104 / 253
緑の宝石!ヨーホー海賊船編
104 ナンパとはまた違う
しおりを挟む
プールのイベント後に、一度部屋に戻って着替えた私達は、クルーザー内の一階のレストランで、バイキングを頂くことにした。食費は旅費に含まれているので、おかわり自由なのだ。色々な料理を少しづつ取って、なるべくたくさんの種類が食べられるように頑張った。
ジェーンは食後のスープを飲みながら、テーブルにパンフレットを広げた。クルーザーのマップや、七つの孤島の地図が印刷されているページだった。それを覗くと、クルーザーのある箇所に、グルグルとペンで丸く囲まれているのを発見した。その部屋は貨物室だった。この男、まさかあのプールのお宝を盗むつもりだったのか?……私は苦笑いした。
「何です?ディア。気味の悪い笑みですね。」
「いやいやいや、この丸ってさぁ……」
「ああ、これですか。間に合わなかったので、あのイベントに参加したのです。」
「嘘でしょ?盗ろうとしたの?」
ジェーンは一度周りを見てから、小声で話し始めた。
「しーっ、人聞きの悪い……中身を確認してから元の場所に戻すことを、窃盗と言いますか?」
「……。」
それだと確かに窃盗とは言えないかも知れない。私はやや呆れながらも、食後のスープを一口飲んだ。チキンベースにレモンが効いている、さっぱりとした味わいのスープで、この海風とよく合っていて、美味しかった。ジェーンは飲み終えたカップの上に、お上品に両手で、スプーンを置いた。
「例のパーツですが、やはり二日目の洞窟にある可能性が高いでしょう。」
私は頷いた。
「うん、あと思ったんだけど、その洞窟内の宝箱のオブジェ?だよね。そこに本当に、その緑色のパーツがあったとして、それをどうするの?結局盗るんでしょ?」
「シーッ!」
それがうるさいよ……何人かがこちらをチラッと見ている。私はサングラスをジェーンのように中指で押し上げた。この方法、メガネの位置を調節するのに結構便利だった。ジェーンは私に顔を近づけて、小声で言った。
「盗るも何も、あれは元々私のものです。物が持ち主のところに戻ってくる現象を、窃盗と言いますか?」
「まあ……そうだけど。でもその洞窟内をボートで移動するツアーに参加して、しれっと盗るわけ?」
「盗るとは人聞きの悪い、拾うだけです。」
ジェーンはパンフレットを指差しながら説明をした。
「この二日目の洞窟探検ボートに我々は乗ります。このボートは例のパーツが添えてある金貨の山のゾーンを通ります。そして何気なく、このパーツを拾うのです。あなたが。」
「ぶっ……」思わずスープを吹きそうになってしまった。「何で私が。」
「プールには私が入りました。拾うのはあなたが行なってください。私はあなたが行動しやすいように、皆の注意を引き付けます。大事な役割でしょう?」
私は飲み終えたスープのカップを、テーブルの端に寄せてから、冗談交じりに聞いた。
「注意を引き付ける?何だか、すっごい嫌な予感がする。まさか、爆弾じゃないよね?」
「……でしたらプランBです。」
「危なっ!」この男、本当に常軌を逸している。「何でそんな爆弾魔なの?事あるごとに、すぐ爆弾を使用しようとするよね。もういっその事、タールとでも手を組めばいいのに。」
恐ろしい男、しかも爆薬を持って来てたんかい。
「タールと手を組んで、何が出来ると言うのです?因みにヴィノクールの外壁を破壊した水中爆弾、あれも私が改良したものです。私の爆弾は火薬を使用しませんから、どこでも携帯可能ですよ。それに、別に好き好んで爆弾魔になっている訳ではございません。私の爆弾に、あなたは何度も救われたでしょう?少しは感謝して頂きたい。」
「それはそれでしょ……。一生のお願いですから、プランBでお願いします。」
「仕方ありませんね、かしこまりました。ああ……。」
と、ジェーンが目頭を押さえて、椅子に深く寄りかかった。
「先程のプールで非常に疲れました。少し、昼寝をしたいと思います。」
「うん、今日はプールで頑張ったもんね、あとで寝たら?」
改めて周りを見ると、いつもとは違う風景、海の上での豪華な食事、少し外に出ると、ふわりと漂う波風。ああ、旅行って良いなと思った。こんなご時世だけど。
食堂から出ると、ジェーンは早速、部屋に戻ってお昼寝したいと言うので、別々に行動することになった。デッキを少し散策していると、午後の潮の香りが気持ちよかった。先頭デッキに行くと、そこにはビーチチェアが並んで置いてあった。間には観葉植物があり、大勢の大人達がそこで日光浴をしていた。
周りの人を見習って、空いている椅子を見つけて、そこに寝そべった。じりじりと顔が焼ける感覚がしたので、日焼けを気にした私は、サングラスを取ってパーカーのポケットに入れると、被っていた麦わら帽子を顔に乗っけた。
「そうしていると、変な日焼けしそうだけど、良いのかな?」
え?
明らかに自分に発せられた声だと思い、麦わら帽子を取った。自分のことを見下ろすように、男が一人立っていた。背は割と高く、ちょっとけっそりとしたその男は、ニコッと私に向かって微笑んだ。茶色の、流し前髪のショートヘアで、丸眼鏡がよく似合っている、優しげな雰囲気の人だった。
その男は、私の隣のビーチチェアに座った。オレンジ色のハーフパンツの水着がよく似合う。
「僕はチェイス。チェイス・クーパーって言うんだ。よろしくね。君は?」
げっ……!私は一瞬顔を引きつらせた。そしてパーカーのポケットからサングラスを取り出して、掛けた。
「わ、私は、ディア。」
「ディアか~!可愛い名前だね。」
男は微笑んできた。一体何のつもりか。
「ところで、どうしてパーカーを羽織っているの?まあ確かにそう言う薄手のパーカーって、今流行ってるみたいだけどね、でも暑くない?」
げっ……。痛いところを突いてくる。私は首を傾げた。
「ちょっと、あまり日に焼けたくないんです……。でも風に当たりたくて、ここにきたんです。折角なのでね、はは。」
「そっか。ねえ、君は一人で参加したの?」
「今は一人。でも部屋で、えっと……もう一人待ってます。」
「そっか、男の人?」
何でそんなに聞いてくるんだろう。私は質問をし返す事にした。
「でもどうして、そんなに色々と聞いてくるんですか?」
「うーん」チェイスは片膝を抱きながら言った。「君ってサングラスかけてるし、金髪だけど、よく見るとキルディアさんにそっくりだよね?」
「げっ!」
バレた!こいつ何なんだ!私はビーチチェアから急いで立ち上がると、彼をそこに置き去りにした。デッキを走ってはいけないので、競歩で移動した。早く部屋に帰りたい!早く!
食堂の隣にも、二階への階段があるのを発見した私は、早速その階段を利用した。歩いているのに足がもつれそうだ。階段を上がった時に後ろを確認したが、あの男の姿は無かった。でも油断は禁物だ、速度を落とさずに移動して、やっと部屋の前に着いた。
ドアノブに手を掛ける、よし鍵は掛かっていないようだ、いやいや一人で寝るんだから掛けとけよ、と一人で突っ込んでしまった。部屋の中に入って、ドアを閉めて鍵をかけ、ドアのチェーンロックも仕掛けた。
「はあ、はあ……!」
日頃から鍛えていて良かった。競歩の選手と同じぐらいの速度は出ていたと思う、通りすがりの人たちに驚かれたし。私は振り返り、セミダブルのベッドを見ると、ジェーンが大の字になって仰向けになり、寝息を立てていた。
私はジェーンを起こすべきか迷った。プールで頑張って疲れてるだろうしなぁ、でも黙っておいて、あとで責められるのも嫌だなぁ。少し迷ったが、私はジェーンを起こす事に決めた。ベッドに近付いて、ジェーンの頬を、指先でツンツン突いた。
「ジェーン……ジェーン……!」
「……ん。……今、何時ですか?」
私はウォッフォンを見た。
「今はね、十四時半くらい。」
「……十六時まで、寝かせて、ください。」
スヤア、とまた眠りの世界に落ちていったジェーン。私はまた少し悩んだが、引き続き起こす事に決めた。
「大変なの……!ジェーン」
ツンツンしているのに、それに慣れちゃったのか、むにゃむにゃ言って全然起きようとしない。はあ、致し方ない。私はジェーンの金色のすね毛を二、三本掴んで、思いっきりむしった。するとジェーンが飛び起きた。
「ううっ!な、何をしますか!」
「ごめん、でも大変なんだよ!私のことキルディアだと疑う男に、さっき声をかけられたんだよ!」
「はあ、それで逃げてきたのですか?」
ジェーンは不機嫌な表情で、サイドテーブルから眼鏡を手に取り、掛けてから若干私を睨んだ。
「それでは、私はキルディアです、と公言しているようなものですよ、全く。平気な顔して嘘もつけないのですか?」
「ごめん……平気な顔して嘘はつけなかった。結構怖かったんだもん。」
その時、コンコンと扉がノックされた音がした。あの男に違いない!ああ、撒いたとはいえ、ここは同じ船の上。いくらでも私の居場所を調べる方法だってあったはずだ。どうしよう、どうしよう、あの爽やかな笑顔が、今思い出すと非常に怖く感じる。
ジェーンはテーブルの上に眼鏡を置いて、サングラスを掛けながら言った。
「先程の男でしょうか?」
「た、多分……!でもジェーンが扉を開けるのは、やめたほうがいい。私が前に出る。何が起こるか分からない。」
「いえ、あなたにしては、かなり怯えた様子です、私が出ますよ。あなたは風呂場にでも隠れていてください。どうせステーキ屋で出くわすような、あなたの取り巻きの進化系でしょう。」
そう言ってくれるのなら、たまには彼に前に出てもらおう。サングラスを掛け直して、ジェーンの背後に立った。これなら相手が何か仕掛けてきても、すぐにジェーンのカバーに入れる。
ジェーンがドアを開けると、そこにはやはりチェイスを言う名の男が立っていた。チェイスは少し息を切らしているようだった。
「いやあ、歩きでもあんなに速く移動出来る人が居るなんて、本当に驚いたよ。ごめんね、そんな驚かせるつもりは無かったんだけど。」
いや、怖い。何が怖いって、チェイスは目の前のジェーンを無視して、ジェーンの背後にいる私を凝視しているのだ。正直、どんなホラー映画よりも怖い。しかし次に、ジェーンが意外な言葉を放った。
「チェイス?です、か?」
え?
「あ!やっぱりシードロヴァ博士じゃないか!何だか全然雰囲気違うから、分からなかったよ~!イメチェンしたんだね。すごいやんちゃそう。」
笑顔のチェイスは、ジェーンのコーンロウの編み込み部分を触りだした。なんだ、ジェーンの知り合いだったのか……。私はサングラスを取ってテーブルの上に置いた。ジェーンが彼を部屋の中へ入れて、サングラスと眼鏡を交換してから、私に彼を紹介してくれた。
「彼は、帝国研究所の今の所長です。ミドルネームは謎ですが、確かそれ以外は、チェイス・クーパーという名です。」
「ふふ、それだけでも覚えててくれて嬉しいなぁ。どうも、僕はチェイス・レイチェル・クーパーです。この椅子に座っていいかな?ちょっと急いで歩いたり、その辺の人に聞き込みしてたりしたら疲れちゃって。」
「どうぞ」
私が言うと、チェイスは椅子に座った。私とジェーンは並んでベッドに座った。
ジェーンは食後のスープを飲みながら、テーブルにパンフレットを広げた。クルーザーのマップや、七つの孤島の地図が印刷されているページだった。それを覗くと、クルーザーのある箇所に、グルグルとペンで丸く囲まれているのを発見した。その部屋は貨物室だった。この男、まさかあのプールのお宝を盗むつもりだったのか?……私は苦笑いした。
「何です?ディア。気味の悪い笑みですね。」
「いやいやいや、この丸ってさぁ……」
「ああ、これですか。間に合わなかったので、あのイベントに参加したのです。」
「嘘でしょ?盗ろうとしたの?」
ジェーンは一度周りを見てから、小声で話し始めた。
「しーっ、人聞きの悪い……中身を確認してから元の場所に戻すことを、窃盗と言いますか?」
「……。」
それだと確かに窃盗とは言えないかも知れない。私はやや呆れながらも、食後のスープを一口飲んだ。チキンベースにレモンが効いている、さっぱりとした味わいのスープで、この海風とよく合っていて、美味しかった。ジェーンは飲み終えたカップの上に、お上品に両手で、スプーンを置いた。
「例のパーツですが、やはり二日目の洞窟にある可能性が高いでしょう。」
私は頷いた。
「うん、あと思ったんだけど、その洞窟内の宝箱のオブジェ?だよね。そこに本当に、その緑色のパーツがあったとして、それをどうするの?結局盗るんでしょ?」
「シーッ!」
それがうるさいよ……何人かがこちらをチラッと見ている。私はサングラスをジェーンのように中指で押し上げた。この方法、メガネの位置を調節するのに結構便利だった。ジェーンは私に顔を近づけて、小声で言った。
「盗るも何も、あれは元々私のものです。物が持ち主のところに戻ってくる現象を、窃盗と言いますか?」
「まあ……そうだけど。でもその洞窟内をボートで移動するツアーに参加して、しれっと盗るわけ?」
「盗るとは人聞きの悪い、拾うだけです。」
ジェーンはパンフレットを指差しながら説明をした。
「この二日目の洞窟探検ボートに我々は乗ります。このボートは例のパーツが添えてある金貨の山のゾーンを通ります。そして何気なく、このパーツを拾うのです。あなたが。」
「ぶっ……」思わずスープを吹きそうになってしまった。「何で私が。」
「プールには私が入りました。拾うのはあなたが行なってください。私はあなたが行動しやすいように、皆の注意を引き付けます。大事な役割でしょう?」
私は飲み終えたスープのカップを、テーブルの端に寄せてから、冗談交じりに聞いた。
「注意を引き付ける?何だか、すっごい嫌な予感がする。まさか、爆弾じゃないよね?」
「……でしたらプランBです。」
「危なっ!」この男、本当に常軌を逸している。「何でそんな爆弾魔なの?事あるごとに、すぐ爆弾を使用しようとするよね。もういっその事、タールとでも手を組めばいいのに。」
恐ろしい男、しかも爆薬を持って来てたんかい。
「タールと手を組んで、何が出来ると言うのです?因みにヴィノクールの外壁を破壊した水中爆弾、あれも私が改良したものです。私の爆弾は火薬を使用しませんから、どこでも携帯可能ですよ。それに、別に好き好んで爆弾魔になっている訳ではございません。私の爆弾に、あなたは何度も救われたでしょう?少しは感謝して頂きたい。」
「それはそれでしょ……。一生のお願いですから、プランBでお願いします。」
「仕方ありませんね、かしこまりました。ああ……。」
と、ジェーンが目頭を押さえて、椅子に深く寄りかかった。
「先程のプールで非常に疲れました。少し、昼寝をしたいと思います。」
「うん、今日はプールで頑張ったもんね、あとで寝たら?」
改めて周りを見ると、いつもとは違う風景、海の上での豪華な食事、少し外に出ると、ふわりと漂う波風。ああ、旅行って良いなと思った。こんなご時世だけど。
食堂から出ると、ジェーンは早速、部屋に戻ってお昼寝したいと言うので、別々に行動することになった。デッキを少し散策していると、午後の潮の香りが気持ちよかった。先頭デッキに行くと、そこにはビーチチェアが並んで置いてあった。間には観葉植物があり、大勢の大人達がそこで日光浴をしていた。
周りの人を見習って、空いている椅子を見つけて、そこに寝そべった。じりじりと顔が焼ける感覚がしたので、日焼けを気にした私は、サングラスを取ってパーカーのポケットに入れると、被っていた麦わら帽子を顔に乗っけた。
「そうしていると、変な日焼けしそうだけど、良いのかな?」
え?
明らかに自分に発せられた声だと思い、麦わら帽子を取った。自分のことを見下ろすように、男が一人立っていた。背は割と高く、ちょっとけっそりとしたその男は、ニコッと私に向かって微笑んだ。茶色の、流し前髪のショートヘアで、丸眼鏡がよく似合っている、優しげな雰囲気の人だった。
その男は、私の隣のビーチチェアに座った。オレンジ色のハーフパンツの水着がよく似合う。
「僕はチェイス。チェイス・クーパーって言うんだ。よろしくね。君は?」
げっ……!私は一瞬顔を引きつらせた。そしてパーカーのポケットからサングラスを取り出して、掛けた。
「わ、私は、ディア。」
「ディアか~!可愛い名前だね。」
男は微笑んできた。一体何のつもりか。
「ところで、どうしてパーカーを羽織っているの?まあ確かにそう言う薄手のパーカーって、今流行ってるみたいだけどね、でも暑くない?」
げっ……。痛いところを突いてくる。私は首を傾げた。
「ちょっと、あまり日に焼けたくないんです……。でも風に当たりたくて、ここにきたんです。折角なのでね、はは。」
「そっか。ねえ、君は一人で参加したの?」
「今は一人。でも部屋で、えっと……もう一人待ってます。」
「そっか、男の人?」
何でそんなに聞いてくるんだろう。私は質問をし返す事にした。
「でもどうして、そんなに色々と聞いてくるんですか?」
「うーん」チェイスは片膝を抱きながら言った。「君ってサングラスかけてるし、金髪だけど、よく見るとキルディアさんにそっくりだよね?」
「げっ!」
バレた!こいつ何なんだ!私はビーチチェアから急いで立ち上がると、彼をそこに置き去りにした。デッキを走ってはいけないので、競歩で移動した。早く部屋に帰りたい!早く!
食堂の隣にも、二階への階段があるのを発見した私は、早速その階段を利用した。歩いているのに足がもつれそうだ。階段を上がった時に後ろを確認したが、あの男の姿は無かった。でも油断は禁物だ、速度を落とさずに移動して、やっと部屋の前に着いた。
ドアノブに手を掛ける、よし鍵は掛かっていないようだ、いやいや一人で寝るんだから掛けとけよ、と一人で突っ込んでしまった。部屋の中に入って、ドアを閉めて鍵をかけ、ドアのチェーンロックも仕掛けた。
「はあ、はあ……!」
日頃から鍛えていて良かった。競歩の選手と同じぐらいの速度は出ていたと思う、通りすがりの人たちに驚かれたし。私は振り返り、セミダブルのベッドを見ると、ジェーンが大の字になって仰向けになり、寝息を立てていた。
私はジェーンを起こすべきか迷った。プールで頑張って疲れてるだろうしなぁ、でも黙っておいて、あとで責められるのも嫌だなぁ。少し迷ったが、私はジェーンを起こす事に決めた。ベッドに近付いて、ジェーンの頬を、指先でツンツン突いた。
「ジェーン……ジェーン……!」
「……ん。……今、何時ですか?」
私はウォッフォンを見た。
「今はね、十四時半くらい。」
「……十六時まで、寝かせて、ください。」
スヤア、とまた眠りの世界に落ちていったジェーン。私はまた少し悩んだが、引き続き起こす事に決めた。
「大変なの……!ジェーン」
ツンツンしているのに、それに慣れちゃったのか、むにゃむにゃ言って全然起きようとしない。はあ、致し方ない。私はジェーンの金色のすね毛を二、三本掴んで、思いっきりむしった。するとジェーンが飛び起きた。
「ううっ!な、何をしますか!」
「ごめん、でも大変なんだよ!私のことキルディアだと疑う男に、さっき声をかけられたんだよ!」
「はあ、それで逃げてきたのですか?」
ジェーンは不機嫌な表情で、サイドテーブルから眼鏡を手に取り、掛けてから若干私を睨んだ。
「それでは、私はキルディアです、と公言しているようなものですよ、全く。平気な顔して嘘もつけないのですか?」
「ごめん……平気な顔して嘘はつけなかった。結構怖かったんだもん。」
その時、コンコンと扉がノックされた音がした。あの男に違いない!ああ、撒いたとはいえ、ここは同じ船の上。いくらでも私の居場所を調べる方法だってあったはずだ。どうしよう、どうしよう、あの爽やかな笑顔が、今思い出すと非常に怖く感じる。
