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一つ目のパーツが入手困難編

32 ブレイブホースの運転

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 翌日、宿屋から外に出ると、からからに晴れた空と、湿度の少ない、心地よい気候が、優しく私の体を包んだ。青空に向かって両手を挙げて、背中をぐいっと伸ばすと、体に新鮮な空気が染み渡った。

「ああ、晴れましたね。草原は、ぬかるんでいそうですが、運転は出来ますか?」

「え?お互い一台レンタルするでしょう?」

「何を。私がブレイブホースたる野蛮な乗り物を、運転出来るとお思いですか?私の世界には、この様な乗り物は存在しておりませんでした。どこがアクセルなのか、何を動かせばブレーキなのか、見当もつきません。是非、相乗りでお願いします。そうですね、もしどうしても私自身に運転させたいとご所望なら、今から練習したとしても、あと数日は「分かりました、運転します。」

 ジェーンがにやりと笑って、私の肩をポンポンと叩いたのを、私は埃をはらう様にして、彼の手を退かせた。どうしてこうも世話が焼けるのか、だが奇妙なことに、彼の世話は嫌いではない。今まで一人で生きてきたからか、誰かの世話を焼くことは新鮮だし、頼りにされている気がする。

 士官学校に入学したのは、親の望みでもあったが、私自身の望みでもあった。誰かの役に立ちたいという思いが私をそうさせた。元々世話好きなのである。

 レンタルショップの裏には、ブレイブホースが格納されている倉庫と、百メートルトラックぐらいの練習場、それから帝都からの出口の門へと繋がる道があった。昨日慌ただしく旗をしまっていたぽっちゃりの男性が、私達の分のブレイブホースを倉庫から出してくれて、点検している。

 彼の世話を焼くことは嫌いじゃないと思っているが、昨日の一件は少し忘れたい。後先何も考えないで、ジェーンと宿を借りたが、急な雨で、部屋はほぼ埋まっていた。他の宿はもう満室だろう、ここにするしかあるまい、と思っていると、ジェーンにも同じことを言われて、そこで部屋を借りることに決めてしまった。だが部屋は一部屋しか空いていなかった。よって、私はジェーンと同じ部屋で一晩を明かしたのだ。

 ベッドは二つあったし、幸い疲れていたのか、夕飯を終えると、ジェーンが早めに寝てくれたお陰で、私は少しだけ一人で、ゆっくりと過ごす事が出来た。しかし、二人の領収書には、同じ部屋番号が書かれていた。それは後程、写真を撮って、総務部へと送らなくてはならない。ああ、領収書を見た時のリンのことを想像したくない。きっと有る事無い事を想像しては、一人で騒いで、或いはキハシ君と騒いで、質問責めをしてくるだろう。胃が痛くなった。

「よし、点検はもう終わった。この一台で行ってくだせぇ!去年出たばかりの最新型のブレイブホースですよ!騎士団が今、使用してるのと同じものです、さあどうぞ!」

「ありがとうございます。じゃあジェーン、乗ろうか。」

「はい。」

 私が先にブレイブホースに跨り、次にジェーンが主人の手を借りて、私の後ろへと乗った。この馬型の乗り物は二人乗り用で、アクセル全開にすれば、車よりも速度が出る。

「お嬢さん、乗り方分かるかい?」

「分かります!ギルドで経験があるので。」

 それだけ言って、レンタルショップのロゴが入っているヘルメットを被った。このヘルメットにはウォッフォンと連携出来る、通信機器とスピーカーが内蔵されいてるので、運転中でも会話が出来る。あまり喋っていると落馬して地面に叩きつけられるか、下手すりゃブレイブホースの足の下に転がって、ミンチになるだろう。

 特に初心者だと、後部座席であってもよく落馬するので、私は追加の料金を支払って、ジェーンとブレイブホースを繋ぐ、ハーネスを付けてもらった。そしてエンジンを付けて、私はゆっくりとアクセルを踏んだ。本物の馬と同様に、弾みを付けて進み始めると、後ろに座っているジェーンが私のお腹に手を回して、更に、私が苦しいぐらいに抱きついてきた。私はヘルメットのスピーカーに叫んだ。

『ちょっと!苦しいんだけど、もう少し緩めてくれない?おええ!』

『汚いですね。ですが仕方ありません、予想していたよりも揺れるので、落馬を防ぐためです。ここで落馬して私の回復を待つのに、一体何日掛かることか、あなたは未然に事故を防ぐことを考えませんか?』

『考えるけど、ハーネスがあるでしょ!』 

 レンタルショップのコースから道路に出ると、私は徐々に速度を上げた。そして帝都の門からルミネラ平原に出ると、一気に加速させた。この平坦な草原地帯は、ブレイブホースをぶっ飛ばす為にあるようなものだ。ホースのヘッド部分のメーターには、時速百キロだと表示された。この速さで行けば、あと数時間で、サウザンドリーフの森に着くはず。

 しかしキツイ!ジェーンが男の力で、私のお腹を潰しにかかっている。私はまた叫んだ。

『ジェーン!苦しい!運転が乱れるんだけど!』

『仕方ありません!私は乗った経験がありません!ここで落馬すれば、一体あと何日掛かることでしょう!?』

『それ聞いた……』

 帝都やサウザンドリーフの森がある、このルミネラ平原と呼ばれる平野は、地平線が美しい草原地帯だが、たまにゴツゴツとした大きめの岩が落ちている。私はそれを、ジャンプ機能で飛び越えた。ブレイブホースと一緒に飛び越えると、本当に馬に乗っている気がして、気持ちいい。それをジェーンも分かってくれるかなと思って、やったことだったが、私の予想は覆された。

 着地した途端に、ジェーンが私のお腹を、まるで紙を丸めるように、ぐしゃっと握りつぶしてきたのだ。あまりの痛さに私は叫んだ。

『うあああ!痛いよ!一体どうしたの、ねえ?今飛んで気持ち良かったでしょ?』

『これからは自分の価値観を、勝手に相手に押し付けるようなことはやめなさい。そして速度を落とすように!聞こえますか?キルディア、減速しなさい!』

 それ程までに怖がり、混乱しているジェーンを見るのは初めてで、なかなか面白い。もう少し続けようと私は話し始めた。

「何言ってんの!速度落としたら、森に着くのも大分遅れるじゃない!それに少しばかり揺れたって、ジャンプしたって、ジェーンにハーネスがあるから落馬しないよ。大丈夫!』

『ハーネスとは、この革製の、チープなくだらないベルトのことでしょうか?果たして、この牛革に、私の重さを支える力があるのでしょうか。声を大にして聞きたい、何故、牛の革かと。通常ハーネスには合成繊維を使用するべきで、このベルトに、十分な耐荷重があるとは到底考えられない。それに、この乗り物は、生身の身体で乗るには速度が速すぎます!ああ、重複……キルディア、騎士の人間を想像してください。彼らが何故、あのような頑丈な素材の防具を身につけているかご存知ですか?』

『それは魔銃の弾を防ぐためでしょう?あの素材を帝国研究所が開発するまで、戦は魔銃による撃ち合いや、魔術のぶつけ合いがメインの戦いだったけれど、今は防具で魔弾が効きづらくなったから、近接武器の方が主力になってきているらしいね。』

『ほお、詳しいですね。しかし私が言いたいのは、そういうことではございません。私が言いたいのは……あのような防具を付けていても、落馬して亡くなっている騎士が、毎年何人も存在するということです!』

『それは場所が悪いよ、騎士はこれに乗って、イスレ山に登ったりもするんだから、落馬した場所が崖っぷちだったら、ちょっと生きることは難しいけど、でも今はハーネスもあるし、万が一落ちても草の上だから。最悪、骨折ぐらいで……痛いってば!』

 またもや彼は、私のお腹をぐいっと握りつぶしてきた。あまりの痛さに、私は身じろいだ。

『痛い!やめて!』

『速度を下げなさい!絶叫しますよ?』

『わ、分かったよ!』

 絶叫されては困る。これ以上は仕方ないので、ジェーンが大丈夫と思うまで、少しづつブレイブホースの速度を下げた。これでは徐行しているようなものだ。遥か彼方に、ちょこんと見える森が、さっきまでは手に届く距離に感じたのに、かなり減速した今となっては、月と同じぐらいの遠さに思えた。
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