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救え!夜明けの炎と光編
190 白目をむいた般若
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いやいやいや、ちょっと待ってくれよ。何で諦めないといけないんだ。私はやっとのことで恋人を見つけたんだ。いや、まだ恋人じゃないけど押したら絶対に行ける相手がいるんだ!私は布団の中で、何度も掌に魔法陣を出す練習をした。そうだよ、こっちには魔術があるんだ。
それともう一つ、確認したいことがあって、私は叫んだ。
「オーウェン!」
「何ですか!?」
「生きてる!?」
「はいはい、生きてます……え?……あ、ああっ!?」
何その反応!何何!?
「オーウェン!どうしたの!?オーウェン!」
彼が呼びかけに反応しなくなってしまった。ああ、なんていうことだろう!きっとあの存在に喰われたに違いない。いやだ、そんなの嫌だよ。私はベッドの上で立ち上がり、ありったけの大声で絶叫した。
「いやあああああぁアァァァァァァ!」
「煩い。」
声がした。ふと見ると、私の檻が開いていた。横を見ると、黒い人影がもうそこまで来ていたのだ。私は命乞いをしようと思い、早口で交渉した。
「リン・レオン・リウと申します。システムパスポートとS言語と、コード取扱者の資格を持っています。あ、もちろんブレイブホースの基礎免許もあります。ユーク市立高を卒業した後は、ユーク市大に入りました。修士ですが、志は博士と同様です。それからはソーライ研究所っていう、しょうもない零細企業で総務として勤務を五年ほど続けてきました。電話応対、計算ソフトはお手の物ですから、きっとお忙しい、あなたのお役に立てることでしょう。秘書の経験はありませんが、私はきっと、あなたにとって素晴らしい秘書になれると約束します!」
すると、その黒い影は私の方に向かって一歩近づいてきた。小窓から漏れる月光にそれが照らされた。気味の悪い仮面を被っている、黒いローブの人だった。
その人は、ウォッフォンでライトを付けて、私を照らした。私は急に眩しくて、怯んだ姿勢をとった。するとその人が言った。
「しょうもない零細企業で悪かったね。生憎、私にはシードロヴァ博士という素晴らしい秘書がいるので、今は募集していないんですけどね。」
私は驚いて、目の前の人物の仮面を、ビンタの要領でぶっ飛ばした。そしてご尊顔を拝見して、手を叩いて、ぴょんぴょん飛び跳ねて、喜んだ。
「キリィィィィィィ!」
「今のは痛いよ……無理矢理、仮面を剥がさないで欲しかった……でも、大丈夫だった?」
私はすぐさま、心配そうな顔をしているキリーに抱きついた。ああ、懐かしい!このココナツの香り!シャンプーずっと変えてないんだから!しかしあることに気付いて、私は警戒を開始した。
「うん!大丈夫、大丈夫!……はっ!?そうかそうか、私としたことがミスった。きっと奴らに紛れて、私を助けに来たんだよね!?」
「何を勘違いしてるか知らないけど、みんなで助けに来たよ。兎に角、時間が無い、下の階に降りよう。歩ける?」
「暗くて怖くて歩けない。足がブルブル。」
そう、私はキリーにしがみつくので、精いっぱいだ。私だって一人の女性なのだ。怖くて歩けないなんて、普通にあることなのだ。キリーは苦笑いをして、こう言った。
「ああそう……じゃあ下まで運ぶか。」
キリーがおんぶしてくれることになった。鍵が開いたままの監房から出ると、通路は真っ暗だった。その中で、キリーのウォッフォンの光だけが前方を照らしている。そのライトの中で、チラチラと、キリーと同じ黒いローブ姿の不気味な仮面の人間とすれ違う。私は叫びそうになるのをどうにか抑えて、キリーを抱きしめた。
「リン、ちょっと苦しい……。」
「キリー、見えてるの?彼らのこと。」
「見えてるも何も、インジアビスの人達だよ……仲間仲間。」
「あ、そうなんだ。」
心配して損したわ。そうとなれば別に、あの仮面だって可愛いじゃないか、そう思うことにした。しかし奇妙な出で立ちだし、彼らはこの暗さの中でも、何も光を必要とせずに、しっかりと歩いている。
「みんなさぁ、見えてるのかな?」
「まあ、普通に歩いているからね。」
「足音しないけど?浮いてるんじゃなくて?」
「浮いてないよ、リンったら、映画の見過ぎじゃないの?ふふっ。」
ちょっと待ってくれ、私がおかしいのか?キリーよ。お前が思っている普通の感覚は、ちょっと違うんだと言いたかったが、おんぶしてくれてるので、まあ許すことにした。黒ローブの集団によって、他の独房からも次々に人が救出されているのを見つつ、気になっていたことをキリーに聞いた。
「ねえねえ、ラブ博士は元気?」
「うーん、結構リンのことを心配してたよ。今はアリス達と一緒に、ユークを防衛中。」
「え、まじで?何で?どうやって?」
「こっちを救出するのを総動員で行ってくれ、新しい自警システムで私がユークを守るから、ってことで。」
ああ、博士。それほどにリンのことを救いたかったのですね。嬉しかった。
「超嬉しい。私のこと心配してくれたんだ。帰ったら、ちゅうしたいな。でも嫌がられるかな?キリー。」
「……知らんがな。別に嫌がられないんじゃないの?」
階段に着いた。キリーがおんぶをしたまま階段を降りて、地上階に着くと、電気が付いていて眩しかった。電力が回復しているようだ。食堂のようなスペースには、新光騎士団の騎士達が、拘束されて座っていた。中には何か、黒い液体で塗れ、気を失っている兵士もいたので、キリーに質問した。
「あの黒いのは何?」
「あれはインジアビスの泥だよ……とてもにおうので、気絶するみたい。」
うん、確かに言われてみれば、あの黒い液体に塗れて気絶している兵士の隣で、拘束されて座っている兵士の表情が、白目をむいた般若のようで、何とも辛そうだった。この距離では分からないが、それ程強烈に、におうらしい。
私は管制室のような部屋で降ろされた。地下からは解放されたLOZの皆がゾロゾロと、黒ローブの人たちに連れられて来ている。管制室のモニターを見ていたのはオーウェンだった。私はオーウェンにハグをした。彼はちょっと驚きながらも、笑った。
「オーウェン!出れたね!」
「ええ!リンさん!我々は助かりました!ギルバート様、やはり私をお忘れでなかったのですね!それもそうですよね、私はあなたの片腕であり、私はあなたの聖剣です!」
うん、やっぱちょっと、こんな目に遭っても、それは治っていなかったんだね。キリーは苦笑いをしながら、オーウェンの熱烈なハグを受けていた。これをジェーンはモニターかなんかで見ているんだろうか。ジェーン、元気だったかな。もうすぐそれだって分かる。ああ、やっぱり安心する!
キリーはタジタジしながら、我々に言った。
「皆、本当に遅れてごめんね。解放したてで悪いんだけれど、今この戦いは、この拠点が大事になってる。だから、この施設を要塞化するのを、手伝って欲しい。」
「勿論ですとも!」
オーウェンの歓喜の雄叫びに、皆も私も笑顔になりながら、拳を天井に突き上げた。システムを変更したり、新光騎士団の防具を剥いだりし始めると、やることの無くなったインジアビスの皆さんが、次々と通路の端に集まって、我々の様子をジロジロと見てきた。彼らの身体の周りには、黒いオーラが漂っている。やはりちょっと怖い。
私は、指示をして忙しそうにしているキリーに聞いた。
「ねえ彼らは?これからどうするの?」
「我らは……」いきなり後ろから声がしたので振り返ると、一際大きな仮面を被ったヒトが、そこにいた。私は絶句して驚いた。そのヒトは言った。「我らは、陽の下では生きていけぬ。いや、少しは生きていけるが、非常に苦手であり、身体が溶ける。」
その声は、例の隊長や看守さん達を無力化した人と、同じだった。彼がきっとリーダーなのだろう、インジアビスの人達は、彼の後ろにゾロゾロと集まってきた。するとキリーが、黒ローブ集団に向かって、お礼を述べた。
「うん、その脅威は私の父も呑まれたから、知っている。あなた達のおかげで、我々は味方を救出し、この地を手に入れることが出来た。本当にありがとうございます、皆様、そしてベルンハルトさん。」
私達は、彼らに拍手喝采を贈った。するとベルンハルトさんという、リーダー格の人が、満足げに何度も大きく頷いた。
「うむ、礼には及ばぬ。キルディア、そなたは我が子であり、子どもが危機に陥れば、その存在を守るのが親の役目であると心得る。そして我らは、ウォッフォンを手にしたのだ。これは、何者にも変えがたい、暗黒の地に咲く花よ。んほほほほ!」
よく見ると、彼らの手首にはウォッフォンが付けられていた。そっか、あの地にはウォッフォンが無かったんだ。じゃあ欲しいに決まってるもんね!私は笑顔でキリーに、ちょっと気になってることを聞いた。
「ねえねえ、ベルンハルトさんって、キリーのお父さんなの?」
「……ん~、新しいお父さん。」
キリーは照れた様子で言った。そしてベルンハルトさんも黒ローブの上から頭を掻いて、これまた照れてる様子だった。これが所謂、パパ活というものなのだろうか。帰ったらアリスにこのことを話そう、私はちょっとテンションが上がった。
「じゃあ私は、自警システムを復旧させよっと!それぐらいだったら出来るからね!」
私に続いて、オーウェンが言った。
「それでは私は施設の警備を強化します!それと私も戦えるように、彼らの装備を拝借しないと……。」
そう言いながら、オーウェンは新光騎士団の方へ突っ込んで行った。意外にも彼は、拘束された騎士から無理やり装備をひっぺがえしていたので、きっとベッドではドSなんだなと思った。そして彼は笑顔で振り返った。
「ギルバート様の分も、私が取りましょうか?」
「あ、ああ……。」キリーは引きつり笑いで答えた。「得意そうだから、お願いするよ……。私はちょっと、ベルンハルトさん達を見送りする。」
キリーが彼らを先導しようとすると、ベルンハルトさんがキリーの腕を掴んで、止めた。
「我らはここで結構。仲間を苦しめた、忌々しき集団を、この地で駆逐するのだ、我が子よ。」
パパ活関係の男女にしては、物騒な会話だと思った。こういう関係性で、こんな会話をしている人っているんだろうかと思うと、ちょっと笑えた。
それに、ベルンハルトさんも、インジアビスの皆さんも、見た目に寄らず、本当にいい人たちだと思った。彼の仮面の下の素顔、もしやイケメンだったりして……なんて考えると、ちょっと虜になりそうだった。
「そっか、」キリーは頬を赤くして、笑顔で嬉しそうに言った。「ありがとう、最後まで我々のことを応援してくれて。気をつけて帰ってください。本当に助かりました。」
キリーがお礼のお辞儀をしたので、私を含め、周りのLOZ達が頭を下げた。ベルンハルトさん達は手を振ってから、施設の裏口を通って、闇の中へスッと消えて行った。ええ!?私は慌ててキリーに聞いた。
「え?え?ここからインジアビスまで徒歩で帰るの?」
「いや、森の中にブレイブホースがあるんだ。グレン研究所からは、徒歩だけど。」
「ええ!?グレン研究所からだとしても、そこからインジアビスまで距離あるよね?この夜の間に帰れるの?だとしたら歩くの早すぎだよね?」
「そうそう、速いんだよね。たまに怖いの。」
キリーの言葉に安心した!やっぱりキリーはこっち寄りの人間なのだ。そう思いたい。そして我々が準備を進める中、キリーは今の戦況を説明してくれた。どうやら我々を助ける為に、皆が来てくれてるようだ!しかもケイト先生まで!私は気分が上がって、とても嬉しくなった。
キリーも嬉しそうに微笑んで、ウォッフォンに話しかけた。
「ジェーン、皆、聞こえる?ということで、オーウェン達と無事に合流出来たし、今、この施設を我々が手にした。ここは我々の為の砦になった!」
『了解、流石です。頼りにしておりました。お疲れ様です。』
うっわ!ジェーンの声、懐かしすぎる!そうそう、こんな低い声だったわ!私はキリーのウォッフォンに向かって叫んだ。
「アレクセイジェーンシードロヴァ!会いたかった!いや、まだ会ってないけど、久々に声聞いたから、なんかもう自分を止められなかった!」
『ふふ、リン。相変わらず元気そうで何よりです。お帰りなさい。』
ああ、やばい。今、ジェーンのこと、一瞬好きになりかけた……危ない危ない!皆が知っている事実だが、彼はもう既にあの、オーウェンから受け取った防具に身を包む、騎士のものなのだ。後で、キリーに近状を聞こう。
それに、私には王子様がいるのだ。アシメのブラックヘアの、ネコ科のような鋭い目つきのイケメン。そして彼は今、一人でたくましくユークを防衛しているのだ!何そのカッコよさ。だからジェーンには悪いけど……。
「ジェーン、今、一瞬好きになりかけたんだけど、やっぱり私にはラブ博士という比べ物にならな『それでは、後の指揮はキルディアに任せます。』
食い気味に言われた……。ジェーンにスルーされた私に、キリーは笑いを漏らしながらウォッフォンに言った。
「ふふっ、分かりました。総指揮助かりました、ありがとう。でも帰ってきたばかりで、策の流れがまだ上手く掴めていないから、ジェーンも勿論、指示を出してね。」
『はい……そちらの状況が整い次第、攻勢に移りましょう。勝鬨をあげるのは我々だということが、今この瞬間に、確定しました。』
「おおーっ!」
と、その場にいた皆が一斉に叫び、ウォッフォンの奥でも同じような叫びが聞こえた。私も勿論叫んで、皆と同じように手を掲げた。やっぱり皆と一緒がいいのだ!
それともう一つ、確認したいことがあって、私は叫んだ。
「オーウェン!」
「何ですか!?」
「生きてる!?」
「はいはい、生きてます……え?……あ、ああっ!?」
何その反応!何何!?
「オーウェン!どうしたの!?オーウェン!」
彼が呼びかけに反応しなくなってしまった。ああ、なんていうことだろう!きっとあの存在に喰われたに違いない。いやだ、そんなの嫌だよ。私はベッドの上で立ち上がり、ありったけの大声で絶叫した。
「いやあああああぁアァァァァァァ!」
「煩い。」
声がした。ふと見ると、私の檻が開いていた。横を見ると、黒い人影がもうそこまで来ていたのだ。私は命乞いをしようと思い、早口で交渉した。
「リン・レオン・リウと申します。システムパスポートとS言語と、コード取扱者の資格を持っています。あ、もちろんブレイブホースの基礎免許もあります。ユーク市立高を卒業した後は、ユーク市大に入りました。修士ですが、志は博士と同様です。それからはソーライ研究所っていう、しょうもない零細企業で総務として勤務を五年ほど続けてきました。電話応対、計算ソフトはお手の物ですから、きっとお忙しい、あなたのお役に立てることでしょう。秘書の経験はありませんが、私はきっと、あなたにとって素晴らしい秘書になれると約束します!」
すると、その黒い影は私の方に向かって一歩近づいてきた。小窓から漏れる月光にそれが照らされた。気味の悪い仮面を被っている、黒いローブの人だった。
その人は、ウォッフォンでライトを付けて、私を照らした。私は急に眩しくて、怯んだ姿勢をとった。するとその人が言った。
「しょうもない零細企業で悪かったね。生憎、私にはシードロヴァ博士という素晴らしい秘書がいるので、今は募集していないんですけどね。」
私は驚いて、目の前の人物の仮面を、ビンタの要領でぶっ飛ばした。そしてご尊顔を拝見して、手を叩いて、ぴょんぴょん飛び跳ねて、喜んだ。
「キリィィィィィィ!」
「今のは痛いよ……無理矢理、仮面を剥がさないで欲しかった……でも、大丈夫だった?」
私はすぐさま、心配そうな顔をしているキリーに抱きついた。ああ、懐かしい!このココナツの香り!シャンプーずっと変えてないんだから!しかしあることに気付いて、私は警戒を開始した。
「うん!大丈夫、大丈夫!……はっ!?そうかそうか、私としたことがミスった。きっと奴らに紛れて、私を助けに来たんだよね!?」
「何を勘違いしてるか知らないけど、みんなで助けに来たよ。兎に角、時間が無い、下の階に降りよう。歩ける?」
「暗くて怖くて歩けない。足がブルブル。」
そう、私はキリーにしがみつくので、精いっぱいだ。私だって一人の女性なのだ。怖くて歩けないなんて、普通にあることなのだ。キリーは苦笑いをして、こう言った。
「ああそう……じゃあ下まで運ぶか。」
キリーがおんぶしてくれることになった。鍵が開いたままの監房から出ると、通路は真っ暗だった。その中で、キリーのウォッフォンの光だけが前方を照らしている。そのライトの中で、チラチラと、キリーと同じ黒いローブ姿の不気味な仮面の人間とすれ違う。私は叫びそうになるのをどうにか抑えて、キリーを抱きしめた。
「リン、ちょっと苦しい……。」
「キリー、見えてるの?彼らのこと。」
「見えてるも何も、インジアビスの人達だよ……仲間仲間。」
「あ、そうなんだ。」
心配して損したわ。そうとなれば別に、あの仮面だって可愛いじゃないか、そう思うことにした。しかし奇妙な出で立ちだし、彼らはこの暗さの中でも、何も光を必要とせずに、しっかりと歩いている。
「みんなさぁ、見えてるのかな?」
「まあ、普通に歩いているからね。」
「足音しないけど?浮いてるんじゃなくて?」
「浮いてないよ、リンったら、映画の見過ぎじゃないの?ふふっ。」
ちょっと待ってくれ、私がおかしいのか?キリーよ。お前が思っている普通の感覚は、ちょっと違うんだと言いたかったが、おんぶしてくれてるので、まあ許すことにした。黒ローブの集団によって、他の独房からも次々に人が救出されているのを見つつ、気になっていたことをキリーに聞いた。
「ねえねえ、ラブ博士は元気?」
「うーん、結構リンのことを心配してたよ。今はアリス達と一緒に、ユークを防衛中。」
「え、まじで?何で?どうやって?」
「こっちを救出するのを総動員で行ってくれ、新しい自警システムで私がユークを守るから、ってことで。」
ああ、博士。それほどにリンのことを救いたかったのですね。嬉しかった。
「超嬉しい。私のこと心配してくれたんだ。帰ったら、ちゅうしたいな。でも嫌がられるかな?キリー。」
「……知らんがな。別に嫌がられないんじゃないの?」
階段に着いた。キリーがおんぶをしたまま階段を降りて、地上階に着くと、電気が付いていて眩しかった。電力が回復しているようだ。食堂のようなスペースには、新光騎士団の騎士達が、拘束されて座っていた。中には何か、黒い液体で塗れ、気を失っている兵士もいたので、キリーに質問した。
「あの黒いのは何?」
「あれはインジアビスの泥だよ……とてもにおうので、気絶するみたい。」
うん、確かに言われてみれば、あの黒い液体に塗れて気絶している兵士の隣で、拘束されて座っている兵士の表情が、白目をむいた般若のようで、何とも辛そうだった。この距離では分からないが、それ程強烈に、におうらしい。
私は管制室のような部屋で降ろされた。地下からは解放されたLOZの皆がゾロゾロと、黒ローブの人たちに連れられて来ている。管制室のモニターを見ていたのはオーウェンだった。私はオーウェンにハグをした。彼はちょっと驚きながらも、笑った。
「オーウェン!出れたね!」
「ええ!リンさん!我々は助かりました!ギルバート様、やはり私をお忘れでなかったのですね!それもそうですよね、私はあなたの片腕であり、私はあなたの聖剣です!」
うん、やっぱちょっと、こんな目に遭っても、それは治っていなかったんだね。キリーは苦笑いをしながら、オーウェンの熱烈なハグを受けていた。これをジェーンはモニターかなんかで見ているんだろうか。ジェーン、元気だったかな。もうすぐそれだって分かる。ああ、やっぱり安心する!
キリーはタジタジしながら、我々に言った。
「皆、本当に遅れてごめんね。解放したてで悪いんだけれど、今この戦いは、この拠点が大事になってる。だから、この施設を要塞化するのを、手伝って欲しい。」
「勿論ですとも!」
オーウェンの歓喜の雄叫びに、皆も私も笑顔になりながら、拳を天井に突き上げた。システムを変更したり、新光騎士団の防具を剥いだりし始めると、やることの無くなったインジアビスの皆さんが、次々と通路の端に集まって、我々の様子をジロジロと見てきた。彼らの身体の周りには、黒いオーラが漂っている。やはりちょっと怖い。
私は、指示をして忙しそうにしているキリーに聞いた。
「ねえ彼らは?これからどうするの?」
「我らは……」いきなり後ろから声がしたので振り返ると、一際大きな仮面を被ったヒトが、そこにいた。私は絶句して驚いた。そのヒトは言った。「我らは、陽の下では生きていけぬ。いや、少しは生きていけるが、非常に苦手であり、身体が溶ける。」
その声は、例の隊長や看守さん達を無力化した人と、同じだった。彼がきっとリーダーなのだろう、インジアビスの人達は、彼の後ろにゾロゾロと集まってきた。するとキリーが、黒ローブ集団に向かって、お礼を述べた。
「うん、その脅威は私の父も呑まれたから、知っている。あなた達のおかげで、我々は味方を救出し、この地を手に入れることが出来た。本当にありがとうございます、皆様、そしてベルンハルトさん。」
私達は、彼らに拍手喝采を贈った。するとベルンハルトさんという、リーダー格の人が、満足げに何度も大きく頷いた。
「うむ、礼には及ばぬ。キルディア、そなたは我が子であり、子どもが危機に陥れば、その存在を守るのが親の役目であると心得る。そして我らは、ウォッフォンを手にしたのだ。これは、何者にも変えがたい、暗黒の地に咲く花よ。んほほほほ!」
よく見ると、彼らの手首にはウォッフォンが付けられていた。そっか、あの地にはウォッフォンが無かったんだ。じゃあ欲しいに決まってるもんね!私は笑顔でキリーに、ちょっと気になってることを聞いた。
「ねえねえ、ベルンハルトさんって、キリーのお父さんなの?」
「……ん~、新しいお父さん。」
キリーは照れた様子で言った。そしてベルンハルトさんも黒ローブの上から頭を掻いて、これまた照れてる様子だった。これが所謂、パパ活というものなのだろうか。帰ったらアリスにこのことを話そう、私はちょっとテンションが上がった。
「じゃあ私は、自警システムを復旧させよっと!それぐらいだったら出来るからね!」
私に続いて、オーウェンが言った。
「それでは私は施設の警備を強化します!それと私も戦えるように、彼らの装備を拝借しないと……。」
そう言いながら、オーウェンは新光騎士団の方へ突っ込んで行った。意外にも彼は、拘束された騎士から無理やり装備をひっぺがえしていたので、きっとベッドではドSなんだなと思った。そして彼は笑顔で振り返った。
「ギルバート様の分も、私が取りましょうか?」
「あ、ああ……。」キリーは引きつり笑いで答えた。「得意そうだから、お願いするよ……。私はちょっと、ベルンハルトさん達を見送りする。」
キリーが彼らを先導しようとすると、ベルンハルトさんがキリーの腕を掴んで、止めた。
「我らはここで結構。仲間を苦しめた、忌々しき集団を、この地で駆逐するのだ、我が子よ。」
パパ活関係の男女にしては、物騒な会話だと思った。こういう関係性で、こんな会話をしている人っているんだろうかと思うと、ちょっと笑えた。
それに、ベルンハルトさんも、インジアビスの皆さんも、見た目に寄らず、本当にいい人たちだと思った。彼の仮面の下の素顔、もしやイケメンだったりして……なんて考えると、ちょっと虜になりそうだった。
「そっか、」キリーは頬を赤くして、笑顔で嬉しそうに言った。「ありがとう、最後まで我々のことを応援してくれて。気をつけて帰ってください。本当に助かりました。」
キリーがお礼のお辞儀をしたので、私を含め、周りのLOZ達が頭を下げた。ベルンハルトさん達は手を振ってから、施設の裏口を通って、闇の中へスッと消えて行った。ええ!?私は慌ててキリーに聞いた。
「え?え?ここからインジアビスまで徒歩で帰るの?」
「いや、森の中にブレイブホースがあるんだ。グレン研究所からは、徒歩だけど。」
「ええ!?グレン研究所からだとしても、そこからインジアビスまで距離あるよね?この夜の間に帰れるの?だとしたら歩くの早すぎだよね?」
「そうそう、速いんだよね。たまに怖いの。」
キリーの言葉に安心した!やっぱりキリーはこっち寄りの人間なのだ。そう思いたい。そして我々が準備を進める中、キリーは今の戦況を説明してくれた。どうやら我々を助ける為に、皆が来てくれてるようだ!しかもケイト先生まで!私は気分が上がって、とても嬉しくなった。
キリーも嬉しそうに微笑んで、ウォッフォンに話しかけた。
「ジェーン、皆、聞こえる?ということで、オーウェン達と無事に合流出来たし、今、この施設を我々が手にした。ここは我々の為の砦になった!」
『了解、流石です。頼りにしておりました。お疲れ様です。』
うっわ!ジェーンの声、懐かしすぎる!そうそう、こんな低い声だったわ!私はキリーのウォッフォンに向かって叫んだ。
「アレクセイジェーンシードロヴァ!会いたかった!いや、まだ会ってないけど、久々に声聞いたから、なんかもう自分を止められなかった!」
『ふふ、リン。相変わらず元気そうで何よりです。お帰りなさい。』
ああ、やばい。今、ジェーンのこと、一瞬好きになりかけた……危ない危ない!皆が知っている事実だが、彼はもう既にあの、オーウェンから受け取った防具に身を包む、騎士のものなのだ。後で、キリーに近状を聞こう。
それに、私には王子様がいるのだ。アシメのブラックヘアの、ネコ科のような鋭い目つきのイケメン。そして彼は今、一人でたくましくユークを防衛しているのだ!何そのカッコよさ。だからジェーンには悪いけど……。
「ジェーン、今、一瞬好きになりかけたんだけど、やっぱり私にはラブ博士という比べ物にならな『それでは、後の指揮はキルディアに任せます。』
食い気味に言われた……。ジェーンにスルーされた私に、キリーは笑いを漏らしながらウォッフォンに言った。
「ふふっ、分かりました。総指揮助かりました、ありがとう。でも帰ってきたばかりで、策の流れがまだ上手く掴めていないから、ジェーンも勿論、指示を出してね。」
『はい……そちらの状況が整い次第、攻勢に移りましょう。勝鬨をあげるのは我々だということが、今この瞬間に、確定しました。』
「おおーっ!」
と、その場にいた皆が一斉に叫び、ウォッフォンの奥でも同じような叫びが聞こえた。私も勿論叫んで、皆と同じように手を掲げた。やっぱり皆と一緒がいいのだ!
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