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命は一つ!想いは無限編

221 攻略の方法

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 シルビアさんはその後、ユークの仮設住宅エリアに行くことになった。彼女が研究所を去った後、LOZの皆で電話会談をすると、皆は帝都の民とチェイス、それからチャーリーを助ける事に賛同してくれた。だが、やはりジェーンは浮かない顔だった。

 それもそのはずで、今回は抜け目のない帝都の地だし、時間だって、必要な兵器だって揃っていない。策がなかなか浮かばないようで、彼はずっと黙っていた。

 研究所での一般業務が終わると、私はLOZの訓練施設に立ち寄り、LOZエリアの治安の確認と、ヴァルガ達との訓練をしてから、帰宅した。リビングでは、先に帰っていたジェーンが、パジャマ姿でソファに座りながら思案顔をしていた。

 彼の見つめる先にあるのは、いつものでっかいホワイトボードだった。そこには、円形の帝都の地図と思われる図が書いてあり、地下通路と見える箇所にはバツマークがついていた。高速道路から帝都の中に伸びている矢印にも、バツマークが付いている。所々、文字が書いてあるが、殴り書きでよく読めなかった。それを彼がじっと見つめている。

「ただいまジェーン。ずっと考えてたの?」

「お帰りなさい。ええ、ずっと考えておりますよ。」

 彼はこちらを見ないで答えた。

「やっぱりホワイトボードがいいんだね。」

「ええ、私は太古昔の人間なので、このほうが思案し易い。」

 ソファに鞄を置いて、私もホワイトボードを見つめた。確かに、どこにも死角が無い。外壁には一定間隔で自警システムが配置されている上に、街の中にも自警システムがある。範囲内に入れば、一瞬で蜂の巣にされるだろう。今のままでは難しい。ジェーンがこれだけ悩むのにも、訳が分かるのだ。

 ならば、自らチャンスを作るのはどうだろうか。私はジェーンに言った。

「ねえジェーン、」

「はい?」

 彼は私に体を向けた。私は彼の隣に座り、説明をした。

「ネビリスに謁見えっけんを頼むのはどうだろうか?私とネビリスが、一対一で和平に向けての対談をするんだ。その時に、彼を襲う。」

「いけません。その時にあなたも、何らかの攻撃を受けるでしょう。しかもネビリスを確実に殺せる保障はあらず、代わりにあなたは確実に騎士達の餌食になります。あなたの死亡確率が高い、その案は極めて危険であり、私は反対します。私がどうにか考えますから、あなたは少し、待っていてください。卵焼きでも作って。」

「た、卵焼きですか……はは。」

 私は立ち上がって、彼の言った通りに卵焼きを作ろうとキッチンへ向かった。冷蔵庫を開けると、中にはお店で買ったと思われるサンドイッチが入っていた。そうか、ジェーンはまだ夕飯を食べていないんだ。ならばと思い、卵と野菜を取り出して、調理台の上に置いたところだった。

 ピピピと私のウォッフォンに着信があった。通話ボタンを押すと、陽気な声が聞こえて来た。

『よおよお!こんばんは~!俺だよ、スコちゃんだよ~!』

「……酔っているんですか?さっきとは全然違うじゃ無いですか。」

 さっき、LOZのポータルで皆と電話会談した時は、もっと静かで神妙な顔つきで黙っていたのに、今はこのザマである。ビデオ通話じゃ無いだけ良かった。ちょっと私も疲れているのだ。私は通話したまま、料理を続けた。

『なあなあ、さっきは真面目な会話だったから聞けなかったんだけどさ、あの求人案件のやつ、まじでまじなの?ジェーン様とハグとかキスしてるの?ヤダァキルディア、やることやっちゃってるんだからウゥ~!』

「ああもう……それだけなら切りますけど。」

『ちょっと待ってよ!それだけな訳無いんだぜ!なあそこにさ、ジェーン様いる?なんか俺、さっきから電話かけているんだけど、全然出ないんだよな。』

 ボウルに卵を割りながら、私は大きな声でジェーンに聞いた。

「ジェーン!スコピオ博士の着信どうしてる?」

「ああ……着拒にしています。」

『な~ん!』聞こえていたようで、博士がそう言った。『じゃあ仕方ない、この世紀の発明の報告、不本意だがキルディアに伝えようじゃないか。あーあ、ジェーン様に伝えたかったのにな。どうしてキルディアなんかに。』

「もう切っていいですか?どうせくだらない発明でしょ?」

 卵を混ぜる私の手が乱暴になり、黄色い液体が荒々しく揺れた。

『嘘だって!キルディアでも全然いいんだって!あのなあ、全然くだらなくなんかないんだよ!ついに、完成したの!ネッ!遂に完成だ!しかも完成したんだからな?文字通り、完成したの!』

 この興奮具合、どうせ火山関係の発明だろう。私はつまらなさそうな声色で彼に聞いた。

「何が完成したんですか?火山測定装置の新しいパーツ?」

『甘いなキルディアちゃんは。』

 早く切りたい。この卵をフライパンに流したら、もう通話終了しよう。そう決めて、私は勢いよく卵をフライパンに注いだ。博士は続けた。

『まあまあ、そう思っちゃうよね?でもね、チッチッチ!違うんだよな~。なんだと思う?ねえ、なんだと思う?』

 早く手を洗おう。そして早くブチ切りたい。そう思いながら手を勢いよく洗っていると、ジェーンがホワイトボードにキュッキュッと書きながら私に言った。

「彼のことは無視した方が、時間の節約にもなりますよ。あなたの気が散って料理の邪魔にしかなりません。ですから私だって、着信拒否にしているのです。お分かりでしょう?」

「そうだね、ジェーンは本当に正しいことを私に助言してくれる。じゃあまたね、博士。」

『待って!待って!』スピーカーが音割れするぐらいの、でかい声だった。『本当にすごいから!ねえ、聞いてよ!ねえったら!』

「何この人……何ですか?」

『ええ?そんなに面倒くさがる?まあいいや。あのね、電磁パルスを改良したんだよ!俺たちが得意としている、っていうか俺が得意な、磁気砲の電磁パルスね。ボットを狂わせるやつあったでしょ?覚えてる?』

「ああ、ふーん……。」

 私はシンクに寄りかかって彼の話を聞く姿勢をとった。

『だろだろ?ちょっと興味あるだろ?そうそう!あの磁気砲を改良したの!先日のイスレ山の戦いでさ、悪趣味な蜘蛛のボットをノーモアオヤジ狩りで破壊した時に、天からアイデアが舞い降りたんだよな!それをそのまま設計して、それをそのまま形にしたら、今宵、遂にうまく行ったんだよ!でもその機械、大きくて量産は出来ないけどさ……でも、E109なら遠くから破壊出来るぜ!』

 それをジェーンが聞いていたのか、ホワイトボードにキュッキュッ書く音が止まって、私の方に駆け寄って来て、興奮した様子で手首ごと私のウォッフォンを奪った。

「それは本当ですか!?スコピオ、それは、実証済みですか!?」

『ああやっと、ジェーン様の声が聞けた!勿論実証済みですとも!ミニチュア版でだけどね……でも上手くいきますよ!』

 私は聞いた。

「E109って何?」

 ジェーンが興奮した様子で、私に教えてくれた。

「E109は、エリーザ109の略称で、帝都にある自警システムの型番です!彼はそれを、遠くから破壊出来ると言っているのです!」

「ええっ!?じゃあ帝都の自警システムを黙らせることが出来るんだ!すごっ、すごすぎるよ!スコピオ博士!」

 本当にすごい!これは来た、これは我々の時代が来たぞ!私は笑顔でパチパチ拍手をした。

『まあ、はは!そこまで嬉しく思ってくれて俺も本望だぜよ!でもね、量産は出来ないの。LOZの材料と金銭面を考えると、二つしか作成出来ない。』

「しかし」ジェーンが満足げに前髪をかき上げた。「それでも破壊出来るのなら話は変わります!なるほどスコピオ、あなたをみくびっていましたよ。ふふ。因みに、その二機で、どれほどの自警システムを破壊出来ますか?」

