140 / 253
衝撃のDNA元秘書編
140 月明かりの部屋の中
しおりを挟む
距離を置くための良い、提案方法が見つからない。あっそうだ、これから同僚に戻ろうよ。と言えば戻れるだろうか?ああ、それかもしや、あまり好きな手段では無いが、嫌われるのも手だろう。ギルバート事件の時の様に。そうすれば彼は過去の世界に帰りたいと言うはずだ。
そうしよう。胸はかなり痛いが、私は決心して彼の方を振り向いた。と、その時だった。目の前が暗くなったのだ。別に体調が悪いとかではなく、電気が消えてしまったのだ。
「あら?ちょっと?ジェーン?」
暗闇に慣れるまでまだ少し目が、しかしその時、肩に手が置かれた。その手は手探りしながら肩を辿って、どんどんと首に行き、更に上に移動して、私の顎を包んだ。この大きな手は、明らかにジェーンの物だった。するとぐいとツールアームが引っ張られて、私の頬が何かにぶつかった。
温かかった。彼の香水がとても良い匂いだった。少しづつ視界が暗闇に慣れてきた。私の頬は彼の胸元にくっついていた。腰に手が回されて、更にきつく抱きしめられた。涙が出そうだった。これはもう、完全に私が得てはいけないものなのに、どうしても、手放したくなかった。
「……キルディア、おかえりのハグです。あなたも私を抱きしめてくれませんと、ハグが成立しません。」
突き放せ!キルディア!と、頭の中の騎士団長が叫んでいる。この帝国内にいるだろう、多数の子孫を守らなくてはいけない。そう考えられた時に、私はちゃんと、彼のことを突き放すことが出来た。暗い中、顔は見えないが、彼が動きを止めて驚いているのは分かる。私は言った。
「もう、ハグはしない。」
「……何を。」
一歩、彼がこちらに近づいたのが分かった。私は後ずさった。
「もう、私は、一切の、触れ合いを求めない。」
「嫌です。」
「折角、折角言ったのに……そんなことを、言わないでくれ!」
私はそう叫んで走って、手探りでカーテンの部屋に逃げ込んだ。遠くでシャッと音がして、天井に薄い光が伸びて、ジェーンがリビングのカーテンを開けたのだと分かった。布団を抱いてマットの上に座った私は、じっとして、彼が私のことを無視してくれる様に祈った。
だが現実は残酷だった。カーテンの部屋は所詮、カーテンの部屋なのだ。シャッと勢いのいい音が響いたと思ったら、真顔の彼が中に入って来た。
「キルディア、突然、どうしてその様な思考を?アイリーンに何を言われましたか?それとも酔っているのか……キルディア、さあ、訳を聞かせてください。」
「やだ。酔いはもう冷めてる。」
ジェーンがはあ、とため息をついた。私は彼に言った。
「もう離れてほしい。これ以上、ジェーンともっともっと、親しくなったら大変だと思う。これから戦いもあって、ジェーンはやはり帰るべきだ。あの世界では妹さんだってイオリさんだって待っている。あの世界に帰ったら、きっと、側にあった幸せにも、気付くかもしれない。」
するとジェーンが、マットから降りた。薄い月明かりが彼を照らしている。
「……。」
彼は何かを言おうとしているが、それを何度も飲み込んだように見えた。しばらく沈黙が続いた。突然、ジェーンはその場を離れ、寝室の部屋の中に入って行った。これで良いんだと、胸がとても苦しくなったその時に、彼がまた寝室から戻ってきて、マットに乗り、私の前に立った。
手には新型のアームと、ハサミがあった。ジェーンは私の前にしゃがみ、ショールを取ると、それを布団の上に置き、ワンピースの脇の部分からハサミを入れて、中でアームのベルトを切って取り外し、古いアームを下に置いて、新型のアームを付けてくれた。ダークグリーン色で、殆ど私の左手と同じような自然な形をしていて、動かしても機械音があまりしない。
「一応、これが完成品です。昼間より少し軽いと思いますよ。」
「そ、そうか……確かに軽い。わっ、これはすごい、ありがとう……。」
アームを動かしてみる。昼より軽く、つけ心地もベルトが無いので、本当に私の右手が帰ってきたようだ。アームの外側には一本の真っ直ぐな線が伸びていて、そこを微かに光がスッと通る時がある。流れ星のようで、綺麗だった。私はつい笑顔になった。
「これはすごい、商品化したら良いのに。」
「ふふ。」ジェーンが微笑んだ。「これはあなたのサイズに合わせて特別に制作しました。それに動力も秘密なので、大量生産は出来ません。あなたが喜んでくれたのなら、私も嬉しいです。」
「うん、すごく嬉しい……ありがとう、私の為に、時間を、費やしてくれて。」
つい、涙が一つ、こぼれてしまった。これだって、受け取るべきものでは無いのかもしれないのに。でもそんなこと、私の為に作ってくれた彼の気持ちはどうなる?色々と考えてしまった。
「キ、キルディア」ジェーンが戸惑いながら私に聞いた。「それは、嬉しいですか?それとも、何か、変なことが?悲しいからですか?すみません、私はまだ、感情が上手く読み取れません。」
「……ありがとうジェーン、本当にありがとう。私は、こんな幸せ……ああ、てっきり私は、ここ最近ジェーンが時空間歪曲機を作成しているのだと思っていたから。」
私の言葉に、ジェーンの表情が一気に険しくなった。
「そうですか、」冷めた声だった。怒ったのかもしれない。「あなたは、それほどに私に帰って欲しいという訳ですか。」
ジェーンが置いてあった古いツールアームと取ってから立ち上がり、私を睨んだ。
「大変物分かりが悪く、あなたには多大なる迷惑をお掛け致しました。あなたの望む通り、明日から時空間歪曲機の作成を開始します。それで満足でしょう?あなたは私に、今すぐにでも居なくなってほしいのですから!」
怒鳴ったジェーンは勢いよく寝室に消えて行った。胸が痛すぎて、私はぎゅうと布団を抱きしめた。折角アームを作ってくれたのに、私だってもっと仲良くしたいのに、突き放さないといけない方の理由が大き過ぎる。
「ごめんねジェーン……。」
小さく放たれた声は、どこかに消えて行った。ああ、こんなに辛い気持ち、私は耐えきれるだろうか。ポタポタと涙を流しながら、ウォッフォンを起動した。
そして予定にあった、如何わしいサイトを見ようと思った。途轍もない数がヒットした。私はホログラムの画面で一番上のサイトをクリックした。すると如何わしい画像がたっぷり出てきて、動画もたくさんあった。
ジェーンはこれからこれをするんだと、一番上の動画をクリックした。私は男女が情熱的に抱きしめ合うのを、じっと見入ってしまった。きっとジェーンはこれを、カタリーナさんとやるのだ。そう考えると、また涙が出た。
私だって、誰かとこうする時が来る。多分だけど。ああ、でも思ったよりも、その行為はやはり、艶めかしい。画面の男女は次の段階、次の段階にコロコロ進んで、この数分間に色々な知識を私に与えてくれた。
涙も落ち着いてきた頃、ホログラムの画面上にバナーが表示された。ジェーンからのメッセージの受信を知らせるものだった。きっともう私とは関わらないから、こういうルールを作ろうとか、そういう類のものだと思い、腹を痛くしながら、そのバナーをクリックした。メッセージが表示された。
『もう、五分以上経ちます。』
ん?それだけ?何が言いたいのかよく分からない。私は先程の動画の続きを見ようとしたが、またバナーが表示されたので、メッセージ画面を開いた。
『もう少し早めでもいいのですが、あなたは私を追いかけて、寝室へ来る手筈です。』
「ぶっ……。」
何その手筈。良いんだよ私はこれで。でもちょっと嬉しかった、ありがとうジェーン。私は彼のメッセージを無視して、動画を見始めた。ああ、思ったよりも生々しいが、思ったよりも情熱的だ。これを好きな人と出来たら、どれだけ盛り上がることか。だからリンもあれだけリンなのだ。彼女の気持ちが分かった。
「キルディア?」
「わあああ!」
頭上から声がしたので、上を向くと、ジェーンがカーテンの上から私を覗いていたのだ。確かに彼が爪先立ちでもすれば、それは可能だろうがビックリした……。だがジェーンの顔も、かなり驚いている。
「な、あなた、返事をしないと思えば、何と言うタイミングで、なんて物を観ているのです!?」
「あ、え?これ?こ、こ……」私はウォッフォンを消して、口を尖らせた。「だって、知っておきたかったんだもの。いずれやることでしょ?お互い。」
「え!?」
と、彼が目をパチパチして明らかに動揺し始めた。でもおかしなことは言っていない。ジェーンはこれから確実にするし、私だって誰かとするかもしれない。事実だ。しかしジェーンはハッとしてから、真顔で私に言った。
「同行願えますか?少し、話したいことがある。」
何だろう、ジェーンを追いかけない上に、変なもの見てたからお叱り食らうんだろうか。私はトボトボと彼に付いて行き、彼の部屋に入った。黒いベッドがある。クローゼットがあり、他は何も無い。黒いカーテンならあるが、少しずれて窓から月光が差し込んでベッドを照らしている。
「お座りください。」
「は、はい。」
私は言われた通りにベッドに座った。彼も私の横に座り、私に静かな声で聞いた。
「これが酒の力でないなら、どうして急にそうなったのか、全く理解出来ません。帰り道で我々の間に会話が無かったのは、すみません、私は正直、いつもと違うあなたに緊張していました。それが原因?いえ、あの動画、あなたはお互いが経験するだろうからと言う理由で見ていました。となると、今夜、ラブ博士に魅力を感じましたか?」
「え……」
なんか勘違いをしている。しかし確かにそうだと言えば、話は早いかもしれないが、うーん!
「そ、そうなのかな~、確かにね、彼はかっこいいから。うおお!」
するとジェーンが私を突き飛ばしたついでに、私の上に覆い被さってきたのだ。ベッドの上でハグするつもりなのか、いやいやそれはまずい。慌てていると、すぐにジェーンが体を落として、ぎゅうときついほどに抱きしめてきて、引き剥がそうとしても取れなくなってしまった。そしてジェーンは言った。
「あなたはご存知のはずだ。私の方が、かっこいいです。」
「ぶっぱ……」
ああ、あまりやめてくれ。これはアイリーンさんを守る為なんだ。私は彼の脇腹をくすぐって離れさせようとしたが、全然動かない。重いし、熱いし、どうしたら……。
「キルディア、私の前で他の誰かを愛することは、禁じたはずです。あなたは私のものです。」
「確かにその話はしたけれど……。」
ジェーンが身体を起こした、と思ったら、ベッドに手をついて、私を至近距離で見つめた。いつの間にか彼の眼鏡が取れていた。いつもより鋭くなっている瞳と目が合った。それでも綺麗な顔立ちだった。彼は私に聞いた。
「何故、私を突き放す?」
「……別に、特に理由は無い。」
「本当は、スローヴェンに好意を寄せたのでは?だから、私を突き放し、恋心に身を任せ、あのような卑猥な動画を見た。それが正しいのでは?」
「だったら、何だというの?」
グッと、彼が眉に力を入れた。そして震える声で言った。
「……私の方が、スローヴェンより優れているはずだ。あの男に、あなたの相手など務まる訳が無い!キルディア!」
ゴンと彼がいきなり頭を私の胸に乗せてきたので、結構痛かった。あぉぉと悶絶しているのに、彼は続けた。
「私だけです、あなたを十分に理解出来るのは、私だけだ!この、あなたの身体に入っている全てを、与えるべき対象は私だけだ!スローヴェンがこの世界の人間だからですか?私は絶対に、あなたといる事を諦めません。ですから、私だけを、見てください。ここには二人分の席しかないと、話したはずです!」
やはり、私だけではなく、彼もまたそこまで想っていた。ならばまずい。私は言った。
「落ち着いて、ジェーン。ごめん、もう、それはダメなんだ。もう水に流そうよ。我々の関係は無かったことにしよう。我々は友だが、ただの友だ。単なる仕事上のパートナーでいいじゃない。」
「何を……あなたは一体どうしたのですか!?」
顔を上げたジェーンは今までに無いくらい、酷い顔をしていた。
そうしよう。胸はかなり痛いが、私は決心して彼の方を振り向いた。と、その時だった。目の前が暗くなったのだ。別に体調が悪いとかではなく、電気が消えてしまったのだ。
「あら?ちょっと?ジェーン?」
暗闇に慣れるまでまだ少し目が、しかしその時、肩に手が置かれた。その手は手探りしながら肩を辿って、どんどんと首に行き、更に上に移動して、私の顎を包んだ。この大きな手は、明らかにジェーンの物だった。するとぐいとツールアームが引っ張られて、私の頬が何かにぶつかった。
温かかった。彼の香水がとても良い匂いだった。少しづつ視界が暗闇に慣れてきた。私の頬は彼の胸元にくっついていた。腰に手が回されて、更にきつく抱きしめられた。涙が出そうだった。これはもう、完全に私が得てはいけないものなのに、どうしても、手放したくなかった。
「……キルディア、おかえりのハグです。あなたも私を抱きしめてくれませんと、ハグが成立しません。」
突き放せ!キルディア!と、頭の中の騎士団長が叫んでいる。この帝国内にいるだろう、多数の子孫を守らなくてはいけない。そう考えられた時に、私はちゃんと、彼のことを突き放すことが出来た。暗い中、顔は見えないが、彼が動きを止めて驚いているのは分かる。私は言った。
「もう、ハグはしない。」
「……何を。」
一歩、彼がこちらに近づいたのが分かった。私は後ずさった。
「もう、私は、一切の、触れ合いを求めない。」
「嫌です。」
「折角、折角言ったのに……そんなことを、言わないでくれ!」
私はそう叫んで走って、手探りでカーテンの部屋に逃げ込んだ。遠くでシャッと音がして、天井に薄い光が伸びて、ジェーンがリビングのカーテンを開けたのだと分かった。布団を抱いてマットの上に座った私は、じっとして、彼が私のことを無視してくれる様に祈った。
だが現実は残酷だった。カーテンの部屋は所詮、カーテンの部屋なのだ。シャッと勢いのいい音が響いたと思ったら、真顔の彼が中に入って来た。
「キルディア、突然、どうしてその様な思考を?アイリーンに何を言われましたか?それとも酔っているのか……キルディア、さあ、訳を聞かせてください。」
「やだ。酔いはもう冷めてる。」
ジェーンがはあ、とため息をついた。私は彼に言った。
「もう離れてほしい。これ以上、ジェーンともっともっと、親しくなったら大変だと思う。これから戦いもあって、ジェーンはやはり帰るべきだ。あの世界では妹さんだってイオリさんだって待っている。あの世界に帰ったら、きっと、側にあった幸せにも、気付くかもしれない。」
するとジェーンが、マットから降りた。薄い月明かりが彼を照らしている。
「……。」
彼は何かを言おうとしているが、それを何度も飲み込んだように見えた。しばらく沈黙が続いた。突然、ジェーンはその場を離れ、寝室の部屋の中に入って行った。これで良いんだと、胸がとても苦しくなったその時に、彼がまた寝室から戻ってきて、マットに乗り、私の前に立った。
手には新型のアームと、ハサミがあった。ジェーンは私の前にしゃがみ、ショールを取ると、それを布団の上に置き、ワンピースの脇の部分からハサミを入れて、中でアームのベルトを切って取り外し、古いアームを下に置いて、新型のアームを付けてくれた。ダークグリーン色で、殆ど私の左手と同じような自然な形をしていて、動かしても機械音があまりしない。
「一応、これが完成品です。昼間より少し軽いと思いますよ。」
「そ、そうか……確かに軽い。わっ、これはすごい、ありがとう……。」
アームを動かしてみる。昼より軽く、つけ心地もベルトが無いので、本当に私の右手が帰ってきたようだ。アームの外側には一本の真っ直ぐな線が伸びていて、そこを微かに光がスッと通る時がある。流れ星のようで、綺麗だった。私はつい笑顔になった。
「これはすごい、商品化したら良いのに。」
「ふふ。」ジェーンが微笑んだ。「これはあなたのサイズに合わせて特別に制作しました。それに動力も秘密なので、大量生産は出来ません。あなたが喜んでくれたのなら、私も嬉しいです。」
「うん、すごく嬉しい……ありがとう、私の為に、時間を、費やしてくれて。」
つい、涙が一つ、こぼれてしまった。これだって、受け取るべきものでは無いのかもしれないのに。でもそんなこと、私の為に作ってくれた彼の気持ちはどうなる?色々と考えてしまった。
「キ、キルディア」ジェーンが戸惑いながら私に聞いた。「それは、嬉しいですか?それとも、何か、変なことが?悲しいからですか?すみません、私はまだ、感情が上手く読み取れません。」
「……ありがとうジェーン、本当にありがとう。私は、こんな幸せ……ああ、てっきり私は、ここ最近ジェーンが時空間歪曲機を作成しているのだと思っていたから。」
私の言葉に、ジェーンの表情が一気に険しくなった。
「そうですか、」冷めた声だった。怒ったのかもしれない。「あなたは、それほどに私に帰って欲しいという訳ですか。」
ジェーンが置いてあった古いツールアームと取ってから立ち上がり、私を睨んだ。
「大変物分かりが悪く、あなたには多大なる迷惑をお掛け致しました。あなたの望む通り、明日から時空間歪曲機の作成を開始します。それで満足でしょう?あなたは私に、今すぐにでも居なくなってほしいのですから!」
怒鳴ったジェーンは勢いよく寝室に消えて行った。胸が痛すぎて、私はぎゅうと布団を抱きしめた。折角アームを作ってくれたのに、私だってもっと仲良くしたいのに、突き放さないといけない方の理由が大き過ぎる。
「ごめんねジェーン……。」
小さく放たれた声は、どこかに消えて行った。ああ、こんなに辛い気持ち、私は耐えきれるだろうか。ポタポタと涙を流しながら、ウォッフォンを起動した。
そして予定にあった、如何わしいサイトを見ようと思った。途轍もない数がヒットした。私はホログラムの画面で一番上のサイトをクリックした。すると如何わしい画像がたっぷり出てきて、動画もたくさんあった。
ジェーンはこれからこれをするんだと、一番上の動画をクリックした。私は男女が情熱的に抱きしめ合うのを、じっと見入ってしまった。きっとジェーンはこれを、カタリーナさんとやるのだ。そう考えると、また涙が出た。
私だって、誰かとこうする時が来る。多分だけど。ああ、でも思ったよりも、その行為はやはり、艶めかしい。画面の男女は次の段階、次の段階にコロコロ進んで、この数分間に色々な知識を私に与えてくれた。
涙も落ち着いてきた頃、ホログラムの画面上にバナーが表示された。ジェーンからのメッセージの受信を知らせるものだった。きっともう私とは関わらないから、こういうルールを作ろうとか、そういう類のものだと思い、腹を痛くしながら、そのバナーをクリックした。メッセージが表示された。
『もう、五分以上経ちます。』
ん?それだけ?何が言いたいのかよく分からない。私は先程の動画の続きを見ようとしたが、またバナーが表示されたので、メッセージ画面を開いた。
『もう少し早めでもいいのですが、あなたは私を追いかけて、寝室へ来る手筈です。』
「ぶっ……。」
何その手筈。良いんだよ私はこれで。でもちょっと嬉しかった、ありがとうジェーン。私は彼のメッセージを無視して、動画を見始めた。ああ、思ったよりも生々しいが、思ったよりも情熱的だ。これを好きな人と出来たら、どれだけ盛り上がることか。だからリンもあれだけリンなのだ。彼女の気持ちが分かった。
「キルディア?」
「わあああ!」
頭上から声がしたので、上を向くと、ジェーンがカーテンの上から私を覗いていたのだ。確かに彼が爪先立ちでもすれば、それは可能だろうがビックリした……。だがジェーンの顔も、かなり驚いている。
「な、あなた、返事をしないと思えば、何と言うタイミングで、なんて物を観ているのです!?」
「あ、え?これ?こ、こ……」私はウォッフォンを消して、口を尖らせた。「だって、知っておきたかったんだもの。いずれやることでしょ?お互い。」
「え!?」
と、彼が目をパチパチして明らかに動揺し始めた。でもおかしなことは言っていない。ジェーンはこれから確実にするし、私だって誰かとするかもしれない。事実だ。しかしジェーンはハッとしてから、真顔で私に言った。
「同行願えますか?少し、話したいことがある。」
何だろう、ジェーンを追いかけない上に、変なもの見てたからお叱り食らうんだろうか。私はトボトボと彼に付いて行き、彼の部屋に入った。黒いベッドがある。クローゼットがあり、他は何も無い。黒いカーテンならあるが、少しずれて窓から月光が差し込んでベッドを照らしている。
「お座りください。」
「は、はい。」
私は言われた通りにベッドに座った。彼も私の横に座り、私に静かな声で聞いた。
「これが酒の力でないなら、どうして急にそうなったのか、全く理解出来ません。帰り道で我々の間に会話が無かったのは、すみません、私は正直、いつもと違うあなたに緊張していました。それが原因?いえ、あの動画、あなたはお互いが経験するだろうからと言う理由で見ていました。となると、今夜、ラブ博士に魅力を感じましたか?」
「え……」
なんか勘違いをしている。しかし確かにそうだと言えば、話は早いかもしれないが、うーん!
「そ、そうなのかな~、確かにね、彼はかっこいいから。うおお!」
するとジェーンが私を突き飛ばしたついでに、私の上に覆い被さってきたのだ。ベッドの上でハグするつもりなのか、いやいやそれはまずい。慌てていると、すぐにジェーンが体を落として、ぎゅうときついほどに抱きしめてきて、引き剥がそうとしても取れなくなってしまった。そしてジェーンは言った。
「あなたはご存知のはずだ。私の方が、かっこいいです。」
「ぶっぱ……」
ああ、あまりやめてくれ。これはアイリーンさんを守る為なんだ。私は彼の脇腹をくすぐって離れさせようとしたが、全然動かない。重いし、熱いし、どうしたら……。
「キルディア、私の前で他の誰かを愛することは、禁じたはずです。あなたは私のものです。」
「確かにその話はしたけれど……。」
ジェーンが身体を起こした、と思ったら、ベッドに手をついて、私を至近距離で見つめた。いつの間にか彼の眼鏡が取れていた。いつもより鋭くなっている瞳と目が合った。それでも綺麗な顔立ちだった。彼は私に聞いた。
「何故、私を突き放す?」
「……別に、特に理由は無い。」
「本当は、スローヴェンに好意を寄せたのでは?だから、私を突き放し、恋心に身を任せ、あのような卑猥な動画を見た。それが正しいのでは?」
「だったら、何だというの?」
グッと、彼が眉に力を入れた。そして震える声で言った。
「……私の方が、スローヴェンより優れているはずだ。あの男に、あなたの相手など務まる訳が無い!キルディア!」
ゴンと彼がいきなり頭を私の胸に乗せてきたので、結構痛かった。あぉぉと悶絶しているのに、彼は続けた。
「私だけです、あなたを十分に理解出来るのは、私だけだ!この、あなたの身体に入っている全てを、与えるべき対象は私だけだ!スローヴェンがこの世界の人間だからですか?私は絶対に、あなたといる事を諦めません。ですから、私だけを、見てください。ここには二人分の席しかないと、話したはずです!」
やはり、私だけではなく、彼もまたそこまで想っていた。ならばまずい。私は言った。
「落ち着いて、ジェーン。ごめん、もう、それはダメなんだ。もう水に流そうよ。我々の関係は無かったことにしよう。我々は友だが、ただの友だ。単なる仕事上のパートナーでいいじゃない。」
「何を……あなたは一体どうしたのですか!?」
顔を上げたジェーンは今までに無いくらい、酷い顔をしていた。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。


白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」
まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。
私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。
私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。
私は妹にはめられたのだ。
牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
※他のサイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる