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迷いとミニキルディア編

200 緊急放送

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 帰還した翌日、私はLOZの訓練施設にいた。ヴァルガはもうかなり回復したようで、私と戦闘訓練をしてくれることになった。LOZの兵達が我々の手合わせの観戦をしていて、結構盛り上がっている。

「どうしたギルバート!その程度か!」

 木刀と木刀がバチンバチン音を立ててぶつかっている。ヴァルガはあの戦いで、魔力を出すことが出来なくなった。プレーンが、かなり傷ついていて、いつ暴走してもおかしくないから、という医師の判断だった。

 だが、あの炎の長剣が無くても、彼は強い。私は必死に彼の速さについていくばかりだ。だが今は、私がヴァルガの隙をついた。彼の太ももを木刀で叩いた。

「どうだ!」

「くそ!やるな!」

 戦いはもう既に何十分も続いていて、お互い汗だくだ。それでも何故か、我々の間には笑顔がある。まっすぐとした、清々しい感情で、こんなに熱く戦えるのは、久しぶりだった。

 訓練場に、クーラーボックスを担いだリンや、他の隊員が入って来るのが見えた。丁度よかった、喉がとても乾いていたのだ。リンは大きな声を出した。

「よっすー!やってるねえ!ほーらドリンクを持って来たよ~!」

「おっ!やったぁ!」

 ボコっと音がした。私はヴァルガの一撃を、わざと背中に喰らった後に、リンからドリンクを受け取ってゴクゴクと飲んだ。兵達から笑いが漏れ、ヴァルガは頭を掻きながら言った。

「お前……いくら早く切り上げたいからと言って、わざと攻撃を喰らうなよ。結構痛かっただろう?」

「まあ、ちょっと痛かったけど、飲みたかったから。ヴァルガも飲もうよ。皆も、水分補給しましょう!」

 兵達に続いて、ヴァルガもリンからドリンクを受け取ると、ゴクゴクと喉を鳴らしながら、豪快に飲んだ。何やらリンが、ヴァルガの頭部をじっと見ているのが気になった私は、彼女に聞いた。

「どうしたの?リン。」

「ヴァルガさんとジェーンって、どっちの方が、背が高いんだろうと思った。」

 私も考えた。

「うーん、ジェーンは確か、百九十一センチだと、服屋で言っていた気がする。だから彼に合うサイズは、中々見つからなかった。ヴァルガは?」

「……ぷはっ」と、ヴァルガが、ボトルから口を離した。「俺は百九十ジャストだ。なんだ、あの軍師さんの方が、俺より若干高いのか。」

 そうだったんだ。やっぱり騎士の防具をつけていると、身長が高くなりがちだ。ヴァルガは二メートルを軽く超えているのだと思っていた。ドリンクを飲み干したヴァルガは瓶を見つめている。彼に対して、リンが質問をした。

「ヴァルガさんって、シルヴァさんがお母さんだったんだよね?」

 なんて質問だ……リンよ。

「ああ、そうだ。」

 その時、私はあることに気付いた。

「あれ?ヴァルガって確か、姓がエレンゲイだったよね?」

「間違いない。」

 ヴァルガは汗で濡れた顔を、白いタオルで拭きながら、何度も頷いた。

「私の記憶では、確かネビリス皇帝もエレンゲイだったような。」

「そうだ、陛下は確かに、俺の父だ。」

「えっ!」

 私は驚愕した。リンも驚愕した顔で、私を見ている。なんと、ネビリス皇帝はヴァルガのお父さんだったのか……更に、ネビリスとシルヴァは夫婦だったのか……そんな素振り全く見たことないし、公表していなかったから、全く気が付かなかった。現に、騎士の間で、家族関係を隠す人はたくさんいる。

「じゃあ、二人が、ご両親なのか……。」

 シルヴァが亡くなったのも、きっとすごくショックだっただろう。それに我々はネビリスと対するのに、彼の気持ちは、どうなる?一気に私は混乱した。しかし、ヴァルガは、私のことを気遣ってくれた。

「ああ、だが俺は、もう戦う準備は出来ているぞ、ギルバート。俺は騎士の家庭に生まれたんだ。親の栄光にすがりたくないから、奴らの一人息子だってことは、黙っていた。俺は騎士だ。いつ、血が繋がった家族が敵になるか、わかりゃしないさ。今の俺の主人は、お前だ、ギルバート。」

