上 下
89 / 253
恐怖を乗り越えろ!激流編

89 ヴィノクールの為

しおりを挟む
「あれは、一体?」

 と、ジェーンも目を凝らしている。きっと彼らはあの集団に違いない。私は笑顔で手を振った。

「おーい!」

 私の大声が響いた。するとブレイブホースが近づいて来た時に、その先頭の人物が、こちらに手を振っているのが見えた。リンがどこから持ってきたのか、オモチャにも見える、黄色いプラスチックの双眼鏡を覗きながら私に聞いた。

「誰?何?彼らは味方?」

「うん、味方だけど。ねえ、その可愛い双眼鏡は、どうしたの?」

「これ?売店で昨日買ったの。バードウォッチング用なんだって。でも百カペラで買えたんだよ?安いでしょ?ほら、相手陣地を覗き見るのに必要かと思って。だって覗けたら、相手の作戦だって分かるでしょ?キリー持ってないの?士官学校卒なのに?」

 そんな百均で売ってるような双眼鏡を使って、簡単に相手の陣を覗けて、作戦が分かりゃ苦労はしないのだ……しかも私をディスってきた……。

 私のことをじっと見つめてくる、リンの肩をちょっとどついて、私は近づいて来る彼らを、また見つめた。すると、ブレイブホース先頭の男が叫んだ。

「意外と遠いな~!おい!恥ずかしいから、こっちずっと見てんな!」

 我々から笑いが起きた。彼らはそれから数分後に、こちらに到着した。彼らは黒色のベースカラーに、パインとロコベイの花の総柄ライダースーツを着用している。

 ブレイブホースから先頭を走っていた男が降りると、私に近づきながらフルフェイスメットを取った。サウザンドリーフの自警団のリーダーを務めているゲイルだった。額に汗が光っている。

「はぁ~ユークアイランドからここまで、遠かったぜ……。」

 私は笑顔でゲイルと握手をした。ジェーンとも握手をして、ジェーンがゲイルに話しかけた。

「あなたは確か、サウザンドリーフの自警団のリーダーでしたか『そう!そして今、彼らはSTLYとして、生まれ変わったのです!』

 私の付けっ放しのウォッフォンから、ミラー夫人のでかい声が響いた。リンが私の画面を覗いて、夫人に聞いた。

「エストリーってなんですか?」

『Snipers of Thousand Leaves tree and Yug islandの略よ!サウザンドリーフの自警団と、我がユークアイランドの射撃隊が合体した、スナイパー集団の新しい名称よ!どう、興奮するでしょう!?』

 画面のミラー夫人が、紅い唇をウインナーの様に曲げて、ドヤ顔していた。防具のこと以上に、この援軍が貰えるが為に、私はこの変な要らない中継を断ることが出来なかったのだ……。ジェーンが私を呆れた目で見た。

「なるほど、理解しました。しかし納得いかないのはあなたです、キルディア。何故、援軍が来るという大事なことを、勿体ぶって私に話さなかったのですか?その訳を聞かせて頂きたい。」

「……ミラー夫人が、エストリーが現地に到着するまで、皆には黙っててって言うんだもん。それも条件だと言われたから。」

 そうなのだ。私だって言いたいと思っていた。作戦会議をする度に、この援軍もありますよって話したかった。リンはそんな私を見て、ニヤリと変な笑顔を浮かべていた。きっとまた変な想像でもしてるんだろうなと思った。

 だが夫人には、絶対に言わないでくれ。もし約束を破って言ったとしたら、援軍を取り下げるとまで言われたのだ……黙ってるしかなった。

 ジェーンは自分のウォッフォンをオンにして、苛々した様子で、その画面に向かって言った。

「全く、これでまた、作戦を変えなければならない。幾らユークの市長であれど、次回からは私にも全てを報告する様にしてください。」

『はあい!ごめんなさぁい!ジェーンちゃんにもっと怒られたぁい!』

 ジェーンはウォッフォンをすぐに切った。それを見ていた私達は笑ってしまった。一人のエストリーの隊員が近付いて来て、私の前でフルフェイスヘルメットを取った。それはアーネルさんの恋人の、ミゲルだった。

「ミゲル!」

 彼は笑顔で応えた。

「キルディアさん!僕も力になれればと思って、一緒に来ました!村長も、アーネルも宜しくと。」

 私はミゲルの手と、両手を使って握手をした。ミゲルが私の片手がひんやりと冷たいのに気付いたのか、視線を落とした。

「これはツールアームですね……。話はアーネルから聞いています。大変でしたね。」

「ふふ」私は微笑んで応えた。「でもこのツールアームも気に入っています。ジェーンが改造してくれたお陰で、重たいものも持てる様になったし、より器用に動いてくれる様になった。これは私の体の一部、宝物です!」

 ミゲルは笑顔になってくれた。それから彼は、私の隣の方を見ると、更に笑ったのだ。何があったのか、私も横を見たが、ジェーンが手のひらでさっと顔を隠してしまった。もしかして照れてたのかな?移動して、彼の表情を覗こうとしたが、彼は私に背を向けてしまい、見れなかった。そして、流すように言った。

「……それにしても、これで我が方は、エストリーが加わったことにより、戦力差は縮まりました。これは大きいです。」

「う、うおおおぉぉ。」

 ジェーンの報告を聞いて我慢出来なかったのか、フルフェイスのメットを外して、声を上げながら涙を流し始めたのは、ジェームスさんだった。隣でスーツ姿のエミリーさんが背中をさすっている。どうしたんだろう、心配していると、なんと他のヴィノクールの人達もメットを外して涙を流していた。

 ジェームスさんが震える声を出した。

「うう……っ……僕は、嬉しいんです……こんなにたくさんの人達が、たくさんの場所から、僕たちのために集まってくれた。」

 ジェームスさんが私に手を差し出した。私は彼と握手をした。その時に視界の端に、もらい泣きをしたのか、近くのグレン研究員を無理矢理抱きしめているスコピオ博士が見えたが、見なかった事にした。そして涙を流して肩を震わせるジェームスさんに、タールが近付いて来て、彼の背中をポンと叩いた。

「何ってんだよ、ヴィノの魚介類がもう一生食べられないなんて、更にそれを帝都が独占するなんてよぉ、そんな身勝手なことは許さねえ!お前らだって毎日頑張って魚の世話してんだ、それを突然他人に奪われてたまるか!」

 そうだそうだ!と、タマラの皆が声を合わせ始めた。タールは続けた。

「それにあの中には、お前らの家族が居るんだ。こんな形で生き別れなんて、あっちゃならねえよ!困った時はお互い様だ、ヴィノクールの皆は俺たちを火山で助けてくれたんだ!俺たちだって、ヴィノのことを全力で助けるぜ!」

「おおおおおおおお!」

 男女の熱い叫び声が響いた。タールの言葉に、タマラの村人だけでなく、シロープやエストリーの皆も、拳を天に突き上げている。タールは私を見た。

「よっし行くしかねえ!じゃあ御頭、俺たちに指示をくれよ!」

「じゃあ」

 と、私が声を発した次の瞬間に、近くで立っているジェーンが真顔でスッと挙手をしたのが目に入った。私はジェーンを指差した。

「はい、ジェーン。」

「エストリーのことも考慮し、より安全で確実性のある策を練り直しますので、十五分頂きたい。」

 皆は私たちを静観している。

「それは、確実なんだよね?」

「はい、それに安全です。」

 まあ、皆が無事に帰れる事に越したことは無い。ジェーンがそう言うのなら、

「わかりました。お願いします。」

「はい、承知致しました。」

「……じゃあ休憩~!」

 私が叫ぶと、皆は笑い声と共に、研究所と事務所に群がって行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」

まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。 私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。  私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。 私は妹にはめられたのだ。 牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。 「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」 そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ ※他のサイトにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

負けヒロインは助けたい! ~勝ちヒロインの王女が婚約破棄の危機!? 私が『魔導具』を駆使して救ってみせます!~

暁 明音
ファンタジー
 隣国の革命に大きく関与した、立憲君主制の国があった。  そのままの姿で突然、転生した十八歳のエリカは、王家に伝わる宝物『魔導具』を操ることができる、国内では特別な人間だった。  そのため、王女の侍女(じじょ)として働くことが許されている。  前世では碌(ろく)なことが無かったため、侍女の立場で悠々自適に暮らしていた。  ところが転生して二年後、始めての失恋を経験して、侍女を辞めることにした。  旅立つ直前、王女と再会すると、彼女がなぜか婚約破棄の危機に瀕(ひん)している。  少なからず恩義を感じていたエリカは、旅を延期し、彼女を助ける決意をした。  実は、婚約者には以前から秘密があった。  それを知っていたエリカは、秘密を暴き立てようと動き出す。  苦い初恋のあと、秘密をめぐる娯楽サスペンスアクション劇が始まる。

【完結】一番腹黒いのはだあれ?

やまぐちこはる
恋愛
■□■ 貧しいコイント子爵家のソンドールは、貴族学院には進学せず、騎士学校に通って若くして正騎士となった有望株である。 三歳でコイント家に養子に来たソンドールの生家はパートルム公爵家。 しかし、関わりを持たずに生きてきたため、自分が公爵家生まれだったことなどすっかり忘れていた。 ある日、実の父がソンドールに会いに来て、自分の出自を改めて知り、勝手なことを言う実父に憤りながらも、生家の騒動に巻き込まれていく。

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

処理中です...