LOZ:彼は無感情で理性的だけど不器用な愛をくれる

meishino

文字の大きさ
上 下
23 / 253
一つ目のパーツが入手困難編

23 ジェーンの相談

しおりを挟む
 クラースさん達が研究所に戻ってきた日、定時になったところで、私は先にジェーンを帰宅させた。私だけが承認出来る書類の確認が溜まっていたし、彼の仕事は全て完了していたらしいので、その為だけに彼を残すのも、かわいそうだったからだ。

 なので現在、この夜の研究所には私と、調査部が持ち帰ってきたヘドロの分析を、徹夜覚悟で取り組んでいるタージュ博士しか居ない。

 やっと執務が終了すると、私はタージュ博士に一言声をかけてから、研究所を後にした。もう既に外は真っ暗で、街灯が灯っていない箇所もあり、人気が無く静かだった。夜空には、星がキラキラと輝いていて、海の音や、風が心地良い。私は誰も見ていないのをいいことに、両手を広げて歩いた。

「ああ……いい夜だ。」

 今夜は、ミリアム食堂のパインソテーを買って帰ろうと意気込んだ。あの店は、この帝国でも珍しく、夜間でも営業をしているので、こんな遅い時間でも、購入することが出来る。以前、今ぐらいの時間に仕事を終えた私は、ヘトヘトでその日の晩ご飯を作る気になれず、ネットで調べて、ミリアム食堂の名を知ったのがきっかけだった。

 パインソテーなんて、甘そうでご飯代わりになるか、不安だったが、焼いたパイナップルに、ナッツのあんかけが添えてあり、以外にも、食べ応えも味も満足で、それ以来、ご贔屓になっているのだ。想像しただけで、あの味を早く口にしたくなった。シャッターが閉まったお店が連なる中で、ミリアム食堂の入り口からは明かりが漏れていて、迷わずに入店し、ソテーを購入した。

 このソテーを食べるのが楽しみで、自然と笑みを漏らしながら、サンセット通りを歩いていき、自宅の前に着くと、一階の電気が消えていた。ウォッフォンを見れば、もう二十三時。流石に、あの人でも眠りについたのだなと、忍び足で、二階への階段を上った。玄関のロックを解除して、真っ暗な部屋の中に入り、玄関横のスイッチを押して、部屋の電気を点けた。

「あー、ただいま。」

 小さい頃に、家族という家族を全て失っている私は、いつの間にか部屋自体を、家族だと思うようになった。誰もいないけれど、部屋に向かって挨拶をした私は、買ってきたパインソテーの袋を、木製の小さな正方形のテーブルの上に置き、同じ基調のテーブルの椅子に座って、脱力した。

 カバンを床に置いて、じっと窓の向こうの、遠くの星空を眺めていると、袋から、パインのいい香りが漂ってきて、私の食欲が呼び覚まされた。

「ああ、もうダメだ!」

 早く食べたくなった私は、椅子から立ち上がって、大急ぎでシャワーを浴びた。シャンプーついでに身体も洗って、全身の泡を一気にお湯で流した。それからキッチンへと戻って、戸棚から大きなお皿と、フォークを取り出して、テーブルに並べ、パインソテーの入った容器をひっくり返して、豪快に盛り付けた。血肉を目の前にしたゾンビの如く、もう我慢出来ないのだ。

「ふっふっふ……いただきま」と言いかけたところで、玄関の木の扉が、コンコンと音を立てた。この時間に来客か?と、疑問に思ったのも、つかの間。またコンコンと叩かれた時に、卵の殻でも突いているかのような繊細な叩き方で、扉の向こうに誰がいるのか分かった私は、湯気を放つパインソテーにため息を吹きかけつつ、席を立って、扉を開けた。

 やはり、と言うべきか。そこには部屋着姿のジェーンが立っていた。その格好は、私が最初彼に貸した上下セットのジャージだった。彼が気に入ったらしいので、あげたものだ……。

「嘘でしょ、嘘だよね。そうだよね?ジェーン。」

「嘘とは?何のことでしょう。お帰りなさいキルディア。今の叩き方で、私だと理解しましたか?ソーライ研究所では皆、独自のドアの叩き方があるようなので、私も考案致しました。」