 ヴァルガの瞳が、私を真っ直ぐに見つめた。

「そうか、とても覚悟のいることだったと思う。でも、色々とありがとう。」

「ふっふふ……」と、ヴァルガが笑った。「覚悟など、それ無くして騎士団長にはなれない。お前もよく分かっているだろうに。母はあの性格、父も欲に溺れて手段を選ばない。二人が帝国の重鎮になったところで、運命は決まっていたのかもしれない。しかし、俺は俺だ。誰にもそれは変えられない。俺の人生は、俺が決めるものだ。今の俺は、お前と共にある。」

「うん……ヴァルガが来てくれて、私はよかったと思ってる。騎士の皆もだ。心強いと思ってる。」

 私が微笑むと、ヴァルガも照れた様子で、はにかんだ。暖かい空気が皆の間で流れたところで、リンが私の脇腹をツンツンと突いた。

「あんまり他の人とラブラブしてると、軍師さんが怒るよ~?」

「ラブラブしてないから、あまりジェーンにそうやって言わないでね。」

 最近は本当に、拗ねたジェーンは大変なのだ。以前にも増して、他の男性と話していると腕を引っ張ったりするし、家に帰ってから、「あの時、楽しそうでしたね」とか「私の方が会話の引き出しが豊富です」とか、煩いのだ。寧ろ私の方が男っぽいのではないかと感じる時がある。

 リンが私と手を繋ぎながら、私に聞いた。

「んで、その軍師さんは、今日もどうしたの?また午後休みを貰ってたけど。どういうことで?」

「分からない。昨日帰宅した時も、別に何もそのことについては言ってなかったし……何か、この世界で、やり残したことでもあるんでしょ。」

「ふーん、そっか。理由が分からないのは、キリーも同じだったか。」

 べ、別に聞くことでも無いし、誰にだって、秘密の時間はあるものだ。きっと時空間歪曲機のことだろうな。それぐらいしか思いつくことがない。私に言わないのは、私を傷つけたくないからだろう。なんだその優しさ、ちっとも優しくないね。

 リンがドリンクを飲む為に、ボトルを手にした時だった。ウォッフォンから緊急速報アラームが鳴った。これは皇帝が放送するときに流れるアラームだった。

 リンが急いで、肩にかけているバッグから、PCを取り出して、放送を画面に映した。ヴァルガも隣に来て、それを覗いた。画面にはネビリス皇帝が映っている。特に痩せた様子もなく、元気そうだった。

『こんばんは、帝国の皆さん。今日この放送をしているのには、重要な訳があります。我がルミネラ帝国の騎士団は、殆どがLOZという反逆レジスタンス集団に支配されてしまいました。この全て、どうして起こったのか。それは、チェイス元帥の……責任、とまでは言いませんが、彼の今までの行動から考えて頂ければ、容易いでしょう。』

「何これ……」

 私は呟いた。チェイスのせいにしようとしてるのか?

『元帥は、私の反対を押し切って、帝都民がただ苦しむだけの条例を作り上げました。税率が上がったことも、徴兵制を執行したのも、悪しき心をその内に秘めし彼のしたことです。チェイスがした悪行の中で、一番酷いものは、ボット開発です。彼はなんと、刑罰の対象となっている兵器ボットを、隠れて開発していたのです!私は知らなかったのです。彼は真面目で、聡明で、民の為に一途な、素晴らしい人間だと信じていましたが、まさか殺戮さつりく兵器を作成していたとは……!私は彼を元帥に指名するという、愚かなことをしました。もう、帝都民の皆様を苦しめたくはありません。それにLOZに囚われた兵達を、奪還しなければなりません。』

「チェイスのボットを量産して戦闘に使用していたくせに、よく言うよね。」

 リンの言葉に我々は頷いた。

『更に、彼は元帥になりたての頃に、なんと、ユークでLOZのリーダーであるキルディアとその補佐のジェーンと接触していたと、諜報部隊からの報告がありました。今まで新光騎士団が戦で思うように力を発揮出来なかったのは、チェイス元帥が情報を流していたからなのです!』

「そ、それは本当なのか!?ギルバート!」

 ヴァルガが叫んだ。兵達の間でも、どよめきが起こっている。私は皆に聞こえるように大声で言った。

「確かに、彼が任命を受けたばかりの時に、接触はした。でもそれ以来、彼とは何も連絡をとっていない。それは本当だから、信じて欲しい。チェイスと連絡取れていたなら、もっと簡単に勝ったと思うよ。私もジェーンも、皆と同じように、LOZが勝てるように真剣に頑張って来た。それは事実だ。」

「そ、そうか……」ヴァルガが顎を人差し指でボリボリ掻いた。「まあ確かに、これが嘘だと考えた方がしっくりくるか。」

 皆も、信じてくれた様子で、私は少し安心した。それにしても、チェイスが悪政をしているのは事実なのだろうか?そうだとしても、そうじゃないとしても、今後、チェイス自身が危ないかもしれない。

「帝都民は、この話を信じるのかな……?」

 リンの不安そうな声が聞こえた。ヴァルガがうーんと唸った後に、答えた。

「分からんが、実は帝都民は、その他の地域よりも、ニュースなどの情報を制限されている。ここに来て分かったことだって多い。陛下のことを信じる人の方が、多いのかもしれないな……。」

『私の信頼していたチェイス元帥は、今、伝えた悪行をしてきました。彼は到底許せません。私は帝都民、あなた方も信頼しています。あなた達はLOZに渡った、その他の地域とは違います。帝都から出れば、どんな目に遭うか。帝国の敵、私の敵となるのです。ですから、帝都を出てはなりません。一つ、新しい政策があります。これはまた、チェイス元帥の案で、私の知らぬ間に、もう可決されてしまったものです。今から撤回するには、時間が必要ですが……。』

 何だろうか、嫌な予感はしている。

『その案とは、見せしめ処刑です。我が帝国に反する意志を持つ者を、これからは城下の噴水広場にて、公開処刑を致します。これは脱走した者や、我が帝国を侮辱した発言をした者にも、適応されます。これは元帥が作ったものであり、撤回を進めるために、私は必死に争います。それをお分かり頂いて、その時間、どうか従って頂きたい。帝都の皆さん、それからLOZの下にいる皆さん、どうか、良い週末を。』

 放送はブチッと切れた。何が、良い週末をだ。私は頭を抱えた。

「……はあ、なんてことだ。」

 ヴァルガもため息をついた。

「はあ……俺の父が、こんなことを言うなんて情けない。何が見せしめ処刑だ。それで本当に、民の信頼を得ることが出来るとお考えなのか。それに、俺はチェイス元帥が考えたとは、到底思えんのだ。確かに過去に、戦闘用ボットを開発してしまったのは知っているが、チェイス元帥は民の声をよく聞いては、父に進言をしてくださっていた。怖がった様子でな。その元帥が、父を差し置いて一人、独断で新たな刑罰を作るとは思えん。俺はチェイス元帥を信じたい……俺の無茶ぶりな願いを叶える為に、必死こいて炎の長剣を開発してくれたしな。」

 ヴァルガは歯を食いしばった。いろいろな憶測があるが、私も、今の話を聞くと、チェイスを信じたくなった。リンは難しい顔をした。

「じゃあ結局、チェイス元帥っていい人なのかな……ビデオ通話の時だって、優しかったし、結局私たち捕虜は、誰一人、痛めつけられはしなかった。なんかいい人な気がしてきた。キリーもそう思う?海賊ツアーに行った時だって、手伝ってくれたんでしょ?」

 私は頷いた。ヴァルガが首を傾げた。

「海賊ツアーって何だ?」

 私は苦笑いしながら答えた。

「最初に接触した時、我々は海賊船の上だったんだ……ほら、ジェーンが七つの孤島に落とし物をして、それを回収したかったんだけど、それには海賊ツアーに参加するしかなくて、参加したらさ、チェイスも丁度そこに居て、訳を話したら、彼も協力してくれたんだ。」

「へ、へえ……海賊船で出会ったのか。元帥も、そんなとこで何してたんだ?」

「海賊が好きらしい。」

「あ、ああ、そうなのか……。」

 ヴァルガは困惑した様子だった。ちょっと面白かった。

「と、とにかく」リンが言った。「これからどうする?じゃあチェイスさんを……どうする?キリー。」

 肝心な時に、ジェーンが居ない。でも、彼は居なくなるんだ。戦いが終わる前に帰ることだって考えられる。私が一人で、力まなければいけない時だってある。私は、少し考えてから答えた。

「チェイスから連絡があれば、いいのだけれど、今の状況では出来ないかな。もう少し、考える時間を作ろう。今の段階で帝都を、っていうのはまだ早い気がする。まだ傷が癒えていない兵達もたくさんいるし、見せしめ処刑までは時間がある。もう少し様子を見て、どうすべきか判断しよう。チェイスについては、見捨てることはしないと、約束したい。」

 私の言葉に、リンとヴァルガが笑顔で頷いた。ヴァルガは真剣に頷いている兵達に号令をかけた。

「そうだな、今は時が来るのを待ち、鍛錬するのみよ!おい!お前ら!やるぞ!」

「はっ!」

 訓練がまた開始された。私も近くの兵と、手合わせを開始した。剣を振るいながら、大きな窓をふと見ると、空はもう暗くなっていた。
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