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時を超えていけ!フィナーレ編

243 選択と行動

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 次の日、クラースさんの船が七つの孤島の一つ目の島に到着した。その船にはクラースさんは勿論、私とジェーンと、完成した時空間歪曲機が乗っけられていた。

 ここは海賊の秘宝がある島だ。そのエリアの横の海を移動しているときに、クラースさんが金貨の山を発見して興奮してしまったが、訳を話すとガッカリした様子になり、私とジェーンは笑った。

 船を島につけると、我々は力を合わせて三人で卵形の機械を運んで、少し広めの砂浜に、その機械を置いた。

「ここでいいかな……。」

 ジェーンが額の汗をシャツの袖で拭いながら言った。

「ええ、ここで結構です。キルディア、クラース、本当にあなた達にはお世話になりました。」

 しかしクラースさんはいい顔をしなかった。

「帰っても、今度は奥方を泣かせるようなことをするなよ、ジェーン。」

 ジェーンは苦笑いをした。

「その保証は出来ません。さて、とうとう、ここまで来ましたね。」

 ジェーンが機械に肘を置いて、きらめく青い海を眺めている。私はどついた。

「いいから早く帰りなよ。クラースさんがケイト先生に無断で、船を出しているんだから、時間が無い。バレたらどうするの!」

「そうだった……」クラースさんが思い出したようで狼狽えた。「俺はちょっと船に戻るから……うん、ジェーン、達者でな。」

 クラースさんとジェーンがハグをした。最後の別れと言うこともあり、相手を惜しむような、いつもよりも熱いハグだった。それが終わると、クラースさんは船に向かって、砂浜を歩いて行った。ジェーンは私を見た。

「さて、あなたですが……。」

「ん?」

 もう、別れの言葉など必要ない。私のポケットにはあのポエムだって、スーパーボールだってある。もうそれで十分だよ。ハグなんていらない。だってそれがもう一度したくなったとしても、もう二度とジェーンの温もりは手に入らないんだから。

 ここ最近、トイレとお友達になったおかげで、結構痩せた。その痩せた私を見て、この人は楽しいんだろうか。だから微笑んでいるのだろうか。するとジェーンが、何か口をパクパク動かしているのに気付いた。

「ん?何それ?」

 また口をパクパクと動かしている。何か伝えたいようだが、そんなことをするなら言えばいいのに。どうしていちいち、彼は一筋縄ではいかないのだろう。私は彼が何を伝えたいのか、口の動きをよく見た。

 き……?き……?

(キスをしませんか?)

 だった。私は大きくため息をついた。

「いいや、出来ないよ。そんなことをしたら……と、兎に角、出来ない。ごめんねジェーン。」

 ジェーンがショボンとして、俯いた。

「そうですか……分かりました。」

 ああ、永久の別れが近い。これさえ乗り切れば、もしかしたら、すっきりするかもしれない。今は辛いが、それは彼がまだ、ここに居るからなのだ。彼さえ帰ってしまえば……ああ、保証はないけれど。

「元気でね、どこに行っても、体調に気をつけて。」

「はい。キルディア、今まで、本当にありがとうございました。」

「いえいえ。」

 私が手を振ると、ジェーンも手を振って機械に向かって歩いた。もし、今、彼の腕を引っ張って、やっぱり帰るな、なんて駄々をねたらどうだろうか?きっと、彼のことだ。冷静に、私を説得して、帰るに違いない。

 ジェーンがもう一度私に向かって手を振り、時空間歪曲機に乗った。扉を閉めて、操縦席に座った。機械は卵形の半分が、透明になっており、中の様子が見える。手慣れた様子で、ボタンやレバーを操作している。これが見納めなのか。何だか、まだ実感が湧かないよ。

 ジェーンがもう一度、こちらを見た。それだけで嬉しかった。私が手を振ろうとしたその時、物凄い爆風が時空間歪曲機の下から吹き荒れて、辺りに砂埃が舞い散った。

 籠ったような爆発音が聞こえたが、砂煙のせいで前が見えない。意味あるのか知らないけど、手でどうにか砂を仰いでいると、砂が落ち着いて来た。砂霧の晴れた先、そこに機械は無かった。ジェーンが、消えていた。