『……二つ。』

 私はジェーンと顔を合わせた。何とも言えない沈黙が、我々を包んだ。だって、二つである。帝都にある自警システム、外壁だけでも悠に百は超えるのに、二つである。二つって何?二つを考えすぎて、ゲシュタルト崩壊が起きた。するとジェーンが言った。

「……その設計図を見せていただけますか?着拒を解除するので、私の方に送ってください。」

『了解ですとも!ジェーン様!……よし、はい、はーい!送りましたよ!ご確認くださいましね!』

 早速、隣で立ったままジェーンがウォッフォンの画面からスコピオ博士のメールを開いて、設計図を確認し始めた。指で図をなぞっては、しきりに考え込んでいる。彼に任せて、私はスコピオ博士と会話した。

「でも本当、タイミングよく、磁気砲を改良出来ましたね~。」

『だろ?あれって射程が短いのがネックだなって、コンプレックス抱いてたんだよね~、それにさ、いつか帝都に何かあるかもしれないと思ってさ、あれからずっと考えていたんだ。あとはまあ、ラブ博士の自警システムが完璧すぎて、ちょっとヤキモチ焼いた。ははは!何あいつ、何であんな出来るの?しかもジェーン様から信頼されちゃってさ。でも今回のこれで、ジェーン様には俺の方が優秀だって、伝わったよな?な!』

「あ、ああ。伝わったんじゃないですかね……。」

『ん、な~ん!』

 早く、ジェーン確認終わらないかな。しかし彼はまだかかりそうだ。真剣な瞳で、ホログラムの設計図を回転させて、何かを確認している。

『まあ、ラブ博士が開発したSシリーズはまだ突破出来そうにない。本当はそれを破壊したくて、これを設計したんだが、Sシリーズはびくともしなかった。じゃあ帝都のEシリーズだったらいけるかなと思って実験したらさ、結果的には効いたんだから、上手くいって良かったよ!』

 なるほど、この技術はラブ博士への嫉妬が原因で、生まれたものだったのだ。何とも言えない、何とも言えないが、感謝はしてる。うん、感謝はしてる。

「うむ。」

 ジェーンが声を出したので、彼の方を見た。難しい顔をしている。

「スコピオの設計図は、予想以上の出来具合でした。なるほど、勉強になるところもありましたよ。」

『オオッほほほ!聞いたか?褒められたぞ!』

 聞いたよ。でも、そうなのか、ジェーンがそう言うってことは、結構凄い感じなんだ。

「スコピオの仰った通り、材料面と金銭面からして、二機の製造が限界でしょうね。しかし、グレンがある程度仕上げると仮定しても、こちらに到着すること自体に時間がかかりますが。」

『いやあ、それがですね、俺たちグレン研究員は、今、シロープ島にいるんですよ!空き家を借りて、そこを研究所代わりにしてたんです!すごいでしょ!だから間に合いますって、ジェーン様!』

「ああ、そうですか。」

 彼なりに、スコピオ博士を褒めたのかもしれないが、それにしても冷たい反応だった。しかし博士はめげずに『な~ん!』と、喜んでいた。じゃあ、その機械は、当日に間に合うんだ。

「そっか……」私は頷いた。「と言うことは、その機械があっても、破壊出来るのは、二つなのね。」

「ええ。」ジェーンがホワイトボードに向かい歩き始めた。「そう言う事になりますね。まあ、破壊出来ると分かっただけ、前進したと考えねばなりませんか。」

 私もホワイトボードの方へと向かった。帝都の図、果たしてどこのシステムを壊すべきか。

『ねえねえ、今何やってんの?何の時間?』

「今は、ジェーンがホワイトボードに書いた帝都の図を見ながら、どうやって攻めようか考えてるよ。」

『俺にも見せてくれ!』

「はい。」

 私はウォッフォンをビデオ通話に変更した。すると夕方とは違い、ボサボサ頭のスコピオ博士が映った。赤いポロシャツを着ていた。その服はよく見かけるやつだった。好きだなそれ、そんなことを思いながら、私はウォッフォンのホログラムの画面をホワイトボードに向けた。
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