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まるでエンジェル火山測定装置編

76 灼熱の中の信頼

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 時が止まったような感じがした。それ程に、皆がジェーンの言葉を聞いて、静寂していた。ああ、ついに彼が話してしまった。なんてウソついてるの!と流すべきだろうか。

 でも彼の言ったその通路が本当に存在するのなら、彼が昔から来てしまったことを、擁護するべきだろうか。どうすれば皆が彼を責めない。どうすれば皆が信じてくれるだろう。どうすれば彼は、罪人だと思われなくなる?ああ、混乱する。

 でも此処から脱出する方法が必要だ。私はジェーンを信じてる。呆然とする皆に、まずは彼の言ったことを信じてもらわなくては、と私が声を発しようとした、その時だった。

「面白い!」タールの声が響いた。「此処まで来たんだ!俺はこのジェーンっていう男を信じて、此処の壁を爆破するぜ!」

「えええええ!?」

 思わず叫んでしまった。だって、だってだって!?

 一人、意気込んだタールが、ジェーンが指を差していた壁をトントン拳で叩きながら、岩の具合を確認している。その様子に続いて、タマラ採掘隊の皆が、壁を爆破する準備をし、更にはヴィノクールの民も彼らの手伝いをし始めたのだ。私が呆然と彼らを見ていると、隣に来たスコピオ博士が私に聞いた。

「しかしまあ、何であんな冗談を、ジェーンさんは言ったんだろう。旧採掘道があるってこと、マイクロバルブの設計図の時みたいにさ、帝国大学院にある極秘の資料で見たんじゃないのか?皆に信じて欲しいからって、あんなこと言うのか?」

 その手があったか。博士め、いい言い訳を考えてくれたものだ。私がしめしめとジェーンを見ると目が合ったが、彼は私とは違って、真顔で、真実を話す覚悟が出来ているように見えた。

「キルディア、本当のことを。その方が、彼らも私を信じてくれるでしょう。」

 私は頷いた。ジェーンはきっともう、本当の自分で居たいのだ。彼が望む通りにすることにした。

「じ、実は本当なのです。私も最初聞いた時は、信じられなかったんですけど……。」

 私がスコピオ博士に話し始めると、周囲の人達が取り囲んで、私の話を聞いてくれた。リンは時折、神妙な顔をしながらウォッフォンでメモを取っていた。

 ジェーンが何故ここに来たのか、ソーライ研究所にどうして来たのか、今までの出来事を話していくうちに、最初はへらへらと笑いながら聞いていたスコピオ博士の表情が、みるみると真剣なものに変わり、今となってはリンと同様に、ウォッフォンでメモを取っている。

「……ってことで、一緒に帰る方法を探している訳です!でもジェーンは決して嘘をついていません!皆に内緒にしていたのは、ほら時空間歪曲機の作成も、使用も、この世界では重罪だからです!でもそれは彼が事故にあって、あの時代に帰って来ていないから、その時代から時空を飛び越えることを罪としたのです!リン達には言うべきだったかもしれないけど、私とジェーンは内密に、この世界に散らばったパーツを集めていたの。」

 何故か、リンから熱いハグを受けた。こんな暑苦しい場所で何をすると、もがいていると、彼女が私に聞いた。

「そっか、それで隠していたんだね、それは仕方ないよ!ひとつ聞いていい?と言うことはさ、ジェーンの奥さんって、過去の時代に居るってこと?だからキリーと一緒に暮らしても大丈夫なの?」

「一緒に暮らしているのは、それでも大丈夫じゃないかもだけど……確かにジェーンの奥さんは過去の世界に居るよ?だから何「うおおおっし!ワンチャンいける!これならワンチャンだ!」

 リンが謎のガッツポーズを繰り返した後に、ウォッフォンで早速ポータルを更新し始めた……もうやだ。しかも何に対してワンチャンなのか、彼女の興奮している様子が恐怖すぎて、何も聞けなかった。そして子どものような、無邪気な笑顔になっているスコピオ博士が、ジェーンに駆け寄って聞いた。

「じゃ、じゃあさ!火山測定装置の詳細を知っていたのは、ジェーンさんが、その時代の人間だからなのか?」

 彼は真顔で答えた。

「あ、そうです。まあそうですし、あれを作成したのは私です。」

 その瞬間、スコピオ博士は天地を揺さぶるような、とんでもなく、でかい叫び声をあげた。

「うおおおおおおおおおおおオオォォえ!?あ!?え!?あ??え?誰ですって?誰でしたっけ?衝撃が強すぎて記憶が無くなった……はは。え?誰が発明したって?」

「私です。」

 スコピオ博士はジェーンに、まるで生き別れの家族に数十年ぶりに会えたかのような熱い抱擁を与えた。何だろう、あれ。しかも他のグレン研究員は彼らを見つめて拍手喝采をしている。更に、研究員の中には涙を流す者もいた。本当に何だろう、あの光景は。

「ちょっとジェーンさん!帰ったら聴きたいことが山ほどあるんだが……いや、あるんです!いいですか?お願い、いいって返事してください!何卒ね?何卒!」

 ジェーンは困った笑顔で応えた。

「構いませんよ、それに今まで通りの話し方で結構です。」

「因みに元の世界に帰るまでの間さ、はは、グレン研究所でしたら、お給料弾みます。」
「しつこいです。」
「ごめんなさい、ごめんなさい!ちょっとじゃあこれだけ聞きたい!マイクロバルブの発明は、どうやって着想を得たのか、それだけ……。」

 スコピオ博士を始めとしたグレン研究所の職員たちが、ジェーンを取り囲んで色々と質問をぶつけ始めた。さっきのちょっとした勧誘は一体何だったんだろうか。しかもジェーンの発言からすると、博士は私のいないところで何度も勧誘をしていたようだ。もうやだ。

 私は彼らのことは置いておいて、爆弾を設置完了したと思われる、タールの方へと駆け寄った。壁には粘着型の爆弾が、びっしりつけられている。

「もう出来たぜ!これでイチコロよ!」

「おお!さすがタマラ採掘隊の皆さんです!でも、タールはどうして、ジェーンのことを信じてくれたの?」

 私の質問を受けて、何故かタールが肩を組んできた。私も一応彼のやり方に従って、タールの分厚い肩に手を回した。何だろうこの流れ。タールはニヤッとして話し始めた。

「あのな嬢ちゃん……男はロマンが大好物なんだよ。過去から来ただって?面白いじゃねえか!しかもこの世界では重罪だってのに、危ない目にあうかもしれないってのによ、俺たちを助けるために旧採掘道があるって教えてくれたんだ!いいやつじゃねえか!なあ、お前ら!」

「おう!」と、何十人もの採掘隊の人間が一斉に応えた。彼らの人を信じる力に、私は笑顔になった。

「よし!じゃあ爆破させるぜ!せーのっ!」

 タールさんの掛け声に合わせて、採掘隊の作業員たちが爆弾の遠隔操作を行なった。爆音と地響きが轟いて、岩が吹っ飛び、砂煙が消えるまで待っていると、煙の向こうに微かに通路が続いているのが見えた。ジェーンの言った通り、ここは旧採掘道に繋がっていた。

「ああ!本当だ!ジェーンの言ってたことは本当だったんだ!」

 満面の笑みのタールが手をパチパチと叩いて興奮している。信じてたんじゃなかったのか。苦笑いしつつも、私は皆に呼び掛けた。

「さあここから脱出しましょう!タール、先に行ってください。ほらまた爆破する箇所が出てくるかもしれないから。」

「よっしゃ了解~!」

 その穴はとても狭く、大人が一人通れる程度で、奥が全く見えずに真っ暗だった。タールはヘルメットに付いているライトの電源をつけてから、旧採掘道に入っていった。彼に続いて、アマンダを担いでいるお母さんや、ヴィノクールとタマラから来てくれた方々を先に、穴の中に通した。皆の誘導をしていると、隣にリンがやってきて、私に話しかけてきた。

「ねえキリー」

「ん?どうしたの?」

「じゃあさ、ジェーンって、いつか元の世界に帰っちゃうの?帰ったら一生……金輪際会えなくなるってこと?」

「そりゃあ、パーツが集まって時空間歪曲機が完成したら、ジェーンは帰るよ。本人だって、そうしたいと願っていると聞いたし、その為にジェーンは私たちに協力してくれている。帰ったら……そうだね、きっともう二度と会えないと思うよ。」

 そう思うと、少し切なくなった。でも、そうすることが一番なんだと、自分に言い聞かせた。リンが地面の小石を蹴った。

「ふーん、そっか。ジェーンの帰りたい気持ちは分かるけど、なんかちょっと寂しくなるな。何だかんだ、毎日のように顔を合わせているもん。仕事だけど、こうして長旅だって一緒にしてる。ジェーンが居なくなったら寂しいと思わないの?キリー。」

「確かに」

 グオオオオッと間近で咆哮が聞こえると、すぐに奥の方の天井が崩落して、赤い鱗に覆われた、牙の鋭いドラゴンが飛んで入ってきて、我々を見つけて、威嚇するように火を吐いた。

 しかも規格外の大きさのドラゴンだった。ギルドに依頼を出したら、間違いなくSレートだろう。ギルド兵が何十人がかりで、やっと討伐に行けるレベルの話だ。

「ドラゴンだ!」
「やられるぞ!」

 混乱する人々が旧採掘道に集まってきて、前を行く人の背中を押して我先に逃げようとしている。私は落ち着いてと何度も訴えるが、誰も聞いてくれない。ドラゴンはこちらに向かって飛んできている、止むを得ない。私は採掘隊の人が持っているドリルを手に持って、広場の中央へと走りながら叫んだ。

「リン!後は頼む!みんなを誘導して!私が時間を稼ぐ!」

「う、うん!聞いたでしょ皆さん!慌てないで一人づつね~!」

 リンの言うことに、皆が従ってくれていることを願う。私は近くに転がっている石をドラゴンに向かって投げた。それはドラゴンの翼に当たり、こちらを見て吼えた。私を敵だと認識してくれたようだ。

 ぐるりと旋回するように広場の真上を飛んだ後に、ドラゴンは私の近くで着地した。私がドリルを構えながら、ジリジリと間合いを取りながら動いていると、ドラゴンも私から目を離さずにジリジリと付いてきた。

 そしてドラゴンが止まった。よく見れば、地面に両足を擦り付けていた。それは攻撃開始を意味する、ドラゴンの習性のようなものだった。

 ドラゴンが私に突撃してきた。一歩一歩こちらに向かう度に、ドンドンと地面が揺れる。それに思ったよりも素早かった。

 ドラゴンが口を広げて、こちらに突っ込んできたと同時に、私は真横へジャンプして飛び、避けた。勢い余ったドラゴンは、そのまま頭から岩の柱に激突したが、何も無かったかのように振り向いて、私を目で捉えた。

「おい!こっちだ!ここにもいるぞ!」

 いつの間にか、ドラゴンの後ろに回り込んでいたクラースさんが、ドラゴンの尻尾を戟でぶった斬ろうとしたが、硬い鱗に弾かれてしまった。だがドラゴンの注意が一瞬クラースさんに向いていた。その隙に、私はドラゴンの足を目掛けて、電動ドリルのスイッチを押した。

 グオオオオオオ……

 おおお、これは痛そう。だけどごめんなさい。鱗が飛び散った。だがドラゴンが足を動かした時に、他の鱗に挟まって、ドリルの先っぽの部分がガコンと音を立てて、取れてしまった。よろめくドラゴンがまた私を睨んだ。

 バサ、バサと翼をはためかせた後に、ドラゴンがまた私に向かって突撃をしてきた。足を怪我していると言うのに、電車のように素早い。咄嗟に左に飛んで避けた時に、少し離れた地面に、新光騎士団の兵士が置いていった槍が落ちているのを発見した。あれを使いたい。

 私はその槍の方へ向かって飛んだ。その瞬間に、地面がドラゴンの影で黒く染まった。私の背後に迫っている。間に合え、間に合え!私は槍を掴んで、振り返ったが、ドラゴンの頭が目前に迫ってきていた。

 目の前には鋭利な歯が、私のことを食べようとしていた。槍をドラゴンの歯茎に刺した。ぶしゅっと血が舞って、怯んだかのように思えたが、すぐにドラゴンは身を翻して、尻尾で叩きつけられた私は、近くの地面に飛ばされた。

「うわあああお!」

 後頭部から着地してしまった。なんとか起き上がったものの、意識が軽く歪む。対人間とは比べ物にならない、ハイスピードな戦闘だ。

「キリー!炎だ!避けろ!」

 クラースさんの声が聞こえた。頬を何度も叩いて、意識を無理矢理戻した私は、ドラゴンがごくんごくんと飲み込む動作をしていたのが見えた。確かに、それはドラゴンが炎を吐く前にやるクセだった。

 すぐに巨大な炎の渦が、こちらに飛んできた。私は瞬間的に真横に飛んだが、靴の底が燃えてしまった。火山の熱い地面を、裸足で立つことになってしまった。ドラゴンが火を吐いた場所が、メラメラと燃えている。

 歯茎に槍が刺さったドラゴンが唸り声を出しながら、ジリジリこちらに近づいている。何か使えるものはないか、何か。視界の端の地面に、亀裂があるのを発見した。あの下はマグマだ。いくら火に強いドラゴンであろうと、マグマに耐えられるドラゴンなど居ない。

 あれに導きたい。そう考えた刹那の隙に、私は目の前にいたドラゴンに頭突きを喰らい、飛ばされた。頭の鱗が、変に私の腹に刺さった。

「キリー!あとは俺とリンとジェーンだけだ!早くお前も逃げてこい!」

 よし!後は逃げるだけだ!クラースさんの声を聞いてテンションの上がった私は、飛ばされがてらに、くるりと地面を転がり、立ち上がると全速力で旧採掘道に向かって走り出した。しかし、何故かドラゴンが私の頭上を飛んで行ったのだ。

「……いけない!」

 クラースさんの大声を聞いたドラゴンは、私ではなく旧採掘道に狙いを変えてしまっていた。今、その穴の入り口にはジェーンが入ろうと背中を向けている。あのままでは彼がドラゴンにやられる!私は限界を超える速さで走りながら叫んだ。

「ジェーン!」
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