187 / 253
救え!夜明けの炎と光編
187 霊峰蒼雷戦
しおりを挟む
これは、酷い天候だ。兵達は、ウォッフォンの位置情報を見る限り、順調に二つの山道を降下しているようだ。この豪雨の中、本当ならば、兵達には行かせたくは無かった。
しかし今、このイスレ山で待機している我々の隊の総指揮権は、シルヴァ様にある。騎士団長とも言えど、大臣には従わなくてはならない。兵達が、この悪天候の中、外で戦の準備をしているのに、俺たちはイスレ山中腹の休憩地点に設置された、本部のテントの中にいる。
やはり、俺は外で、前線で戦いたい。さすれば一気に、ジェーン、ギルバートの首を獲得出来るはずだ。今の俺には、あの武器がある。簡易的な机に足を乗っけて、つまらなそうにPCを眺めているシルヴァ様に、俺は頭を下げた。
「シルヴァ様、」
「何だ?」
「俺も、戦わせてください。」
「駄目だ。お前はここに居て、私の護衛をしろ。それに、お前が出しゃばっていたら、いつまでも兵が成長しないだろうが。」
……悔しいが一理ある。しかし護衛って何から守るんだ。訳が分からんが、従うしかないか。ならば、と俺はまたシルヴァ様に聞いた。
「少し、そこの展望所から、下の様子を見ても宜しいか?そこからですと、下が見えやすい。」
「施設の見張り台からだって、霧のせいで麓が見えない。どうせ霧で見えんだろう、お前はここにいろ。」
シルヴァ様はPCに表示されていた地図を消した。何をするんだと見守っていると、何故なのか、彼女はネットを開いて、ブランド傘のページを閲覧し始めたのだ。こんな時に、傘か?雨だから欲しいのか?俺は少し、頭が混乱した。
「どうして傘を?」
その一言にシルヴァ様は、俺がPCを覗いていたことを知った。彼女は俺に怒鳴った。
「あのねえ、質の良い傘は人生を美しく彩るんだよ!私は傘が好きなの。それをお前だって知っているだろうに、放っておいて頂戴!兵達がさっさとLOZの先頭部隊を撃破したら、敵本陣に突っ込むよ。」
「そ、そうですか……。」
辛いものだ。俺は仕方なしに、ウォッフォンで地図を表示した。これでも位置を確認出来るが、少しズレがある。どうやらLOZの位置測定システムは完璧らしい。あのジェーンがいるからだろう。この位置測定システムは、彼の旧作だ。惜しい人材が、向こう側に行ってしまったものよ。
地図を見て俺は、目を見開いた。先程からルミネラ隊もハウリバー隊も、動きが止まっている。俺はルミネラ隊の兵に連絡をした。
「どうした?動きが止まっているが。」
『それが……LOZの部隊です。先程、この地点で交戦を開始しました。連絡が遅れて申し訳ない。現在、我が隊は水属性メインの銃撃戦になっています。歩兵は雨で道がぬかるんでいて……まだ山道の中腹あたりで、兎に角、時間がかかります!』
それを聞いていたシルヴァ様が怒鳴った。
「何をしているんだい!それじゃあ急いで奴らを攻めた意味が無いだろうが!」
『す、すみません……』
「全く、折角チェイスから指揮権を奪って来たのに、なんて事……!」
俺は眉を顰めながら聞いた。
「この作戦は、チェイス元帥がシルヴァ様に委託したものでは?」
「はあ、」シルヴァ様が、でっかいため息をついた。「ヴァルガ。確かにこの戦い自体は、チェイスが決めて、チェイスがこの地を指定して、チェイスがあの忌々しきLOZの連中を誘き寄せた。でも、私が此処へ来たのは、チェイスの指示じゃなくて、私が決めた事よ?考えてご覧なさい、もぬけの殻のユークを攻めるよりも、LOZの殲滅に一躍した方が、手柄だろう?だから私はユーク行きを断って、こっちに来たのさ。はあ、そんなことも分からないで騎士団長をやってるんだから、あんたはめでたい頭してるって言われるのよ。」
俺は今にも、彼女のことをぶっ潰しそうになったが、何とか拳を握ったまま堪えることが出来た。もし彼女を殴って殺してしまっては、陛下に処刑されて、俺の人生の目的である、ギルバートを倒すことが果たせなくなってしまう。怒りを堪える俺を尻目に、シルヴァ様が何か閃いた。
「そうだ!ハウリバー山道を下っている隊に、あのボットを追加しよう。研究所時代のチェイスが隠れて開発していたボットを、実は私が見つけて、こう言う時のために内緒で大量生産していたのさ。」
「ああ、あのボット。元帥は大変反省しているとかで、しかも初号機は何処かに行ってしまったとか。その設計図をどこで?」
「あんたに関係あるの?あのね、あの男のPCなんて、こっちで触り放題なんだよ。あれは私の僕なの。でも一つだけ開けないファイルがあったのよねえ、何なのかしらあれ。仕事用のPCでいけないものでも見てるとか、やだねえ、男は皆、獣なんだから。」
「勝手に見ては、幾ら上司でもプライバシーがあるのでは……しかし、戦闘用のボットの生産は、帝国の自然保護条例に違反して」
シルヴァ様が一気に態度を変えた。
「あんたは本当に疎いね!チェイスが何も反抗しないで黙って帝国に、のこのこやって来たのは、その隠し事があったからだろうが!まあその設計図を使い続けていたのは、彼には内緒だったが。でもこれで、戦いに勝利すれば、私の功績が上がる。最近はチェイスのことばかり見ていたネビリス皇帝だって、私のことを漸く見てくれるようになるのよ、ふふ。」
シルヴァ様はウォッフォンで指示を出した。
「技術班、ボットの投入を急いでおくれ。ハウリバー山道を血の海にするのよ。」
『了解しました。』
ボットで血の海か、シルヴァ様も恐ろしいことをするものだ。俺はため息をついて、シルヴァ様に頼んだ。
「少し、展望所から下の様子を見て来ます。ボットの動きも見たいのです。」
本当はボットになんぞ興味はない。しかし、こう言えば俺が外に行くことを、彼女が許可してくれると思った。案の定、俺がボットへの興味を抱いたのだと誤解したシルヴァ様は、好感を持ってくれた様子で、少し口角を上げて、答えた。
「……ふふ、あんたも私のやったことの偉大さ、それに気づいたのかい。そこまで言うのなら仕方ないねぇ、いってらっしゃい。」
全く、この場を離れるのにも一苦労だ。この戦、どうなることやら。俺は急いでテントの外へ出た。土砂降りの雨、そして足を掬われるような暴風、展望所に着いた俺は、霧に包まれている山の麓を眺めた。暗い上に白く濁っており、全く何が何だか見えない。
しかし、一際大きな風が吹いた時に、ハウリバー山道とルミネラ山道が見えた。それぞれ交戦中で、銃撃のレッド、スカイブルー、グリーンなどの魔弾の筋が輝いていた。その位置は思ったよりも、彼らが陣を置いたと思われる、キャンプ場寄りだった。シルヴァ様も、中々やるな、と俺は顎を撫でた。
思ったよりも我々は戦線を押している。そして霧が流れて、キャンプ場に奴らの陣があるのを発見した。奴らも、今日は晴れだと思っていただろうに、突然の天候に何も準備が出来なかっただろうに。シルヴァ様の出したフェイクの天候ニュースも、中々役に立ったか。
キャンプ場と、このイスレ山道の間に流れる川は、ハウリバー山道の橋とルミネラ山道の橋の下を通っている。その川は今にも氾濫しそうに、濁った水がうねっていた。その時、ピカッと水面が反射した。
「何もまた、こんな時に……。」
あいつらはどうでも良いが、下で戦っている、俺の部下が心配だ。彼らにだって家族がいる。こんなところで、死ぬ訳にはいかない。
すると、少し下方の収容施設から、シルヴァ様が言っていたボットと呼ばれる蜘蛛みたいな機械が何機か飛び出していくのが見えた。動きがリアルで、犬のような大きさの蜘蛛みたいだ。気持ち悪いが、素早かった。あれできっと、相手は苦戦を強いられるだろう。それに、霧で隠れる寸前に見えたのは、ハウリバー山道の敵は、ルミネラ山道の敵よりも数が少なかった。
「……シルヴァ様の手柄とは不本意だが、これはハウリバー山道から押せるかもしれないな。」
願わくば、これら全ての作戦が、チェイス元帥のものだと信じたい。俺は利己的なシルヴァ様なんかより、民の為、騎士の為、帝国の為に知略を尽くしてくれる、チェイス元帥を慕っている。俺にこの武器を作ってくれたのも彼だ。俺は彼の、大きな剣になりたい。シルヴァ様がこの戦の手柄を取るのは、正直嫌悪感がある。
霧が、下界の様子を隠してしまった。俺はそれからも暫く、その景色を眺めていた。
*********
『オラオラァ!どうした騎士さんヨォ!お前らの力はその程度かい!』
『タール!お前、もっと皆と一緒になって動けよ!ピョンピョコお前の動きが読めないから、後方の俺らが、お前のこと誤射するだろうが!』
『あーい!ごめんねスコちゃま!』
小さい頃に見た、魔王というタイトルのオペラを思い出した。俺は、スコピオ。この状況だって、オペラにすることのできる男だ。そう思って、現実逃避しないと、どうして科学者の俺が、前線で必死こいて、ハンドガンを両手撃ちしてるのか、ちょっと扱いが悲しくなる。実のところ、俺はLOZ配下の地域の為に戦っているのではない。全てはジェーン様の為だ。
ジェーン様は、あのマイクロバルブを開発されたレジェンドだ。しかも、彼はまるで生きる彫刻、それほどの美貌の持ち主だ。正直、どうしてあの……可愛げはあるが、ムキムキのキルディアと一緒にいることを選んだのか、ちょっと悲しくなる。
彼は完璧な人間だ。そりゃあきっとマラソンとかは苦手だろうけど、才色兼備と言える人間を、俺は初めてこの目で見た。だからさ、話の合う俺といた方が、絶対楽しいのに。ちょっと悲しくなる。
さっきの俺の注意で、タールはヘコヘコ頭を下げながらも一時は皆の動きに合わせたが、また奴は一人ででしゃばって、敵陣を切り裂こうとし始めた。新光騎士団は盾を構えつつ、射撃隊が主に攻撃を仕掛けている状態だ。タールは盾を構えながら突進をしては、敵陣を崩している。
そしてハンマーで、騎士たちを殴打して、楽しげなのだ。楽しいのは分かったから、俺が銃を構えた先に、出現するのをやめろと言っているのに。
『おーい!タァァァァル!調子に乗るなって言ってるだろうが!このハウリバー隊の隊長は俺だ!俺の言うことを聞けって言ってんだよ!』
『あ~あ~博士は煩いな~はいはい!ちゃんと動きますって!』
あろうことかあの野郎、無防備に、俺に手を振りながらそう答えた。それを敵が黙って見過ごす訳はなく、タールに向かって銃弾が向かっていったのを、俺は発見した。その瞬間に、全てがスローモーションになった。
『危ねえ!』
俺は全身の筋肉をフル出勤させて、ハンドガンで連射した。すると、予想外にも、タールに向かって飛んでった銃弾を、俺の銃弾が相殺することが出来たのだ。それを見ていたタールは驚いた様子で俺を見たが、俺だって驚いていた。
『お、お前やるじゃねえか、一体どうしたんだよ、そんなに凄腕だってこと、黙ってたのかよ。』
『分からん分からん、まぐれまぐれ……はは。』
後で、今の映像をジェーン様に見てもらおう。そしたらきっと、俺のことをめちゃくそに褒めてくれるに違いない。俺はそう、ジェーン様に褒められたいのだ。もう魔工学を認めてもらわなくても良い、どうにかして、なんでも良いから褒められたい。
しかし今、このイスレ山で待機している我々の隊の総指揮権は、シルヴァ様にある。騎士団長とも言えど、大臣には従わなくてはならない。兵達が、この悪天候の中、外で戦の準備をしているのに、俺たちはイスレ山中腹の休憩地点に設置された、本部のテントの中にいる。
やはり、俺は外で、前線で戦いたい。さすれば一気に、ジェーン、ギルバートの首を獲得出来るはずだ。今の俺には、あの武器がある。簡易的な机に足を乗っけて、つまらなそうにPCを眺めているシルヴァ様に、俺は頭を下げた。
「シルヴァ様、」
「何だ?」
「俺も、戦わせてください。」
「駄目だ。お前はここに居て、私の護衛をしろ。それに、お前が出しゃばっていたら、いつまでも兵が成長しないだろうが。」
……悔しいが一理ある。しかし護衛って何から守るんだ。訳が分からんが、従うしかないか。ならば、と俺はまたシルヴァ様に聞いた。
「少し、そこの展望所から、下の様子を見ても宜しいか?そこからですと、下が見えやすい。」
「施設の見張り台からだって、霧のせいで麓が見えない。どうせ霧で見えんだろう、お前はここにいろ。」
シルヴァ様はPCに表示されていた地図を消した。何をするんだと見守っていると、何故なのか、彼女はネットを開いて、ブランド傘のページを閲覧し始めたのだ。こんな時に、傘か?雨だから欲しいのか?俺は少し、頭が混乱した。
「どうして傘を?」
その一言にシルヴァ様は、俺がPCを覗いていたことを知った。彼女は俺に怒鳴った。
「あのねえ、質の良い傘は人生を美しく彩るんだよ!私は傘が好きなの。それをお前だって知っているだろうに、放っておいて頂戴!兵達がさっさとLOZの先頭部隊を撃破したら、敵本陣に突っ込むよ。」
「そ、そうですか……。」
辛いものだ。俺は仕方なしに、ウォッフォンで地図を表示した。これでも位置を確認出来るが、少しズレがある。どうやらLOZの位置測定システムは完璧らしい。あのジェーンがいるからだろう。この位置測定システムは、彼の旧作だ。惜しい人材が、向こう側に行ってしまったものよ。
地図を見て俺は、目を見開いた。先程からルミネラ隊もハウリバー隊も、動きが止まっている。俺はルミネラ隊の兵に連絡をした。
「どうした?動きが止まっているが。」
『それが……LOZの部隊です。先程、この地点で交戦を開始しました。連絡が遅れて申し訳ない。現在、我が隊は水属性メインの銃撃戦になっています。歩兵は雨で道がぬかるんでいて……まだ山道の中腹あたりで、兎に角、時間がかかります!』
それを聞いていたシルヴァ様が怒鳴った。
「何をしているんだい!それじゃあ急いで奴らを攻めた意味が無いだろうが!」
『す、すみません……』
「全く、折角チェイスから指揮権を奪って来たのに、なんて事……!」
俺は眉を顰めながら聞いた。
「この作戦は、チェイス元帥がシルヴァ様に委託したものでは?」
「はあ、」シルヴァ様が、でっかいため息をついた。「ヴァルガ。確かにこの戦い自体は、チェイスが決めて、チェイスがこの地を指定して、チェイスがあの忌々しきLOZの連中を誘き寄せた。でも、私が此処へ来たのは、チェイスの指示じゃなくて、私が決めた事よ?考えてご覧なさい、もぬけの殻のユークを攻めるよりも、LOZの殲滅に一躍した方が、手柄だろう?だから私はユーク行きを断って、こっちに来たのさ。はあ、そんなことも分からないで騎士団長をやってるんだから、あんたはめでたい頭してるって言われるのよ。」
俺は今にも、彼女のことをぶっ潰しそうになったが、何とか拳を握ったまま堪えることが出来た。もし彼女を殴って殺してしまっては、陛下に処刑されて、俺の人生の目的である、ギルバートを倒すことが果たせなくなってしまう。怒りを堪える俺を尻目に、シルヴァ様が何か閃いた。
「そうだ!ハウリバー山道を下っている隊に、あのボットを追加しよう。研究所時代のチェイスが隠れて開発していたボットを、実は私が見つけて、こう言う時のために内緒で大量生産していたのさ。」
「ああ、あのボット。元帥は大変反省しているとかで、しかも初号機は何処かに行ってしまったとか。その設計図をどこで?」
「あんたに関係あるの?あのね、あの男のPCなんて、こっちで触り放題なんだよ。あれは私の僕なの。でも一つだけ開けないファイルがあったのよねえ、何なのかしらあれ。仕事用のPCでいけないものでも見てるとか、やだねえ、男は皆、獣なんだから。」
「勝手に見ては、幾ら上司でもプライバシーがあるのでは……しかし、戦闘用のボットの生産は、帝国の自然保護条例に違反して」
シルヴァ様が一気に態度を変えた。
「あんたは本当に疎いね!チェイスが何も反抗しないで黙って帝国に、のこのこやって来たのは、その隠し事があったからだろうが!まあその設計図を使い続けていたのは、彼には内緒だったが。でもこれで、戦いに勝利すれば、私の功績が上がる。最近はチェイスのことばかり見ていたネビリス皇帝だって、私のことを漸く見てくれるようになるのよ、ふふ。」
シルヴァ様はウォッフォンで指示を出した。
「技術班、ボットの投入を急いでおくれ。ハウリバー山道を血の海にするのよ。」
『了解しました。』
ボットで血の海か、シルヴァ様も恐ろしいことをするものだ。俺はため息をついて、シルヴァ様に頼んだ。
「少し、展望所から下の様子を見て来ます。ボットの動きも見たいのです。」
本当はボットになんぞ興味はない。しかし、こう言えば俺が外に行くことを、彼女が許可してくれると思った。案の定、俺がボットへの興味を抱いたのだと誤解したシルヴァ様は、好感を持ってくれた様子で、少し口角を上げて、答えた。
「……ふふ、あんたも私のやったことの偉大さ、それに気づいたのかい。そこまで言うのなら仕方ないねぇ、いってらっしゃい。」
全く、この場を離れるのにも一苦労だ。この戦、どうなることやら。俺は急いでテントの外へ出た。土砂降りの雨、そして足を掬われるような暴風、展望所に着いた俺は、霧に包まれている山の麓を眺めた。暗い上に白く濁っており、全く何が何だか見えない。
しかし、一際大きな風が吹いた時に、ハウリバー山道とルミネラ山道が見えた。それぞれ交戦中で、銃撃のレッド、スカイブルー、グリーンなどの魔弾の筋が輝いていた。その位置は思ったよりも、彼らが陣を置いたと思われる、キャンプ場寄りだった。シルヴァ様も、中々やるな、と俺は顎を撫でた。
思ったよりも我々は戦線を押している。そして霧が流れて、キャンプ場に奴らの陣があるのを発見した。奴らも、今日は晴れだと思っていただろうに、突然の天候に何も準備が出来なかっただろうに。シルヴァ様の出したフェイクの天候ニュースも、中々役に立ったか。
キャンプ場と、このイスレ山道の間に流れる川は、ハウリバー山道の橋とルミネラ山道の橋の下を通っている。その川は今にも氾濫しそうに、濁った水がうねっていた。その時、ピカッと水面が反射した。
「何もまた、こんな時に……。」
あいつらはどうでも良いが、下で戦っている、俺の部下が心配だ。彼らにだって家族がいる。こんなところで、死ぬ訳にはいかない。
すると、少し下方の収容施設から、シルヴァ様が言っていたボットと呼ばれる蜘蛛みたいな機械が何機か飛び出していくのが見えた。動きがリアルで、犬のような大きさの蜘蛛みたいだ。気持ち悪いが、素早かった。あれできっと、相手は苦戦を強いられるだろう。それに、霧で隠れる寸前に見えたのは、ハウリバー山道の敵は、ルミネラ山道の敵よりも数が少なかった。
「……シルヴァ様の手柄とは不本意だが、これはハウリバー山道から押せるかもしれないな。」
願わくば、これら全ての作戦が、チェイス元帥のものだと信じたい。俺は利己的なシルヴァ様なんかより、民の為、騎士の為、帝国の為に知略を尽くしてくれる、チェイス元帥を慕っている。俺にこの武器を作ってくれたのも彼だ。俺は彼の、大きな剣になりたい。シルヴァ様がこの戦の手柄を取るのは、正直嫌悪感がある。
霧が、下界の様子を隠してしまった。俺はそれからも暫く、その景色を眺めていた。
*********
『オラオラァ!どうした騎士さんヨォ!お前らの力はその程度かい!』
『タール!お前、もっと皆と一緒になって動けよ!ピョンピョコお前の動きが読めないから、後方の俺らが、お前のこと誤射するだろうが!』
『あーい!ごめんねスコちゃま!』
小さい頃に見た、魔王というタイトルのオペラを思い出した。俺は、スコピオ。この状況だって、オペラにすることのできる男だ。そう思って、現実逃避しないと、どうして科学者の俺が、前線で必死こいて、ハンドガンを両手撃ちしてるのか、ちょっと扱いが悲しくなる。実のところ、俺はLOZ配下の地域の為に戦っているのではない。全てはジェーン様の為だ。
ジェーン様は、あのマイクロバルブを開発されたレジェンドだ。しかも、彼はまるで生きる彫刻、それほどの美貌の持ち主だ。正直、どうしてあの……可愛げはあるが、ムキムキのキルディアと一緒にいることを選んだのか、ちょっと悲しくなる。
彼は完璧な人間だ。そりゃあきっとマラソンとかは苦手だろうけど、才色兼備と言える人間を、俺は初めてこの目で見た。だからさ、話の合う俺といた方が、絶対楽しいのに。ちょっと悲しくなる。
さっきの俺の注意で、タールはヘコヘコ頭を下げながらも一時は皆の動きに合わせたが、また奴は一人ででしゃばって、敵陣を切り裂こうとし始めた。新光騎士団は盾を構えつつ、射撃隊が主に攻撃を仕掛けている状態だ。タールは盾を構えながら突進をしては、敵陣を崩している。
そしてハンマーで、騎士たちを殴打して、楽しげなのだ。楽しいのは分かったから、俺が銃を構えた先に、出現するのをやめろと言っているのに。
『おーい!タァァァァル!調子に乗るなって言ってるだろうが!このハウリバー隊の隊長は俺だ!俺の言うことを聞けって言ってんだよ!』
『あ~あ~博士は煩いな~はいはい!ちゃんと動きますって!』
あろうことかあの野郎、無防備に、俺に手を振りながらそう答えた。それを敵が黙って見過ごす訳はなく、タールに向かって銃弾が向かっていったのを、俺は発見した。その瞬間に、全てがスローモーションになった。
『危ねえ!』
俺は全身の筋肉をフル出勤させて、ハンドガンで連射した。すると、予想外にも、タールに向かって飛んでった銃弾を、俺の銃弾が相殺することが出来たのだ。それを見ていたタールは驚いた様子で俺を見たが、俺だって驚いていた。
『お、お前やるじゃねえか、一体どうしたんだよ、そんなに凄腕だってこと、黙ってたのかよ。』
『分からん分からん、まぐれまぐれ……はは。』
後で、今の映像をジェーン様に見てもらおう。そしたらきっと、俺のことをめちゃくそに褒めてくれるに違いない。俺はそう、ジェーン様に褒められたいのだ。もう魔工学を認めてもらわなくても良い、どうにかして、なんでも良いから褒められたい。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説


悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる