LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる

meishino

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一つ目のパーツが入手困難編

47 早朝の贈り物

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 ウォッフォンの目覚ましのアラームで、私は目を覚ました。何度か目を擦り、サイドテーブルに置いてある眼鏡を付けて、私はベッドから降りた。少し上半身を捻り、ストレッチをした後に、寝室のカーテンを開ける。窓から常夏の眩しい朝日が射し込んで、私の黒いベッドを照らしている。

 私はその朝日の中に座り、目を閉じた。こうすることで体内に朝の感覚を与えることが出来る。だが、あまり照射時間を設けることで、ベッドのシーツが脱色する恐れがある。よって、私はカーテンを五分間だけ開けるようにと決めている。 

 次は寝室のドアを開けて、換気を行う手順だが、それはまた別の時間帯に行う。昨日から上に住んでいたキルディアが、私の部屋に越して来たからだ。それに彼女は私の寝室の目の前に、カーテンを使用し彼女の部屋を製作した。ここで換気を行えば、彼女の部屋に私の寝室の空気が漏れるだろう。それは何故か、特段避けたいと強く考えた。理由のない感情、一番私が嫌うものが、近頃この胸に存在している。

 一度ため息をつき、私は寝室のドアを素早く開けて、部屋から出た。目の前にはヤシの木柄のカーテンで仕切られた部屋がある。一応、彼女の部屋だと彼女は考えているが、果たして布一枚で部屋だと思えるのだろうか。

 よく見れば、少しだけカーテンが開いていて、そこからゆっくりと覗くと、マッドの上には畳まれたタオルケットが置いてあるだけで、彼女の姿は無かった。おや、何処だ。リビングを見て回るが、何処にも彼女の姿は無い。

 キッチンもがらんとしている。コトンと二階から物音がした。こんな朝早くに、上の階にでも行ったのだろうか。それとも何処か別の場所へ?今日は休日ということもあり、遊びに行ったのか。こんな朝早くから?

 だが、私がこんなことを気にしてどうする。目頭を押さえて、別のことに集中しようと考えたその時に、リビングのクリーム色のカーテンに人影が映った。家の前は、そのままサンセット通りで、その奥には海岸がある。

 それらが一望出来る大きな窓に、誰かが、何か大きなハンマーを持って、うろついている。もしかすると不審者の可能性がある。私は念のために、キッチンからフライパンを持って来て、構えながらカーテンを素早く開けた。

 道路上で、大きなハンマーで素振りをしているのはキルディアだった。タンクトップにカーゴパンツ姿の彼女は、額からも肩からもダラダラと汗を流して、重さ三十キロはあるかと思われる、鉄のハンマーで何度も素振りをしている。こんなことを朝からしていたのか、今までは気付かなかったが……私がじっとみていると、彼女が私に気が付いた。こちらに笑顔を向けて、ハンマーを振ったまま、私に話しかけた。

「ああ!おはようジェーン!……はあ、はあ!」

「おはようございます……キルディアは一体、何をしているのでしょうか?」

「何って鍛錬だよ。毎朝してる、けど今日はちょっと、遅い時間帯だけど。ほら、昨日色々あって、疲れて、今朝寝坊しちゃったから……おああっ!」

 ゴンと、ハンマーが道路に当たる音が響き、彼女の素振りが終わった。私は窓の外に置いてあった小さい花柄のサンダルを、足の半分だけ履いて外に出て、キルディアに近寄った。彼女はまた、素振りを再開している。あの鉄の塊を当てられては、ひとたまりも無いので、距離を置く。

「あまり、見られていると恥ずかしいけど……まあいいや、よし!次だ!」

 と、彼女は地面にハンマーを置いたまま、家の階段に向かって走って行った。そして一階の階段横に立てかけて置いてあった、大きなタイヤをゴロゴロと転がして、この場まで持って来た。私が日頃、このタイヤは何に使うのか気になっていたものだ。それをキルディアは道路に置き、ハンマーを持ち上げて、タイヤに向かって振り下ろし始めた。

 ドオンドオンと音が響く。ハンマーがタイヤの反動で跳ね上がり、彼女が仰け反るが、うまい具合に体勢を立て直して、また素早く振り下ろしている。というのを何度も繰り返している。なるほど、こうして鍛えているのか、中々体に負担の掛かる作業だが、これを毎日?私は疑問に思い、挙手をした。

「質問です、それを毎日していますか?」

 キルディアはタイヤにハンマーを置いたまま、肩で息をして、私の質問に答えた。

「あ、ああ……いつもしてるよ、うるさかった?」

「いえ、それは煩くありません。」

「そっか、おあああっ!」

 キルディアは繰り返し始めた。工学研究所の所長が、毎日する事なのだろうか、と疑問に思う反面、彼女のこの日々の鍛錬があったから、ヴァルガ騎士団長にくっつく君を上手く当てて、撃退することが出来たのだろうと、少しばかり尊敬をする。だが、よく見ると、彼女の二の腕の包帯が赤く滲んでいるのを発見した。私は声を荒らげた。

「キルディア!いけません!今すぐやめなさい!」

「うん、少し待って、分かってるから!」

 分かっている?なら何故辞めない?私が彼女に近寄ろうとすると、彼女がこちらに手のひらを向けて、停止するように促した。その時の彼女の目は、見たことのない覇気を帯びた目だった。私は息を飲み、彼女の指示に従った。

 そして彼女は作業を終えると、ハンマーとタイヤを一回の階段横に戻し、今度は室内に入った。私も後を追い、サンダルを脱いで、窓からリビングへ戻った。

 部屋に入った彼女は、リビングのソファとテーブルを端に寄せて、ヤシの木柄のカーテンの部屋から鉄の棒を一本、持って来た。それを剣の様に両手で構えて、今度は縦横、斜めに素早く棒を振り始めた。彼女のステップと鉄の棒の重みで、床がドンドンと音を立てている。なるほど、原因が判明した。

「あ、それはうるさかったです。」

「や、やっぱり?ごめん、ごめん。おああっ!」

 毎日この一連のトレーニングをしているとすれば、確かに中々強くはなりそうだ。私はもう彼女に口を挟むことを辞めて、キッチンでお茶を沸かすことに決めた。やかんに水を入れて電気式のコンロで沸騰させる。こうしていると遥か未来のこの地でも、細やかな生活の差は感じられないものだ。

 しかし、そう考えた次の瞬間には、もう既にお湯が沸いているので、その点ではやはり、ここは未来の世界なのだと実感する。温まったお湯でお茶を淹れ、マグカップに注ぎ、それを手に持ちキルディアが端に寄せたソファに座って、お茶を飲んだ。こちらに向かって彼女が素振りを行なっているので、中々の迫力だ。

「ちょっとジェーン……なんで前に座るの、まあいいや、私が横向く。」

 彼女が窓の方に向かって素振りをし始めた時に、彼女の左腕の包帯が真っ赤に染まっているのを見た私は、思わず立ち上がってしまった。私が何を言ったところで、鍛錬を止めることは無いのだろうが、一応止めることにした。

「キルディア。」

「……はっ!はっ!え?何?」

「傷が開いています、もうその辺で、おやめに「いや、開いたものは仕方ないから、まだ続ける!どうせ、ケイト先生に、怒られるから!うあっ!」

 それからもキルディアの素振りは続いた。暫くして、急に鉄棒を床に立てて、その上におでこを乗せて、背中で息をしながら休み始めた。私は洗面所からタオルを持ってきて、彼女の肩に掛けた。タオルを受け取った彼女は顔の汗を拭いて、それから左腕の傷にタオルを当てた。白いタオルは、すぐに赤く滲んだ。私はもうやめて欲しいと彼女を真剣な眼差しで見た。目が合った彼女は、分かってくれたのか、何度か頷いた。

「分かったよ、分かった。もうしない、もう……筋肉が痛い。」

「ええ、やめた方がいいと、先程から。」

 はは、と少し笑ってキルディアが風呂場へと向かった。毎朝、何の理由があって、ここまで自分の身体を追い込むようなことをするのか、不思議でしょうがない。端に寄せた家具を元通りに戻していると、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。誰だ?私は出ることにした。

「おはようございます、少し早かったでしょうか?」

 玄関にいたのは、サウザンドリーフの村の村長の娘である、アーネル一人だった。今朝はリゾート柄のワンピースを着ている。ミラー市長に支給された衣類だろう。私は彼女が通りやすいように、更に扉を開けた。

「おはようございます、どうぞ何も無いところですが、中へ。」

「いえ、ここで大丈夫です。すぐに終わりますから。実は……これを。」

 彼女が私に差し出したのは、何と、例のパーツだった。

「これを?私に?」

「はい、」アーネルは微笑んだ。「差し上げます。こんな、要らないかもしれないけれど、でも綺麗だから。これしか今は、お礼が出来なくてごめんなさい。今、私が持っている中で、多分これが一番高価だと思うし、それに……。」

 いえ、お礼なんて、とでも言うべきだろうか。まさか貰えるとは。

「これを……あなたから、キルディアさんにあげてください。」

「え?私がこれを、キルディアに差し上げるのですか?」

 何の事だか、さっぱり理解が出来ない。これは私が受け取るものだが、更にキルディアに差し出せと言うのか?ならば自分でキルディアにあげればいいものを。困惑している私とは対照的に、アーネルは陽だまりのような笑顔で言った。

「ふふ、ええそうです。村のみんなも父も、ミゲルもゲイルも、これはあなたがキルディアさんにあげるべきだと口を揃えて言っていました。私もそうして欲しい。だって……まあまあ。それじゃ、また。」

「あ、ああ、そういう訳ですか。ありがとうございます。」

 そうは返事したものの、何の事だかさっぱり理解出来ない。取り敢えず私は、アーネルからパーツを受け取り、扉を閉めた。程なくしてシャワーを浴び終えたキルディアが、濡れた髪をタオルで拭きながら、リビングに戻ってきた。

「今の誰?ってあれ?それって……。」

「はい、アーネルから頂きました。キルディア、はい、どうぞ。」

 とにかく指示通りに動くべきだと判断した私は、アーネルに言われた通りに、キルディアに赤いパーツを手渡した。この流れに何の意味があるのか、さっぱり理解が出来ない。

「え、何で?私にくれるの?」

「アーネルに、私からキルディアに差し上げるように頼まれました。ですから手順通りに行なっています。」

 キルディアは私からパーツを受け取って、色んな角度から、それを眺めた。

「ああ、ありがとう……わあ、キラキラしてる。でもこれって、ジェーンが探していたものだよね?だから……はい、どうぞ。」

 彼女は半分笑いながら、その赤いパーツを私に差し出した。私はそれを受け取った。その時に、彼女の手は意外と小さいのだと思った。

「そうですね、私が探していた大切なものです。ありがたく頂戴致します。」

「それにしても今のは何だったの?アーネルさんも、どういう事だろう。まあいいや。」

 と、彼女はお茶を飲むためにキッチンに向かった。私もやはり今の出来事について、少しも考えが及ばなかった。
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