上 下
85 / 253
恐怖を乗り越えろ!激流編

85 二人の作戦名

しおりを挟む
 しかも、眼鏡の奥の彼の目が、パチパチと忙しなく瞬きを繰り返していた。稀に流れる、この辺な空気、正体が全く掴めない。

「な、なんか、変な空気になっちゃったね。なんていうか、たまに我々って、こうなるよね。これが親友ってことなのかな、私は経験が薄いから分からなくて。ごめん。」

「いえ、」ごくりと彼の喉がなった。「私の方こそ、黙ってしまい申し訳ない。確かに、我々の間には、しばしばこの珍妙な雰囲気が発生しますね。私も、ここまで人と親しくなったのは初めてなので、よく、原因が掴めません。後ほど調べておきます。」

「うん、うん……。」

 どうしよう、何を話そうか、頭に何も思いつかない。チラチラと彼と目があうが、その度に彼が逸らす。そうされると逆に、ちょっと困る。落ち着かない。あれを話そうか、それともこれ?色々考えて、何度か言葉を飲み込んでいると、彼がポツリと発言した。

「そ、それで、あなたは何をしていたのでしょうか?」

 私の顔は一気に青ざめた。ちょっと内緒にしてた方がいい気がする。でも黙っていても、後で何故黙っていたと怒られるだろう。どうしよう、どうしよう。

「い、いや別に。はは……」

 見れば、ジェーンの表情は、いつもの無彩色の顔に戻っていた。スコピオ博士だったら口笛でも拭いて、誤魔化すのかな。私も真似をして吹こうとするが、シューシューと息が漏れるだけだった。

「何でしょう、その奇妙な吐息は。何か隠していますね。いいのですよ?リンと部屋を交換しても。ああ、その方が女性同士、くつろげますか。」

 私は首を全力で振った。

「いや、いやいやいや、それは何卒ご勘弁を。言いますよ、実は……はは、はは。あの、」

 やばい。何も思いつかない。そうだ、インパクトのある発言をすればそっちに話題をそらせるはず。その時に何故か、脳裏にリンのニヤリとした顔を思いついた私は、咄嗟にこう言った。

「今度ね、私、合コンに行く。」

「……参加して、どうなさるおつもりですか?」

 どうなさるって、一つしか、なさることないじゃないの。

「恋人を見つける……為に行く。ほら!……」

 やばい。こんなことになるのなら、リンのように日頃から恋愛バラエティでも見ておけばよかった。合コンっていうシステムは理解しているけど、どのように男女がくっつくのかまでは、全然知らない。まずった。ジェーンは「ふむ」と鼻で言いながら眼鏡を取り、ポケットからハンカチを取り出して、レンズを拭きながら言った。

「却下です。」

「え?」

 ジェーンが眼鏡をかけ、私をじっと見た。

「合コンに参加することを禁じます。怪我が癒えたとしても、この情勢です。これからは見知らぬ人を帝国の差し金だと思って、警戒して過ごした方が賢明かと。」

「じゃあ、タマラやシロープの人。そしたら仲間でしょ?」

「却下です。IDをいちいち見て確認するのですか?あなたのことです、怠るでしょう。」

「じゃあ、研究所の誰か……。」

「職場恋愛ですか。楽しそうな仕事ですね。」

 何その皮肉めいた発言は……。もちろん研究所の誰かと合コンするなんて、嘘に決まってるけど。

 しかしもう、十分に話をそらすことが出来ただろう。私は布団を頭まで被って、仰向けで寝た。すると、ぎしっとベッドが音を立てて揺れ、急にずっしりと脹脛ふくらはぎに重しが乗っかった。布団をめくってみると、あろうことか、ジェーンが私のふくらはぎを枕にして、寝そべっていたのだった。

「ねえ、何してんの……?」

「我々は親友です。これくらい、誰もがしていることです。ねえ、キルディア。」

「は、はい?」

 ねえ、とは彼らしくない発言だった。あと、ふくらはぎに乗っている彼の頭が意外と重い。その脳みそには、たっぷり色々なものが詰まっているんだから当然か、と謎理論で納得することにした。彼は聞いた。

「先程の話です。私は、クラースやリンと訓練をしました。あなたは何をしていましたか?それを私には話せませんか?どうして、合コンに行くなどという突発的な嘘をついてまで、隠そうとしますか。」

「ふう、嘘ついてごめんなさいね。別に言えるんですよ。言えるけど、なんて言ったらいいか。あ、そうだ。さっきね!スコピオ博士が来た。」

「……なるほど。」彼の声のトーンが下がった。「スコピオ博士から、ヴィノクールの現状を聞いてしまいましたね?」

「はい。」

「それで、あなたは何と答えたのです?」

「スコピオ博士だけじゃなくて、私のお見舞いにアマンダとそのご両親も一緒に来てくれたの。それで、アマンダやジェームスさんがとっても辛そうにしていて、ヴィノクールの現状を聞いて、ジェームスさんが住人たちを心配に思っていることも聞いて、それで……私は、ヴィノクールを取り戻す、決意をした。」

「はぁぁ……!」

 と、ジェーンが大きなため息をつきながら体を起こし、眼鏡を取って、眉間を指で押さえ始めた。そんなに大袈裟に反応することだろうか。

「なるほど、それで?」

「で!そしたらジェームスさんも、やる気になってくれたので、具体的に作戦を練ることにしたの。水中都市の詳細が書いてある地図もくれて、あとは援軍を呼ぼうと連絡もした!それから」

「キルディア。」

 ジェーンが真顔でこっちを見た。私は今までの勢いを失くしてしまった。

「……な、何?」

「私なしで、作戦を立てますか?」

「いや、そりゃ」私は慌てて上半身を起こした。「後でジェーンにも相談しようって思っていたよ、勿論。」

 ジェーンは眼鏡をかけた。

「いえ、そうではありません。そういう具体的な話をするなら、私がどこに居たとしても、何をしていたとしても、私を呼んでください。」

「ご、ごめんなさい……。」

「いえ。本来なら、あなたは安静にしているべきです。かなりの重傷なのですから。しかしヴィノクールの現状を知ってしまったのですから、あなたは居ても立っても居られないでしょう。非常に悩ましい状況ですが、私がここでいくらあなたを止めたところで、あなたは勝手にいくらでも突き進むでしょうね。それくらいは予測済みではあります。して、援軍はもう手配をしたとのことですが?」

 ジェーンが聞いてきたので、私は頷いた。

「うん、ある程度は。タマラの皆さんが、また協力してくれるってタールが言ってた。」

「そうですか、それは良かった。キルディア、約束をしましょう。」

 と、ジェーンが急に立ち上がった。何をするのかと思っていると、彼は私のそばに来て、私の脇腹をぐいっと軽く押したのだ。私は押されるままに、身体をちょっとずらしてから、ベッドフレームにもたれ掛かると、私の隣に座ってきたジェーンも、私と同様にもたれ掛かった。少し彼の重さで、ぎっとフレームが軋んだ。

 しかし何だろう、この距離感。めちゃくちゃ近い。私の体の右側が、彼とほぼ完全に密着している。そしてこの状態で、彼は私のお腹に置かれていた左手を軽く握ってきたのだ。いくら友とはいえ、ベッドでこのように至近距離で座り、何をしているのだろう?

「ち、近くない?それに約束って?」

「近いですね。たまには、こうしてもいいかと思いました。それに今から大切な話をします。」

「は、はい。」

「キルディア、あなたは無鉄砲です。」

 ここで、このタイミングでディスる?全く彼の考えが読めない。

「え?そうかなぁ……確かにそうかもしれないけど。」

「はい、それが長所だと、私は思います。ですから、何かをしようと決めた際は、私に必ず相談してください。必ずです。それが戦いに関するものでも、それ以外の研究所の業務に関することでも。我々は友であり、職務上では上司と部下であり、非常事態においては、君主と軍師であります。」

 彼の言葉に私は頷いた。

「はい、わかりました。」

「つまり、あなたの熱意に、私があなたを導きます。」

「は、はい。」

「この約束、いえ、作戦には名前があれば、頭の中で反芻しやすいでしょう。このことを理解しやすく一文で表すとしたら……そうですね、言語は変わりますが、Loading”Operate Zeal”です。」

「私が決める、そして」

「私が導きます。」

 その作戦名を、頭の中で何回も繰り返した。不思議なことに、明瞭な作戦名があると、やる気が湧いた。私はすぐにその作戦名を気に入った。隣にピッタリとくっついて座るジェーンを見ると、彼と目が合った。私は頷いて、微笑んだ。

「それが約束ってこと?」

「はい、作戦名でもあり、約束でもあります。ですから今度からは、いつ如何なる場合も、私のことをお呼びください。」

「ふふ、分かりました。じゃあ今度からはジェーンに相談しながら物事を進めるね。じゃあさ、早速なんだけど、この地図を見て欲しい。ここなんだけど……」

 私はウォッフォンで、ジェームスさんから頂いた水中都市内部の地図をジェーンに見せた。ジェーンは地図を見ながら、自分のウォッフォンでメモを出し、すぐに案をいくつか書き出した。その後もずっと二人でくっついて座りながら、どのように侵攻すべきか考え続けたが……殆どジェーンの案になった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私のことを愛していなかった貴方へ

矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。 でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。 でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。 だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。 夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。 *設定はゆるいです。

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」 ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。 きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。 いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。

【完結】で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?

Debby
恋愛
キャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とクラレット・メイズ伯爵令嬢は困惑していた。 最近何故か良く目にする平民の生徒──エボニーがいる。 とても可愛らしい女子生徒であるが視界の隅をウロウロしていたりジッと見られたりするため嫌でも目に入る。立場的に視線を集めることも多いため、わざわざ声をかけることでも無いと放置していた。 クラレットから自分に任せて欲しいと言われたことも理由のひとつだ。 しかし一度だけ声をかけたことを皮切りに身に覚えの無い噂が学園内を駆け巡る。 次期フロスティ公爵夫人として日頃から所作にも気を付けているキャナリィはそのような噂を信じられてしまうなんてと反省するが、それはキャナリィが婚約者であるフロスティ公爵令息のジェードと仲の良いエボニーに嫉妬しての所業だと言われ── 「私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 そう問うたキャナリィは 「それはこちらの台詞だ。どうしてエボニーを執拗に苛めるのだ」 逆にジェードに問い返されたのだった。 ★★★ 覗いて頂きありがとうございます 全11話、10時、19時更新で完結まで投稿済みです

残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください

mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。 「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」 大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です! 男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。 どこに、捻じ込めると言うのですか! ※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

クレアは婚約者が恋に落ちる瞬間を見た

ましろ
恋愛
──あ。 本当に恋とは一瞬で落ちるものなのですね。 その日、私は見てしまいました。 婚約者が私以外の女性に恋をする瞬間を見てしまったのです。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

処理中です...