 青く透き通った空、波の音。潮のそよ風、船の休む音。この瞬間に、大切な、心から大切だった彼が、死んでいることが確定した。

 厳密には向こうの世界で、まだ生き続けているのかもしれない。でも、もうこの時代には、何処をどれだけ探しても彼は居ない。遥か昔に、彼は土に還ってしまったのだ。

 全身の力が抜けて、私は砂の上に膝から崩れ落ちた。本当に正しかったのか?本当に騎士の価値観を守り抜いたことが、正しかったのか?最後の最後まで、彼は私とスキンシップを取ることを、望んでいたのに、正義感を盾にして、遠ざけて、彼は帰ってしまった。

 後悔しないと思っていた。馬鹿だった。会いたい。もう一度だけ、彼のあの無表情を見たい。そうなるに決まっていたのに、私は、最後の最後で、キスも出来なかった。

 いつもと変わらない景色、いつもと変わらない世界なのに、私の心には思った以上の穴が、空いてしまったようだ。その穴がとても痛い。私は振り向くと、きらめく海に向かって歩き始めた。瞳からは涙がポロポロと溢れているが、もう構いやしない。

 波のきらめきは、私に何を伝えたい?無が広がっている。どうしても、どうしても、彼のことを考えてしまう。彼に会いたい、ただ、会いたい。

 サラサラの髪の毛を、もう一度触りたい、くしでとかしてやりたい。システムのアナウンスのような、淡々とした、あの低い声を聞きたい。海風のように爽やかな、あの香りが恋しい。触れたい。あの大きな手に、頬に、触れたい。

 初めて、自分は女なのだと思えた。恋をしていたのだ、あの人を愛していた。もう、この喪失感は、何物にも例えられなかった。私は手で、涙を吹いた。

 その手が、私の涙を拭いてくれたのが、ジェーンが作ってくれた、ナイトアームだった。腕のラインに、キラリと、彼が存在していた証が、光った。

「う、うわああああああっ!あああああああ!」

 私は大声を出して泣いた。もう彼はこの世界に居ないのに、ここに、私の腕に、彼が存在している。

 もう一度、ジェーンに会いたかった。価値観なんか、捨てればよかった。もっと、もっと素直に、駄々を捏ねて、彼を食い止めれば良かった。私は波打ち際で、海に向かって、嗚咽を漏らした。

 何故私は、黙って彼を見送った?もう二度と、彼に会えなくなることは分かっていたのに。どうして黙って、彼が帰るのを見守っていたんだ。涙で何も見えない。泣きすぎて喉が痛い。

 すると、私の肩を誰かが抱いた。クラースさんだった。そのまま、力強く私のことをハグしてくれて、それがまた、私に涙させた。

「どうしよう、クラースさん、ジェーンに会いたいよ……!」

「俺は、あいつを絶対に許さないぞ。お前に、こんな酷い哀しさを与えて、平気な顔して、しれっと帰ったんだ。絶対に許さない!なあ、」

 クラースさんが私の肩を掴んで、頬に流れる涙を、彼が太い指で拭いてくれた。私もカーディガンの袖で涙を拭いた。クラースさんは、真剣な顔をしていた。

「俺は思うんだが、お前が居るべきなのは、この世界ではないんじゃないか?」

「どう言うこと?」

「方法なんぞ俺が知っている訳が無い。でも、ジェーンに会いたいんだろう?」

 私が過去の世界に行く?想像したことも無いし、それはパラドックスへの影響があるから、避けるべきだろうが……でも、もう一度会いたかった。呆れられてもいいから、ちゃんと自分の気持ちを、彼に伝えたかった。

 私は、何度か頷いた。するとクラースさんも、何度も頷いた。

「そうか、なら、チェイスに会いに行こう。あいつなら、方法を知っている。」

「そ、そっか。いけるかな?」

「いけるさ。多分。」

「なら……そうだね。今からどれくらいかかるか、分からないけど、それをやってみたい。」

「よし、すぐに行ってみよう。」

 私達は、チェイスに会いに行くことに決めた。
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