 そう言ったジェーンが、私がまだ許可していないにも関わらず、部屋の中に入ってきてしまった。仕方なく扉を閉めて振り返ると、あろうことか彼は、私が先ほどまで座っていた椅子に着席していた。どうしてこうも、我が家のように振る舞うのか。また、ため息を漏らして、彼の方へと向かった。

「ファーー……そうなんだ、それで、あの叩き方だったんだね。何となくジェーンだとは分かったけど、何の用があってここに来たの?急用?」

 私も、もう一つの椅子に座って、パインソテーをかじりながら彼の返答を待った。しかしジェーンは何も言わずに、ただじっと、私がソテーを頬張るのを見つめている。

「嘘でしょ?」

「何がです?」

「お腹空いてるの?」

「まさか。例え、貯金をホテル代に注ぎ込んでしまった私が、前払いの給料を切り詰めて生活している中で、夕食がヤモリの唐揚げの冷凍食品のみであったとしても、そのようなことで、ここにいる訳ではございません。」

「だぁーう、分かったよ……。」

 キッチンからフォークとお皿を持ってきた私は、それらを彼の前に置き、自分のフォークでパインソテーを豪快に、ぶつ切りにして、彼のお皿へと乗せた。彼のソテーには、私がかじった跡があるが、別にそのままでいいやと、気にしないことにして彼に渡すと、本当にそれを気にしていないのか、彼はそれを受け取ると微笑んで、ソテーの乗った皿を鼻に近づけて、匂いを嗅いだ。

「ありがとうございます、悪いですね。ああ、甘い匂いがします。」

「いいえー。それ結構、美味しいと思うよ。よく、このミリアム食堂のパインソテーを買って帰るんだ。」

 ジェーンはフォークで一口サイズに丁寧に切ってから、口に入れたと言うのに、私はソテーにフォークをぶっ刺して、それを持ち上げて、噛り付いた。食べ方にも育ちの差が出てしまっていることに、多少の羞恥心を感じたが、色々と遠慮しない彼に合わせて、私も彼の前では素でいいやと思い、品のある振る舞いをすることを諦めた。

「はい、美味しいです。見た目によらず、食べ応えがありますね。ナッツが効いています。」

「でしょう?頭使って糖分欲している日に、これを買って帰って、かぶりつくのが堪らない。それで、どうしたの?用件はもしや、お夕飯をご馳走になるためだった?」

「いえ、違います。」と言った彼が、フォークを一旦お皿の上に乗せて、背筋を伸ばして座り直した。改まった様子の彼を見て、私もフォークをお皿に置いた。

「本日は……何でしょう。何と申せば、宜しいのでしょう。何とも形容のし難い、いえ、つまり。ですから、あ、そうですね。いや、少し違います。」

「え?」

 珍しい、彼の吃った様子に、最初はわざと私を笑わそうとしているのか疑ったが、口元に手を当てて、何やら話す内容を考え込んでいる、彼の真剣な表情を見ていくうちに、これがわざとでは無いんだと理解した私は、少し笑いそうになった口元を、咳払いで誤魔化した。

「……整いました。今日は、あなたと距離を……どうしましたか?風邪ですか?キルディア。」

「あ?え、いや。ちょっと喉が乾燥しただけ……。それで距離って、何のこと?物理的な距離?」

「いえ、」と彼が首を振った。「それ以外の距離です。」

「それ以外って何?物理以外って何?」

「物理以外のものが何なのか、私もいささか疑問を感じていたところなのです。対義語で考えれば、物理の反対は論理、または化学。物理的と形容詞に変えて、その対義は理論的、もしくは精神的……いや、まさか。」

「え?何だって?対義語を考えて、さっきの、その意味が分かるの?つまりジェーンも、よく分かってないってこと?」

「ええ、まあ。兎に角、それ以外の距離です。」

「それ以外って何?」

「分かりません。」

「何それ」

「ですから分かりません。」

 何だろうか、もうこんなに夜遅い時間だし、今日は本当に忙しかったので、この全く持って見えてこない話を、じっくり考えるための糖分は、もう私の頭には残っておらず、パインソテーを再び食べ始めた。それを見ていたジェーンも、また食事を再開した。彼は一口頬張ったところで、私に話しかけてきた。

「この件については私の方で、もう少し見解を深めた後で、報告致します。ところで話題を変えます。アリスの件です。」

「アリスの件?」一体どうしたのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...