ジェーンはテーブルの上に眼鏡を置いて、サングラスを掛けながら言った。
「先程の男でしょうか?」
「た、多分……!でもジェーンが扉を開けるのは、やめたほうがいい。私が前に出る。何が起こるか分からない。」
「いえ、あなたにしては、かなり怯えた様子です、私が出ますよ。あなたは風呂場にでも隠れていてください。どうせステーキ屋で出くわすような、あなたの取り巻きの進化系でしょう。」
そう言ってくれるのなら、たまには彼に前に出てもらおう。サングラスを掛け直して、ジェーンの背後に立った。これなら相手が何か仕掛けてきても、すぐにジェーンのカバーに入れる。
ジェーンがドアを開けると、そこにはやはりチェイスを言う名の男が立っていた。チェイスは少し息を切らしているようだった。
「いやあ、歩きでもあんなに速く移動出来る人が居るなんて、本当に驚いたよ。ごめんね、そんな驚かせるつもりは無かったんだけど。」
いや、怖い。何が怖いって、チェイスは目の前のジェーンを無視して、ジェーンの背後にいる私を凝視しているのだ。正直、どんなホラー映画よりも怖い。しかし次に、ジェーンが意外な言葉を放った。
「チェイス?です、か?」
え?
「あ!やっぱりシードロヴァ博士じゃないか!何だか全然雰囲気違うから、分からなかったよ~!イメチェンしたんだね。すごいやんちゃそう。」
笑顔のチェイスは、ジェーンのコーンロウの編み込み部分を触りだした。なんだ、ジェーンの知り合いだったのか……。私はサングラスを取ってテーブルの上に置いた。ジェーンが彼を部屋の中へ入れて、サングラスと眼鏡を交換してから、私に彼を紹介してくれた。
「彼は、帝国研究所の今の所長です。ミドルネームは謎ですが、確かそれ以外は、チェイス・クーパーという名です。」
「ふふ、それだけでも覚えててくれて嬉しいなぁ。どうも、僕はチェイス・レイチェル・クーパーです。この椅子に座っていいかな?ちょっと急いで歩いたり、その辺の人に聞き込みしてたりしたら疲れちゃって。」
「どうぞ」
私が言うと、チェイスは椅子に座った。私とジェーンは並んでベッドに座った。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説


家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」
まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。
私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。
私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。
私は妹にはめられたのだ。
牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
※他のサイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です

【完結80万pt感謝】不貞をしても婚約破棄されたくない美男子たちはどうするべきなのか?
宇水涼麻
恋愛
高位貴族令息である三人の美男子たちは学園内で一人の男爵令嬢に侍っている。
そんな彼らが卒業式の前日に家に戻ると父親から衝撃的な話をされた。
婚約者から婚約を破棄され、第一後継者から降ろされるというのだ。
彼らは慌てて学園へ戻り、学生寮の食堂内で各々の婚約者を探す。
婚約者を前に彼らはどうするのだろうか?
短編になる予定です。
たくさんのご感想をいただきましてありがとうございます!
【ネタバレ】マークをつけ忘れているものがあります。
ご感想をお読みになる時にはお気をつけください。すみません。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる