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誰も止められない愛情狂編

216 マーガリン

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 僕は相変わらず執務室に囚われている。厳密に言えば、軟禁状態だ。最初はトイレ以外は執務室から出られなくてガチガチだったけど、最近は何故だか、剣兵が同行するなら、一応城下には出られるようになったのだ。

 まあ、城下に出ても帝都民から変な目で見られるし、僕は元々引きこもり体質なので、ドナルドおじさんのハンバーガーショップでイートインすることしかしない。だから、意外にもこの生活は、以前の暮らしとあまり変わらないから、そんなに応えてない。

 ネビリス皇帝だって、あれ以来僕には話しかけてこないし、今の状態で僕に何かする暇など無いのだろう。これ以上、民からの支持を悪く出来ないと考えてるのかな、もう手遅れだろうに。想像することは容易かった。

 容易くないのは、例の一件だ。民から、騎士から、僕は酷いやつだと思われてしまってること、そんなのは放っておけばいいんだから耐えられるよ。何が辛いかってさ……!

「あああああああああああああああ!」

 絶叫しながら僕は、ソファの周りをグルグルと忙しく回っている。頭を抱えて、ずっとさっきから叫んでいる。きっと監視カメラで僕の姿を見ている監視員達は、これを見て笑い転げているだろう。

 そう、今の僕はソファの周りをグルグル回っているハムスターなのだ。それか、いつか小さいときに読んだ絵本を思い出した。少年の周りを猫がぐるぐると高速回転していくうちに、猫がマーガリンになってしまうのだ。

 僕はきっとそのうち、一人で勝手にマーガリンになるに違いない。それならそれでいい、陛下はこの執務室に入った時に、巨大なマーガリンと遭遇して、処刑する手間が省けたと剣兵達と笑いながら、僕の一部をヘラで掬って、それを焼き立てほわほわのトーストに乗っけて、サクッと一かじりするのだ。

 いいよもう、僕は別にこの世に未練なんかないよ。いやあるよ、あるけどさ……。

「そうだ、あれは何かの策なのかもしれない!」

 僕は急に笑顔になった。そして机に駆け寄り、PCの画面をつけた。そこにはさっきまで見ていた、ソーライ研究所の求人募集ページが表示されている。暇だから最近どうなのかなと思って、ソーライ研究所のページを見てたら、求人募集していた。だからそれをクリックしたのだ。

 募集サイトの企業PR欄、何これ。最初は気の利いたジョークかなんか、そういうテイストで募集してるのかなと思ったけど、最後まで読んだ僕は、その後すぐに激しく下痢をした。剣兵がいなかったら、また彼が僕のことをお手洗いに運んでくれなかったら、この部屋は地獄と化していたね。何これ。

 キルディアの署名の文章、そしてジェーンの署名の文章。何これ。二人はこんなにも親密だったのか。キス?ハグ?何それ。僕のマーガリンの元凶は、これだった。

 ジェーンは結婚してるし、過去の時代の人間だ。それで安心してたのに……何が、この世界に残る方法を考えているだよ。ジェーンがこの時代に残れる訳ないじゃないか。それに戦だってあるのに。

 これじゃあ二人は、二人は……!

「ああああああ!」

 僕は頭を抱えて天を見上げた。いや、そうだ!そうだよ!だからこれは、策なのかもしれない。帝国中にこのメッセージを出して……どうなるんだ?何の為の策だ?誰宛?僕宛かな、僕を動揺させようとしてるのかな?そうだとしたら効果は抜群だけどね!

 いや、やはり策じゃなさそうだ。だって、こんなことしなくてもさ、他の方法があるだろうに。パラドックスね、もういっそのこと、キルディアの味方になりたいからジェーンに、パラドックスは所詮過去の一ページだし、未来時点でのパラドックスはそんなに気にしなくてもいいんだよって教えてあげようかな。

 でもきっと、ジェーンは僕を貶すに違いない。僕の論文だって、発表する度に一々指摘してくるし。まあそれがあるから僕の研究がここまで改良出来たのは事実だけど。しかも彼は、あの火山測定装置の発明者。この帝国に、僕以上の科学者なんていないと思ってたのに、それも過去の世界から来た奴に、負けてるなんて……。

 色々と悔しい、ああどうしよう、キルディア、あんなのと一緒にいることないのに!僕のこと嫌いになったよね?僕は酷い人間だと思ってるよね?ああ、キルディアの幸せが第一だし、一応火山測定装置へのリスペクトがあるから、ジェーンの正体については陛下に黙ってるし、アイリーンにも黙らせている。

 でも陛下が事実を知るのは時間の問題だろうな。まあ、この帝都が戦地になるのも時間の問題だろうけど。そうなったら、ジェーンの正体なんて、もう関係なくなる。それどころじゃなくなる。あーあ。

「そっか、キルディアはジェーンが好きなんだ。」

 僕は急に身体が重くなった。これは現実なんだ。今だって、二人が何をしているのか、きっと、職場の片隅で、他の職員にバレないように口づけを……してるんだとしたら、超絶羨ましい!どうして僕が彼女の秘書じゃないんだ!僕は歯を食いしばった。

 しかし、過去と人は、もう変えることは出来ないのだ。僕はこのまま、自分の人生を全うしなくてはいけない。あーあ。かなり辛いし、またお腹が痛くなってきたが、確かにさ、この僕よりジェーンの方が彼女を幸せに出来ると思う。彼女は、ジェーンを想っているのだから。

「そうなんだよね、そうだよ。そうじゃないか。」

 そしてまた、あああ、と叫びたくなってくる。このループをさっきからずっと繰り返している。そんなのは精神的に良くない。そんな気がして、気分を変える為に、PCのニュースを見た。連日、書かれているのは見せしめ刑罰の件だ。

 まだ誰も執行されていないが、対象者はたくさんいる。そしてそれは刑期が長いとか短いとか、或いは刑罰の重さは関係ない、ランダムに対象者は選ばれるのだ。民は怖がるに決まってる。

 城下から逃げようとする人は後を断たない。LOZ地域は、元々その地に滞在していた元騎士の皆さんによって、平和な治政が行われている。城下民は、この地から一番近いユークに逃亡している。子連れで、家族で、逃げる人だっている。城下を無事抜けたら、向こうで待っているのは、平和だ、ただの楽園だ。

 そんなの、逃げるに決まってる。それでもまだ、陛下を信じて、この地に住み続けている人だって、たくさんいる。逃げるのが怖いのかもしれない。一度捕まったら、収容施設に入れられて、家族とも一生離れ離れだ。上かの収容施設は、定員を遥かに越えていて、ぎゅうぎゅう詰め状態らしい。

 ここに居る皆が、彼らが助けに来るのを待ってる。ギルバート騎士団長が来るのを待ってる。僕だって実は待ってる。陛下は、自分が一番偉いと思ってる。それ以外の人間はゴミとしか思ってない。

 あーあ。僕は死ぬのかな、ここで。先日、ニュースで話題になっていた城下民の男が、第一回の見せしめの対象者だが、彼の刑が行われるのは、あと四日後だ。

「それまでに、僕だけでも、動かないと。」

 ここからやれることは全てやった。まだ見つかってないようだ。僕はゴクッと冷え切ったココアを飲んだ。それまでに、キルディア達は動くのかな。ニュースではまだ何もLOZ側の動きは無い。まあ、なるようになるしかない。

 いいんだ僕は、人形のキルディアが居るから。彼女だけは僕に対して、不変の愛を抱いてくれるんだ。この数日間、やることをやり終えた僕は、暇つぶしにキルディアちゃんの為のお家を作ってあげていた。初めて作るドールハウスは試行錯誤の連続だったが、二階建て、白い壁のお家で、ちゃんと窓だって照明だってある。

 光の大剣だって、ミニチュアのを作ってあげた。物を切ることは出来ない、ただのホログラムの応用だけど。僕はキルディアちゃんを、針でチクチク縫って作ったソファに座らせた。不格好だけど座り心地はいいでしょ?

『うん、ありがとうチェイス』

 ほらね、僕は愛されているのだ。ふふ。監視カメラで、僕の奇行を見ていればいいさ。ソファに座って、毎日長時間、キルディアのお家作りをしている僕。材料を望めば、ドアの前に立っている剣兵二人のうち、一人が調達しに行ってくれる。

 今度は、ウォーターベッドを作ってあげるんだ。今は僕みたいに、ソファで寝るしかないから。そうだ、今日は掛け布団を作ろう。僕はベッドのサイズに合うように、紙に設計をして、それを切り取り、そして布に当ててハサミで切る作業をした。

 いいベッドを作ろうね。そして彼女の隣に僕がいることを想像して、毎晩眠れるなら、これは最高だ。
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