50 / 253
混沌たるクラースの船編
50 博士からの電話と企み
しおりを挟む
朝日の光が差し込む、ソーライ研究所のロビーで、私はリンから尋問を受けていた。先日の帝都で、ジェーンとしたくないのにしてしまった、同室お泊まりの件を、彼女は気になっているようだ。私とジェーンの関係を面白おかしく疑うリンに対して、弁明をしていく途中で、私達が現在同居している事が判明すると、更にリンの質問責めは勢いを増した。
リンとの会話を終える頃には、私はヘトヘトになってしまい、あからさまに脱力しなながら、自分のオフィスへと向かった。金属製の扉を開いて、中に入ると、ジェーンがソファに座り、膝上のPCを、カタカタと鳴らしていた。
「何の作業をしているの?」
「ああ」眼鏡を直しながら彼は言った。「これは従業員用のサイトであるポータルに、私の開発した位置測定装置の改良版を、リンクさせるためのプログラムを……作成中です。」
私はジェーンの隣に座って、彼のPCを覗いた。ソース入力画面だったが、ジェーンが慣れた手つきで操作して、ポータルを開いた。ポータルのメニュー画面には新しく、アトラスという項目が追加されていた。ジェーンが私にPCを渡してくれたので、私は自分の膝の上に乗せて、アトラスという項目をクリックした。すると、文字を入力する画面が表示された。
「ここで地名、もしくは人物名を入力してください。今は分かりやすく、この研究所がいいかもしれません。」
私はソーライ研究所、と入力をした。するとこの研究所の地図が表示されて、地図の中に小さな青い点が、何個か表示されており、それが動いている。
「おお、何か表示されている。この青い点は何?」
「その青い点をクリックしてください。」
一つだけ研究所のエントランスから、破竹の勢いで研究開発部の廊下へと向かっている青い点が現れた。私がその点をクリックすると、画面にタージュ博士の顔写真のウィンドウが表示された。
「おお!これはすごい!タージュ博士が今実際に、こう動いているって事だよね?」
「ええそうです。これらの点は、ポータルに登録がある者を対象としています。本当はもう少し改良を加えて、全ての点に常に顔写真が表示されるように、具体的に何をしているのか、分かりやすく表示出来るようにしたいと思います。それらはもう少しで開発完了する予定です。」
それはすごい、PCを見るだけで、従業員が何をしているのか、丸わかりになってしまうんだ。私は心から感嘆の声を漏らした。
「ハァ~これはすごい、じゃあ誰がどこにいるか、すぐ分かるし、これからは何をしているのかもわかるんだね!」
「まあ、そうですね。ポータルの登録者のみになりますが。」
「じゃあさ、じゃあさ!誰かに用事がある時は、そこにまっすぐに向かえるね!」
「まあそれはそうですが。それよりもウォッフォンで連絡をすれば、いいではありませんか。」
私は首をゆっくりと振った。何のこっちゃ分からないといった表情のジェーンと目が合った。
「ジェーン、それだと違うんだよ。」
「何がでしょうか?」
「やっぱり人と人は、会って話さないと。ね?ジェーンだってこの前、物理的な距離がどうのこうの言ってたじゃない。」
「ああ……あれは、今でもよく分かっておりません。しかしまあ、そういう事ですね。」
「そう。それにしてもこれは画期的だね、これ軍事用に使えそうなのに。帝国研究所では、まだここまで開発していないのかな。」
「もう既に存在します。私が開発した旧バージョンのものですが。そのバージョンは現在のバージョンに比較すると、位置測定が正確ではありませんし、ここまで細やかに仕上げるには、プライバシーに関する問題がありましたので、私がこの研究を進めることが出来たのは、この研究所や、私に位置測定の許可を与えてくださる、皆のお蔭だと思っています。」
ちょっと気付いたことがある。私は彼のPCをそっと閉じた。
「……そうだよ。プライバシーだよ!幾ら何でも、私の位置測定しすぎなんじゃない?最近よく昼休みに、私の位置測定をしているよね!?昼休みぐらい、解放して欲しいんだけど。」
「ああ、テストですよ。ちょうど昼休みになると、あなたが外出するので、これはいい機会だと位置測定の精度をテストしています。まあ他の従業員の位置を見るのは、やはり多少気が引けます。その分あなたは、今となっては私と同じ部屋で暮らしていますから、他の人間よりも、気兼ねなく監視……いえ、位置測定がしやすいと考えます。それにあの崖っぷちに立って、何が楽しいんです?あなたに万が一、何かあったら、私はこれから一人でどうしていけばいいんです?」
ぽろっと監視と言ったところや、若干私に依存しているところなど、色々突っ込みたいところがあるが、私は我慢して、引きつった顔をしながら、彼の話に相槌を打った。彼は続けた。
「しかし、あなたのお蔭で、私のこのシステムも改良出来ています。それについての感謝はしておりますよ。」
「……ああ、そうですか。それなら良かったよ!」
半ばヤケクソの気持ちになった私は、PCを彼の膝に戻して、ソファから立って、自分の机に向かった。机の上に置いてある、ノート型の赤いPCを開くと、天文台のライネット博士からメールが届いていた。時間がある時に、ビデオ通話してほしいという文章だった。
私は席に座り、電話帳を開いて、ライネット博士の名前をクリックして発信した。するとすぐに、ライネット博士の笑顔が、画面いっぱいに表示された。もうちょっと離れて座ればいいのにと、少し思った。
『お!キルディア!元気かな?』
「ライネット博士、元気ですよ。お疲れ様です。どうしましたか?」
PCの奥に視線を移すと、ソファで作業をしていたジェーンが手を止めて、座ったまま、私の方に顔と体を向けて、我々の会話を聞いていた。
『それが、良いニュースと、悪いニュースがあるんじゃ!』
「え?」私はまたPCに視線を戻した。「良いニュースは何ですか?」
『そっちから行く?』
「……どっちでもいいですけど、何ですか?」
『良いニュースは、何と!何とじゃ!ギルバート騎士団長の素顔を知っている人物を、見つけたんじゃ!城下で目立たないように、それとなーく聞き込みをしてたんだが、中々彼の素顔を知っている人物はおらんでな……まあ騎士団の人間は、いつも防具姿だから無理もないが。じゃが、とうとう一人見つけたんじゃ!』
「え!?それは本当ですか!その人の証言があると、全然違います!」
『じゃろ?じゃろ?悪いニュースは、その人も最近、姿を消してしまったんじゃ。』
私は真顔になった。
「ダメじゃないすか、それ。」
唇を尖らせている博士は、残念そうな声を出した。
『そうなんじゃよ~……折角見つけたと言うのに、何処をほっつき歩いているんだか。まあ、そのオーウェンと言う名の男は、つい最近まで、第三師団の師団長だったらしく、ギルバート騎士団長時代には、彼の補佐的な役割を担っていたらしい。しかし最近は辞めたのか、最悪の事態を考えれば、もしや死んだのか、真相は分からないが、誰も彼の姿を見かけないんじゃと。実は巷で少し話題になっているんじゃが、他にも騎士団の兵達が、ちらほら忽然と姿を消しているらしくてな。』
「え?姿を?」
気配を感じたので隣を見ると、ジェーンが腕を組んで立っていて、話を聞いていた。
『あ、ああ、どうもシドロワ博士。そうなんじゃよ、ここだけの話、城下の噂では、どうもネビリス皇帝が、気に入らない部下や兵を消しているゲフン!らしい。』
ライネットが辺りを気にしながら、わざとらしい咳をした。確かに、この話題はあまり聞かれてはならない気がする。
『まあ、あのお方が何を企んでおるのか、何がしたいのか、全く分からんがな。わしの方はそれだけじゃ。また何かあったら連絡するね!またね!』
ぷっ、と画面が暗くなって、通話が終了してしまった。私がチャット画面を閉じたところで、ジェーンがポツリと呟いた。
「……結局、収穫は無しですか。」
「うん。オーウェンと言う男性が、見つかれば良いけれど。」
私とジェーンが同時にため息をついた。何秒か彼と目が合って、無言で頷きあった後に、こうしていても仕方ないと、互いの仕事を始めた。私はデスクで調査部の報告書を確認し、研究所の経費を計算をした。
気がつくと、ジェーンが研究室に行っているのか、オフィスには居なかった。コーヒーテーブルには彼のPCが置いてあった。黒くて真新しいPCだ。
中はどうなっているんだろう。意味不明の言語や、コードで詰まっているんだろうか、それともそれ以外に何か……奥さんの写真や、帝国研究所時代の彼の写真でも、入っているのだろうか。
だが、もしこのPCを覗き見たら、その瞬間に、顔写真でもキャプチャーされて、彼にバレるんだろうなと思うと怖くなった私は、変な考えを捨てて、オフィスの棚の上にあるポットでインスタントのお茶を淹れて、一口飲んだ。
今までは棚の上に、安いアールグレイティーしか置いてなかったのに、いつの間にか彼の趣味でアップルやピーチティーなどが置かれるようになった。私が今選んだのはアップルティーだった。香りのいいお茶だこと。きっと彼は育ちがいいに違いない。それもそうだ、過去の世界では、彼は上から二番目だったのだから。
ちらりと彼のPCに目がいってしまう。いけない、それはいけないよキルディア。秘書のPCを覗き見るなんて、秘書目線で考えれば相当恐ろしいことである。いくらプライベートでは親友だからとはいえ、彼にもプライバシーがあるのだ。だがにやけてしまう。悪しき考えを頭から払拭する術はないかと考えていたその時に、お昼休みを知らせる華やかなチャイムが鳴った。
砂浜のビーチパラソルが思い浮かぶような、爽やかなメロディのチャイムは、研究所設立当初からあるものだと、以前働いていた職員から聞いたことがある。今考えれば、当時はこの狭い研究所に結構な人数の職員がいたが、私の前任者の忌々しき彼のせいで、殆どの職員が辞めてしまい、事業規模もかなり縮小した。まだここにいる皆が残ってくれただけで、今の所長としては嬉しいけれど。
そして今は、ソーライ研究所は帝国内で一番小さい研究所だ。だが、人数は少なくても皆優秀な人物ばかりが揃っている。どうにか私の代で盛り返したい。そんなことを考えながら、私はオフィスのソファで脱力した。
「ああ~」と、背中を伸ばした。そう言えば、ジェーンがさっきから研究所の方に行っているので、ここには居ない。あれ?もしやお昼休みに、一人になるチャンスなのではないか?しかし位置測定装置がある。うーん。
「あ、なるほど。」
私はウォッフォンを自分のデスクに置いていくことにした。以前彼から、このウォッフォンのデータを利用していると聞いたことを思い出したのだ。これさえここに置いておけば、いくらジェーンが位置測定しても、私はオフィスにいると表示されることになるだろう。
よし!最近はジェーンと外で食べる機会が多かったので、たまには一人で、普段彼とは一緒に行けないようなレストランに行こう!
リンとの会話を終える頃には、私はヘトヘトになってしまい、あからさまに脱力しなながら、自分のオフィスへと向かった。金属製の扉を開いて、中に入ると、ジェーンがソファに座り、膝上のPCを、カタカタと鳴らしていた。
「何の作業をしているの?」
「ああ」眼鏡を直しながら彼は言った。「これは従業員用のサイトであるポータルに、私の開発した位置測定装置の改良版を、リンクさせるためのプログラムを……作成中です。」
私はジェーンの隣に座って、彼のPCを覗いた。ソース入力画面だったが、ジェーンが慣れた手つきで操作して、ポータルを開いた。ポータルのメニュー画面には新しく、アトラスという項目が追加されていた。ジェーンが私にPCを渡してくれたので、私は自分の膝の上に乗せて、アトラスという項目をクリックした。すると、文字を入力する画面が表示された。
「ここで地名、もしくは人物名を入力してください。今は分かりやすく、この研究所がいいかもしれません。」
私はソーライ研究所、と入力をした。するとこの研究所の地図が表示されて、地図の中に小さな青い点が、何個か表示されており、それが動いている。
「おお、何か表示されている。この青い点は何?」
「その青い点をクリックしてください。」
一つだけ研究所のエントランスから、破竹の勢いで研究開発部の廊下へと向かっている青い点が現れた。私がその点をクリックすると、画面にタージュ博士の顔写真のウィンドウが表示された。
「おお!これはすごい!タージュ博士が今実際に、こう動いているって事だよね?」
「ええそうです。これらの点は、ポータルに登録がある者を対象としています。本当はもう少し改良を加えて、全ての点に常に顔写真が表示されるように、具体的に何をしているのか、分かりやすく表示出来るようにしたいと思います。それらはもう少しで開発完了する予定です。」
それはすごい、PCを見るだけで、従業員が何をしているのか、丸わかりになってしまうんだ。私は心から感嘆の声を漏らした。
「ハァ~これはすごい、じゃあ誰がどこにいるか、すぐ分かるし、これからは何をしているのかもわかるんだね!」
「まあ、そうですね。ポータルの登録者のみになりますが。」
「じゃあさ、じゃあさ!誰かに用事がある時は、そこにまっすぐに向かえるね!」
「まあそれはそうですが。それよりもウォッフォンで連絡をすれば、いいではありませんか。」
私は首をゆっくりと振った。何のこっちゃ分からないといった表情のジェーンと目が合った。
「ジェーン、それだと違うんだよ。」
「何がでしょうか?」
「やっぱり人と人は、会って話さないと。ね?ジェーンだってこの前、物理的な距離がどうのこうの言ってたじゃない。」
「ああ……あれは、今でもよく分かっておりません。しかしまあ、そういう事ですね。」
「そう。それにしてもこれは画期的だね、これ軍事用に使えそうなのに。帝国研究所では、まだここまで開発していないのかな。」
「もう既に存在します。私が開発した旧バージョンのものですが。そのバージョンは現在のバージョンに比較すると、位置測定が正確ではありませんし、ここまで細やかに仕上げるには、プライバシーに関する問題がありましたので、私がこの研究を進めることが出来たのは、この研究所や、私に位置測定の許可を与えてくださる、皆のお蔭だと思っています。」
ちょっと気付いたことがある。私は彼のPCをそっと閉じた。
「……そうだよ。プライバシーだよ!幾ら何でも、私の位置測定しすぎなんじゃない?最近よく昼休みに、私の位置測定をしているよね!?昼休みぐらい、解放して欲しいんだけど。」
「ああ、テストですよ。ちょうど昼休みになると、あなたが外出するので、これはいい機会だと位置測定の精度をテストしています。まあ他の従業員の位置を見るのは、やはり多少気が引けます。その分あなたは、今となっては私と同じ部屋で暮らしていますから、他の人間よりも、気兼ねなく監視……いえ、位置測定がしやすいと考えます。それにあの崖っぷちに立って、何が楽しいんです?あなたに万が一、何かあったら、私はこれから一人でどうしていけばいいんです?」
ぽろっと監視と言ったところや、若干私に依存しているところなど、色々突っ込みたいところがあるが、私は我慢して、引きつった顔をしながら、彼の話に相槌を打った。彼は続けた。
「しかし、あなたのお蔭で、私のこのシステムも改良出来ています。それについての感謝はしておりますよ。」
「……ああ、そうですか。それなら良かったよ!」
半ばヤケクソの気持ちになった私は、PCを彼の膝に戻して、ソファから立って、自分の机に向かった。机の上に置いてある、ノート型の赤いPCを開くと、天文台のライネット博士からメールが届いていた。時間がある時に、ビデオ通話してほしいという文章だった。
私は席に座り、電話帳を開いて、ライネット博士の名前をクリックして発信した。するとすぐに、ライネット博士の笑顔が、画面いっぱいに表示された。もうちょっと離れて座ればいいのにと、少し思った。
『お!キルディア!元気かな?』
「ライネット博士、元気ですよ。お疲れ様です。どうしましたか?」
PCの奥に視線を移すと、ソファで作業をしていたジェーンが手を止めて、座ったまま、私の方に顔と体を向けて、我々の会話を聞いていた。
『それが、良いニュースと、悪いニュースがあるんじゃ!』
「え?」私はまたPCに視線を戻した。「良いニュースは何ですか?」
『そっちから行く?』
「……どっちでもいいですけど、何ですか?」
『良いニュースは、何と!何とじゃ!ギルバート騎士団長の素顔を知っている人物を、見つけたんじゃ!城下で目立たないように、それとなーく聞き込みをしてたんだが、中々彼の素顔を知っている人物はおらんでな……まあ騎士団の人間は、いつも防具姿だから無理もないが。じゃが、とうとう一人見つけたんじゃ!』
「え!?それは本当ですか!その人の証言があると、全然違います!」
『じゃろ?じゃろ?悪いニュースは、その人も最近、姿を消してしまったんじゃ。』
私は真顔になった。
「ダメじゃないすか、それ。」
唇を尖らせている博士は、残念そうな声を出した。
『そうなんじゃよ~……折角見つけたと言うのに、何処をほっつき歩いているんだか。まあ、そのオーウェンと言う名の男は、つい最近まで、第三師団の師団長だったらしく、ギルバート騎士団長時代には、彼の補佐的な役割を担っていたらしい。しかし最近は辞めたのか、最悪の事態を考えれば、もしや死んだのか、真相は分からないが、誰も彼の姿を見かけないんじゃと。実は巷で少し話題になっているんじゃが、他にも騎士団の兵達が、ちらほら忽然と姿を消しているらしくてな。』
「え?姿を?」
気配を感じたので隣を見ると、ジェーンが腕を組んで立っていて、話を聞いていた。
『あ、ああ、どうもシドロワ博士。そうなんじゃよ、ここだけの話、城下の噂では、どうもネビリス皇帝が、気に入らない部下や兵を消しているゲフン!らしい。』
ライネットが辺りを気にしながら、わざとらしい咳をした。確かに、この話題はあまり聞かれてはならない気がする。
『まあ、あのお方が何を企んでおるのか、何がしたいのか、全く分からんがな。わしの方はそれだけじゃ。また何かあったら連絡するね!またね!』
ぷっ、と画面が暗くなって、通話が終了してしまった。私がチャット画面を閉じたところで、ジェーンがポツリと呟いた。
「……結局、収穫は無しですか。」
「うん。オーウェンと言う男性が、見つかれば良いけれど。」
私とジェーンが同時にため息をついた。何秒か彼と目が合って、無言で頷きあった後に、こうしていても仕方ないと、互いの仕事を始めた。私はデスクで調査部の報告書を確認し、研究所の経費を計算をした。
気がつくと、ジェーンが研究室に行っているのか、オフィスには居なかった。コーヒーテーブルには彼のPCが置いてあった。黒くて真新しいPCだ。
中はどうなっているんだろう。意味不明の言語や、コードで詰まっているんだろうか、それともそれ以外に何か……奥さんの写真や、帝国研究所時代の彼の写真でも、入っているのだろうか。
だが、もしこのPCを覗き見たら、その瞬間に、顔写真でもキャプチャーされて、彼にバレるんだろうなと思うと怖くなった私は、変な考えを捨てて、オフィスの棚の上にあるポットでインスタントのお茶を淹れて、一口飲んだ。
今までは棚の上に、安いアールグレイティーしか置いてなかったのに、いつの間にか彼の趣味でアップルやピーチティーなどが置かれるようになった。私が今選んだのはアップルティーだった。香りのいいお茶だこと。きっと彼は育ちがいいに違いない。それもそうだ、過去の世界では、彼は上から二番目だったのだから。
ちらりと彼のPCに目がいってしまう。いけない、それはいけないよキルディア。秘書のPCを覗き見るなんて、秘書目線で考えれば相当恐ろしいことである。いくらプライベートでは親友だからとはいえ、彼にもプライバシーがあるのだ。だがにやけてしまう。悪しき考えを頭から払拭する術はないかと考えていたその時に、お昼休みを知らせる華やかなチャイムが鳴った。
砂浜のビーチパラソルが思い浮かぶような、爽やかなメロディのチャイムは、研究所設立当初からあるものだと、以前働いていた職員から聞いたことがある。今考えれば、当時はこの狭い研究所に結構な人数の職員がいたが、私の前任者の忌々しき彼のせいで、殆どの職員が辞めてしまい、事業規模もかなり縮小した。まだここにいる皆が残ってくれただけで、今の所長としては嬉しいけれど。
そして今は、ソーライ研究所は帝国内で一番小さい研究所だ。だが、人数は少なくても皆優秀な人物ばかりが揃っている。どうにか私の代で盛り返したい。そんなことを考えながら、私はオフィスのソファで脱力した。
「ああ~」と、背中を伸ばした。そう言えば、ジェーンがさっきから研究所の方に行っているので、ここには居ない。あれ?もしやお昼休みに、一人になるチャンスなのではないか?しかし位置測定装置がある。うーん。
「あ、なるほど。」
私はウォッフォンを自分のデスクに置いていくことにした。以前彼から、このウォッフォンのデータを利用していると聞いたことを思い出したのだ。これさえここに置いておけば、いくらジェーンが位置測定しても、私はオフィスにいると表示されることになるだろう。
よし!最近はジェーンと外で食べる機会が多かったので、たまには一人で、普段彼とは一緒に行けないようなレストランに行こう!
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです
白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。
それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。
二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。
「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」
【完結】元悪役令嬢の劣化コピーは白銀の竜とひっそり静かに暮らしたい
豆田 ✿ 麦
恋愛
才色兼備の公爵令嬢は、幼き頃から王太子の婚約者。
才に溺れず、分け隔てなく、慈愛に満ちて臣民問わず慕われて。
奇抜に思える発想は公爵領のみならず、王国の経済を潤し民の生活を豊かにさせて。
―――今では押しも押されもせぬ王妃殿下。そんな王妃殿下を伯母にもつ私は、王妃殿下の模倣品(劣化コピー)。偉大な王妃殿下に倣えと、王太子の婚約者として日々切磋琢磨させられています。
ほら、本日もこのように……
「シャルロット・マクドゥエル公爵令嬢!身分を笠にきた所業の数々、もはや王太子たる私、エドワード・サザンランドの婚約者としてふさわしいものではない。今この時をもってこの婚約を破棄とする!」
……課題が与えられました。
■■■
本編全8話完結済み。番外編公開中。
乙女ゲームも悪役令嬢要素もちょっとだけ。花をそえる程度です。
小説家になろうにも掲載しています。
私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。
木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。
彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。
しかし妾の子である意網を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。
だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。
父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。
そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。
程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。
彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。
戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。
彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました
Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。
必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。
──目を覚まして気付く。
私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰?
“私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。
こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。
だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。
彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!?
そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
年下男子に追いかけられて極甘求婚されています
あさの紅茶
恋愛
◆結婚破棄され憂さ晴らしのために京都一人旅へ出かけた大野なぎさ(25)
「どいつもこいつもイチャイチャしやがって!ムカつくわー!お前ら全員幸せになりやがれ!」
◆年下幼なじみで今は京都の大学にいる富田潤(20)
「京都案内しようか?今どこ?」
再会した幼なじみである潤は実は子どもの頃からなぎさのことが好きで、このチャンスを逃すまいと猛アプローチをかける。
「俺はもう子供じゃない。俺についてきて、なぎ」
「そんなこと言って、後悔しても知らないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる