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救え!夜明けの炎と光編
191 深夜の目覚め
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誰かが俺を揺さぶっている。なんだ、やめろ。
「ヴァルガ様!」
「……ん、トレバーか。なんだ?」
俺は椅子で仮眠をとっていた。時刻を見ると午前の三時。こんな時間に起こされて、少しは嫌な予感がした。トレバーの表情は、青ざめていた。俺は生唾を飲み込んで、椅子から立ち上がった。眠気など、すぐに覚めた。トレバーは、狼狽した様子で、まさかの発言をした。
「収容施設が、LOZに堕ちました。」
「な、何!?」
その言葉を聞いて、俺は急いでテントを出た。もう雷は消え、雨は小雨へと変わっていた。展望所まで行き、下方に存在している、収容施設を見た。電気が付いているが、大きな物音は一切していない。施設の周りには、俺たちの兵士もいて、戦闘した形跡もない。
「それは、本当なのか?」
俺はトレバーに聞くと、彼は落ち着かない様子で何度も頷いた。
「本当です!見回り兵が中々、休憩から戻ってこないので、施設に行ったのです。するとギルバートが居て、解放されたLOZの捕虜がその一味に加わって居ました!この目で見たのです!」
なんだって……それが本当だとしたら!俺は力が抜ける気がした。ギルバート、あいつがやったのか?あんな嵐の夜に、要塞と化していた施設を落としたのか?俺は一度、小雨で濡れた自分の顔を、手で拭ってから、ウォッフォンに向かって、言った。
「……収容施設がLOZの手に堕ちた。しかしこの戦、十分に敵を、この地に引きつけることが出来たはずだ。ジェーンもギルバートもいるんだ、俺たちは囮りとして、やるべきことはやった。情報によれば、ユークを侵攻しているチェイス元帥も、現在順調にアクロスブルーを進んでいるようだ。ルミネラ隊とハウリバー隊は、すぐに本陣へ帰還せよ!」
『はっ!』
外で全軍に指示を与えていると、クネクネとうざったい動きをしながら、シルヴァ様が、俺の方へと歩いてやって来て、俺に怒鳴った。
「全く、私を差し置いて、勝手に指示を出しているんじゃないよ!もう何も言わないでちょうだい!」
「し、しかし……迅速な行動が」
「行動が大事だっていうのは分かっているの!これからは私が指示をするから黙ってなさい!あんたは全く、今まで呑気に寝ていたのかい!?収容施設の警備ぐらい、言われなくてもやりなさいよ!何が騎士団長よ!聞いて呆れるわ!」
ここまで落胆した経験は無い。俺が全て悪かったのか?俺が、あの施設を守っているべきだったのか?ここにいろと言ったのは、貴様では無いか。グッと拳を握った。
「シルヴァ様がお望みなら、俺が今から、あの施設を取り戻します。しかし、お言葉ですが、この地での戦いをまだ続けますか?彼らをこの地へ縛りつけたのは、ユーク組の行動をしやすくする為、もう兵達の役目は、果たされたのでは?」
シルヴァ様が地面を蹴って、俺に泥をぶつけた。
「あんたはね、何を言っているのよ!これは、この瞬間は、LOZを滅ぼすチャンスなの!ユーク組が行動しやすいとか、そんなことはどうでもいいの!私はジェーンを、キルディアを殺したいのよ!チェイス引き立て役をやりに、ここまで来た訳じゃないの!馬鹿だね!今すぐに施設を取り戻して頂戴!トレバー、あんたもこんなとこでぼーっと突っ立ってないで、施設にさっさと行きなさい!役立たずが!」
「は、はい!すみません!ぐっ……」
シルヴァ様は、トレバーの背中を思いっきり蹴った。トレバーは一度地面に転び、しかしすぐに立ち上がって、びっこを引きながらも、施設に向かって行った。これが、この帝国の大臣なのだ。俺は全身の血が固まっていくような、気味の悪い脱力感に襲われながら、トボトボと歩き始めた。
「どこに行くのよ!ヴァルガ。」
「……?ですから、命令の通り、収容施設に行き、奪還します。」
グイッと急に、シルヴァ様が俺の腕を掴んだ。
「あんたねえ!本当に言われないと分からないのね!ここに居なさい!あんたが収容施設に夢中になっている間に、ジェーンがここを襲ってくるでしょうが!この大馬鹿のこんこんちき!」
「……はい。承知しました。」
いつも、シルヴァ様は、お怒りになると支離滅裂になる。彼女はそれからも何かをウォッフォンに向かって叫び、彼女の方針なのか、山道からはまた、戦いの音が響き始めた。俺は呆けた様子で、ただ、展望所から麓の様子を眺めた。霧も晴れ、二つの山道では魔弾のカラフルが飛び交い、昨日よりもそれが近く感じた。
収容施設の方も見た。彼らは占拠してはいるが、動く様子は無い。それもそうだ、この本陣には、なんだかんだ人数がある。ギルバートと言えど、連れているのは奇襲した彼女の兵と、捕虜になっていて、憔悴しきった兵だけだ。彼らがあの施設から出れば、命はないだろう。
ギルバート、目前まで来たか。森の中の行軍、見事だ。なんて、人ごとのように敵を褒めてしまっている。俺はため息をついてから、また山道の方へと視線を戻した。急に起こされた騎士達は満足に戦えているだろうか。俺の鍛え上げた彼らが、寝ぼけたまま、やられてしまうのは、想像したくは無い。
雨は止み、遠くの空は明るくなり始めた。夜明けだ。淡く、世界が色を取り戻して行く。眼下に広がる、大きなナディア川は、濁流を巻き上げながら流れているが、昨日よりも緩やかになっていた。
その時だった。俺の見ていた、その川から、LOZの兵士が一人、二人、ゾロゾロと大量に湧き上がってきた!ぞわりとした。
「シルヴァ様!川から、LOZです!」
俺が叫ぶと、その場にいた兵士達が、動揺する声を出した。シルヴァ様は俺の隣まで走って来て、その光景を見ると、震えた声を出した。
「な、なんで、あんな流れの強い川から……。」
まずい、まさかこの、流れの早い大河から奇襲とは。この状況はまずい。俺たちの陣が、分断された。解決策がすぐに見つからない。ギルバート、彼女ならどうする?いや、彼女は敵だろうが。俺は心の中で、自分に言い聞かせた。チェイス元帥、あなたならどうする!?
俺はシルヴァ様に進言した。
「急ぎ、前線部隊の帰還指示を!奇襲部隊を撃破した後、ここで纏まって戦えば、勝機が……!(チェイス元帥なら、そうするだろう)」
「ヴァルガ!」彼女の声で、森の鳥がバサバサと飛んだ。「あんたはうるさいねえ!そうしなくても分かっているよ!」彼女はウォッフォンに叫んだ。「先鋒隊はさっさと帰って来なさい!本陣と交戦し始めたLOZの奇襲部隊を撃破するのよ!」
それを合図に、下方のハウリバー隊と、ルミネラ隊が、後退をし始めた。銃撃は主にLOZからのものになり、我が方は、威嚇射撃程度に返しては、こちらに向かって来ている。俺は、チェイス元帥の手袋を、もう一度しっかり嵌め直した。ここまで帰ってこい。本当なら、俺が迎えに行きたいが……。
その間にも、川からは続々とLOZの兵が湧き出ている。彼らは水属性の魔術を集団で使用し、我々本体の槍兵と交戦を開始した。統率の取れた動き、水場の環境で、彼らの魔術が一際大きく、威力が高まっている。
「……ヴィノクールの民、まだ荒れる川の中を、いともたやすく進んできたか。」本隊の兵士達は、奇襲で動揺している者が多かった。それを見た俺は、本隊の兵達に叫んだ。「臆するな!狙撃兵は落ち着いて狙い撃て!槍兵は並んで、守りを固めろ!」
「はっ!」
これで本陣が持ち堪え、俺たちの先鋒部隊が帰還すれば、川から湧き出たヴィノクールの連中を挟める。そうすれば攻勢に出れるだろう。今は静かにしている、施設のギルバートが気にはなるが、あいつらはヴィノクール隊と合流でもしない限り、あの施設から出られない。放っておいて平気だろう。
