195 / 253
迷いとミニキルディア編
195 夜風のデッキ
しおりを挟む
「私はもう帰った方がいい?何故です?私は、ネビリスを倒すまで、共に戦い続けると、約束しました。」
「……うん。それは覚えているよ。でも、帝都を攻略しようとなると、城壁の自警システムは完全だし、ネビリスとチェイスは城で構えるから、その防衛線を崩すとなると、今までとはまるで違って、かなりの人間が犠牲になるだろう……果たして、その状態で私は、ジェーンを守れるだろうか?彼は、元の世界に戻らないといけないんだ。この世界で死ぬべきでは無いよ。」
と、リンの方を向いた。キルディアの言うことも一理あるが、そもそも、どうしてリンに尋ねる?腑に落ちないと思いながらも、リンの回答に耳を傾けた。
「だ、大丈夫だよキリー。ジェーンってほら害虫のようにしぶといから「誰が害虫ですって?」キリーが守れなくっても、大丈夫だって!それに相手にチェイスがいるのに、どうやってジェーン無しで対抗するつもり?どう考えたって、ジェーンの脳みそが必要だよ!タージュ博士じゃダメなの!分かるでしょ?」
「分かるよ……。」
彼女の即答ぶりに、私は口角を上げてしまった。この件は、タージュには黙って置いた方が良いだろう。リンの例えが気に食わないが、今はキルディアの気持ちを支えるべきだ。男として、彼女の大切な存在として……出来れば、あのタマラの部屋では、彼女に関係を訂正して欲しかったが。これは私の胸の中にしまっておく。私は彼女に言った。
「キルディア、何も、今この場所で考え込まなくても宜しいと思います。その時になったら、一番最適な解決方法を見つけましょう。状況は一刻一刻と変化していきますから、臨機応変に思考し、行動する事は、いつの時代においても変わらずに、大切なことです。」
キルディアは顔を上げて、頷いた。先程からずっと、遠くの海ばかり見つめて、私のことを見てはくれない。それだけで、私は胸がチクチクと痛んだ。
この痛みは、以前よりも、頻度も、痛みのレベルも増している。そしてそれは、彼女と二人きりになった時に、激しい鼓動に変化する。私だって、それを手放す事は、もうとても考えられないのだ。
「うん、そうだね。私が弱気になっていて、どうするって話だ。」彼女は少し笑った。「ジェーン、リン、ありがとう。そうだよね、皆が無事に乗り越える方法を、今までだって考えて、実行して来たんだ。これからも、皆が私のそばにいてくれるなら、なんとかなる。ふふ。」
「そうそう!そうだって!」リンが笑顔で手をパチパチ叩き、それから何かを思い出した。「あ!そうだ!聞いてほしいんだけど!聞いて!ねえ聞いて!ジェーン、ほら聞いて!」
「聞いていますよ、煩いですね。」
「なら良かった!あのね、牢屋に入れられてる時に、チェイスとお話ししたんだよ!」
私とキルディアが、同時にリンを見た。私は聞いた。
「チェイスと?」
「そうそう!なんかねぇ、ジェーンのことを教えてくれって言ってたから、適当に好物はヤモリの唐揚げだとか、トイレに新聞持って入ったら長引くとか言っといた!」
「あっはっはっは!ヒィー!」
腹を抱えて笑っているのは、キルディアだった。私はムッとして彼女の肩を叩くと、彼女は「ごめん!だって確かに新聞持ってく、ヒィー」とまた笑った。リンめ、くだらないことで私を羞恥の沼に突き落としおって!しかしキルディアが笑ってくれたので、許すべきか……。
「それでね!」リンは笑顔で続けた。「ジェーンのことが知りたいのかなって思ってたんだけど、話を聞くうちに、ちょっと事情が変わってきたの!あれは絶対に、キリーのことを気にしてたね!ジェーンに奥さんいるって言ったら、喜んでたし!」
あの男……この情勢になっても依然、キルディアのことを考えていたとは。無意識に力の入った私の拳が、ギリギリと音を立てている。もし、もう一度私の目の前で、彼女の柔らかい唇を奪ったとしたら……彼はもう二度と、次の朝日を見ることは出来ないだろう。
キルディアは私のものだ。キルディアが愛情を受けるべきなのは、私からのみだ。昔よりも今、昨日よりも今日。この胸にはどんどんと、しまい切れないほどの感情が、生まれてきている。この状態の私の前で、キルディアに手を出すことは、死を意味していると称しても過言では無い。
ああ、その時の為に、SAKURAの弾丸を取っておけば良かったのだ。七つの孤島でモンスターに襲われた時や、あの骸骨を見て驚いた時に発砲して何発か使用し、先日のオーバーフィールドでシルヴァに対して使った。それは彼女の為の一発だったので、仕方ないが。
「ジェーン、大丈夫?目つき怖いよ?」
リンの言葉にハッとした。二人が私のことを、心配そうに見ていた。私は眼鏡を指で調節して、答えた。
「……はい、今は、拳銃の弾を、取っておけば良かったと考えておりました。」
二人は苦笑いをした。そしてキルディアが言った。
「物騒な……でも拳銃って、シルヴァに使った、あの銃のことだよね?あれはおじいさんの形見って言ってたけれど、地上出身なんだよね?」
「はい、そうです。祖父の父、私の曽祖父は地上で衛兵のような職に就いておりました。それを何らかの方法で、祖父が受け継いだのでしょう。詳細は私も存じておりません。」
「そうなんだ」キルディアは頷いた。「でも、どうして、オーバーフィールド内に発生していた超重力の中でも、あの弾は飛んで行ったのだろう。」
キルディアは首を回しながら考え始めた。実はその仕草を気に入っている。時たまに、私もその仕草をしてしまうようになった。私は説明した。
「あの弾は魔力を使用していません。オーバーフィールドは、魔力を持つ物体に対して、重力をかけ、特殊な波動で破壊しようとします。我々も、体内にプレーンを埋め込んでいるせいで、超重力の影響を受けました。しかしそれも後から判明したことで、その機械、私は全ての物体に対して、重力がかかるものだと予想していました。だが実際は、魔力の伴わない武器でしたら、あの中を飛んでいくことは可能だったのです。外から石でも投げれば、勿論シルヴァに当たったでしょう。」
「そ、そっか、なるほど。」「ふーん、ちょっと分かんない。」
……リンに通じなくとも構わない。私は続けた。
「ですが、あの時の私はもう、これを使うしかないと思っておりました。何しろ、キルディアが極めて危険でした。そして彼女を救う為、オーバーフィールドの魔力の影響を受けて、弾道が下がることを計算し、シルヴァに確実に当てられるように、彼女のすぐ近くまで、這って近づきました。キルディアの信念を貫く為、彼女を生かしたかった。私は、彼女の脇腹に命中するように、弾道を計算し、銃口をより高めに構えて発砲しました。しかし結果として、弾道は下がらず、彼女の頭に命中してしまいました。」
「な、なるほど……最初から頭を狙ってた訳じゃないのね。ちょっと安心した。」
キルディアの言葉に私は頷いた。すると彼女は、私の膝を撫でてくれた。温かい手だ。これも私のもの、後で、もっと温かいものを頂きたい。
「じゃあ、安心したかも……なんかさ、戦いを経験していくうちに、何かに影響されて、ジェーンに修羅の心が生まれたのかと思った。」
「分かる分かる!」リンが手を叩いて反応した。「私もちょっとジェーンが何か覚悟を決めちゃったのかと思ったよ!でもそれ聞いて安心した!それでさっきの話に戻るけどさ、キリーはチェイスのことどう思ってるの?」
またその話か……私は遠くの海を眺めながら、聞き耳を立てた。キルディアは少し笑った後に、言った。
「うーん、ふふ、どうだろうね。彼は少しイケメンだけども。」
ああ、実にくだらない。あの男など、私の足元にも及ばないのに、お世辞なんて。
「リンは本当に、そう言う話が好きだよね。」
「だって、ときめきたいじゃん!」
リンは口を尖らせて、片手をくるくると回転させた。何だその仕草は、全く彼女の言動は理解し難い。そしてキルディアは困った様子で答えた。
「そうは言っても、帝国の軍師だから、無理でしょう。」
リンは顎に人差し指をちょんちょんと当てて、考えた後に、何か閃いたのか、キルディアに質問した。
「でもでも!もしジェーンが帰ったら、他の人探すよね?」
重力が強まった気がした。誰かがオーバーフィールドでも使用しているのだろうか。想像したくもない、そのようなこと。
だが、彼女の本当の幸せを考えるのなら、私よりも、この世界に生きている他の誰かと一緒になる方が、いいのかもしれない。それに彼女は、私と仲良くなることを恐れている。私が帰るからだ。確実に、その時は迫っている。実は何度か、帰らないことも考えたが、あの世界で、やり残したことがある。
ああ、どうせきっと、彼女は「探す」と言うだろう。それならそれで、私はもう諦めようか。どうも彼女は、私とのスキンシップを望んでいないようだし、と段々と捻くれてしまった。
しかし彼女の答えは、意外なものだった。
「……探さないよ、探せないと思う。」
……。
私は、一回立つと、遠くを見つめるキルディアの背後に移動した。そしてキルディアの背中に私の腹を密着させて座り直し、その姿勢のまま彼女のお腹に、手を回して、後ろから包み込むようにハグをした。
この大胆な行動、人前だから嫌がられるかと思ったが、意外にも彼女は無抵抗だった。私は少し嬉しくなり、彼女の肩に自分の顎を乗せた。髪からココナツの良い香りがする。いつだって、彼女からはココナツの香りがした。
……私だって、絶対に手放すものか。過去に帰ることも、彼女を手に入れることも、絶対に叶えてみせる!
「あははっ!ちょっと動かないでね、撮るから!」
どんどん撮って頂きたい。そしてくだらないSNSというツールで、拡散するが良い。私とキルディアがこれほど仲がいいというのを、リンよ、あなたが拡散するのだ。思惑通り、リンは何度もパシャパシャと我々を撮った。
「ハァ~、これなんか超いい!音楽CDのジャケットみたいだよ!何だかキリーが、抱っこされてる猫ちゃんみたい~!」
「そ、そう?」
「ところで、ジェーンには奥さんがいるけど、こういうことしていいの?」
私はリンのことをとても睨んだ。この世の悪魔がいるとしたら、きっとこういう姿をしているだろうと確信を持った。しかしキルディアは、優しく笑った。
「ははっ、そうだね。今だけなんだから、ちょっとぐらい許してって感じで、いいんじゃない?私はもう、騎士じゃないからね。そう、もう騎士じゃないの。事実もそうだし、中身もそう。私はね、泥沼に足を突っ込んでるんだよ。だからジェーン、覚悟したほうがいい。」
リンがお腹を抱えて笑っている。私はキルディアに聞いた。
「覚悟ですか、何を?」
「……だから、私が本気になったら、恐ろしいことになるからね。もういいでしょ、この話題は。顔が熱いよ。」
ゴクリと喉が鳴った。彼女が本気になったら、どうなるのだろうか。そしてそれは今夜から反映されるのでしょうか?とても気になるが、予想して楽しむもの一興。ふふっ、今とても、高笑いたい。
「ジェーン、」
「何でしょう?」
「ちょっと鼻息が荒いんだけど……。」
「ああ、これは失敬、つい。」
リンがずっと笑っている。そして海風がびゅっと吹いた。その時に、リンから独り言が聞こえた。
「これでキハシくんから金をゲット出来る……このまま行けばいい……ヒッヒッヒ!そうだ!」
と、リンは起立した。
「ちょっとクラースさん達呼んでくる!一緒にやりたいことがあるんだ!みんなでさ、ちょっと話そう!」
「え、あ、ああ……。」
キルディアがそう反応すると、彼女は足早に去っていった。ついに二人きりになれた。私は更に彼女を抱きしめた。
客観的に見れば、私は彼女にベタベタしているだろう。昔は街でベタつく若者を見ては、理解に苦しんだが、今となっては自分が夢中で、その状態に陥っている。人生とは分からないものだ。
「キルディア、」
「ん?」
「……私にこうされるのは、好きですか?」
「……すー。」
「す?」
すると彼女は、マグカップを隣に置き、私の両腕を掴んで、前方に引っ張り始めた。その結果、私はもっと彼女と密着することとなった。彼女の不意な行動に、私は胸が高鳴った。
「す、好きでしょうか?」
「言わなくても……分かるでしょう?気に入ってるから、こうしたよ。」
ああ、彼女を抱きしめながら、私は彼女の頭に口づけをした。これは、なんて暖かくて、心地がいいものか。永遠がここにある、そんな気さえした。我々はとろけて、水平線の隙間に流れていく。静かに、目を閉じた。
暫くすると、リンがクラース達を引き連れて戻ってきたので、キルディアは慌てた様子で、私から離れた。
「……うん。それは覚えているよ。でも、帝都を攻略しようとなると、城壁の自警システムは完全だし、ネビリスとチェイスは城で構えるから、その防衛線を崩すとなると、今までとはまるで違って、かなりの人間が犠牲になるだろう……果たして、その状態で私は、ジェーンを守れるだろうか?彼は、元の世界に戻らないといけないんだ。この世界で死ぬべきでは無いよ。」
と、リンの方を向いた。キルディアの言うことも一理あるが、そもそも、どうしてリンに尋ねる?腑に落ちないと思いながらも、リンの回答に耳を傾けた。
「だ、大丈夫だよキリー。ジェーンってほら害虫のようにしぶといから「誰が害虫ですって?」キリーが守れなくっても、大丈夫だって!それに相手にチェイスがいるのに、どうやってジェーン無しで対抗するつもり?どう考えたって、ジェーンの脳みそが必要だよ!タージュ博士じゃダメなの!分かるでしょ?」
「分かるよ……。」
彼女の即答ぶりに、私は口角を上げてしまった。この件は、タージュには黙って置いた方が良いだろう。リンの例えが気に食わないが、今はキルディアの気持ちを支えるべきだ。男として、彼女の大切な存在として……出来れば、あのタマラの部屋では、彼女に関係を訂正して欲しかったが。これは私の胸の中にしまっておく。私は彼女に言った。
「キルディア、何も、今この場所で考え込まなくても宜しいと思います。その時になったら、一番最適な解決方法を見つけましょう。状況は一刻一刻と変化していきますから、臨機応変に思考し、行動する事は、いつの時代においても変わらずに、大切なことです。」
キルディアは顔を上げて、頷いた。先程からずっと、遠くの海ばかり見つめて、私のことを見てはくれない。それだけで、私は胸がチクチクと痛んだ。
この痛みは、以前よりも、頻度も、痛みのレベルも増している。そしてそれは、彼女と二人きりになった時に、激しい鼓動に変化する。私だって、それを手放す事は、もうとても考えられないのだ。
「うん、そうだね。私が弱気になっていて、どうするって話だ。」彼女は少し笑った。「ジェーン、リン、ありがとう。そうだよね、皆が無事に乗り越える方法を、今までだって考えて、実行して来たんだ。これからも、皆が私のそばにいてくれるなら、なんとかなる。ふふ。」
「そうそう!そうだって!」リンが笑顔で手をパチパチ叩き、それから何かを思い出した。「あ!そうだ!聞いてほしいんだけど!聞いて!ねえ聞いて!ジェーン、ほら聞いて!」
「聞いていますよ、煩いですね。」
「なら良かった!あのね、牢屋に入れられてる時に、チェイスとお話ししたんだよ!」
私とキルディアが、同時にリンを見た。私は聞いた。
「チェイスと?」
「そうそう!なんかねぇ、ジェーンのことを教えてくれって言ってたから、適当に好物はヤモリの唐揚げだとか、トイレに新聞持って入ったら長引くとか言っといた!」
「あっはっはっは!ヒィー!」
腹を抱えて笑っているのは、キルディアだった。私はムッとして彼女の肩を叩くと、彼女は「ごめん!だって確かに新聞持ってく、ヒィー」とまた笑った。リンめ、くだらないことで私を羞恥の沼に突き落としおって!しかしキルディアが笑ってくれたので、許すべきか……。
「それでね!」リンは笑顔で続けた。「ジェーンのことが知りたいのかなって思ってたんだけど、話を聞くうちに、ちょっと事情が変わってきたの!あれは絶対に、キリーのことを気にしてたね!ジェーンに奥さんいるって言ったら、喜んでたし!」
あの男……この情勢になっても依然、キルディアのことを考えていたとは。無意識に力の入った私の拳が、ギリギリと音を立てている。もし、もう一度私の目の前で、彼女の柔らかい唇を奪ったとしたら……彼はもう二度と、次の朝日を見ることは出来ないだろう。
キルディアは私のものだ。キルディアが愛情を受けるべきなのは、私からのみだ。昔よりも今、昨日よりも今日。この胸にはどんどんと、しまい切れないほどの感情が、生まれてきている。この状態の私の前で、キルディアに手を出すことは、死を意味していると称しても過言では無い。
ああ、その時の為に、SAKURAの弾丸を取っておけば良かったのだ。七つの孤島でモンスターに襲われた時や、あの骸骨を見て驚いた時に発砲して何発か使用し、先日のオーバーフィールドでシルヴァに対して使った。それは彼女の為の一発だったので、仕方ないが。
「ジェーン、大丈夫?目つき怖いよ?」
リンの言葉にハッとした。二人が私のことを、心配そうに見ていた。私は眼鏡を指で調節して、答えた。
「……はい、今は、拳銃の弾を、取っておけば良かったと考えておりました。」
二人は苦笑いをした。そしてキルディアが言った。
「物騒な……でも拳銃って、シルヴァに使った、あの銃のことだよね?あれはおじいさんの形見って言ってたけれど、地上出身なんだよね?」
「はい、そうです。祖父の父、私の曽祖父は地上で衛兵のような職に就いておりました。それを何らかの方法で、祖父が受け継いだのでしょう。詳細は私も存じておりません。」
「そうなんだ」キルディアは頷いた。「でも、どうして、オーバーフィールド内に発生していた超重力の中でも、あの弾は飛んで行ったのだろう。」
