も頷いた。
「その前にさ、キルディアもクラースも、プライベートでは今まで通り、僕のことをチェイスって呼んで、敬語をやめてくれ。もう僕、急に周りの人間が僕のことを崇め始めたから、ちょっと窮屈なんだ。だから敬語はやめてね。」
私とクラースさんは、了承の旨で頷いた。そしてチェイスは突然、微笑みを消した。
「さて……例の件だね。ちょっと君、ここから出ていってくれるかい?この話は聞かれたくないものでね。」
と、チェイスが衣装担当の騎士に出ていくよう指で合図をした。その騎士は、少し怯えた様子で部屋から退出した。確かに、チェイスがいつもの柔らかい雰囲気とは違って、何だか……ドSの様な雰囲気に包まれている気がするのだ。微笑みは無いし、寧ろ、鋭い目つきになっている。
そして彼は、机に軽く腰を掛けながら、腕を組み、私のことを見つめた。
「キルディア、どう考えても、ジェーンにはもう会えないよ。彼は過去の人間だ。彼は遅かれ早かれ、彼の世界に帰る運命だった。それを知っていて、ずっと一緒にいたのだろう?それを知っていて、手伝ってきたのだろう?」
「知ってた。知ってたけど……。」
どうして、そんなにはっきり言うんだろう。半分理解している、もう諦めなくてはいけないことを。でも、少しぐらい、協力してくれたって、いいのに。私は、あどけない少女のように、ポロリと涙を流した。それを見たチェイスは、一瞬目を丸くしたが、すぐに鋭い目つきに戻った。
私の肩をクラースさんが抱いてくれた。彼はチェイスに訴えた。
「んん、そんなことは分かっていたんだ。彼女だって、騎士団の価値観がどうのこうのって、必死に抗ったんだ。でもジェーンがいけなかったんだ。ジェーンが、いつかは帰る予定だったくせに、こいつをたぶらかしたからな?でもこいつだっていけない、それを気に入ってしまったんだから!」
あんたは一体、誰のフォローをしているんだ……。私は色々と悲しくなって、オオオと泣いた。クラースさんはハッとして、付け加えた。
「と、兎に角!そんなこと言わずに、彼女の力になってくれないか?」
「あのさ、」チェイスがダルそうに答えた。「僕に何が出来るって言うの?」
私はチェイスに聞いた。
「だって、チェイスは見たでしょ?時空間歪曲機の設計図。」
「ああ、あれね!」チェイスは思い出したかのように人差し指を立てた。「とても素晴らしい設計図だったよ。あれを考えついたシードロヴァ博士には、本当に脱帽している。まあそれでも改善の余地はあって、僕の得意分野から、ちょっと意見を出させてもらったけどね、一緒に作業出来たのは、この人生の中で、一番の刺激だった。それが何?どうしたの?」
……何だか、冷たい。まあ異常なことを頼んでいるから仕方ないとは言え、こんなに冷たくあしらおうとしなくてもいいのに。クラースさんが、ガッカリした様子で言った。
「チェイス、何だかお前、人が変わったみたいだ。出来ないことがあるにせよ、もっと優しく反応してくれると思っていた。」
私も、同感だ。ここでチェイスのことを怒っても仕方ないか。時空間歪曲機は重罪なんだ。ジェーンの場合は、この帝国を救ったこともあり、チャラになったけど、本当は罪深いことなのだ。
こんな頼み、聞いてもらえる訳ないかと、負い目を感じていると、なんとチェイスが私の目の前までやって来て、私の顎を掴んだ。私は驚いて、チェイスを凝視した。
「確かに僕には、あの設計図を、もう一度形にする力がある。この頭の中に、あの設計図が入っているからね。でも、もうジェーンと約束したんだ。これを絶対に形にしないと、それがあったから僕は、あの尊敬する博士と協力することが出来たんだ。君は、その約束を、破かせようと言うのかい?そうしたら僕は、ジェーンになんて思われるだろうか?」
「そ、そう言われると……。」
チェイスと目が合っている。あと、顎を離して欲しい。固まっていると、チェイスは私に言った。
「彼のことはもう、忘れたまえ。君には相応しく無い。」
どう言うことだ?と思ったが、ああ、そう言えば、彼は私のことが好きだということを思い出した。あーあ、何それ。だから意地悪しているのかな?何それ。すぐにクラースさんが、ヤキモキした様子で反応した。
「そんなことを言わずに、彼女の力になってくれないか?俺からも頼む。なあ、チェイスよ。お前はとても優しい男なのに、どうして……。」
チェイスは私を解放した。すると不敵な笑みを浮かべながら、応えた。
「ああ、はっはっは……よく誤解されるんだよね。僕が優しい?僕は天然?君たちは一体、僕の何を見ていたんだろう。僕はこうして、天然のフリをして、上辺だけの優しさを振りまいて、民からの好感だって得られて、晴れてやっと皇帝になれたのに。どうしてキルディア、どうして君は、皇帝である僕を選ばない?ジェーンなんかより、僕の方が君のことを幸せに出来る。ずっとそばに、毎日そばにいてあげられるのに!」
と、魔王のように両手を広げて、背中を向けたチェイスの、ピカピカのジャケットの裾に、値札が付いていた。クラースさんと目が合った。彼は確実に、笑いを堪えている。私だって、そうである。何この、演劇会。
「僕はね!」まだ続くんかい。「元々、こう言う人間だったんだよ。残酷で、それでいて繊細。カエルなんか、躊躇せずに、グシャっと片手で潰してしまえるんだ!そして……。」と、急にチェイスが振り返ったので、私は咄嗟に口を尖らせて、どうにか笑いを誤魔化した。「そして、僕は、キルディア、君のことを想っている。僕の恋人になりなさい。これは皇帝の命令です。」
私は即答した。
「嫌です。あと、値札が付いていますよ、陛下。」
「え!?どこに!?」
チェイスが慌ててジャケットをピロピロ動かして値札を探している。私は冷静に、ジャケットに付いていた値札をブチっと取ってあげた。偽りがバレてしまったと思ったのか、チェイスは苦笑いをした。クラースさんが、チェイスに聞いた。
「それで?どうしてクールな態度を取ったんだ?らしく無いぞ。」
「クールな態度?ああ、これが僕の素だよ。驚かせてごめんね。」
まだ続くのですか……私は呆れてクラースさんを見た。するとクラースさんはニヤリと私に笑ってから、チェイスに聞いた。
「ほお?なになに?お前は片手でカエルが潰せるらしいな。だったらミミズもいけるよな!?ほらよ!」
と、クラースさんがポケットからミミズ達を取り出して、チェイスに向かって投げつけた。チェイスは驚いたネコのように飛び上がり、一気に体を震わせて、女子のように叫んだ。
「あんっ!」
「……。」
何とも言えない沈黙の中、皇帝の執務室の赤いカーペットの上で、ミミズがゴロゴロ気持ち良さそうに転がっている。しかも今のは、あまり聞きたく無い類の叫び声だった。
私はクラースさんを睨んだ。クラースさんもこの反応は予想外だったらしく、両手を上げて、お手上げポーズをした。チェイスがミミズに怯えて体を震わせながら言った。
「……わ、分かったよ。もう悪ぶるのはやめるよ。だからそのミミズ、ポケットにしまっておいてくれ。早く!ほら!クラース、早くって言ってるだろう!?」
「あ、ああ……悪かった。」
クラースさんがミミズをポケットにしまうと、チェイスに聞いた。
「もう一度聞くが、どうして冷たい態度を取ったんだ?」
チェイスは恥ずかしそうにムッとした。
「……だって、女性は本能的に、ちょい悪な男に惹かれる傾向があるんだ!その理由はね、ちょい悪な男は生殖機能が強いのを、女性が本能的に知っているからだって、この本に書いてあったんだ!だから、だから僕……!」
と、チェイスが机の引き出しから引っ張り出したのは、オフホワイトだった。もうその本やだ!もう嫌い!私はその場で撃沈した。
「ね、ねえ?僕って、天然じゃ無いよね?だってジェーンと共同で研究出来る程に知識を持っているし、と言うことは、僕は天然じゃ無いよね?」
私は床に突っ伏して撃沈したまま答えた。
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「お前、その本に書いてあったからって、だからちょい悪を目指していたのか?」
クラースさんがチェイスに聞いた。チェイスは沈んでいる私の背中を撫でながら回答した。
「そ、そうだよ。僕にだって出来ると思っていたんだ……はあ。ごめんねキルディア。君を泣かせるつもりは無かったんだよ。」
私は立ち上がりながら言った。
「ちょい悪なんかより、そのままの方が素敵だよ、チェイス。」
「えっ!?」と、チェイスが満面の笑顔で立ち上がった。「どう言うこと!?キルディア!ありのままの僕の方が素敵って、どう言うこと!?」
「そのままの方が素敵だから、設計図を形にしてください。」
「え!?何それ!」チェイスが頬を膨らました。「その手には乗るもんか!絶対に嫌だね!大体、過去の人間がこちらに来るのはいいが、未来の人間が過去に行くのは良くない!」
「これだ正しい歴史だったら!?それにジェーンだって、一度こっちで生活しているんだから、もう未来の人間でしょ!彼は、この時代の技術だって、たくさん知っているんだよ!?」
「ぐぬぬ……」チェイスは歯を食いしばっている。「や、やだよ。確かに君の意見は一理ある。だが、ジェーンはその塩梅が分かっているから、君とは違うんだ!絶対に、僕は協力しないよ。だって僕は、キルディア、君のことが好きなんだ!そんな危険なこと、させられるか!」
「はあ!?」私は声を荒らげた。「塩梅だったら、私にだって分かるよ!それに、私はジェーンが好きだ!」
「なっ!?……だから、そんな奴のこと忘れてよ!僕はキルディアが、もっともっと好きなんだから!」
「嫌だ!私だってジェーンのことが、もっともっともっと好きだ!」
「ええ!?僕だってキルディアが、もっともっともっともっと好きだ!」
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