上 下
44 / 253
一つ目のパーツが入手困難編

44 ミラー夫人

しおりを挟む
 無言で考え込んでいると、赤いワンピースで麦わら帽子を被った、体の大きなおばさんが、人だかりをかき分けて、こちらに向かって来ているのが見えた。じっと彼女の姿を見ていると、彼女は私の真後ろに来て、そこで立ち止まった。

「キリちゃん。」

「あ、ミラーさんところの奥さん……。」

 浜辺のモンスター退治の時に必ず駆けつけてくれる、近所のおばさんだった。彼女のギラギラとした笑顔を見ていると、正直、今の私は、それだけで疲れてしまった。

「すごい怪我ね、私キリちゃんとヴァルガ騎士団長の戦い、生で見たかったわ。」

「ああ……でもヴァルガ騎士団長は、くっつく君で撃退したんです。そんな期待しているような見応えのある感じじゃないですよ。」

 私はジェーン越しに海を眺めた。ジェーンがいつもの真顔で、私の顔を凝視しているのが視界に入る。その時に、ケイト先生の治療が終わったようで、ポンと私の肩が優しく叩かれた。

「私、キリちゃんの大ファンなの。」

 夫人、まだ後ろに居たのかい……嬉しいけど、今は考えることが多すぎる。

「はは、それは嬉しいです。」

「だから私、ちょっと提案があるのだけれど。」

 提案?何だそれは。もう一度、振り向こうとした時に、丁度ケイト先生が立ち上がって、その瞬間にミラー夫人が、ケイト先生が座っていた場所へ、ドスンと座ってしまった。急に近づいてくるし、相変わらず獲物を捉えた目つきの割には、口角が頬ぼねまで上がっているような、ギラギラした笑顔だし、その勢いが私の恐怖心を煽った。

「な、何ですか、提案って。」

「キリちゃんの家の隣……って言っても、ちょっと区画が離れているけれど、そこに今度、私の夫がスパを建設する予定なのは、知っているわよね?」

「え?ええ、そのようですね、あれですよね?」

 私は自宅の前のサンセット通りを、ちょっと奥まで進んだところにある、工事現場を指差した。すると人だかりの中から、何かを察したのか、乱れた七三分けが悲壮感を漂わせている、ミラーさんの旦那さんが慌てて我々の方へ駆け寄って来て、首を振って言った。

「ちょっとママ、ダメだよ。」

「何言ってんの、あんたは黙っていなさい。」

「はい……。」と、ミラーの旦那さんは一瞬で、意気消沈してしまった。夫人はカカア天下なんだと少し笑いそうになったのを堪えた。一度旦那さんを睨んでいた夫人が、にこやかな表情に戻ると、私をじっと見た。

「だからあそこ、サウザンドリーフの皆様に貸してもいいわよ。」

「え!?」私は思わず立ち上がった。「本当ですか!?」

 ヒューゴさんも口をあんぐり開けて、ミラー夫人を見ている。夫人は続けた。

「いいわよ。あそこを取り敢えず使って頂戴。大体の施設は出来上がっているし、ちょっとしたホテルやバンガローもあるから「でもママ」あんたは黙っていなさい!「はい」その代わりなんだけど……。」

 度々ミラーの旦那さんが押し込められているのが気になるが、これは最高の提案だった。その代わりの条件を何でも飲んでやると、意気込んで話を聞いていると、しゃがんでいるジェーンが挙手をして質問をした。

「質問しても、よろしいでしょうか。リーフの村の皆様が、ここで暮らすには住人登録が必要です。そのホテルやバンガローを借りの住居として、提供することは素晴らしいことですが、リーフの村の住人は、帝国の強制執行から逃げて来た……いわば罪のある人々です。それを果たして、ユークアイランド側が受け入れ、住人登録させてくれるでしょうか?悪い意味はありません、私も彼らが無事に住めることを願ってはいます。それを前提として聞いてください、キルディア。」

 彼は、途中から私の顔が、かなり歪んでいくのを見ていたのだろう。話の中盤で、フォローに入り始めた。だが、彼の言っていることも分かる。ここにいる住人同士で話を進めても、それは仕方のないことなのかもしれない。ああ、市長に会いに行くべきだな。なんて言おう、頭を抱えていると、ミラー夫人が、ぽろっと発言した。

「私が市長です。」

「え?」彼女の方を見た。ミラー夫人も、え?という顔をしている。

「キリちゃん知らなかったの?私が市長だってこと。」

「は、はい。」

 う、嘘でしょ。私がぽかんとしていると、ミラー夫人が手をバンバン叩きながら、笑い始めた。

「やだわ!面白いわね!私が市長よ!あはははは!はぁ~、だからね、夫の事業のスパ施設のホテルを、避難先にしていいと言っているの。どうぞ使って頂戴。皆のことは受け入れるから。」

 ヒューゴさんが驚きと、喜びの混じった笑顔で立ち上がり、私の前で、ミラー夫人と熱い握手を交わし始めた。周りの住人達も皆、同様の表情をして拍手をしている。そしてミラー夫人が言った。

「その代わり、お手伝いして欲しいの。」

 ヒューゴさんが首を傾げた。

「お手伝いとは何でしょうか?」

「ユークアイランドの町のはずれに、大きな崖があるの。その下を行くと焼け野原がある。以前、帝国と、闇組織との戦争が行われた地でね、もう何も燃えてはいないのだけれど、焦げて草も生えなくなってしまった。出来ればそこに、再び緑を生やして欲しいの。正式な公共事業として、一時的に、リーフの皆様にお願いしたいの。ほら、いつか向こうに帰る時まで。どうかしら?」

「それなら!」大声で叫んだのは、自警団のリーダーのゲイルだった。「緑のことなら俺たちのテリトリーだ!どんな地でも蘇らせてみせるぜ!」

 ゲイルが張り切った笑顔で腕をまくりあげた。他の自警団の男達も、それを見て笑い始めた。その時に私は、彼らの射撃技術を思い出した。

「じゃあ、自警団の皆さんには、ユークアイランドのスナイパー部隊と、連携してもらうのはどうだろう。折角の射撃の腕、眠らせておくのは勿体無いかもしれない。」

 パンと手を叩いた、ジェーンが立ち上がった。「それはいい「それいい!さすがキリちゃん!そろそろユークの射撃部隊を強化したいと思っていたところなの!リーフの村の皆さんの中で、魔銃に興味がある人がいたら、お願いしたいわ!」

 ジェーンが自分の声がミラー夫人にかき消されたことに、彼なりの不満を持っている表情をしている。そんな彼に気付かないミラー夫人の元には、何人か挙手をして志願している男女が、集まり始めた。ペコペコと何度も、ミラー夫人に頭を下げているヒューゴさんが、彼女に話しかけた。

「我々を受け入れてくださる上に、住居や仕事まで……これから我々は、あなたについて行きます。」

 夫人は首を振った。

「何言っているのよ、村長。違うわ。リーフの住人の皆さんは、ユークアイランドの住人としてではなく、リーフの住人として、ここの地で暮らすのよ!つまり姉妹協定を結ぶの!そのほうが興奮するでしょ?私人生で、何事にも興奮していたい人間だから、嫌でもそうさせて頂戴ね。私たちは土地と仕事を、リーフの皆さんには草木の繁栄と、自警団の技術を、交換すればいいじゃないの!」

「じゃあ、」私は挙手した。「つまり、リーフの村が、まるっとこの孤島にやってきたということ?」

「つまりそういうことよ、キリちゃん!だって森に帰れるようになったら、帰りたいに決まっているもの!それまでどうぞよ。でもどれだけ居ても構わないわ、こんなに優しい人達だもの!歓迎するわ!」

「お、おお……?」

 ヒューゴさんが展開の速さに、まだ理解が追いついていないようで、アーネルが何度も彼に今の話を説明した。そしてヒューゴさんが理解すると、彼はミラー夫人にハグをした。夫人は喜び、それを見ていた旦那さんが、ちょっと嫉妬した表情をしていて、私は笑いそうになった。
 そうしてサウザンドリーフの村人は、ユークアイランドと協力することになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...