キルディアは首を回しながら考え始めた。実はその仕草を気に入っている。時たまに、私もその仕草をしてしまうようになった。私は説明した。
「あの弾は魔力を使用していません。オーバーフィールドは、魔力を持つ物体に対して、重力をかけ、特殊な波動で破壊しようとします。我々も、体内にプレーンを埋め込んでいるせいで、超重力の影響を受けました。しかしそれも後から判明したことで、その機械、私は全ての物体に対して、重力がかかるものだと予想していました。だが実際は、魔力の伴わない武器でしたら、あの中を飛んでいくことは可能だったのです。外から石でも投げれば、勿論シルヴァに当たったでしょう。」
「そ、そっか、なるほど。」「ふーん、ちょっと分かんない。」
……リンに通じなくとも構わない。私は続けた。
「ですが、あの時の私はもう、これを使うしかないと思っておりました。何しろ、キルディアが極めて危険でした。そして彼女を救う為、オーバーフィールドの魔力の影響を受けて、弾道が下がることを計算し、シルヴァに確実に当てられるように、彼女のすぐ近くまで、這って近づきました。キルディアの信念を貫く為、彼女を生かしたかった。私は、彼女の脇腹に命中するように、弾道を計算し、銃口をより高めに構えて発砲しました。しかし結果として、弾道は下がらず、彼女の頭に命中してしまいました。」
「な、なるほど……最初から頭を狙ってた訳じゃないのね。ちょっと安心した。」
キルディアの言葉に私は頷いた。すると彼女は、私の膝を撫でてくれた。温かい手だ。これも私のもの、後で、もっと温かいものを頂きたい。
「じゃあ、安心したかも……なんかさ、戦いを経験していくうちに、何かに影響されて、ジェーンに修羅の心が生まれたのかと思った。」
「分かる分かる!」リンが手を叩いて反応した。「私もちょっとジェーンが何か覚悟を決めちゃったのかと思ったよ!でもそれ聞いて安心した!それでさっきの話に戻るけどさ、キリーはチェイスのことどう思ってるの?」
またその話か……私は遠くの海を眺めながら、聞き耳を立てた。キルディアは少し笑った後に、言った。
「うーん、ふふ、どうだろうね。彼は少しイケメンだけども。」
ああ、実にくだらない。あの男など、私の足元にも及ばないのに、お世辞なんて。
「リンは本当に、そう言う話が好きだよね。」
「だって、ときめきたいじゃん!」
リンは口を尖らせて、片手をくるくると回転させた。何だその仕草は、全く彼女の言動は理解し難い。そしてキルディアは困った様子で答えた。
「そうは言っても、帝国の軍師だから、無理でしょう。」
リンは顎に人差し指をちょんちょんと当てて、考えた後に、何か閃いたのか、キルディアに質問した。
「でもでも!もしジェーンが帰ったら、他の人探すよね?」
重力が強まった気がした。誰かがオーバーフィールドでも使用しているのだろうか。想像したくもない、そのようなこと。
だが、彼女の本当の幸せを考えるのなら、私よりも、この世界に生きている他の誰かと一緒になる方が、いいのかもしれない。それに彼女は、私と仲良くなることを恐れている。私が帰るからだ。確実に、その時は迫っている。実は何度か、帰らないことも考えたが、あの世界で、やり残したことがある。
ああ、どうせきっと、彼女は「探す」と言うだろう。それならそれで、私はもう諦めようか。どうも彼女は、私とのスキンシップを望んでいないようだし、と段々と捻くれてしまった。
しかし彼女の答えは、意外なものだった。
「……探さないよ、探せないと思う。」
……。
私は、一回立つと、遠くを見つめるキルディアの背後に移動した。そしてキルディアの背中に私の腹を密着させて座り直し、その姿勢のまま彼女のお腹に、手を回して、後ろから包み込むようにハグをした。
この大胆な行動、人前だから嫌がられるかと思ったが、意外にも彼女は無抵抗だった。私は少し嬉しくなり、彼女の肩に自分の顎を乗せた。髪からココナツの良い香りがする。いつだって、彼女からはココナツの香りがした。
……私だって、絶対に手放すものか。過去に帰ることも、彼女を手に入れることも、絶対に叶えてみせる!
「あははっ!ちょっと動かないでね、撮るから!」
どんどん撮って頂きたい。そしてくだらないSNSというツールで、拡散するが良い。私とキルディアがこれほど仲がいいというのを、リンよ、あなたが拡散するのだ。思惑通り、リンは何度もパシャパシャと我々を撮った。
「ハァ~、これなんか超いい!音楽CDのジャケットみたいだよ!何だかキリーが、抱っこされてる猫ちゃんみたい~!」
「そ、そう?」
「ところで、ジェーンには奥さんがいるけど、こういうことしていいの?」
私はリンのことをとても睨んだ。この世の悪魔がいるとしたら、きっとこういう姿をしているだろうと確信を持った。しかしキルディアは、優しく笑った。
「ははっ、そうだね。今だけなんだから、ちょっとぐらい許してって感じで、いいんじゃない?私はもう、騎士じゃないからね。そう、もう騎士じゃないの。事実もそうだし、中身もそう。私はね、泥沼に足を突っ込んでるんだよ。だからジェーン、覚悟したほうがいい。」
リンがお腹を抱えて笑っている。私はキルディアに聞いた。
「覚悟ですか、何を?」
「……だから、私が本気になったら、恐ろしいことになるからね。もういいでしょ、この話題は。顔が熱いよ。」
ゴクリと喉が鳴った。彼女が本気になったら、どうなるのだろうか。そしてそれは今夜から反映されるのでしょうか?とても気になるが、予想して楽しむもの一興。ふふっ、今とても、高笑いたい。
「ジェーン、」
「何でしょう?」
「ちょっと鼻息が荒いんだけど……。」
「ああ、これは失敬、つい。」
リンがずっと笑っている。そして海風がびゅっと吹いた。その時に、リンから独り言が聞こえた。
「これでキハシくんから金をゲット出来る……このまま行けばいい……ヒッヒッヒ!そうだ!」
と、リンは起立した。
「ちょっとクラースさん達呼んでくる!一緒にやりたいことがあるんだ!みんなでさ、ちょっと話そう!」
「え、あ、ああ……。」
キルディアがそう反応すると、彼女は足早に去っていった。ついに二人きりになれた。私は更に彼女を抱きしめた。
客観的に見れば、私は彼女にベタベタしているだろう。昔は街でベタつく若者を見ては、理解に苦しんだが、今となっては自分が夢中で、その状態に陥っている。人生とは分からないものだ。
「キルディア、」
「ん?」
「……私にこうされるのは、好きですか?」
「……すー。」
「す?」
すると彼女は、マグカップを隣に置き、私の両腕を掴んで、前方に引っ張り始めた。その結果、私はもっと彼女と密着することとなった。彼女の不意な行動に、私は胸が高鳴った。
「す、好きでしょうか?」
「言わなくても……分かるでしょう?気に入ってるから、こうしたよ。」
ああ、彼女を抱きしめながら、私は彼女の頭に口づけをした。これは、なんて暖かくて、心地がいいものか。永遠がここにある、そんな気さえした。我々はとろけて、水平線の隙間に流れていく。静かに、目を閉じた。
暫くすると、リンがクラース達を引き連れて戻ってきたので、キルディアは慌てた様子で、私から離れた。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説


五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

【完結】初めて嫁ぎ先に行ってみたら、私と同名の妻と嫡男がいました。さて、どうしましょうか?
との
恋愛
「なんかさぁ、おかしな噂聞いたんだけど」
結婚式の時から一度もあった事のない私の夫には、最近子供が産まれたらしい。
夫のストマック辺境伯から領地には来るなと言われていたアナベルだが、流石に放っておくわけにもいかず訪ねてみると、
えっ? アナベルって奥様がここに住んでる。
どう言う事? しかも私が毎月支援していたお金はどこに?
ーーーーーー
完結、予約投稿済みです。
R15は、今回も念の為

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる