46 / 253
一つ目のパーツが入手困難編
46 パインマフィン
しおりを挟むさっきから私の質問に答えてくれない。アリスとケイト先生は、苦笑いしては顔を合わせ、という仕草を、何度も何度も繰り返している。痺れを切らしたのか、ジェーンが眼鏡を中指であげて、彼女らに聞いた。
「ケイト、アリス。これからは内緒事をしないと言う、約束ではありませんでしたか?一体何があったと言うのです。このような大荷物、ただのご近所への、お出かけには見えません。何処かに行くのでしょうか?」
それを聞いたケイト先生が、アリスに話しなさいよ、と言う目配せをした。アリスはえ~と声を漏らして、言いづらそうに話し始めた。
「……実はぁ、立ち退き勧告を受けちゃったんです。」
「え?なんの?」
吸い付くようにアリス達を見てしまう。私と目があったアリスは、またため息をついて、それから言った。
「ほら……姉さんの予想の件で、逃げようとしていたから、大家さんにもそう言っていたの。引っ越すって。そしたら大家さん、もう次の入居者を決めちゃったんだって。まあ、それは私達が引っ越すかもしれないと言ったことが原因だけど、何もまだ住んでるのに、次の入居者決めることないよね?」
「あ!?じゃあ何処に行くの!?」
私が立ち上がりながら聞くと、他の三人は苦笑いをした。アリスとケイト先生は分かるが、どうしてジェーンは同調した?今同時にこの話を聞いたはずなのに、まるで彼女らの行く先を知っているようだ。え?え?何も頭に思い浮かばない私は、キョロキョロと三人の顔を伺って、誰が最初に話し始めるのか待った。
「キリー、」口を開いたのはアリスだ。「だからここに来たんだよ、私達。」
「え?どうして?」
「ごめんなさいね、キルディア。アリス、他を当たりましょう。」
ケイト先生が立ち上がった時、ここに来てくれたのは、私の家に居たいからだと気付いた。私は慌ててケイト先生達に、また座るように促した。
「いやいや!ちょっと待って!いいよ、居ていいよ!泊まるの初めてじゃないし……でも明日も家が無いのか。ユークはもう物件何処にも空いてないって言うものね。あれ?でもリーフの人達の所なら、空き部屋あるのかな?」
「それが、」ケイト先生がため息をついた。「リーフの皆がいる宿泊施設はもう一杯一杯なのよ。不動産屋にも行ったけれど、キリーが言った通り、もう空き家が無くて。研究所で寝泊まりすることも考えたけれど、私も仕事で疲れていると職場で寝たいとは思えなくて。ごめんなさいね、あなたしか頼れる人が居なかったのよ。」
あ!そう言うことか!
「ああ!分かりました!いいですよ、こんな狭い所で良かったら、三人くらい一緒に住める「それで相談なんだけれど。」
私の話を遮ったケイト先生は、私の肩を掴んで、そっと私を椅子に座らせると、テーブルの上にリュックから取り出した、パインマフィンの箱を置いた。これは……ユークアイランドの有名なお土産だ。どうしてわざわざユークアイランドのお土産をくれたのか謎だった。いや、嬉しいけれど、ここはユークアイランドだけど、嬉しいけど。
「あ、ありがとうございます……でもなんで?え?」
「単刀直入に、お願いするわね。この部屋を私たちに貸してくれないかしら?家賃は払うわ、家具レンタル込みで。」
アリスがニコッと笑った。私は戸惑いながら聞いた。
「え?でもどうして、アリス達は、私と一緒に暮らすのは嫌なの?」
「だってー、家にまで上司がいたら、気が休まらないもん。」と、アリスが答えた。
「ええ!?でもプライベートでは友人じゃないの?その辺のメリハリは付けるから、気にする事ないよ。」
「やっぱりちょっと気を使うもん~、お願いキリー。」
待ってくれ、待ってくれ。頭の整理が追いつかない。私は挙手した。
「じゃあもう一つ質問、私は何処に行くの?」
するとケイト先生とアリスが目を合わせた瞬間に、二人は同じタイミングで下を指差したのだ。私は首を凄まじく振り、拒絶した。
「ムムム無理だって!そうでしょ、ジェーン!?」
彼の方を見ると、平然とした様子で、優雅にお茶を飲んでいた。
「私は構いませんよ、どうせ頻繁に様子を見に伺いますので、その手間を省けると考えれば、合理的ですし、何もキルディアが上司であっても、プライベートでは親友同士ですから、気は使いません「あのさ!ジェーンだって、少しばかりは気を使うでしょう!?私は使うね!その、ジェーンの……家族にだって気を使うね!」
「家族など、私はもう成人です。親の反対など気にしません。もう居ませんし。」
そうではない、あんたの嫁さんのことだよ。呆れ顔をしていると、ケイト先生が申し訳なさそうに言った。
「やっぱりいいわ、急にこんな提案をしてしまって、ジェーンに申し訳ないし、これからは帝都で「いえ、私は構いません。それに、帝都から毎日ソーライ研究所に通うおつもりですか?時間がかかり過ぎて、アクロスブルーラインで寝泊まりするようなものです。私はキルディアと暮らすことに何の不満もございません。但し、一つ条件があります。寝室は譲りません。」
私はがっくりと肩を落とした。
「いやいや、寝室って、この間取りで唯一の個室だよね?」
「いえ、風呂場もお手洗いも洗面所も、全て独立した個室です。」
そう言うことじゃない。少しぐらい女性である私を気遣ってくれてもいいのに……でも彼はちょっと神経質なところがあるから、野宿を何度もしてきた私に比べれば、個室の必要性が段違いなのかもしれない。
私はケイト先生とアリスを見た。二人は微笑んで我々の会話を聞いていたが、やはり少し申し訳無さそうだった。それもそうか、いきなり家を無くしたのは、それなりの事情があったのだ。
「……分かった。ジェーンとルームシェアしてみる。寝室はジェーンが使っていいです……それにこの家具も別にレンタル料は、いらな「ありがとう!大好き、キリー!」
アリスが思いっきり抱きついてきた。それに続いてケイト先生も、私とアリスと包み込むように抱きしめてきた。さらに我々を包むように、ジェーンが抱きついて来て、グループハグのようになった。彼のその行為は、知的好奇心によるものだなと思った。
そうと決まれば行動は早い方がいい。私は寝室のクローゼットに置いてあった、ギルド時代の登山用リュックに、自分の服やドライヤーなどを詰めた。元々私物が少なめだったので、アリス達に手伝ってもらったらすぐに終わった。
荷物を背負い、一階に移動した私は、マスターキーでジェーンの部屋のロックを外した。今夜からここが、私の部屋になるのだ。覚悟を決めて、部屋の中に入ると、いつも彼から香る、海のそよ風のような爽やかな香りが広がった。完全に、人の家にお邪魔している気分になった。
リビングには以前私が選んだ、モダンでモノトーンの家具が置いてある。黒いコーヒーテーブルにソファはグレーで、本棚も黒い。もう既に、所狭しと本がぎっしり入っている。そして明るい色の木の床に白色の壁で、色彩のバランスが取れているように思えた。
さらに奥に進むと、寝室の扉があり、その前のスペースには物が何も無く、がらんとしていた。私の部屋ではこのスペースに、ソファが置いてあった。ここを寝床にしようか、そう考えていると寝室からジェーンが出て来た。
「おや、来ましたね、これからどうぞ、よろしくお願い致します。」
「こちらこそ宜しく。家にいる時はさっきも言った通り、気を使わないでいいからね。」
「はい。」
背負っていたギルド兵リュックを床に置き、持って来たポールを長方形になるように、寝室前のスペースに立てて置いた。ジェーンが首を傾げて見守っている。
「何をしていますか?」
「こうやってポールを設置するでしょ?ここにも、ここにも……そしてこのワイヤーで繋いで、そうしたら……。」
リュックの中からヤシの木柄のカーテンを取り出し、金具をワイヤーに付けて、それにカーテンを引っ掛けた。ちゃんとシャッと開閉出来る。これで私の簡易的な部屋が出来上がった。
「ふう、これが私の部屋ね。ギルドの物が役に立って良かった。このカーテンから内側には入って来ないでね。」
「用事がある時は、どうしたらよろしいですか?」
「名前呼んで。」
「はい。」
そして私は上の階に再び行き、マットを取った。それをまた下に運んで、今度はベッドの制作に挑んだ。ジェーンはバタバタ動く私を眺めながら、ソファでお茶を飲んでいる。マットをカーテンの部屋に敷くと、それだけでスペースのほとんどが埋まってしまった。
それから何往復もして、マットの傍に木製の収納ボックスを置き、その中に着替えや生活必需品を入れて、その上には先程貰ったパインマフィンの箱を置いた。
はは、どんどん私の部屋が狭くなる。しかしこれも仕方のないことなのだ。こうなったのは誰のせいでもない、全てはあの皇帝のせいだと理不尽な言いがかりを心の中でつけて、一人で笑ってしまった。気がつくとカーテンに人影が写っていた。私はその影に話しかけた。
「じゃあ、もう二十三時だから寝るよ。突然ルームシェアすることになってごめんね。家賃だけど、もう負担しなくていいから。」
「いえ、半額は支払います。それにこの方が、緊急を要した時に上の階に医者もいますし、あなたに用事がある時も、二階に行く手間が省けます。」
枕を三つ重ねて、その上に上半身を沈めると、急に眠くなった。
「そっか、それならいいや。お休みなさい。」
「お休みなさい、キルディア。」
そのあと私は、私の想像するジェーンの奥さんに、怒られながら追いかけられる夢を見たのだった。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説


悪役令嬢カテリーナでございます。
くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ……
気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。
どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。
40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。
ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。
40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
【完結】「幼馴染が皇子様になって迎えに来てくれた」
まほりろ
恋愛
腹違いの妹を長年に渡りいじめていた罪に問われた私は、第一王子に婚約破棄され、侯爵令嬢の身分を剥奪され、塔の最上階に閉じ込められていた。
私が腹違いの妹のマダリンをいじめたという事実はない。
私が断罪され兵士に取り押さえられたときマダリンは、第一王子のワルデマー殿下に抱きしめられにやにやと笑っていた。
私は妹にはめられたのだ。
牢屋の中で絶望していた私の前に現れたのは、幼い頃私に使えていた執事見習いのレイだった。
「迎えに来ましたよ、メリセントお嬢様」
そう言って、彼はニッコリとほほ笑んだ
※他のサイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる