上 下
28 / 253
一つ目のパーツが入手困難編

28 オードブルの為に

しおりを挟む
 答えになっていない気もするけど……私はジェーンに従うことにした。一度、自分達の研究室で帰り支度をしてから、研究室を出て、ロックを掛けて、ジェーンと一緒に、通路奥の医務室へと向かった。

 ドアを開けるなり、ジェーンは姉さんの机の上に置いてあったバッグを手にして、無言で、姉さんの腕を掴んで、歩き始めたのだ。いやいや!無理やり連れて行くなんて!一瞬、これは裏切られたのかと思ったが、彼を信じることにして、私も後を追った。姉さんだって訳も分からず、帰り支度をさせられて、連れられて行くのだから、かなり戸惑っている。

「ちょっとジェーン!?どこに連れて行くのよ!行き先くらい教えなさい!」

 抵抗気味の姉さんの腕を掴んだまま、ジェーンはエントランスから外に出て、ユークアイランドの街へと向かって、足早に歩いている。その間に、姉さんから何度も「アリス、どう言うことなのか、説明しなさい!」と言われたが、私は首を傾げた。だって彼が何を考えているのか、多分キリーのところへ向かおうとしているんだろうけど、それが一体、どう言うつもりなのか、分からないもん。

 街に着いても、ジェーンは姉さんの腕を引き続けた。姉さんはそのうち抵抗をやめて、ジェーンと共に歩き始めた。

「ジェーン、少しぐらい、話したらどうなの?どう言うつもりよ?」

「……。」

「アリス、どう言うつもりなの?何なのこれは。」

「だ、大丈夫だよ姉さん。よく分からないけど。」

 青空が眩しい中、私達は、お店の立ち並ぶ大きな商店街を通って行き、サイクリングロードにもなっている、ゆるい坂道を降りると、サンセット海岸が目前に広がった。ジェーンが腕を掴むのをやめたが、この道順から、姉さんはどこに向かっているのか予想が出来たようで、取り敢えず、彼について歩いて行った。

 海岸通りを歩く、二人の後ろ姿を見る。海風に、ジェーンの長い金色の髪と、姉さんの白いセミロングの癖っ毛が揺れた。思えば、姉さんとレストラン以外の場所に来るのは、久々のことだった。姉さんとは仲がいいけれど、友達のようにではない。こうして一緒に歩いているのが久しぶりなので、私は少し緊張してしまい、無口になった。

 少し歩いたところで、海岸に人だかりが出来ているのが見えた。ワイワイと人々の声で賑わっていて、砂浜にはサメのようなモンスターが、鋭利な刃物で全身を切られて、ぐったりとしていた。人々はそれを眺めたり、足てつついたりしている。

 あの群衆の中に、キリーがいるのかなと思った、その時に、人だかりから歓声とも、悲鳴とも取れる、どよめきが聞こえた。一瞬で、キリーに何かあったのだと思うと同時に、ジェーンが急いで道路から砂浜に下りて、人だかりの方へと走って行ってしまった。その後を私は続こうとして、道路を降りたが、後ろから姉さんが付いてこない。振り返ると彼女は、体を街灯に預けて、息を切らしていた。

「姉さん大丈夫?でも、ジェーンが行っちゃった。」

「はあ……私達は、ゆっくり行きましょう。急ぐことは、ないわ。あの人だかり、いつものアレでしょう?きっとジェーンは、キリーを心配したのよ……はあ。」

「ふふっ」と、声を出して笑ってしまった。姉さんは半分笑いながら、私を睨んだ。

「何よ、アリス。」

「だって、これじゃあ、騎士から逃げ切るなんて、無理だもん。」

 姉さんは無言で下を向いた。姉さんの息が整うのを待ってから、私達は一緒に砂浜を歩いて、人だかりの方へと向かって行った。知っている風景だ。そのうち人の声が、鮮明に聞き取れるようになった。

「いやあ、やっぱキリちゃんに、頼んでよかったな!今回も楽しかった!」
「ああ、本当だな。これがあるから、逆にモンスター来ないかなって、期待しちゃうもんな!」

 この人達は、この近辺の富裕層の住人で、戦闘を終えたキリーを取り囲んで立っていた。私はちょっとだけ小走りで、人をかき分けて、どんどん進んで行くと、汗だくで、砂浜に大の字に寝っ転がっているキリーが居た。彼女を見下ろすように、ジェーンが腰に手を当てて立ちながら、キリーに言った。

「しかし、この量のモンスター、よく一人で片付けましたね。」

 確かに、この砂浜には、モンスターの死骸が、五、六匹転がっている。更にキリーに近づいた私は、思ったことを素直に言った。

「これだけ倒したならギルドだと……六十万だし、ハンターがもらえる金額は半分だから、三十万カペラはもらえるのに。」

 私の声を聞いたキリーは、ジェーンを見るのをやめて、不思議そうな顔で私の方を見て、聞いた。

「あれ?アリスだ。何してるの?」

 重そうにゆっくりと体を起こして、私に手を振ってくれたので、私も手を振り返してから、遠くに姉さんも居ることを伝えようと指をさした。それを見た彼女は、少し遠くでゆっくりと歩いている姉さんの姿を見つけると、姉さんに向かって、笑顔で手を振った。

 その時に、キリーの腕に出来ていた大きな傷から、ポタポタと血が垂れて砂に落ちた。早く手当てをしなきゃいけないと、姉さんを呼ぼうと思ったが、そうするまでもなく姉さんは、今日一番の素早さで、こちらに向かって、砂の上を猛ダッシュして来ていた。見たことない姉さんの気迫に、私もそうだけど、キリーもビクッと体を震わせて驚いていた。人をドカドカ押して近づいて来た姉さんに、キリーがビビりながら言った。

「おおお!砂の上なのに、ケイト先生速い!しかもパワフル!」

「何言ってるのよ!怪我してるじゃないの!こんな傷の開いた状態で、砂の上になど寝っ転がらないでちょうだい!」と、怒鳴った姉さんは、手のひらでキリーの頭を叩いた。

「痛い!そっちの方が痛い!」

「そんな訳ないでしょう……ちょっとジェーン、きれいな水を、持って来てくれないかしら?」

「承知しました。」

 キリーの家の一階に向かったジェーンが、暫くすると、バケツを両手に抱えて、外に出てきたのだった。彼がキリー宅の一階に住んでいるのは、リンさんの妄想じゃなくて事実だったんだと、その時、理解した。ジェーンが置いたバケツの水を利用して、キリーの傷口を洗った姉さんは、肩にかけていた小さいショルダーバッグから、携帯用の救急キットを取り出して、キリーの怪我の治療を始めた。

 今もなお、住人達はキリーの方に時々目配せをしつつ、先程まで行われていた戦闘の様子を、興奮した様子で語り合っている。私は仁王立ちでキリーの前に立って、わざと大きい声で聞いた。

「キリー、なんで無料なの?説明して。」

 しかしそれに答えたのは、住人の一人の、小柄なおじいさんだった。

「もし、キリちゃんがお金がいいって言うなら、喜んでお金を出すよ。最初は勿論、そのつもりだったんだ。ギルドに連絡しても、手続きにばかり時間がかかるわ、やっとの事で依頼しても、傭兵さん達は、もっと狩りやすくて収入のいい、陸上のモンスターの方を選んでしまう。困り果てて騎士に頼んだが、管轄外だと言われてしまってな……そこで我々、ここらの住人が話し合って出した結論は、ギルドにいた経験のあるキリちゃんに頼むと言うことだった。最初はキリちゃん、留守なことも多かったし、ちょっと忙しそうで無理かなと思ったけれど、ある日、砂浜に座っているキリちゃんを見かけて、頼んでみたら、いいよって言ってくれたんじゃ。」

 おじいさんとキリーが笑顔で目を合わせた。

「勿論、モンスターとの戦闘で、キリちゃんに何かあっては大変だから、ミラーさんところの次男坊……彼はお医者さんなもんだから、彼女が戦う時は、ここに居てもらうようにしていたが、君も知っているだろう?見事な戦っぷりに、何も心配はいらないと、お思い知らされるばかりだ。それから我々は、キリちゃんの戦いの虜になった。彼女が戦う姿を思い出すと、仕事で心が折れそうな時も、勇気が湧く。そして彼女がヒラリと宙を舞いながら、蜂のようにモリで怪魚を刺す姿を見るのが、楽しみになったんじゃ。そんじょそこらの格闘技を見るのでは、物足りん。だから我々は、キリちゃんに頼むようになったんじゃ。だが、今回は珍しく怪我を負ってしまったと言うのに、ミラーさんところの次男が緊急で病院に行ってしまっていて、どうしようか困ったが、お姉さんが来てくれてよかった。ありがとう。」

 突然、お礼を言われた姉さんは「い、いえ」と、戸惑いながら答えた。ちょっと面白くて笑ってしまった。でも、それでも腑に落ちなかった。だからって無利益で良いのかな、そう思って、私は言った。

「でも……キリーだけが。」

「いいんだよ、アリス。」キリーは首を振った。「みんなが娯楽のように喜んでくれるのは、私だって嬉しいし、お礼に、とびっきり美味しいオードブルをご馳走してくれるからいいの。ご近所づき合い、私にはこう言う形でしか、出来ないから。」

 キリーの言葉に、私は姉さんとジェーンと同時に『なるほど』と、呟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...