LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる

meishino

文字の大きさ
上 下
184 / 253
救え!夜明けの炎と光編

184 ポンポコボンゴ

しおりを挟む
 ブレイブホースで暗い草原を駆けること三時間、平原で時々出くわす獣型のモンスターを、ブレイブホースに乗ったまま、光の大剣でぶった切った。何もして来なければ、こちらも手は出さないが、襲いかかってくるもんだから、仕方ない。私も生きたいのである。

 さっきからずっとジェーンのことを考えていた。いや、最近はずっとジェーンのことを考えてしまっている。あのキスは本当に過ちだった。彼が元の世界に帰らないと言い出しそうで、それが怖かった。騎士として、いや、もう騎士ではないけれど、人様の愛を邪魔してはならないのに。

 ケイト先生にも、「ちょっとあなた冷たすぎるわよ。」と言われたが、それぐらいで本当は丁度いいんだ。あのキスで最後、それでいいんだ。と、真実を胸に仕舞い込む。今にすぐ慣れるさ。

 運転に集中を戻した時に、私のウォッフォンがまた鳴った。サンプル三番の優雅なメロディは、また彼からの着信を知らせてくれるものだった。これでもう連続で十回ほどだ。私はまた無視をした。すると今度は、サンプル五番のポンポコ楽しげリズムの、ボンゴが鳴った。クラースさんからの着信だ。私はそれに出た。

「はいはーい?」

『キルディア、あなたも詰めが甘い。』

 ……なんでよ。クラースさんのウォッフォンを借りたのか。全く、仕方ないので、ジェーンと会話を続けることにした。その間にも、もう一匹、モンスターをぶった切った。

『……走ったままでは危険ですから、止まってください。』

「止まったほうが危険ですよ。まあ、運転しながらの通話には慣れてるから大丈夫だよ。どうしたの、何か用事……?はあぁ。」

『何だか、本当に嫌われてしまいましたね。そんなに嫌そうに仰らなくても宜しいのに。』

「嫌じゃないけど、でも移動してるから……別に、明後日でも話せばいいでしょう?何も一週間とか一ヶ月、会えない訳じゃないんだから、また会った時に話せばいいでしょう?それとも何か、急な用事なの?」

『いえ、特に何も急な要件はありません。軍の動きはポータルで伝えますし、私個人としても、緊急事態ではありませんが。』

 じゃあどうしたのさ。私は口を尖らせて彼の話を待った。

『あなたの声が聴きたくなったので、ただそれだけですが、連絡しました。それはいけないことですか?』

 あんなに冷たくしているのに、まだこんなことを言ってくる。それが彼の愛の大きさを示してるようで、ちょっと照れる感じがして、片手で運転しながら、耳を少し掻いた。

「そんな状態で、過去の世界に帰ったらどうするの?私はもう、そこにはいない。もう二度と、話せなくなるんだから。」

『だから先程、逃げたのですか?』

「え」

 やはり彼は鋭い。ジェーンの質問で動揺した私の手元が狂い、一瞬ブレイブホースのバランスを崩しそうになった。なんとか体勢を立て直したが、彼は続けた。

『あれから少し考えましたが、別に明日でも、ここを発てば明日の夜には間に合うはずなのです。私がテントを一緒にしたと言ったから、あなたは逃げたのでしょう?』

「はあ……嘘をついても仕方ない。それはそうかもしれない。ごめんね、ジェーン。嫌いってことではなくて、自分でもどうしたらいいのか、分からないんだ。ただこれ以上、ジェーンと仲良くなるのが怖くて、ジェーンと一生離れ離れになるのが、逆に辛くなりそうで、それで自分を守りたかった。ごめんね、でもこの距離感が、一番良いはず。お互いに、そうでしょう?」

『そうですか……しかし、私としては怖がらないで頂きたい。そうあなたに思わせてしまっている時点で、男性として失格なのでしょうが、私も経験があまりないもので、あなたを包容仕切れずに、お恥ずかしい。先程のように、ここ最近のことのように、距離を置かれるのは正直、とても辛いものがあります。将来のこと、私も真剣に考えております。ですから、私の望みとしては、あなたには、今までと同じように、仲良くして頂きたいのです……寂しいですから。』

 難しい問題だ。だからって、仲良くすることは考えられない。私が返事に悩んでいると、彼がまた話し始めた。

『キルディア、私を泣かせるおつもりですか?指揮官が士気を無くしているのです。さあ、すぐにお慰めください。戦いに関わります。』

「新しい攻め方で言ってきた……そりゃあこんなタイミングで、こんな状態になっちゃって、それは悪いと思ってる。ジェーンが集中出来ないなら、私は団長として、いけないことをしている。でも、難しい問題だ。」

『あの夜以来、あなたは私に対して、本当に冷淡になりました。こんなに生きた心地のしない日々、ああ、昔の私に戻りそうです。そのほうがいいですか?機械的に、打算的に、合理的な私の方が都合がよろしいか?』

「そんなことは、絶対にない。今のジェーンの方が、いいよ。」

 胃が痛くなってきた。私だって、私だって。

『以前の私は、人生に苦しんでいました。それを、最近は思い出しました。あなたと言う存在で忘れかけていた、あの苦しみ。あれは確かに私の過去でした。そうだ、どうやら素敵な人を見つけたいと、仰っておりましたね。タージュなどはどうでしょうか。』

「急に方向転換するね……うーん、タージュ博士はちょっと、お母さんがね。」

『違うでしょう?そこは、いいえ、私にはジェーンがいるから、もうそう言うのはいらないの、と答えるべきです。それすらも分かりませんか?』

 何だろう、もう切っていいかな。何でダメ出ししてきてんの……ちょっと苦笑いしてしまった。私は笑いを漏らしつつ、言った。

「もう切っていいかな、運転が狂いそうだ。」

『私が、あなたが眠っている間に、何度もキスをしたことが過ちだったのでしょうか?そうは言われましても、私は……実は、その前にも一度、あなたが寝ている間にキスをしました。』

 ブレイブホースがブウウウン!と空回りしてしまった。何をしてんのこの人!?何をしたって!?私のキスが我々の初めてじゃないんかい!私は甲高い声で「いやぁぁぁ~」と叫んで、首をブンブン振った。それを聞いたジェーンは「ふふっ」と少し笑った。ふふっじゃないよ!

「それって本当に!?ねえ、何で私にキスしたの!?全然気づかなかった!」

『だって……あなたの寝顔が可愛かったものですから。それはまあ、アクロスブルーの前夜です。おかげさまで、私はあの時、自分の実力以上の力を発揮して、チェイス達の猛攻に耐えられました。』

 そう言われて悪い気はしない。うーん、でもこれは本当に厄介ごとになってきた。

『私があなたを誘惑したことが過ちだったのでしょうか?私は、こんなにも心を痛めているのです。あなたが……あなたが愛おしいから。』

「……。」

 機械馬が地面を蹴る音が響いている。「私だって、」そんな言葉が喉元まで上がってきている。もしかしたら別のものかもしれないが、私はそれを飲み込んだ。するとジェーンが静かな声で言った。

『すみません。あなたに、もうこれ以上、迷惑をかけたくない。この通話が、我々の最後の、業務外での、通話です。』

 もう一踏ん張りだ、キルディア。私は辛い気持ちを必死に隠した。

「……うん。分かった。」

 それから、数秒間、沈黙が続いた。これで良かったのだ。もうこれ以上、続けていい関係ではない。どうして、こんなにも仲良くなってしまった?どうして、彼を愛してしまった?彼がこの通話を切ってくれれば、もう我々の関係は終わるのだ。その裁判の時を待っていると、鼻を啜るような音が聞こえた。それはまた、聞こえて、段々と間隔が狭くなった。

『……っ、……はぁ……』

 泣いている?ジェーンが泣いているのか?私は自分の眼元の滴を、ばっと手で拭き飛ばした。

「ジェーン、泣いているの?」

『……泣いて、など』あまりにも震えている声だった。絞り出して、必死に声を出そうとしているぐらいに、彼は泣いている。『はぁっ……!』

「ジェーン……っ、これで良かったと、思ってる。あなたは、自分の世界に帰る。私はこの世界で必死に生きるから、それだけだ。」

 ポロポロと、私の目から滴が落ちた。「泣かないでジェーン、我々は、もうこれ以上、話してはいけない。」

『嫌です……』そんなことを、言うから!私の目からも涙が出た。『今のは、もう業務外の通話をしないと言ったのは、嘘です。嫌です、この関係が終わることなど、決して許しません。私を嫌わないで。私を、忘れようとしないでください。私は、どこにも行きません。私が愛しているのは、あなた、たった一人です。以前私に、他の誰も、愛さないと、言ってくれたでしょう?私だって、あなたの他に、誰も愛せない……っ、抱きしめて欲しい、強く、私が満足するまで、ずっと。それがどうして、いけないことなのです?私が!本気で人を愛することが、どうしていけないことなのですか!』

 一瞬、両手を離して、私は両手の涙を同時に拭いた。何度も鼻をすすって、私は人生で初めて、誰かに愛していると言われたのが、ジェーンなのかと、とても辛くなった。嬉しいのに、嬉しくない。だってこれは、どうあがいても手に入らない恋なのだ。私は、彼に言った。

「ありがとうジェーン。あなたの気持ちはとても嬉しいよ。でも、過去の世界に帰るのでしょう?それは確定なのでしょう?」

『……ネビリスが居なくなったときには、私は帰らなければ、ならない。やり遂げたいことが、あの世界にあります。』

 とうとう、彼がはっきりとそう言った。老いてから帰るとかじゃなくて、やはり、この長々と続いた戦いが終わった時に、彼は帰るのだ。寧ろ、そのほうがいいのかもしれない。その方が、割り切って、ジェーンと仲良く出来る、気がした。期間限定の恋か、しかもそれは初恋だ。切ないけど、仕方ない。

『キルディア?ですが、聞いてください。』

「いや、帰るのは知っていたから大丈夫だよ。」

『そうではありません。』

「だから、大丈夫だって。だから、ジェーンが居てくれる間は、私きっと、ジェーンと仲良くするよ。口づけはアレだけど、ハグぐらいならいつもと同じぐらいの頻度でする。」

『何だか、生返事ですね。まあ……あなたがこの段階で折れてくれたので、私は総指揮権を放棄する、と言う最終カードを出さずに済みました。』

「え!?」私の声が草原に響いた。「私があのまま、冷たくすると言ったら、総指揮を放棄するつもりだったの?」

『ええ。それが何か?目的の為なら手段を選ばない、私がそう言う人間だったことをお忘れでしょうか?いつかクラースの船の上で、私は迷わず、我が身の為なら、列車の乗客を見捨てると話したのを、お忘れか?私は、そばにあなたがいるから、人間で居られるのです。あなたがそばにいるから、暴走しなくて済みます。それを忘れないでくださいね。』

 やばい、彼によれば私が人柱になってるっぽい。何そのポジション、望んでいないんですけど……。私は苦笑いしすぎて、よだれを垂らしそうになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...