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混沌たるクラースの船編

50 博士からの電話と企み

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 朝日の光が差し込む、ソーライ研究所のロビーで、私はリンから尋問を受けていた。先日の帝都で、ジェーンとしたくないのにしてしまった、同室お泊まりの件を、彼女は気になっているようだ。私とジェーンの関係を面白おかしく疑うリンに対して、弁明をしていく途中で、私達が現在同居している事が判明すると、更にリンの質問責めは勢いを増した。

 リンとの会話を終える頃には、私はヘトヘトになってしまい、あからさまに脱力しなながら、自分のオフィスへと向かった。金属製の扉を開いて、中に入ると、ジェーンがソファに座り、膝上のPCを、カタカタと鳴らしていた。

「何の作業をしているの?」

「ああ」眼鏡を直しながら彼は言った。「これは従業員用のサイトであるポータルに、私の開発した位置測定装置の改良版を、リンクさせるためのプログラムを……作成中です。」

 私はジェーンの隣に座って、彼のPCを覗いた。ソース入力画面だったが、ジェーンが慣れた手つきで操作して、ポータルを開いた。ポータルのメニュー画面には新しく、アトラスという項目が追加されていた。ジェーンが私にPCを渡してくれたので、私は自分の膝の上に乗せて、アトラスという項目をクリックした。すると、文字を入力する画面が表示された。

「ここで地名、もしくは人物名を入力してください。今は分かりやすく、この研究所がいいかもしれません。」

 私はソーライ研究所、と入力をした。するとこの研究所の地図が表示されて、地図の中に小さな青い点が、何個か表示されており、それが動いている。

「おお、何か表示されている。この青い点は何?」

「その青い点をクリックしてください。」

 一つだけ研究所のエントランスから、破竹の勢いで研究開発部の廊下へと向かっている青い点が現れた。私がその点をクリックすると、画面にタージュ博士の顔写真のウィンドウが表示された。

「おお!これはすごい!タージュ博士が今実際に、こう動いているって事だよね?」

「ええそうです。これらの点は、ポータルに登録がある者を対象としています。本当はもう少し改良を加えて、全ての点に常に顔写真が表示されるように、具体的に何をしているのか、分かりやすく表示出来るようにしたいと思います。それらはもう少しで開発完了する予定です。」

 それはすごい、PCを見るだけで、従業員が何をしているのか、丸わかりになってしまうんだ。私は心から感嘆の声を漏らした。

「ハァ~これはすごい、じゃあ誰がどこにいるか、すぐ分かるし、これからは何をしているのかもわかるんだね!」

「まあ、そうですね。ポータルの登録者のみになりますが。」

「じゃあさ、じゃあさ!誰かに用事がある時は、そこにまっすぐに向かえるね!」

「まあそれはそうですが。それよりもウォッフォンで連絡をすれば、いいではありませんか。」

 私は首をゆっくりと振った。何のこっちゃ分からないといった表情のジェーンと目が合った。

「ジェーン、それだと違うんだよ。」

「何がでしょうか?」

「やっぱり人と人は、会って話さないと。ね?ジェーンだってこの前、物理的な距離がどうのこうの言ってたじゃない。」

「ああ……あれは、今でもよく分かっておりません。しかしまあ、そういう事ですね。」

「そう。それにしてもこれは画期的だね、これ軍事用に使えそうなのに。帝国研究所では、まだここまで開発していないのかな。」

「もう既に存在します。私が開発した旧バージョンのものですが。そのバージョンは現在のバージョンに比較すると、位置測定が正確ではありませんし、ここまで細やかに仕上げるには、プライバシーに関する問題がありましたので、私がこの研究を進めることが出来たのは、この研究所や、私に位置測定の許可を与えてくださる、皆のお蔭だと思っています。」

 ちょっと気付いたことがある。私は彼のPCをそっと閉じた。

「……そうだよ。プライバシーだよ!幾ら何でも、私の位置測定しすぎなんじゃない?最近よく昼休みに、私の位置測定をしているよね!?昼休みぐらい、解放して欲しいんだけど。」

「ああ、テストですよ。ちょうど昼休みになると、あなたが外出するので、これはいい機会だと位置測定の精度をテストしています。まあ他の従業員の位置を見るのは、やはり多少気が引けます。その分あなたは、今となっては私と同じ部屋で暮らしていますから、他の人間よりも、気兼ねなく監視……いえ、位置測定がしやすいと考えます。それにあの崖っぷちに立って、何が楽しいんです?あなたに万が一、何かあったら、私はこれから一人でどうしていけばいいんです?」

 ぽろっと監視と言ったところや、若干私に依存しているところなど、色々突っ込みたいところがあるが、私は我慢して、引きつった顔をしながら、彼の話に相槌を打った。彼は続けた。

「しかし、あなたのお蔭で、私のこのシステムも改良出来ています。それについての感謝はしておりますよ。」

「……ああ、そうですか。それなら良かったよ!」

 半ばヤケクソの気持ちになった私は、PCを彼の膝に戻して、ソファから立って、自分の机に向かった。机の上に置いてある、ノート型の赤いPCを開くと、天文台のライネット博士からメールが届いていた。時間がある時に、ビデオ通話してほしいという文章だった。

 私は席に座り、電話帳を開いて、ライネット博士の名前をクリックして発信した。するとすぐに、ライネット博士の笑顔が、画面いっぱいに表示された。もうちょっと離れて座ればいいのにと、少し思った。

『お!キルディア!元気かな?』

「ライネット博士、元気ですよ。お疲れ様です。どうしましたか?」

 PCの奥に視線を移すと、ソファで作業をしていたジェーンが手を止めて、座ったまま、私の方に顔と体を向けて、我々の会話を聞いていた。

『それが、良いニュースと、悪いニュースがあるんじゃ!』

「え?」私はまたPCに視線を戻した。「良いニュースは何ですか?」

『そっちから行く?』

「……どっちでもいいですけど、何ですか?」

『良いニュースは、何と!何とじゃ!ギルバート騎士団長の素顔を知っている人物を、見つけたんじゃ!城下で目立たないように、それとなーく聞き込みをしてたんだが、中々彼の素顔を知っている人物はおらんでな……まあ騎士団の人間は、いつも防具姿だから無理もないが。じゃが、とうとう一人見つけたんじゃ!』

「え!?それは本当ですか!その人の証言があると、全然違います!」

『じゃろ?じゃろ?悪いニュースは、その人も最近、姿を消してしまったんじゃ。』

 私は真顔になった。

「ダメじゃないすか、それ。」

 唇を尖らせている博士は、残念そうな声を出した。

『そうなんじゃよ~……折角見つけたと言うのに、何処をほっつき歩いているんだか。まあ、そのオーウェンと言う名の男は、つい最近まで、第三師団の師団長だったらしく、ギルバート騎士団長時代には、彼の補佐的な役割を担っていたらしい。しかし最近は辞めたのか、最悪の事態を考えれば、もしや死んだのか、真相は分からないが、誰も彼の姿を見かけないんじゃと。実は巷で少し話題になっているんじゃが、他にも騎士団の兵達が、ちらほら忽然こつぜんと姿を消しているらしくてな。』

「え?姿を?」

 気配を感じたので隣を見ると、ジェーンが腕を組んで立っていて、話を聞いていた。

『あ、ああ、どうもシドロワ博士。そうなんじゃよ、ここだけの話、城下の噂では、どうもネビリス皇帝が、気に入らない部下や兵を消しているゲフン!らしい。』

 ライネットが辺りを気にしながら、わざとらしい咳をした。確かに、この話題はあまり聞かれてはならない気がする。

『まあ、あのお方が何を企んでおるのか、何がしたいのか、全く分からんがな。わしの方はそれだけじゃ。また何かあったら連絡するね!またね!』

 ぷっ、と画面が暗くなって、通話が終了してしまった。私がチャット画面を閉じたところで、ジェーンがポツリと呟いた。

「……結局、収穫は無しですか。」

「うん。オーウェンと言う男性が、見つかれば良いけれど。」

 私とジェーンが同時にため息をついた。何秒か彼と目が合って、無言で頷きあった後に、こうしていても仕方ないと、互いの仕事を始めた。私はデスクで調査部の報告書を確認し、研究所の経費を計算をした。

 気がつくと、ジェーンが研究室に行っているのか、オフィスには居なかった。コーヒーテーブルには彼のPCが置いてあった。黒くて真新しいPCだ。

 中はどうなっているんだろう。意味不明の言語や、コードで詰まっているんだろうか、それともそれ以外に何か……奥さんの写真や、帝国研究所時代の彼の写真でも、入っているのだろうか。

 だが、もしこのPCを覗き見たら、その瞬間に、顔写真でもキャプチャーされて、彼にバレるんだろうなと思うと怖くなった私は、変な考えを捨てて、オフィスの棚の上にあるポットでインスタントのお茶を淹れて、一口飲んだ。

 今までは棚の上に、安いアールグレイティーしか置いてなかったのに、いつの間にか彼の趣味でアップルやピーチティーなどが置かれるようになった。私が今選んだのはアップルティーだった。香りのいいお茶だこと。きっと彼は育ちがいいに違いない。それもそうだ、過去の世界では、彼は上から二番目だったのだから。

 ちらりと彼のPCに目がいってしまう。いけない、それはいけないよキルディア。秘書のPCを覗き見るなんて、秘書目線で考えれば相当恐ろしいことである。いくらプライベートでは親友だからとはいえ、彼にもプライバシーがあるのだ。だがにやけてしまう。悪しき考えを頭から払拭する術はないかと考えていたその時に、お昼休みを知らせる華やかなチャイムが鳴った。

 砂浜のビーチパラソルが思い浮かぶような、爽やかなメロディのチャイムは、研究所設立当初からあるものだと、以前働いていた職員から聞いたことがある。今考えれば、当時はこの狭い研究所に結構な人数の職員がいたが、私の前任者の忌々しき彼のせいで、殆どの職員が辞めてしまい、事業規模もかなり縮小した。まだここにいる皆が残ってくれただけで、今の所長としては嬉しいけれど。

 そして今は、ソーライ研究所は帝国内で一番小さい研究所だ。だが、人数は少なくても皆優秀な人物ばかりが揃っている。どうにか私の代で盛り返したい。そんなことを考えながら、私はオフィスのソファで脱力した。

「ああ~」と、背中を伸ばした。そう言えば、ジェーンがさっきから研究所の方に行っているので、ここには居ない。あれ?もしやお昼休みに、一人になるチャンスなのではないか?しかし位置測定装置がある。うーん。

「あ、なるほど。」

 私はウォッフォンを自分のデスクに置いていくことにした。以前彼から、このウォッフォンのデータを利用していると聞いたことを思い出したのだ。これさえここに置いておけば、いくらジェーンが位置測定しても、私はオフィスにいると表示されることになるだろう。

 よし!最近はジェーンと外で食べる機会が多かったので、たまには一人で、普段彼とは一緒に行けないようなレストランに行こう!
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