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混沌たるクラースの船編
48 昔と今の違い
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「全く!またこんな無茶をして!もう何やってるのよ!」
「痛いです、ケイト先生。」
傷は思っていたよりも開いていたようで、残念なことにケイト先生はまた、一から縫う羽目になってしまった。それも今回は結構乱暴に縫うし、局部麻酔を使ってくれないから、痛みがすごい。今朝から私が傷をそのままにして、いつまでもダラダラと過ごしていたので、お昼になった頃にジェーンが、二階の彼女を呼びに行ってくれたのだ。
出血は落ち着いているから、別に放っておいても大丈夫だとは思ったけれど、こうしてまた最初から縫わなければいけないのなら、お手数おかけしてしまうし、もっと気を付けるべきだった。何度も大怪我を経験したことのある私は、少々の傷ならと、侮る傾向がある。それを改善したほうがいいかもしれない。そう反省しながら治療を受けている。
我々の部屋のソファに私とケイト先生が座り、アリスとジェーンはコーヒーテーブルに寄りかかって、床に座っている。アリスがテーブルの上に新聞を広げて読んでいて、その隣でジェーンは本を読んでいる。アリスはジェーンに言った。
「しかし、私もそうだけど、今の時代は電子書籍が一般的なのに、ジェーンも紙の本が好きなんだね。」
話しかけられたジェーンは、一度本にしおりを挟んで、答えた。
「ええ、今の時代は環境保護が最重要視されているので、紙は貴重な資源です。しかしこの時代はゴミを再利用する技術が優れています。この本も、アリスの新聞も、そうした二次の資源を使用していますが……やはり、読んでいると、古文書の方が良質だと実感します。」
アリスは新聞をめくりながら言った。
「そりゃパルプ使ってるんだもん。昔の人はいいな~。だって、資源だって豊富だし、気温だって今より涼しかった筈だよね。」
ジェーンは少し微笑んだ。
「そうですね、例えば約二千年前、今よりもっと気温が低く、大陸も格段に広かった。何処にも存在していない、雪原だって、その時代には存在していたようです。しかし温暖化の影響で、雪原の雪が全て溶けてしまい、海面が大幅に上昇しました。今はその雪原に存在していた雪山の山頂だけが、海から顔を覗かせています。ご存知の通り、それが七つの孤島です。」
やっぱ、昔の事に関して詳しいなぁ……私はちょっとにやけながら、ジェーンの話を聞いていた。そして私は皆に聞いた。
「そっか、自然って、一度壊れると元にはなかなか戻れないし、本当に大事だよね。この世界だって、元々は帝国研究所が開発した、地下世界だったんだよね。」
「そうです、」ジェーンが頷いた。「遥か昔に、地上のとある国家の、ノアズという研究所が、プレーンを開発したのが全ての発端です。それを試すには、地上では制約が混在していたので、こうして地下世界に、人工的な自然環境を再現した世界を作り上げたのです。ここで生まれた我々からしたら、あの太陽も青空も、自然の全てが人工的だとは考えられませんが。」
「そうだよね」私は頷いた。「全てがプログラムされたものなのなら、天気も操作出来れば良いのに。」
私の一言に、三人は一斉に首を振り、アリスに至っては、同情的な目で私を見てきた。
「キリー、そう言いたいのは分かるよ。でも自然に関する、マザーシステムって言ったら良いかな、それは人が制御出来ないようになっているんだよ。厳密には、この世界の人には出来ないってだけで、大昔は地上から操作出来たみたいだけど、今となっては地上の世界は、どうなっているのか、人が住んでいるのかも分からないし……兎に角、今ある自然を大事に使って行くしかないんだよ~。まあそのプログラムも完全じゃないから、バグでモンスターが出るけど、でもきっと地上にはない草木だって、この世界にはいっぱいあるし、私はこの世界を大事にしたい。」
私はアリスに同調した。
「うん、そうだよね。ルミネラ平原の草花も、帝国の条例で保護されているし、この大陸は高速道路以外、車で走ってはいけない。道路も、主要の市町村に行き来出来るだけの、シンプルなものしかない。だけど、ブレイブホースの様な移動手段だったら、足跡だけだから、草道も通って良いんだって、士官学校で聞いたなぁ。」
ルミネラ平原の、あの果てしなく続く、美しい緑の草原を思い浮かべながら話していると、ケイト先生がポンと優しく私の肩を叩いて、出来上がりの合図をして、頷いた。左腕には真っ白な包帯がしっかりと巻かれている。そしてケイト先生が言った。
「そうよ、あの草原にも、たくさんの命がある。森にも海にも。我々は出来る限り、共存していかなければならない。人間だけで、自然は維持出来ないもの。はい、巻き終わったわよキリー。もう塞がるまで、激しい運動はしないで頂戴ね。」
「はい、ありがとうございますケイト先生。……自然かぁ、今度の皇帝は、その辺をちゃんと理解していると良いけれど。」
眼鏡を中指で正したジェーンが言った。
「ええ、本当です。しかし、サウザンドリーフの森に不可欠の住人らを追い出し、その上、数百人規模の強制執行に対し、いたずらに何万と兵を動かすあたり、到底理解している様には思えません。」
「本当そうだよね~」アリスが新聞を指差して、私達に見せてきた。「あ、そうだこれを見て。」
そこには「強制執行保留 森の鎮火と共に」と書いてあった。記事を読めば、森の木はそんなに燃え広がらなかったようだ。それは良かったが、あの森も、リーフの村の住人達を失えば、どうなるか分からない。
「そっか、」私は言った。「これ以上、大きな被害にならなくて良かった。いつか、サウザンドリーフの皆が、森に帰れるようになれば良いけれど。」
ジェーンが頷いた。
「そうですね。しかし当分は難しいでしょう。強制執行保留と言えど、まだ罪は課せられたままですし、それに住人がここ、ユークアイランドに居ることで、帝国側も攻めて来ないのです。アクロスブルー橋のブレイブホース迎撃システムのように、ここにも帝都並みの自警システムがありますから。ある意味、この孤島は要塞です。海からは勿論、唯一陸と繋がるアクロスブルー大橋からも、攻め込むことは容易では無い。まあ、帝国側も最初は、リーフの村の住人がユークアイランドまで逃亡するとは思いもしなかったでしょう。兎に角、彼らはここに居るから、今は安全なのです。」
「そうか……そうだよね。たまたま近くにユークアイランドがあって良かった。このまま帝国が彼らのことを諦めて、静かに収まれば良いな。」
皆が頷いた。そして次の瞬間に、アリスがジェーンをにやりとした表情で見つめた。何か嫌な予感がする。その表情は知っている。アリスが何か企んでいるその表情。
「ところでジェーンって、結構、歴史に詳しいんだね。」
やばい。話の流れからして、もしやジェーンが過去から来た人間だと、疑っているのかもしれない。アリスのことだ、勘の鋭い彼女だから、ジェーンが歴史に詳しい部分から、ひょっとしたらと思ったに違いない。私はいつでもフォロー出来るように、何か言い訳を考えようとしたが、しかし何も思い浮かばなかった。
「え、ええ。全ての学問において、基礎的な知識程度でしたら、頭に入れているとは思いますよ。」
「ふーん、ジェーンって、フルネームは何だっけ?」
突然のアリスの質問に、ジェーンは首を傾げた。にやり顔の楽しそうなアリスと目が合ってしまった。これはまずい、標的はジェーンではなく私だったか!この場を去った方がいい、そう思い席を外そうとすると、アリスがテーブル越しに手を伸ばして来て、私のTシャツの裾を掴んだ。ニヤニヤしてる、これはまずい。
「キリーってさあ、名前なんだっけ?全然教えてくれないよね?」
「え?ああ、そうかな。そうかもね、ふふは。」
「痛いです、ケイト先生。」
傷は思っていたよりも開いていたようで、残念なことにケイト先生はまた、一から縫う羽目になってしまった。それも今回は結構乱暴に縫うし、局部麻酔を使ってくれないから、痛みがすごい。今朝から私が傷をそのままにして、いつまでもダラダラと過ごしていたので、お昼になった頃にジェーンが、二階の彼女を呼びに行ってくれたのだ。
出血は落ち着いているから、別に放っておいても大丈夫だとは思ったけれど、こうしてまた最初から縫わなければいけないのなら、お手数おかけしてしまうし、もっと気を付けるべきだった。何度も大怪我を経験したことのある私は、少々の傷ならと、侮る傾向がある。それを改善したほうがいいかもしれない。そう反省しながら治療を受けている。
我々の部屋のソファに私とケイト先生が座り、アリスとジェーンはコーヒーテーブルに寄りかかって、床に座っている。アリスがテーブルの上に新聞を広げて読んでいて、その隣でジェーンは本を読んでいる。アリスはジェーンに言った。
「しかし、私もそうだけど、今の時代は電子書籍が一般的なのに、ジェーンも紙の本が好きなんだね。」
話しかけられたジェーンは、一度本にしおりを挟んで、答えた。
「ええ、今の時代は環境保護が最重要視されているので、紙は貴重な資源です。しかしこの時代はゴミを再利用する技術が優れています。この本も、アリスの新聞も、そうした二次の資源を使用していますが……やはり、読んでいると、古文書の方が良質だと実感します。」
アリスは新聞をめくりながら言った。
「そりゃパルプ使ってるんだもん。昔の人はいいな~。だって、資源だって豊富だし、気温だって今より涼しかった筈だよね。」
ジェーンは少し微笑んだ。
「そうですね、例えば約二千年前、今よりもっと気温が低く、大陸も格段に広かった。何処にも存在していない、雪原だって、その時代には存在していたようです。しかし温暖化の影響で、雪原の雪が全て溶けてしまい、海面が大幅に上昇しました。今はその雪原に存在していた雪山の山頂だけが、海から顔を覗かせています。ご存知の通り、それが七つの孤島です。」
やっぱ、昔の事に関して詳しいなぁ……私はちょっとにやけながら、ジェーンの話を聞いていた。そして私は皆に聞いた。
「そっか、自然って、一度壊れると元にはなかなか戻れないし、本当に大事だよね。この世界だって、元々は帝国研究所が開発した、地下世界だったんだよね。」
「そうです、」ジェーンが頷いた。「遥か昔に、地上のとある国家の、ノアズという研究所が、プレーンを開発したのが全ての発端です。それを試すには、地上では制約が混在していたので、こうして地下世界に、人工的な自然環境を再現した世界を作り上げたのです。ここで生まれた我々からしたら、あの太陽も青空も、自然の全てが人工的だとは考えられませんが。」
「そうだよね」私は頷いた。「全てがプログラムされたものなのなら、天気も操作出来れば良いのに。」
私の一言に、三人は一斉に首を振り、アリスに至っては、同情的な目で私を見てきた。
「キリー、そう言いたいのは分かるよ。でも自然に関する、マザーシステムって言ったら良いかな、それは人が制御出来ないようになっているんだよ。厳密には、この世界の人には出来ないってだけで、大昔は地上から操作出来たみたいだけど、今となっては地上の世界は、どうなっているのか、人が住んでいるのかも分からないし……兎に角、今ある自然を大事に使って行くしかないんだよ~。まあそのプログラムも完全じゃないから、バグでモンスターが出るけど、でもきっと地上にはない草木だって、この世界にはいっぱいあるし、私はこの世界を大事にしたい。」
私はアリスに同調した。
「うん、そうだよね。ルミネラ平原の草花も、帝国の条例で保護されているし、この大陸は高速道路以外、車で走ってはいけない。道路も、主要の市町村に行き来出来るだけの、シンプルなものしかない。だけど、ブレイブホースの様な移動手段だったら、足跡だけだから、草道も通って良いんだって、士官学校で聞いたなぁ。」
ルミネラ平原の、あの果てしなく続く、美しい緑の草原を思い浮かべながら話していると、ケイト先生がポンと優しく私の肩を叩いて、出来上がりの合図をして、頷いた。左腕には真っ白な包帯がしっかりと巻かれている。そしてケイト先生が言った。
「そうよ、あの草原にも、たくさんの命がある。森にも海にも。我々は出来る限り、共存していかなければならない。人間だけで、自然は維持出来ないもの。はい、巻き終わったわよキリー。もう塞がるまで、激しい運動はしないで頂戴ね。」
「はい、ありがとうございますケイト先生。……自然かぁ、今度の皇帝は、その辺をちゃんと理解していると良いけれど。」
眼鏡を中指で正したジェーンが言った。
「ええ、本当です。しかし、サウザンドリーフの森に不可欠の住人らを追い出し、その上、数百人規模の強制執行に対し、いたずらに何万と兵を動かすあたり、到底理解している様には思えません。」
「本当そうだよね~」アリスが新聞を指差して、私達に見せてきた。「あ、そうだこれを見て。」
そこには「強制執行保留 森の鎮火と共に」と書いてあった。記事を読めば、森の木はそんなに燃え広がらなかったようだ。それは良かったが、あの森も、リーフの村の住人達を失えば、どうなるか分からない。
「そっか、」私は言った。「これ以上、大きな被害にならなくて良かった。いつか、サウザンドリーフの皆が、森に帰れるようになれば良いけれど。」
ジェーンが頷いた。
「そうですね。しかし当分は難しいでしょう。強制執行保留と言えど、まだ罪は課せられたままですし、それに住人がここ、ユークアイランドに居ることで、帝国側も攻めて来ないのです。アクロスブルー橋のブレイブホース迎撃システムのように、ここにも帝都並みの自警システムがありますから。ある意味、この孤島は要塞です。海からは勿論、唯一陸と繋がるアクロスブルー大橋からも、攻め込むことは容易では無い。まあ、帝国側も最初は、リーフの村の住人がユークアイランドまで逃亡するとは思いもしなかったでしょう。兎に角、彼らはここに居るから、今は安全なのです。」
「そうか……そうだよね。たまたま近くにユークアイランドがあって良かった。このまま帝国が彼らのことを諦めて、静かに収まれば良いな。」
皆が頷いた。そして次の瞬間に、アリスがジェーンをにやりとした表情で見つめた。何か嫌な予感がする。その表情は知っている。アリスが何か企んでいるその表情。
「ところでジェーンって、結構、歴史に詳しいんだね。」
やばい。話の流れからして、もしやジェーンが過去から来た人間だと、疑っているのかもしれない。アリスのことだ、勘の鋭い彼女だから、ジェーンが歴史に詳しい部分から、ひょっとしたらと思ったに違いない。私はいつでもフォロー出来るように、何か言い訳を考えようとしたが、しかし何も思い浮かばなかった。
「え、ええ。全ての学問において、基礎的な知識程度でしたら、頭に入れているとは思いますよ。」
「ふーん、ジェーンって、フルネームは何だっけ?」
突然のアリスの質問に、ジェーンは首を傾げた。にやり顔の楽しそうなアリスと目が合ってしまった。これはまずい、標的はジェーンではなく私だったか!この場を去った方がいい、そう思い席を外そうとすると、アリスがテーブル越しに手を伸ばして来て、私のTシャツの裾を掴んだ。ニヤニヤしてる、これはまずい。
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