そう思った時だった。ウォッフォンから聞こえたのは、信じられない台詞だった。
『……申し訳ござらん!これより我ら、ハウリバー隊は、LOZに降伏を申し出ます!』
馬鹿な!俺はウォッフォンのズーム機能で、ハウリバー隊の方を見た。するとハウリバー山道では、騎士達が武器を捨て、両手を上げて膝を付いているのが見えた。シルヴァ様が怒りに歪んだ顔で、唾を溢しながらウォッフォンに叫んだ。
「何を言ってんだい!?この大馬鹿のこんこんちき!」
俺はすぐに彼女に頭を下げた。
「シルヴァ様!俺を、まだ戦い続けているルミネラ隊の救助に行かせてください!この地でLOZと戦い続けるには、彼らの戦力が必要です!」
しかし、シルヴァ様は無情にも、俺の頬を平手で殴った。
「あんたは本当に……どれだけ私を失望させれば気が済むの!」
そうだ。考えてみれば、前線に出ている彼らにとって、攻めてもLOZの本隊、帰ってもヴィノクールのLOZがいる状況で、団長である俺が前線に出ておらず、シルヴァ様はめちゃくちゃで、士気が低い。そんな不安な状況で戦い続けるのは至難だから、ハウリバー隊はすぐに降伏したのだろう。まだ残っているルミネラ隊が、無事に帰還する為には、強い者の力がいるはずだ。
「シルヴァ様、これ以上は命令を聞けませぬ!俺はルミネラ隊の救助に行きます!」
俺が走ろうとすると、腕を掴まれた。振り返ると、シルヴァ様の飛び出そうに見開かれた目が、こっちを睨んでいた。
「勝手なことをするな!ヴァルガ!あんたは私を守ればいいのよ!すぐそこにキルディアがいるでしょうが!下手に動くんじゃ無いよ!馬鹿!」
「……っ!」
俺は唇を噛んで、眉間にシワを寄せた。その時だった。
『……もう駄目か、申し訳ございません!攻勢に転じたLOZの本隊に加勢され、更には川からの奇襲部隊に、背後を奪われました!我らルミネラ隊、LOZに降伏を申し出ます!お力が足りず、無念で、面目ありません!ヴァルガ様!』
俺が、何度も手合わせをした経験のある、部隊長のしゃがれ声だった。「今まで、よくやった。」力無い言葉の後、噛んだ唇からは、血が流れた。
終わった。俺たちの目の前に、うじゃうじゃ居る人間、その全てが、LOZになった。シルヴァ様がウォッフォンに向かって、何かを叫んでいる。俺はもう聴力が無くなったのか、聞こうとする気が無くなったのか、分からなくなった。シルヴァ様は俺に言った。
「こうなったら、我々だけで戦うよ。防衛戦、お前も得意だろう?」
ここが死地になるか。一応、彼女に言った。
「数に、差がありすぎます。それに相手は施設を……。」
その時、収容施設からゾロゾロと溢れて来たのは、新光騎士団の鎧を着た、兵士達だった。俺は目に輝きが戻り、シルヴァ様が笑顔で喜んだ。
「おお!あれは誤報だったか!お前達、よくキルディアを退けたね!しかし戻りなさい!そこで、その施設を使って、イスレ山道を上がって来ているLOZを撃退するのよ!」
シルヴァ様の叫びは、虚しく響いた。よく見ると、彼らは彼らで無かった。先頭を走るものが、俺に向かって叫んだ。
「ヴァルガ!私だ!」
俺は唾を飲んだ。その集団は我ら新光騎士団の防具に身を包んだ、LOZの兵士達だった。我ら本隊に向かって、ギルバートの奇襲。流石にシルヴァ様も、この状況では意気消沈した。
「そんな……。」
「シルヴァ様、お逃げを。ここは俺が食い止めます。あなたはなんとしても、帝都に帰らなくてはならない。さあ早く。」
しかしシルヴァ様は、頭が真っ白なのか、動こうとしない。もう既に、この本隊の騎士達が、ギルバートと交戦を始めた。だが、あの光の大剣相手では、時間稼ぎにもならないだろう。
「……。」
「お逃げを、シルヴァ様。」
「……まだ、戦いが「お逃げを!母上!」
俺は思いっきり叫んだ。案の定、俺は彼女にビンタされた。
「何度も言わなくても分かってるわよ!煩いわね!」
数秒間、妙に俺と見つめ合ってから、シルヴァ様は近衛兵らと共に、イスレ山道を上がって行った。
俺は仁王立ちで構えた。もうこうなった以上、やるしかない。目的は変更だ。彼らをいかに足止めして時間を稼ぎ、より遠くへとシルヴァ様を逃亡させる。これは、俺の最後の戦だ。
ばたり、ばたりと騎士が倒れ、とうとう、俺の目の前に、ギルバートが現れた。騎士達が彼女に攻撃を開始すると、俺は手を振り、命令した。
「お前ら!やめい!」
騎士達は手を止めて、俺の方をじっと見た。中には、トレバーも居た。不安そうな目で、俺を見ている。大丈夫だ、お前も帝都に連れていってやる。
俺は一人、ゆっくりと皆の間を通った。兵達が俺から離れ始めた。それでいい。
すぐに、背後から、知り過ぎた声が飛んできた。
「ヴァルガ様!いけませぬ!お戻りを!我々が時間を稼ぎます!」
「……トレバー、お前も逃げろ。今まで、俺の支え……誠に、大儀だった。」
俺は一歩一歩進んで行く。すると、異変に気付いたLOZの隊から、ギルバートが構えていた大剣を消し、俺に向かって、同じようにゆっくりと歩き始めた。予想通りだった。
昔は騎士だったお前なら、俺の人生最後の希望に、応じてくれると思った。お前はあの、ギルバートだからな。俺は、少々にやけながら、兜をとり、地面に放り投げた。すると彼女も、兜を取って、同じように地面に放り投げ、俺に少し笑った。
それぞれの兵達が見守る中、俺は名乗った。
「ルミネラ帝国新光騎士団長、ヴァルガ・ローレン・エレンゲイ!ギルバート殿に、一騎討ちを所望する!」
一気に周りの衆が騒ついた。俺がやれる最後の方法は、これだけだ。この戦いの間、互いの勢力は、敵に手を出せない。より遠くに、シルヴァ様、兵達が逃げることを、俺は望んでいる。そしてギルバートは、コクリと頷き、俺たち新光騎士団の格好で、その義手から、光の大剣を取り出し、天へ通じる、透き通った大声を上げた。
「LOZ隊長、キルディア・ギルバート・カガリ!貴殿の所望、しかと受け取った!全力で来い!」
よし、それでいい。
「ヴァルガ様!」
「……ん、トレバーか。なんだ?」
俺は椅子で仮眠をとっていた。時刻を見ると午前の三時。こんな時間に起こされて、少しは嫌な予感がした。トレバーの表情は、青ざめていた。俺は生唾を飲み込んで、椅子から立ち上がった。眠気など、すぐに覚めた。トレバーは、狼狽した様子で、まさかの発言をした。
「収容施設が、LOZに堕ちました。」
「な、何!?」
その言葉を聞いて、俺は急いでテントを出た。もう雷は消え、雨は小雨へと変わっていた。展望所まで行き、下方に存在している、収容施設を見た。電気が付いているが、大きな物音は一切していない。施設の周りには、俺たちの兵士もいて、戦闘した形跡もない。
「それは、本当なのか?」
俺はトレバーに聞くと、彼は落ち着かない様子で何度も頷いた。
「本当です!見回り兵が中々、休憩から戻ってこないので、施設に行ったのです。するとギルバートが居て、解放されたLOZの捕虜がその一味に加わって居ました!この目で見たのです!」
なんだって……それが本当だとしたら!俺は力が抜ける気がした。ギルバート、あいつがやったのか?あんな嵐の夜に、要塞と化していた施設を落としたのか?俺は一度、小雨で濡れた自分の顔を、手で拭ってから、ウォッフォンに向かって、言った。
「……収容施設がLOZの手に堕ちた。しかしこの戦、十分に敵を、この地に引きつけることが出来たはずだ。ジェーンもギルバートもいるんだ、俺たちは囮りとして、やるべきことはやった。情報によれば、ユークを侵攻しているチェイス元帥も、現在順調にアクロスブルーを進んでいるようだ。ルミネラ隊とハウリバー隊は、すぐに本陣へ帰還せよ!」
『はっ!』
外で全軍に指示を与えていると、クネクネとうざったい動きをしながら、シルヴァ様が、俺の方へと歩いてやって来て、俺に怒鳴った。
「全く、私を差し置いて、勝手に指示を出しているんじゃないよ!もう何も言わないでちょうだい!」
「し、しかし……迅速な行動が」
「行動が大事だっていうのは分かっているの!これからは私が指示をするから黙ってなさい!あんたは全く、今まで呑気に寝ていたのかい!?収容施設の警備ぐらい、言われなくてもやりなさいよ!何が騎士団長よ!聞いて呆れるわ!」
ここまで落胆した経験は無い。俺が全て悪かったのか?俺が、あの施設を守っているべきだったのか?ここにいろと言ったのは、貴様では無いか。グッと拳を握った。
「シルヴァ様がお望みなら、俺が今から、あの施設を取り戻します。しかし、お言葉ですが、この地での戦いをまだ続けますか?彼らをこの地へ縛りつけたのは、ユーク組の行動をしやすくする為、もう兵達の役目は、果たされたのでは?」
シルヴァ様が地面を蹴って、俺に泥をぶつけた。
「あんたはね、何を言っているのよ!これは、この瞬間は、LOZを滅ぼすチャンスなの!ユーク組が行動しやすいとか、そんなことはどうでもいいの!私はジェーンを、キルディアを殺したいのよ!チェイス引き立て役をやりに、ここまで来た訳じゃないの!馬鹿だね!今すぐに施設を取り戻して頂戴!トレバー、あんたもこんなとこでぼーっと突っ立ってないで、施設にさっさと行きなさい!役立たずが!」
「は、はい!すみません!ぐっ……」
シルヴァ様は、トレバーの背中を思いっきり蹴った。トレバーは一度地面に転び、しかしすぐに立ち上がって、びっこを引きながらも、施設に向かって行った。これが、この帝国の大臣なのだ。俺は全身の血が固まっていくような、気味の悪い脱力感に襲われながら、トボトボと歩き始めた。
「どこに行くのよ!ヴァルガ。」
「……?ですから、命令の通り、収容施設に行き、奪還します。」
グイッと急に、シルヴァ様が俺の腕を掴んだ。
「あんたねえ!本当に言われないと分からないのね!ここに居なさい!あんたが収容施設に夢中になっている間に、ジェーンがここを襲ってくるでしょうが!この大馬鹿のこんこんちき!」
「……はい。承知しました。」
いつも、シルヴァ様は、お怒りになると支離滅裂になる。彼女はそれからも何かをウォッフォンに向かって叫び、彼女の方針なのか、山道からはまた、戦いの音が響き始めた。俺は呆けた様子で、ただ、展望所から麓の様子を眺めた。霧も晴れ、二つの山道では魔弾のカラフルが飛び交い、昨日よりもそれが近く感じた。
収容施設の方も見た。彼らは占拠してはいるが、動く様子は無い。それもそうだ、この本陣には、なんだかんだ人数がある。ギルバートと言えど、連れているのは奇襲した彼女の兵と、捕虜になっていて、憔悴しきった兵だけだ。彼らがあの施設から出れば、命はないだろう。
ギルバート、目前まで来たか。森の中の行軍、見事だ。なんて、人ごとのように敵を褒めてしまっている。俺はため息をついてから、また山道の方へと視線を戻した。急に起こされた騎士達は満足に戦えているだろうか。俺の鍛え上げた彼らが、寝ぼけたまま、やられてしまうのは、想像したくは無い。
雨は止み、遠くの空は明るくなり始めた。夜明けだ。淡く、世界が色を取り戻して行く。眼下に広がる、大きなナディア川は、濁流を巻き上げながら流れているが、昨日よりも緩やかになっていた。
その時だった。俺の見ていた、その川から、LOZの兵士が一人、二人、ゾロゾロと大量に湧き上がってきた!ぞわりとした。
「シルヴァ様!川から、LOZです!」
俺が叫ぶと、その場にいた兵士達が、動揺する声を出した。シルヴァ様は俺の隣まで走って来て、その光景を見ると、震えた声を出した。
「な、なんで、あんな流れの強い川から……。」
まずい、まさかこの、流れの早い大河から奇襲とは。この状況はまずい。俺たちの陣が、分断された。解決策がすぐに見つからない。ギルバート、彼女ならどうする?いや、彼女は敵だろうが。俺は心の中で、自分に言い聞かせた。チェイス元帥、あなたならどうする!?
俺はシルヴァ様に進言した。
「急ぎ、前線部隊の帰還指示を!奇襲部隊を撃破した後、ここで纏まって戦えば、勝機が……!(チェイス元帥なら、そうするだろう)」
「ヴァルガ!」彼女の声で、森の鳥がバサバサと飛んだ。「あんたはうるさいねえ!そうしなくても分かっているよ!」彼女はウォッフォンに叫んだ。「先鋒隊はさっさと帰って来なさい!本陣と交戦し始めたLOZの奇襲部隊を撃破するのよ!」
それを合図に、下方のハウリバー隊と、ルミネラ隊が、後退をし始めた。銃撃は主にLOZからのものになり、我が方は、威嚇射撃程度に返しては、こちらに向かって来ている。俺は、チェイス元帥の手袋を、もう一度しっかり嵌め直した。ここまで帰ってこい。本当なら、俺が迎えに行きたいが……。
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「……ヴィノクールの民、まだ荒れる川の中を、いともたやすく進んできたか。」本隊の兵士達は、奇襲で動揺している者が多かった。それを見た俺は、本隊の兵達に叫んだ。「臆するな!狙撃兵は落ち着いて狙い撃て!槍兵は並んで、守りを固めろ!」
「はっ!」
これで本陣が持ち堪え、俺たちの先鋒部隊が帰還すれば、川から湧き出たヴィノクールの連中を挟める。そうすれば攻勢に出れるだろう。今は静かにしている、施設のギルバートが気にはなるが、あいつらはヴィノクール隊と合流でもしない限り、あの施設から出られない。放っておいて平気だろう。
そう思った時だった。ウォッフォンから聞こえたのは、信じられない台詞だった。
『……申し訳ござらん!これより我ら、ハウリバー隊は、LOZに降伏を申し出ます!』
馬鹿な!俺はウォッフォンのズーム機能で、ハウリバー隊の方を見た。するとハウリバー山道では、騎士達が武器を捨て、両手を上げて膝を付いているのが見えた。シルヴァ様が怒りに歪んだ顔で、唾を溢しながらウォッフォンに叫んだ。
「何を言ってんだい!?この大馬鹿のこんこんちき!」
俺はすぐに彼女に頭を下げた。
「シルヴァ様!俺を、まだ戦い続けているルミネラ隊の救助に行かせてください!この地でLOZと戦い続けるには、彼らの戦力が必要です!」
しかし、シルヴァ様は無情にも、俺の頬を平手で殴った。
「あんたは本当に……どれだけ私を失望させれば気が済むの!」
そうだ。考えてみれば、前線に出ている彼らにとって、攻めてもLOZの本隊、帰ってもヴィノクールのLOZがいる状況で、団長である俺が前線に出ておらず、シルヴァ様はめちゃくちゃで、士気が低い。そんな不安な状況で戦い続けるのは至難だから、ハウリバー隊はすぐに降伏したのだろう。まだ残っているルミネラ隊が、無事に帰還する為には、強い者の力がいるはずだ。
「シルヴァ様、これ以上は命令を聞けませぬ!俺はルミネラ隊の救助に行きます!」
俺が走ろうとすると、腕を掴まれた。振り返ると、シルヴァ様の飛び出そうに見開かれた目が、こっちを睨んでいた。
「勝手なことをするな!ヴァルガ!あんたは私を守ればいいのよ!すぐそこにキルディアがいるでしょうが!下手に動くんじゃ無いよ!馬鹿!」
「……っ!」
俺は唇を噛んで、眉間にシワを寄せた。その時だった。
『……もう駄目か、申し訳ございません!攻勢に転じたLOZの本隊に加勢され、更には川からの奇襲部隊に、背後を奪われました!我らルミネラ隊、LOZに降伏を申し出ます!お力が足りず、無念で、面目ありません!ヴァルガ様!』
俺が、何度も手合わせをした経験のある、部隊長のしゃがれ声だった。「今まで、よくやった。」力無い言葉の後、噛んだ唇からは、血が流れた。
終わった。俺たちの目の前に、うじゃうじゃ居る人間、その全てが、LOZになった。シルヴァ様がウォッフォンに向かって、何かを叫んでいる。俺はもう聴力が無くなったのか、聞こうとする気が無くなったのか、分からなくなった。シルヴァ様は俺に言った。
「こうなったら、我々だけで戦うよ。防衛戦、お前も得意だろう?」
ここが死地になるか。一応、彼女に言った。
「数に、差がありすぎます。それに相手は施設を……。」
その時、収容施設からゾロゾロと溢れて来たのは、新光騎士団の鎧を着た、兵士達だった。俺は目に輝きが戻り、シルヴァ様が笑顔で喜んだ。
「おお!あれは誤報だったか!お前達、よくキルディアを退けたね!しかし戻りなさい!そこで、その施設を使って、イスレ山道を上がって来ているLOZを撃退するのよ!」
シルヴァ様の叫びは、虚しく響いた。よく見ると、彼らは彼らで無かった。先頭を走るものが、俺に向かって叫んだ。
「ヴァルガ!私だ!」
俺は唾を飲んだ。その集団は我ら新光騎士団の防具に身を包んだ、LOZの兵士達だった。我ら本隊に向かって、ギルバートの奇襲。流石にシルヴァ様も、この状況では意気消沈した。
「そんな……。」
「シルヴァ様、お逃げを。ここは俺が食い止めます。あなたはなんとしても、帝都に帰らなくてはならない。さあ早く。」
しかしシルヴァ様は、頭が真っ白なのか、動こうとしない。もう既に、この本隊の騎士達が、ギルバートと交戦を始めた。だが、あの光の大剣相手では、時間稼ぎにもならないだろう。
「……。」
「お逃げを、シルヴァ様。」
「……まだ、戦いが「お逃げを!母上!」
俺は思いっきり叫んだ。案の定、俺は彼女にビンタされた。
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数秒間、妙に俺と見つめ合ってから、シルヴァ様は近衛兵らと共に、イスレ山道を上がって行った。
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ばたり、ばたりと騎士が倒れ、とうとう、俺の目の前に、ギルバートが現れた。騎士達が彼女に攻撃を開始すると、俺は手を振り、命令した。
「お前ら!やめい!」
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俺は一人、ゆっくりと皆の間を通った。兵達が俺から離れ始めた。それでいい。
すぐに、背後から、知り過ぎた声が飛んできた。
「ヴァルガ様!いけませぬ!お戻りを!我々が時間を稼ぎます!」
「……トレバー、お前も逃げろ。今まで、俺の支え……誠に、大儀だった。」
俺は一歩一歩進んで行く。すると、異変に気付いたLOZの隊から、ギルバートが構えていた大剣を消し、俺に向かって、同じようにゆっくりと歩き始めた。予想通りだった。
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それぞれの兵達が見守る中、俺は名乗った。
「ルミネラ帝国新光騎士団長、ヴァルガ・ローレン・エレンゲイ!ギルバート殿に、一騎討ちを所望する!」
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「LOZ隊長、キルディア・ギルバート・カガリ!貴殿の所望、しかと受け取った!全力で来い!」
よし、それでいい。
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牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
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表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
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