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囚われのパリピ編
174 リンの独房生活
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ここでの生活が一変したのは、多分一昨日からだ。ぶち込まれてから映画でよく見るように、一日が過ぎたら爪を使い、頑張って壁に跡を付けていたが、何日目かでやり忘れて、結局ここに何日いるのか分からなくなってしまった。リンよ、経理の計算は一度もミスらないのに、どうしてこんな凡ミスをした。
最初の独房から移動したのも許せない出来事だ。それで私はまた壁の傷をリセットしなくてはならなくなった。見た感じ、建物も一緒だし、移動した距離も輸送車で山道を何時間しか移動していない。この移動に何の意味があったのか、分からない。
古い独房内には小さい窓から陽の光が漏れている。私はベッドに座りながら本を読んでいた。この本は何日か前に、私が独り言で「暇だ暇だ暇だ」とお経のようにずっと呟いていたら、何故か看守さんがくれたのだった。
タイトルは「嫌味な上司をさっさと追い越す、たった十三の法則」だった。きっと看守のおじさんのポケットにはこれしか入っていなかったのだろう。そう、この世はどこの職場も大変なのである。
「あーあ、お腹すいた。」
この部屋に時計があったら、また違うのに。今は十時か、じゃあ本を読もう。とか、今は十五時か、隠してとっておいたおかずを、おやつ代わりに食べよう、とか。そうやって生活にメリハリつけられるのに。
時間に追われる生活は辛いことばかりだと思っていたが、こうまで時間と関わらない生活も、これはこれで苦しい。社会から取り残されているような気がする。
もう死んでいるウォッフォンを見た。傷が付いていて、黒い画面に反射して私が写っている。やだ、ブサイク。メイクが出来ないのも辛い。それが一番辛い。
仕方あるまい、私は読んでいた本を枕の横に置いて、ベッドから降りて、黒い鉄格子のところまで行き、それを掴んだ。ひんやりと鉄は冷たかった。そして私は、隣のオーウェンに話しかけた。
「ねえねえオーウェン、起きてる?おはようございます。」
「……もうお昼近いと思いますが、おはようございます。……っふ!……っく!」
変な吐息が聞こえてくる。まあこの状況だし、プライバシーとか構ってられないものね、私が寛容的にならないといけない場面なのだ。彼は軍人の男。そうよ、朝からそれくらいするわよ。
「大丈夫だよ、私、それもやるべきことだと思うから。」
「……誤解しないで、頂きたい、ものです。私は……身体を、鍛えている、だけです!腕立て伏せですよ!」
そんなに怒鳴らなくてもよくない?私はちょっとムッとしながら、また話しかけた。
「今何時ぐらいなんだろうね?朝ご飯まだかな。」
「朝ごはんは、さっき食べたばかりでしょう……あなたどうしちゃったんですか?陽が昇り、私がこの腕立て伏せを終えたぐらいに、お昼ご飯が支給されます。もう直ぐですよ。もうすぐ、あのおにぎりがやってきます。」
「そうなんだよね、毎日毎日、おにぎりおにぎり。他のレシピ知らないのかな。でも食べないよりはマシ。じゃあ早く、その腕立て伏せを終わらせてよ。」
「あのですね、私がこれを早く終わらせても、早く食事が来る訳ではありませんよ……。」
仕方のないことだが、ここ数日間の監禁生活のせいで、オーウェンは精神的に疲れている様子だ。それもそうだ、こんな狭いところに閉じ込められて。部屋にシャワーついているけど、お水しか出ないし、シャンプーも無い。娯楽もないし、こんな状況で元気でいられる人間などいない。そう思いながら、私はエアロビ体操をしながら歌い始めた。
「ONE!TWO!THREE!FOUR!UP SIDE DOWN!UP SIDE DOWN!」
すると「ああ……」と、ため息混じりの男どもの声が、他の独房から聞こえてきた。そうだよね、皆だってもう限界に近いのだ。私も同じ気持ちだよ。
そして私が体操を続けていると、ガラガラとワゴンの音が通路から聞こえてきた。やった!お昼ご飯だ!私はお昼ご飯はしっかりと食べる派だ。キリー辺りは忙しいとお昼を抜かすらしいが、それでケイト先生に怒られていたもんね!そう、私は偉いのである。
自分の部屋の前で止まった、騎士姿の看守さんが、ワゴンの籠からおにぎりを取って、檻の隙間から床に置くのをじっと見つめた。今日もやっぱりおにぎりなのね、後、紙パックの麦茶。おじさんは私に話しかけてきた。
「今回は、昆布おにぎりだよ。」
「え~今朝は、オカカおにぎりだったじゃん、かぶる~」
その看守さんは笑った。兜を被っているので目元は見えないが、口元は綻んでいた。もう何日も顔を合わせていると、どんな関係性であれ、人は情が生まれるものなのだ。そう思いたい。
「何言ってんだい、カツオと昆布は違うだろう?」
「え~一緒ですよ、海産物だもん。味も似てるし。」
「じゃあ鮭も一緒なのかい?」
「……それはまた違う。」
私の回答におじさんはまた、あははと笑った。看守のおじさんの背後を他の看守さんが通るけど、我々の会話は無視している。他の独房の人達はあまり話す様子が無いのに、私は注意されない。私のお喋りっぷりに、帝国が折れたのだろうか。するとおじさんは私にいつもの質問をした。
「それじゃあ今日も聞くけど、他に何か欲しい物はあるかい?」
それそれ!それを待っていたのだ!毎日昼になると急にくるボーナスタイム!私は遠慮せずに言った。
「ビーフジャーキー!」
「……分かった。直ぐに持ってくる。」
どうしてか、最近私の欲しいものを聞いてくれるようになった。もしやその分、他の人よりも私が処刑される日が近いのかもしれないが、でもご好意はちゃんと受け止めないと勿体無い!私はそのスタンスで生活しているのだ。
すると、隣の独房から羨望の独り言が聞こえた。
「どうしてリンさんだけ、欲しいものを聞かれるのでしょうか。女性だから?いや、他にも女性はたくさんいる。」
「わかんないわかんない。」
さっきの看守さんが袋を持ってきて、檻の隙間から袋を渡してくれた。よく見るとおじさんが脇にPCを抱えていた。そして袋はやはり、ビーフジャーキーの袋だった。新品だ。
「ありがとうございます~!」
これをちょびちょび消費するとして、後数日は焼肉ご飯を食べられることが確定した。焼いてはいないけれど、牛肉なら最早何でもいいのだ。後は想像で何とでもなる。
ふと思い出したのは、いつの日かのお昼休み、キリーからジェーンはヤモリの唐揚げが好きだと聞いた。食用ヤモリだけれど、あんな苦い物を敢えて食べる人の神経が分からない。あれには頭の良くなる成分でも入っているのかな?いや、ラブ博士もあまり好きじゃ無いから関係はなさそうだ。
ん?あれ?気がつくと、まだ看守のおじさんは私の檻の前に立っていて、さっき脇に抱えていたPCを片手に持って操作している。でもちょっと困った様子だった。私は彼に聞いた。
「どうしたのですか?困ってる?」
「うーん、そうなんだよ。元帥がちょっと、君とお話をしたいようなんだけれど、通話ってどうやるんだ……これか?違うな、これはネットだった。」
そうそう、その二つはアイコンの色が似ているからね。私はちょっと鼻を高くしながら、檻から手を出して、指差しながら説明した。
「その水色の、泡っぽいアイコンです。それをクリックして、話し相手を選択して、通話出来ますよ。」
「お、ありがとう。おじさん、戦いばかりで、こういうの本当に疎くてね。」
わかるわかる。クラースさんもそうだもん。調査部のオフィスでクラースさんが人差し指でタイピングしているの見ていると笑いそうになるけど、本人の前で笑うと「お前が大学にいる間、俺は……」とか、「こんなのなくても俺は……」とか、後で大変なことになるので、もうしないと心に決めている。
通話が始まると、おじさんはPCに向かって、必要以上の大きな声で話しかけた。その謎のボリュームも、クラースさんと同じだ!私はちょっと笑いを堪えた。
「おはようございますッッ!元帥ィィ!」
『おはよう……そんなに大きな声を出さなくても、聞こえてるんだけどね。』
ああ、今だけ元帥の気持ちが痛いほどによく分かる。どこも一緒なんだね。こういう時に私は、場所は違えど人間ってみんな同じなんだなって、この宇宙の中で皆と同じ人間として、生まれてきたことに奇跡を感じる。
何だかんだ話をして、おじさんが私にPCの画面を向けた。画面にはチェイスが写っている。どんなにイケメンでも、ビデオ通話の時に、ちょっと滑稽に映るのが面白い。でもそれは相手にとっても同じなんだよね。そう、ビデオ通話は諸刃の剣なのである。
最初の独房から移動したのも許せない出来事だ。それで私はまた壁の傷をリセットしなくてはならなくなった。見た感じ、建物も一緒だし、移動した距離も輸送車で山道を何時間しか移動していない。この移動に何の意味があったのか、分からない。
古い独房内には小さい窓から陽の光が漏れている。私はベッドに座りながら本を読んでいた。この本は何日か前に、私が独り言で「暇だ暇だ暇だ」とお経のようにずっと呟いていたら、何故か看守さんがくれたのだった。
タイトルは「嫌味な上司をさっさと追い越す、たった十三の法則」だった。きっと看守のおじさんのポケットにはこれしか入っていなかったのだろう。そう、この世はどこの職場も大変なのである。
「あーあ、お腹すいた。」
この部屋に時計があったら、また違うのに。今は十時か、じゃあ本を読もう。とか、今は十五時か、隠してとっておいたおかずを、おやつ代わりに食べよう、とか。そうやって生活にメリハリつけられるのに。
時間に追われる生活は辛いことばかりだと思っていたが、こうまで時間と関わらない生活も、これはこれで苦しい。社会から取り残されているような気がする。
もう死んでいるウォッフォンを見た。傷が付いていて、黒い画面に反射して私が写っている。やだ、ブサイク。メイクが出来ないのも辛い。それが一番辛い。
仕方あるまい、私は読んでいた本を枕の横に置いて、ベッドから降りて、黒い鉄格子のところまで行き、それを掴んだ。ひんやりと鉄は冷たかった。そして私は、隣のオーウェンに話しかけた。
「ねえねえオーウェン、起きてる?おはようございます。」
「……もうお昼近いと思いますが、おはようございます。……っふ!……っく!」
変な吐息が聞こえてくる。まあこの状況だし、プライバシーとか構ってられないものね、私が寛容的にならないといけない場面なのだ。彼は軍人の男。そうよ、朝からそれくらいするわよ。
「大丈夫だよ、私、それもやるべきことだと思うから。」
「……誤解しないで、頂きたい、ものです。私は……身体を、鍛えている、だけです!腕立て伏せですよ!」
そんなに怒鳴らなくてもよくない?私はちょっとムッとしながら、また話しかけた。
「今何時ぐらいなんだろうね?朝ご飯まだかな。」
「朝ごはんは、さっき食べたばかりでしょう……あなたどうしちゃったんですか?陽が昇り、私がこの腕立て伏せを終えたぐらいに、お昼ご飯が支給されます。もう直ぐですよ。もうすぐ、あのおにぎりがやってきます。」
「そうなんだよね、毎日毎日、おにぎりおにぎり。他のレシピ知らないのかな。でも食べないよりはマシ。じゃあ早く、その腕立て伏せを終わらせてよ。」
「あのですね、私がこれを早く終わらせても、早く食事が来る訳ではありませんよ……。」
仕方のないことだが、ここ数日間の監禁生活のせいで、オーウェンは精神的に疲れている様子だ。それもそうだ、こんな狭いところに閉じ込められて。部屋にシャワーついているけど、お水しか出ないし、シャンプーも無い。娯楽もないし、こんな状況で元気でいられる人間などいない。そう思いながら、私はエアロビ体操をしながら歌い始めた。
「ONE!TWO!THREE!FOUR!UP SIDE DOWN!UP SIDE DOWN!」
すると「ああ……」と、ため息混じりの男どもの声が、他の独房から聞こえてきた。そうだよね、皆だってもう限界に近いのだ。私も同じ気持ちだよ。
そして私が体操を続けていると、ガラガラとワゴンの音が通路から聞こえてきた。やった!お昼ご飯だ!私はお昼ご飯はしっかりと食べる派だ。キリー辺りは忙しいとお昼を抜かすらしいが、それでケイト先生に怒られていたもんね!そう、私は偉いのである。
自分の部屋の前で止まった、騎士姿の看守さんが、ワゴンの籠からおにぎりを取って、檻の隙間から床に置くのをじっと見つめた。今日もやっぱりおにぎりなのね、後、紙パックの麦茶。おじさんは私に話しかけてきた。
「今回は、昆布おにぎりだよ。」
「え~今朝は、オカカおにぎりだったじゃん、かぶる~」
その看守さんは笑った。兜を被っているので目元は見えないが、口元は綻んでいた。もう何日も顔を合わせていると、どんな関係性であれ、人は情が生まれるものなのだ。そう思いたい。
「何言ってんだい、カツオと昆布は違うだろう?」
「え~一緒ですよ、海産物だもん。味も似てるし。」
「じゃあ鮭も一緒なのかい?」
「……それはまた違う。」
私の回答におじさんはまた、あははと笑った。看守のおじさんの背後を他の看守さんが通るけど、我々の会話は無視している。他の独房の人達はあまり話す様子が無いのに、私は注意されない。私のお喋りっぷりに、帝国が折れたのだろうか。するとおじさんは私にいつもの質問をした。
「それじゃあ今日も聞くけど、他に何か欲しい物はあるかい?」
それそれ!それを待っていたのだ!毎日昼になると急にくるボーナスタイム!私は遠慮せずに言った。
「ビーフジャーキー!」
「……分かった。直ぐに持ってくる。」
どうしてか、最近私の欲しいものを聞いてくれるようになった。もしやその分、他の人よりも私が処刑される日が近いのかもしれないが、でもご好意はちゃんと受け止めないと勿体無い!私はそのスタンスで生活しているのだ。
すると、隣の独房から羨望の独り言が聞こえた。
「どうしてリンさんだけ、欲しいものを聞かれるのでしょうか。女性だから?いや、他にも女性はたくさんいる。」
「わかんないわかんない。」
さっきの看守さんが袋を持ってきて、檻の隙間から袋を渡してくれた。よく見るとおじさんが脇にPCを抱えていた。そして袋はやはり、ビーフジャーキーの袋だった。新品だ。
「ありがとうございます~!」
これをちょびちょび消費するとして、後数日は焼肉ご飯を食べられることが確定した。焼いてはいないけれど、牛肉なら最早何でもいいのだ。後は想像で何とでもなる。
ふと思い出したのは、いつの日かのお昼休み、キリーからジェーンはヤモリの唐揚げが好きだと聞いた。食用ヤモリだけれど、あんな苦い物を敢えて食べる人の神経が分からない。あれには頭の良くなる成分でも入っているのかな?いや、ラブ博士もあまり好きじゃ無いから関係はなさそうだ。
ん?あれ?気がつくと、まだ看守のおじさんは私の檻の前に立っていて、さっき脇に抱えていたPCを片手に持って操作している。でもちょっと困った様子だった。私は彼に聞いた。
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そうそう、その二つはアイコンの色が似ているからね。私はちょっと鼻を高くしながら、檻から手を出して、指差しながら説明した。
「その水色の、泡っぽいアイコンです。それをクリックして、話し相手を選択して、通話出来ますよ。」
「お、ありがとう。おじさん、戦いばかりで、こういうの本当に疎くてね。」
わかるわかる。クラースさんもそうだもん。調査部のオフィスでクラースさんが人差し指でタイピングしているの見ていると笑いそうになるけど、本人の前で笑うと「お前が大学にいる間、俺は……」とか、「こんなのなくても俺は……」とか、後で大変なことになるので、もうしないと心に決めている。
通話が始まると、おじさんはPCに向かって、必要以上の大きな声で話しかけた。その謎のボリュームも、クラースさんと同じだ!私はちょっと笑いを堪えた。
「おはようございますッッ!元帥ィィ!」
『おはよう……そんなに大きな声を出さなくても、聞こえてるんだけどね。』
ああ、今だけ元帥の気持ちが痛いほどによく分かる。どこも一緒なんだね。こういう時に私は、場所は違えど人間ってみんな同じなんだなって、この宇宙の中で皆と同じ人間として、生まれてきたことに奇跡を感じる。
何だかんだ話をして、おじさんが私にPCの画面を向けた。画面にはチェイスが写っている。どんなにイケメンでも、ビデオ通話の時に、ちょっと滑稽に映るのが面白い。でもそれは相手にとっても同じなんだよね。そう、ビデオ通話は諸刃の剣なのである。
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