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試行錯誤するA君編

149 ラブ博士の研究室

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 今日もロビーの電話がじゃんじゃん鳴っていた。やっと定時を迎えることのできた私は、キハシ君とハイタッチをした。そして二人で同時にコーヒーを飲んだ。喉がイカれる。これも我々の運命なのだろうか。キハシ君がしゃがれた声で言った。

「おつか~、もう俺、喉が終わってるわ。最近は特にやばいね。帰り道に、のど飴一本食い切るし。」

「お疲れ~。私も喉が死にそうだけど、キハシ君のど飴一本は流石にやばいよ。あああ~あ゛っ!……ダメだ、普段の声に戻らない。」

「ねえ、組織名聞いた?」

「聞いたよLOZでしょ。どんな意味か分からないけど、ちょっと微妙だよね。」

 キハシ君がコーヒーをゲホッとしてしまい、口を押さえながら言った。

「リン……あまりそんなこと言うなよ~。誰に聞かれるか分からないんだから。」

「誰も居ないよ~大丈夫じゃん?」

 私はPCでポータルを見た。現在ポータルはソーライ版と、LOZ版の二つがある。そのどちらも、キハシ君と研究開発部の皆が、協力して作ったものだ。

 LOZのポータルは、今日ユークタワービルに集まった面々が見ることが出来るサイトだ。現在位置の把握や、連絡が素早く取れる。

 私が今見ているのは、今までも存在していたソーライ研究所用のもので、これは今まで通り、我々しか見れない。私はそのソーライポータルでラブ博士の現在地を確認した。彼は今、彼の研究室に居る。今以外にも、今日はちょこちょこ覗いたけれど、彼は朝から晩まで、ずーっと自分の研究室にこもっている。膀胱が心配だ。

「ねえキハシ君、もう私上がるね、ちょっとお先失礼しま~ん。」

 PCの電源を切った私は、机の下に置いてあった自分のバッグを持って立ち上がった。しかしその瞬間に、慌てた様子のキハシ君の声が聞こえた。

「えええ!?ちょっと待ってよ」彼も立ち上がり、PCを指差しながら言った。「研究所の自警システムが複雑化してから、締めの作業大変になったんだから、それだけは手伝ってよ!」

「やだ~」私は口を尖らせて言った。「私は昨日、一人で締めをしました~!ほらキハシ君は昨日、アクロスブルーラインのプラモの新作が出るからって早く帰ったじゃん。そのせいで合コンにちょっと遅れたんだから、今日はキハシ君一人で締めてくださ~い!」

 キハシ君は苦笑いして、ため息をついた。だって本当だもん。

「何だよお前……まあ確かにそうだったしな。はい、了解。」

 彼はマグカップを置いて、PCを操作し始めた。そう、それでいいのだ。私はキハシ君が見ていないことを確認しながら、その場から抜き足差し足で研究開発部の通路へ向かった。変に関係を疑われるのは、ちょっとまだ早いからね。

 研究開発部の通路を通るのは久しぶりだ。一番手前の研究室はアリスの名前のプレートだけが、重厚な扉にかかっていた。そうか、ジェーンはキリーのオフィスに移動したんだった。通路を歩いていると、一番奥にある医務室から、私服姿のケイト先生が出て来た。やばい。私は咄嗟に床にしゃがんだ。

「あら?」ケイト先生が私の目の前で立ち止まった。「こっちに来るなんて珍しいわね……何しているのかしら?」

 私は床をじっと見つめて、あれを探しているフリをした。

「実はコンタクト、この辺に落としちゃったんです。指で弾いてこっちの方に飛んでっちゃって、そう言うことありますよね?ハードコンタクトだからすぐに飛んじゃうんですよ!やですね、オホホ!」

 ケイト先生はふふっと笑いを漏らした。何その反応、バレてる気がする。

「あらそうなの、まあ、そう言うことにしておいてあげるわ。それじゃあまた明日ね。」

「はい、また明日~。」

 私はケイト先生と手を振り合った。因みに彼女の私服は、最近露出が増えちゃって結構セクシーだ。胸元の開いたブラウスに、タイトスカートを合わせている。そんな格好で夜外を歩くのは危険だが、彼女には護衛がいる。その護衛とは一体どんな関係なのかしらね。

 今度ケイト先生に聞いてみよう。とにかく今、私にはやることがあるのだ。立ち上がった私は、歩みを速めた。そしてここに着いた。扉には彼の名前の入ったプレートが掛かっている。

「レーガン・テイラー・スローヴェン……。」

 つい、声に出して読んでしまった。ああ、彼はきっとこの中に居るが、何をしに来たって言おうか、理由が見つからない。ラブ博士の研究室、どうしても中を見たい。うーん……兎に角、ノックすればいいよね!私はノックした。

 コンコンココンコンと軽快な音が響いた。少しするとドアが開き、今朝とは違って、白衣姿で黒縁眼鏡をかけた博士が出て来た。むすっとしている。白衣の中は白シャツに黒いネクタイを合わせていて、今朝の彼とはギャップが生じてしまっている。まるでビックバンだ。私は衝撃に堪えきれず、胸を押さえて身悶えした。

「ハァ~あああ~!」

「……なんだお前、気持ち悪いな。」

「何と言われようと構いません。ねえ一緒に帰りましょう!」

 ラブ博士は大きなため息をついた。

「まだ仕事が終わっていない。お前も知っているだろう、うちとグレンが提携して、ユークアイランドの自警システムを強化することが決まったんだ。そのプロジェクトのリーダーは俺だ。お前と違って、俺は忙しいんだ。一人で帰ってくれ。」

 ああそうですか。私はブツブツ言い続けるラブ博士の体を両手で押して、研究室に無理やり入った。だが、内部の状況を見て、私は言葉を失った。でっかいPCのような機器やモニターが、所狭しと敷き詰めてあって、元々は広い部屋な筈なのに、殆ど空きスペースが無い。

 それに真ん中の作業台には本が何十冊も積んである。色々と観察しながら進むと、何かが足に引っかかったので下を見たら、床は絡まったケーブルと紙くずでぐちゃぐちゃになっていた。これはこれは……あらまあ……。

「……片付ける暇がない。分かったら出ていけ。」

「あ!じゃあ片付けますね!それからコーヒー入れます!あ、それともコーヒーが先の方がいいですか?」

 顔を押さえてしまっている博士に、私は笑顔で聞いた。誰だって、大変な時は支えて欲しいものだ。いにしえの武士にだって、側には癒してくれる存在がいたものだ。ラブ博士にとって、それは私である。すると博士は、またため息をついた。

「……なあ、どれもしなくていい。さっさと帰れ。邪魔だ。」

「わかる!」私は手を叩いて同調した。「そうやって強がりたい時もありますよね!分かります!」

 私は紙くずで散らかった床から片付けることにした。ゴミ箱にポイポイと紙くずを入れつつ博士の方を見ると、博士は一際大きなため息をついた後に、奥のモニターの席に座って、私に背を向けて、作業をし始めたのだ。

 やった!受け入れられたぞ!押して正解だった!ジェーンを参考にして正解だった!ウホホホ!私は静かにガッツポーズをして、張り切って片付けをした。

 しゃがんで、歩いてを繰り返していくうちに、途中から暑くなってきたので、腕をまくって頑張って作業した。こんなに頑張って掃除したのは、人生で初めてかもしれない。床を雑巾で拭いて、キリのいいところでしゃがんで休みながら、博士の背中を見る。いつも毒を吐くような言葉遣いの博士は、意外と私よりも身長が低い。

 かっこよくて強気だけど、小さい。ああ……このギャップもたまらない!どうにか彼のフィギュアを作れないだろうか。私は静かに彼の後ろ姿をキャプチャーした。そしてその静止画を見て、写りを確認してから、私は天に向かって歓喜の合掌をした。

「ああああ~!」

「うるさい。ここに居たいのなら静かにしろ。」

「ごめんなさ~い。」

 私は心の中できらめくパワーを糧に、本の束を文字順に並べて、本棚に収まるように入れた。そしてケーブルも纏めて、床も壁も磨く磨く。研究室は見違えるほどに綺麗になったが……気付けば二十二時になっていた。私は流石に疲れてしまった。

「博士。」

「何だ?」

「もう二十二時です。」

「ああ。」

「帰りましょ、お願いですから、帰りましょ。」

「……ふん、そうだな。」

 ラブ博士が座ったまま背伸びをした。おお!やっと帰る、博士がやっと帰るぞ!博士は椅子を回転させて振り向くと、彼は驚いた顔をした。

「お……前、これ全部、掃除してくれたのか?」

「そうです!そうですとも!ほらほらほら、褒めてください!」

 今しかない。私は両手を広げてラブ博士に突撃した。どうせ突き飛ばされるんだったら、盛大に突っ込んでやる!

「うおおおお……お?」

 だが、予想もしないことが起きた。何とラブ博士が、私のことを受け止めてくれたのだ。私は椅子に座っている博士をハグをしている。体がほっそい。

「まあ……ありがとう。仕事が捗りそうだ。」

 やばいやばいやばい。ラブ博士に褒められた。そもそも人に褒められたことなんか滅多にないから、どうしたらいいの?どうしたらいいのか分からなすぎて、こうするしかなかった。

「おおおおおおお!レーガン様ぁぁぁ!」

 いけると思って口を突き出してラブ博士に迫ったが、顔を掴まれて阻止されてしまった。ラブ博士は嫌がった顔をしている。強がっちゃって!

「うぉっ……調子に乗るな!おいやめろ!ほら帰るんだろうが!」

「ええ?」私は迫るのを辞めた。「これはダメなんですね。仕方ない、じゃあ一緒に帰りましょ。」

 ラブ博士は研究所の白衣を脱いで、昨日も持っていた黒いトートバッグの中に入れた。そして私達は研究室を後にする。リンは今、人生で一番楽しいかもしれない!こんなに職場が輝いて見えるのはきっと、博士のお蔭なのだと実感している。
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