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緑の宝石!ヨーホー海賊船編
103 集え!海賊戦士!
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話のリズムが同程度で、結局優しくて、彼女を受け入れてくれる人物。先ほどキルディアにも申したように、それぐらいの人間なら、私以外にもごまんといるだろう。だがここで、彼女の理想を聞けたのは上出来だった。あとは、該当する人物を、周りから排除すればいい。
私がこの世界にいる限り、彼女は誰とも、私以上に親しくなることは無いだろう。それは許せない。一方的な独占欲を、ただの友に感じることは罪だろうが、どうも私はこう言う人間らしい。それもそうだ、私は、彼女と共に過ごせないと、どう言う訳か不安になる。私の頭の中にある、このくだらないシステムに気付いたのは、最近の事だ。
そして時刻は午前十一時、あろうことか私とキルディアは、プールサイドに来ている。他にも水着姿の子ども達や、その親達で賑わっていた。
隣で立っているキルディアは、パンフレットを広げて確認しているが、ツールアームの手が皆に見えないように袖を引っ張って隠し、指先だけを覗かせている。それが少し、猫の手のようだった。
さて、我々は何故、ここに居るのか。サングラスにリゾートシャツ、そして水着の青いハーフパンツを履いている私は、今にも地獄と化すだろう、キラキラと水面が輝いているプールを見つめた。すると、彼女が話し掛けてきた。
「ジェ……リョーシャ!本当にこれに参加するの!?この……”お宝ゲットゲット!プールに沈む宝箱から、お宝をゲットしよ!集え海賊戦士!”に参加するの!?」
「……イベント名を仰らないでください。私にとって、駄目押しになります。それに私こそ、好きで参加したいのではありません!このパンフレットが罪深いのです!」
彼女からパンフレットを奪い、プール探しのページを彼女に見せた。そこにはポップコフィン店内で使用されていた、海賊船と金貨の山のイメージが印刷されている。勿論と言うべきか、その中にあのパーツも映っている。
「このイメージを乱用していることが原因で、果たして例のパーツが、どのイベントで出現するのか、見当が付かなくなりました!金貨の山の写真ですから、二日目の洞窟で出現する確率は高いでしょうが、このプールで奪い合う景品、これもまた同じデザインの宝箱を使用しています。ですから、中にパーツが入っている可能性がある。それを誰か他の人物が手に入れてしまうと、奪取するまで、また更に時間を費やします。もう参加するしかないのです……!ああ、あなたがツールアームでなければ、あなたに参加して頂きたかったのですが。」
「いや……ツールアームで無くても、色々と参加したくないけど。」
本当に、心の底から、彼女に参加して頂きたかった。キルディアが水を苦手としているのは理解している。だが、私も同様に、子どもが苦手なのだ。ああ、選択肢は、どう考えても他に無い。もう少し早く、このことに気付くことが出来ていたのなら、景品を船の倉庫から盗み、確認する事が出来ただろうに、つい、部屋の中で彼女と話している内に、時間を忘れた。
賑わいを見せるプールサイドに、探検服の女性が、メガホンを片手にやって来た。隣には景品を大量に入れた大袋を担いだ、これまた探検服姿の男が、ニコニコ笑みを浮かべて、共にやって来た。緊張だろうか、ストレスだろうか、腹が痛い。
「皆さーん!お待たせしました!これからプールで、お宝探しを開始しまーす!」
「わああああああい!」
……息を飲む、気迫だった。興奮を隠しきれない子どもがプールサイドに座り始めた。何人かは親も一緒に参加するようだ。ああ、私は目を閉じた。
「じゃあ参加するみんなは、プールサイドに座って、足だけプールに入れてね~!冷たいから、最初はゆっくりと足を入れてね!」
皆が指示に従い始めた。私も一番近くのプールサイドに座り、足を入れた。冷たかった。
「やばい、リンに報告したい。」
私の背後に立っているキルディアの声が聞こえたので振り返ると、彼女は口元を手で覆って、笑いを堪えていた。私は軽く彼女のお腹を裏拳で叩いた。「ごめんごめん、だって……ヒィ」とまた笑いが聞こえた。
船の上にしては広いプールだが、参加人数が多いので、プールサイドはすぐに人で埋まった。私の両隣の男の子が、私にピッタリとくっついて座っている。今日出会ったばかりの他人と、ここまで距離を近づける事は初めてだった。ああ、しかし他に方法はない。
「ゲフンゲフン」と、キルディアが笑いを咳でごまかしながら、私の耳元に口を近づけた。「そうだ、リョーシャ。」
「何でしょうか?」
「みんな水着だから、シャツ脱いだら?」
「はい。そろそろ、そうします。」
私は羽織っていたシャツを脱いで彼女に渡した。肌が白いせいか、目立っているだろう。大人が私に視線を与える。特に、女性から視線を集めている気配がする。だが、私が一番気にする視線は、背後からの物だ。クラースと共に鍛えるようになってから、私の身体は少し筋肉質になった。そうしておいて良かったと、何故か考えた。
「ディア、シャツのポケットからゴーグルを出してください。」
「え?ああ、ちょっと待ってね。」
先ほど売店で購入した競泳用のゴーグルを、私は顔を見られないように下を向いて、サングラスとすり替えて装着した。サングラスを彼女に渡した。
「それでは!今からこの水に宝箱を沈めるので、プールの中で拾ってくださーい!ぽーい!ぽーい!」
「きゃああああああああ!」
お子様の悲鳴が、容赦なく私の鼓膜を揺さぶった。私の思考が一瞬、停止した。直ぐに背後から質問された。
「すごい雰囲気だけど、大丈夫?」
「は、はい。やるしかありません。」
「ぽーい!ぽーい!……最後にぽーい!取れなかった友達も大丈夫!後で参加賞がありまーす!それじゃあ……ゴーゴー!ボンボヤージュ!」
ぴいいいい、とけたたましいホイッスル音が鳴り響いたと同時に、プールから水飛沫が激しく舞い上がった。私は静かに人生初のプールを上半身まで浸かり、足元を見ながら歩いた。
まるで金魚掬いの水槽のように、私の足元を黒い影が通り過ぎて行く。一つ、宝箱を発見したので、足で掴んで持ち上げようとしたが、それは水中で誰かに奪われてしまった。そう、時に子どもは残酷なのである。
覚悟を決めるしかない、私はプールの中に頭を沈めた。中々、水の中は太陽の光が反射して、綺麗なものだった。私は近くに宝箱が落ちていたのを見つけて、泳いでそちらに移動した。しかしその時だった。
何者かが、私の身体を踏んだのだ。私の口からボコボコと空気が漏れた。その時に、幼き頃、妹に仕掛けられたことのある、ブーブークッションという謎のオモチャを思い出した。
あろうことか、彼女はそれを、義両親との食事中に仕掛たのだ。無慈悲な音が漏れても、私は無反応で、ステーキを食べ続けた。義両親は、必死に笑わまいと、私の為に咳払いをした。あれ以来、妹は真面目になった。
一度息継ぎをして、私はまた潜り、その宝箱を手に入れることが出来た。顔に張り付いた髪の毛を、首の後ろにかきあげながら、私は歩いてキルディアの元へ戻った。会場は子どもたちを応援する声で溢れていた。
「取りました、中を開けてください。」
「うん!」
キルディアは箱を開けた。その時彼女の隣には、母と娘の親子が立っていた。娘の方はまだ、この深さのプールには入れないだろう年齢だった。その娘が、私の取った宝箱の中身を気にしている。キルディアが開けると、中身はただのスーパーボールが入っていた。
「……次だね。」
「次ですね、行って参ります。」
「見て!ママ!ぼおる入ってた!」
また水中に潜ろうとした時に、先程の娘の声が聞こえ、私は振り返った。
「ボールだねえ、でもお姉ちゃんたちの物だからね。」
と、母親が宥めているが、娘は不満そうな顔をしている。それを見たキルディアは、笑顔で娘にボールを渡した。一気に娘の顔が明るくなった。
「いいんですか?」
「いいんです、いいんです、また彼が取ってくるから!」
「わあい!ぼうる、ありがと!」
親子が喜んでいる。ふとキルディアが、私に屈託の無い笑顔を向けた。彼女はサングラスを付けていたが、それでも太陽よりも眩しい表情だった。つい反射してしまい、顔を背けてしまった。そうだ、時間が無いのであった。私はまた水の中に潜った。一つ宝箱を見つけ、私はそれを掴んで、直ぐに水から顔を出した。キルディアの声が聞こえた。
「おお!やるねえ、もうゲットしたの!?……あ。」
私が油断した時に、何処からともなく現れた男児が、私の手から宝箱を奪ってしまった。そう、時に子どもは残酷なのである。
「……次です。」
私はまたプールに顔を付けて、水中を探した。宝箱は後から続々追加されていくが、その箱の大きさが増している。呼吸をする為に、一度水面から顔を上げると、会場の歓声も一際大きくなっていた。
はしゃぎ回る子ども達、途中から真剣になってしまった大人達で、バシャバシャと容赦無く水が飛んでくる。ふと、何か固いものを踏んだ。私はその場でしゃがんで、その箱を掴んで立ち上がった。箱をノックして確認すると、微かに金属音がした。あのパーツに近い音だ。もしや……!私は急いでキルディアの元へ向かった。
「……はあ、はあ。これは如何でしょうか、先程の箱よりも大きさがあります。箱を叩いたところ、中々近いと思いますが……はあ。」
キルディアは箱を受け取り、中を開いた。その大きな箱の中には、何かキラキラ輝く、またスーパーボールのような物体が入っていた。キルディアがそれを取り出し、ボールを潰すように押すと、それは七色にピカピカ輝いた。
「うん、機械なのは合っていたね……」
「なるほど、次です。」
ああまたか、それにしても、もう残り少ないのか、争奪戦になっている。あれに参加出来る気力は、もう私には残っていない。無情で立ち尽くしていると、先程の娘の声が聞こえたので振り返った。
「ねえ、ママ」
「さっき貰ったでしょ?ダメよ。」
娘は先程キルディアが差し上げたボールを、キルディアに返却した。
「これあげる。」
「え?」キルディアは首を傾げた。「いいの?」
「ちょうだい。」
なるほど……。先程の贈呈を辞退する代わりに、新しいボールを所望しているようだ。キルディアも気付いたようで、笑いながら七色のボールを渡した。
「両方あげてもいいんだけど、いいよ、これもどうぞ。」
「だめ、一人一個よ。ありがとう。」
と、娘はスーパーボールをキルディアに返した。誰かと分け合うことが出来るとは、優しい心を持った娘だ。つい、私も微笑んでしまった。その娘は何かに気付き、私の近くを指差して叫んだ。
「お兄ちゃん、そこ落ちたよ!」
私は潜り、宝箱を発見した。泳いでそれを獲得すると、彼女達の元へと戻り、その宝箱を娘に渡した。娘は喜んだ。
「ありがとう!お兄ちゃん!」
「いいえ。」
自分では箱を開けられないようで、母親が手伝った。中に入っていたのは、貝殻とビーズで作られているブレスレットだった。娘はそれを、大喜びで掴んだ。母親が「こうやって使うのよ」と、娘の手首にはめた。
本来の目的は何だっただろうか。ああ、パーツだ。だが、キルディアと母親が、娘を綺麗だ、似合う、と褒めている様子は、優しい雰囲気に包まれていた。それに見惚れてしまった。
少しするとホイッスルの音が響いた。
「そこまででーす!皆さんご参加ありがとうございます!箱はこちらに戻してくださーい!」
他の人に習い、私もプールから上がる為にプールサイドへ向かった。「楽しかったね」、「取れたね」と、笑顔で親子が感想を言い合っている。伸ばされたキルディアの手を掴み、私もプールから上がると、キルディアが言った。
「無かったね。」
「そうでしたね。周りを見る限り、それらしきものを手にしている人物はおりませんでした。ここには無いという事が判明した事を、収穫だと思うべきかもしれません。」
「そうだね、明日の洞窟に賭けよう。」
「ええ。」
キルディアに渡されたタオルで、頭と体を拭いた。その時、先程の親子が私達の前に来た。娘は純粋な笑顔を私に向けた。
「ありがとう!」
そして母親が頭を下げた。
「どうもありがとうございました、頂いてしまって。娘がプールを見たいというので見るだけでも、と思っていたのですが、宝物を貰えて、とても喜んでいます。本当にありがとうございます。」
私はキルディアを見た。だが同時に、キルディアも私を見た。彼女はアゴで合図をした。私がこの礼を受けるべきなのだろうか、最初はキルディアが始めた事だったが……。戸惑いを感じながら、私も頭を下げた。
「いえ、喜んで頂けて、私も嬉しいです。」
親子はもう一度礼をしてから、我々の元から去って行った。会ったばかりの人間に、礼を言われるのは初めての出来事だった。キルディアと居ると、私の人生が刺激される。
「リョーシャもいいところあるね。」
「まあ、ボールは要りませんから。」
「でもあるよ。」と、キルディアは私に拳を差し出した。彼女が手のひらを開けると、一番最初に手に入れたスーパーボールが、ころんと存在した。
「はいどうぞ、これはジェーンのお土産ね。」
私は受け取った。
「ふむ、折角ですからお土産に頂いておきます。さて、一度部屋に戻り、着替えてからお昼を食べましょう。」
キルディアは頷いた。私はそのボールを、失くさないように水着のポケットに入れた。
私がこの世界にいる限り、彼女は誰とも、私以上に親しくなることは無いだろう。それは許せない。一方的な独占欲を、ただの友に感じることは罪だろうが、どうも私はこう言う人間らしい。それもそうだ、私は、彼女と共に過ごせないと、どう言う訳か不安になる。私の頭の中にある、このくだらないシステムに気付いたのは、最近の事だ。
そして時刻は午前十一時、あろうことか私とキルディアは、プールサイドに来ている。他にも水着姿の子ども達や、その親達で賑わっていた。
隣で立っているキルディアは、パンフレットを広げて確認しているが、ツールアームの手が皆に見えないように袖を引っ張って隠し、指先だけを覗かせている。それが少し、猫の手のようだった。
さて、我々は何故、ここに居るのか。サングラスにリゾートシャツ、そして水着の青いハーフパンツを履いている私は、今にも地獄と化すだろう、キラキラと水面が輝いているプールを見つめた。すると、彼女が話し掛けてきた。
「ジェ……リョーシャ!本当にこれに参加するの!?この……”お宝ゲットゲット!プールに沈む宝箱から、お宝をゲットしよ!集え海賊戦士!”に参加するの!?」
「……イベント名を仰らないでください。私にとって、駄目押しになります。それに私こそ、好きで参加したいのではありません!このパンフレットが罪深いのです!」
彼女からパンフレットを奪い、プール探しのページを彼女に見せた。そこにはポップコフィン店内で使用されていた、海賊船と金貨の山のイメージが印刷されている。勿論と言うべきか、その中にあのパーツも映っている。
「このイメージを乱用していることが原因で、果たして例のパーツが、どのイベントで出現するのか、見当が付かなくなりました!金貨の山の写真ですから、二日目の洞窟で出現する確率は高いでしょうが、このプールで奪い合う景品、これもまた同じデザインの宝箱を使用しています。ですから、中にパーツが入っている可能性がある。それを誰か他の人物が手に入れてしまうと、奪取するまで、また更に時間を費やします。もう参加するしかないのです……!ああ、あなたがツールアームでなければ、あなたに参加して頂きたかったのですが。」
「いや……ツールアームで無くても、色々と参加したくないけど。」
本当に、心の底から、彼女に参加して頂きたかった。キルディアが水を苦手としているのは理解している。だが、私も同様に、子どもが苦手なのだ。ああ、選択肢は、どう考えても他に無い。もう少し早く、このことに気付くことが出来ていたのなら、景品を船の倉庫から盗み、確認する事が出来ただろうに、つい、部屋の中で彼女と話している内に、時間を忘れた。
賑わいを見せるプールサイドに、探検服の女性が、メガホンを片手にやって来た。隣には景品を大量に入れた大袋を担いだ、これまた探検服姿の男が、ニコニコ笑みを浮かべて、共にやって来た。緊張だろうか、ストレスだろうか、腹が痛い。
「皆さーん!お待たせしました!これからプールで、お宝探しを開始しまーす!」
「わああああああい!」
……息を飲む、気迫だった。興奮を隠しきれない子どもがプールサイドに座り始めた。何人かは親も一緒に参加するようだ。ああ、私は目を閉じた。
「じゃあ参加するみんなは、プールサイドに座って、足だけプールに入れてね~!冷たいから、最初はゆっくりと足を入れてね!」
皆が指示に従い始めた。私も一番近くのプールサイドに座り、足を入れた。冷たかった。
「やばい、リンに報告したい。」
私の背後に立っているキルディアの声が聞こえたので振り返ると、彼女は口元を手で覆って、笑いを堪えていた。私は軽く彼女のお腹を裏拳で叩いた。「ごめんごめん、だって……ヒィ」とまた笑いが聞こえた。
船の上にしては広いプールだが、参加人数が多いので、プールサイドはすぐに人で埋まった。私の両隣の男の子が、私にピッタリとくっついて座っている。今日出会ったばかりの他人と、ここまで距離を近づける事は初めてだった。ああ、しかし他に方法はない。
「ゲフンゲフン」と、キルディアが笑いを咳でごまかしながら、私の耳元に口を近づけた。「そうだ、リョーシャ。」
「何でしょうか?」
「みんな水着だから、シャツ脱いだら?」
「はい。そろそろ、そうします。」
私は羽織っていたシャツを脱いで彼女に渡した。肌が白いせいか、目立っているだろう。大人が私に視線を与える。特に、女性から視線を集めている気配がする。だが、私が一番気にする視線は、背後からの物だ。クラースと共に鍛えるようになってから、私の身体は少し筋肉質になった。そうしておいて良かったと、何故か考えた。
「ディア、シャツのポケットからゴーグルを出してください。」
「え?ああ、ちょっと待ってね。」
先ほど売店で購入した競泳用のゴーグルを、私は顔を見られないように下を向いて、サングラスとすり替えて装着した。サングラスを彼女に渡した。
「それでは!今からこの水に宝箱を沈めるので、プールの中で拾ってくださーい!ぽーい!ぽーい!」
「きゃああああああああ!」
お子様の悲鳴が、容赦なく私の鼓膜を揺さぶった。私の思考が一瞬、停止した。直ぐに背後から質問された。
「すごい雰囲気だけど、大丈夫?」
「は、はい。やるしかありません。」
「ぽーい!ぽーい!……最後にぽーい!取れなかった友達も大丈夫!後で参加賞がありまーす!それじゃあ……ゴーゴー!ボンボヤージュ!」
ぴいいいい、とけたたましいホイッスル音が鳴り響いたと同時に、プールから水飛沫が激しく舞い上がった。私は静かに人生初のプールを上半身まで浸かり、足元を見ながら歩いた。
まるで金魚掬いの水槽のように、私の足元を黒い影が通り過ぎて行く。一つ、宝箱を発見したので、足で掴んで持ち上げようとしたが、それは水中で誰かに奪われてしまった。そう、時に子どもは残酷なのである。
覚悟を決めるしかない、私はプールの中に頭を沈めた。中々、水の中は太陽の光が反射して、綺麗なものだった。私は近くに宝箱が落ちていたのを見つけて、泳いでそちらに移動した。しかしその時だった。
何者かが、私の身体を踏んだのだ。私の口からボコボコと空気が漏れた。その時に、幼き頃、妹に仕掛けられたことのある、ブーブークッションという謎のオモチャを思い出した。
あろうことか、彼女はそれを、義両親との食事中に仕掛たのだ。無慈悲な音が漏れても、私は無反応で、ステーキを食べ続けた。義両親は、必死に笑わまいと、私の為に咳払いをした。あれ以来、妹は真面目になった。
一度息継ぎをして、私はまた潜り、その宝箱を手に入れることが出来た。顔に張り付いた髪の毛を、首の後ろにかきあげながら、私は歩いてキルディアの元へ戻った。会場は子どもたちを応援する声で溢れていた。
「取りました、中を開けてください。」
「うん!」
キルディアは箱を開けた。その時彼女の隣には、母と娘の親子が立っていた。娘の方はまだ、この深さのプールには入れないだろう年齢だった。その娘が、私の取った宝箱の中身を気にしている。キルディアが開けると、中身はただのスーパーボールが入っていた。
「……次だね。」
「次ですね、行って参ります。」
「見て!ママ!ぼおる入ってた!」
また水中に潜ろうとした時に、先程の娘の声が聞こえ、私は振り返った。
「ボールだねえ、でもお姉ちゃんたちの物だからね。」
と、母親が宥めているが、娘は不満そうな顔をしている。それを見たキルディアは、笑顔で娘にボールを渡した。一気に娘の顔が明るくなった。
「いいんですか?」
「いいんです、いいんです、また彼が取ってくるから!」
「わあい!ぼうる、ありがと!」
親子が喜んでいる。ふとキルディアが、私に屈託の無い笑顔を向けた。彼女はサングラスを付けていたが、それでも太陽よりも眩しい表情だった。つい反射してしまい、顔を背けてしまった。そうだ、時間が無いのであった。私はまた水の中に潜った。一つ宝箱を見つけ、私はそれを掴んで、直ぐに水から顔を出した。キルディアの声が聞こえた。
「おお!やるねえ、もうゲットしたの!?……あ。」
私が油断した時に、何処からともなく現れた男児が、私の手から宝箱を奪ってしまった。そう、時に子どもは残酷なのである。
「……次です。」
私はまたプールに顔を付けて、水中を探した。宝箱は後から続々追加されていくが、その箱の大きさが増している。呼吸をする為に、一度水面から顔を上げると、会場の歓声も一際大きくなっていた。
はしゃぎ回る子ども達、途中から真剣になってしまった大人達で、バシャバシャと容赦無く水が飛んでくる。ふと、何か固いものを踏んだ。私はその場でしゃがんで、その箱を掴んで立ち上がった。箱をノックして確認すると、微かに金属音がした。あのパーツに近い音だ。もしや……!私は急いでキルディアの元へ向かった。
「……はあ、はあ。これは如何でしょうか、先程の箱よりも大きさがあります。箱を叩いたところ、中々近いと思いますが……はあ。」
キルディアは箱を受け取り、中を開いた。その大きな箱の中には、何かキラキラ輝く、またスーパーボールのような物体が入っていた。キルディアがそれを取り出し、ボールを潰すように押すと、それは七色にピカピカ輝いた。
「うん、機械なのは合っていたね……」
「なるほど、次です。」
ああまたか、それにしても、もう残り少ないのか、争奪戦になっている。あれに参加出来る気力は、もう私には残っていない。無情で立ち尽くしていると、先程の娘の声が聞こえたので振り返った。
「ねえ、ママ」
「さっき貰ったでしょ?ダメよ。」
娘は先程キルディアが差し上げたボールを、キルディアに返却した。
「これあげる。」
「え?」キルディアは首を傾げた。「いいの?」
「ちょうだい。」
なるほど……。先程の贈呈を辞退する代わりに、新しいボールを所望しているようだ。キルディアも気付いたようで、笑いながら七色のボールを渡した。
「両方あげてもいいんだけど、いいよ、これもどうぞ。」
「だめ、一人一個よ。ありがとう。」
と、娘はスーパーボールをキルディアに返した。誰かと分け合うことが出来るとは、優しい心を持った娘だ。つい、私も微笑んでしまった。その娘は何かに気付き、私の近くを指差して叫んだ。
「お兄ちゃん、そこ落ちたよ!」
私は潜り、宝箱を発見した。泳いでそれを獲得すると、彼女達の元へと戻り、その宝箱を娘に渡した。娘は喜んだ。
「ありがとう!お兄ちゃん!」
「いいえ。」
自分では箱を開けられないようで、母親が手伝った。中に入っていたのは、貝殻とビーズで作られているブレスレットだった。娘はそれを、大喜びで掴んだ。母親が「こうやって使うのよ」と、娘の手首にはめた。
本来の目的は何だっただろうか。ああ、パーツだ。だが、キルディアと母親が、娘を綺麗だ、似合う、と褒めている様子は、優しい雰囲気に包まれていた。それに見惚れてしまった。
少しするとホイッスルの音が響いた。
「そこまででーす!皆さんご参加ありがとうございます!箱はこちらに戻してくださーい!」
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「無かったね。」
「そうでしたね。周りを見る限り、それらしきものを手にしている人物はおりませんでした。ここには無いという事が判明した事を、収穫だと思うべきかもしれません。」
「そうだね、明日の洞窟に賭けよう。」
「ええ。」
キルディアに渡されたタオルで、頭と体を拭いた。その時、先程の親子が私達の前に来た。娘は純粋な笑顔を私に向けた。
「ありがとう!」
そして母親が頭を下げた。
「どうもありがとうございました、頂いてしまって。娘がプールを見たいというので見るだけでも、と思っていたのですが、宝物を貰えて、とても喜んでいます。本当にありがとうございます。」
私はキルディアを見た。だが同時に、キルディアも私を見た。彼女はアゴで合図をした。私がこの礼を受けるべきなのだろうか、最初はキルディアが始めた事だったが……。戸惑いを感じながら、私も頭を下げた。
「いえ、喜んで頂けて、私も嬉しいです。」
親子はもう一度礼をしてから、我々の元から去って行った。会ったばかりの人間に、礼を言われるのは初めての出来事だった。キルディアと居ると、私の人生が刺激される。
「リョーシャもいいところあるね。」
「まあ、ボールは要りませんから。」
「でもあるよ。」と、キルディアは私に拳を差し出した。彼女が手のひらを開けると、一番最初に手に入れたスーパーボールが、ころんと存在した。
「はいどうぞ、これはジェーンのお土産ね。」
私は受け取った。
「ふむ、折角ですからお土産に頂いておきます。さて、一度部屋に戻り、着替えてからお昼を食べましょう。」
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