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一つ目のパーツが入手困難編
20 わしの頼みじゃ
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良くない力とは一体、どういう力なのか、博士が説明を開始した。
「深淵の地で暮らす、魔族という種族の人間が使用している邪悪な力じゃ。闇属性の力。今となっては、帝国は深淵の地と疎遠になってしまった。それもそうじゃ、あの地には瘴気がある。あの地で暮らせるものは、あの地で生まれたものだけじゃ。もちろん逆もあり、あの地で生まれたものは、この地では中々暮らせないらしい。兎に角、この地上にも闇属性の力は存在するが、殆ど薄れてしまって、その力を持つものは稀らしい。今この帝国で暮らす者は皆、炎か水、風か氷、地に光。そのどれか一つの属性が、生まれた時から、我々の身体に備わっている。いや、厳密には、無属性のプレーンというマイクロチップを身体に埋め込むことで、一人一人の体にあった属性が与えられると言ったほうが、正しいかな。非常に珍しいことじゃが、彼は闇属性の素質が、あったのだろう。それも普通の仕事だったら目立たぬが、ましてや騎士団長ともなれば、民の信頼が揺らぐ。古より闇属性の人間は、その力に蝕まれる傾向もあったという話もある。じゃから、特に国に仕える者は、闇属性の力を良く無い力と言っているのじゃ。イメージに関わるから。」
博士がごくっとお茶を飲んで、体を屈ませていたのをやめて、ソファに深く座った。
「なるほど」ジェーンが腕を組んで答えた。「理解しました。自分の属性を恥じてなのか、明確な理由は分かりませんが、それでいなくなった可能性は高いようですね。話を聞く限り、彼は民のことを一番に考える性格のようですし、自身の闇属性を恥じて消えることは考えられる。」
「そうじゃな、そう話している騎士団員も現に多い。まあ、それだと辻褄も合うしな。そこでだ!」
突然大声を出した博士に、私とジェーンの体が同時にビクッと動いた。
「すまん、驚かせるつもりはなかった。そこで……君たちに、依頼をしに来たんじゃ!行方不明のギルバート騎士団長を、探し出してほしい!金ならいくらでも出す!」
『え?』
私とジェーンが同時にそう呟いた。きっとこれは何か、彼なりのジョークなのかもしれないと思ったが、博士の表情は嬉々として、希望に満ち溢れているのを見て、彼が本当に、これを依頼しているのだと悟った。念の為、博士にもう一度聞くことにした。
「ギルバート騎士団長を探すのですか?本当に?ギルバート騎士団長を?」
「ギルバート騎士団長を探すですって?」
それは明らかにリンの声だった。彼女、聞いていたのか……まあ、ロビーで話をしている以上は聞こえちゃうんだろうけれど。博士はリンの方にも視線を向けながら、我々に向かって話し始めた。
「そうじゃ!今は、いわば帝国の危機!……もう遅いかもしれんが。いやまだ遅く無い、これからじゃ!ネビリス皇帝にヴァルガ騎士団長のペアでは、何か心許ない。ルミネラ皇帝が居なくなってしまった今、我々帝国民の心の拠り所は、もう彼しか居ない。じゃからギルバート騎士団長を呼び戻したいんじゃ!れ、レジスタンスでは無いぞ?念の為にな?」
そうは言うものの、博士は今、いかにも嘘くさい顔をしている。口笛を吹きそうなほどに口を尖らせて、やたらに鼻をこすっている。見た限り、どこまでも嘘くさい彼に、私は答えた。
「あ、あまりレジスタンスを助長するような、犯罪じみた依頼は、ちょっとお受けできないのですが。」
「な、何を言っておる!じゃあ、これはどうかな?わしの友人であるギルバート騎士団長を探して欲しいんじゃ。これならいいじゃろ?なあ、シドロワ博士は、どう思う?」
この問いの、ジェーンの回答によって、状況は大きく左右するだろう。私は恐る恐るジェーンに視線を向けた。彼は「うーん」と唸り、考えた後に言った。
「個人的には……彼の闇属性が、どういったものなのか気にはなります。しかし、彼を探していると公にすれば、この研究所が危ないでしょうから、ご依頼を引き受けるかどうかは……賛成しかねる。」
「ええ!シドロワ博士を信じておったのに!」
裏切られたと言わんばかりの表情を浮かべて、そう怒鳴ったライネット博士が、勢いよく立ち上がった時に、博士の膝がテーブルに当たり、テーブルの上に置いてあった博士の革製の手帳が、床に落ちた。それを拾おうとしたジェーンの動きが、何故か止まっている。ジェーンは手帳と一枚の写真を持っていて、その写真を驚いた表情で見つめていた。
「博士!この写真をどこで!?」
ジェーンがその写真を、テーブルの上に置いた。それを見ると、美しい真紅の宝石のブローチが、切り株の上に置いてある写真だった。色からしてルビーだろうか。それにしても大振りで、一体、幾らするのだろうと想像も付かなかった。私はそれを見て呟いた。
「何これ」
「ああ、ブローチじゃよ。だけど何で、これをどこで撮ったのか、知りたいのかな?シドロワ博士。」
ライネット博士が意地悪な笑みを浮かべている。彼の様子を見たジェーンが、頭をかいて困惑した後に、私に耳打ちをしてきた。
「実はこれ、行方不明になっていた、時空間歪曲機のパーツの一つです。」
えっ!と驚きの声を、何とか我慢した私は、その写真をじっと見つめた。こんなに美しいものが本当にパーツなのか?でも彼がそう言うのなら、そうに違いないし、それが本当なら、ジェーンはこれを欲しいはずだ。なるほど……この宝石の在り処を、ライネット博士から聞かなければならない。私は博士を見つめて、旅館のパンフレットの女将のように恭しい態度で質問をした。
「それ……とっても美しいですね。ああ、綺麗だなぁ、実物を見てみたいものです。どこで見つけたのでしょう?」
「いやぁ、本当に綺麗ですね。彼女随分と気になっているようでして、教えて頂けませんか……ぐっ」
今テーブルの下で、私はジェーンの革靴を踏んづけている。それもそうだ、何を人のせいにしている。
我々の願いを聞いた博士は、これは好機だと思っているのか、余裕のある笑みを浮かべて、何度も頷きながら言った。
「そうかそうか、ギルバート騎士団長を見つけてくれると言うのなら、この写真を撮った場所を教えてやってもいい。」
そうきたか、そう来るとは少し思っていたが。これは従わないと教えて貰えない気がする。何だか面倒なことになってきているな、とため息を漏らしながら私は博士に聞いた。
「じゃあ探すと言ったら、何処にこれが有ったのか教えてくれますか?」
「そうじゃな。キルディアは賢いのう。」
その時、テーブルの下で私の足が踏まれて、つま先に鋭い痛みが走った。見れば私のスニーカーの上に、今度はジェーンの革靴が乗っかっている。少し作戦会議が必要だ。博士の前だが、私はジェーンに再び耳打ちをして、話し合うことにした。
「分かってるよ!ギルバート騎士団長を探せってことでしょ?」
「そうです、そうすればパーツの在り処が判明します。それに、実際にギルバート騎士団長を捜索しなくとも、探すと明言しさえすれば、ライネット博士は納得するでしょう。依頼の方は、博士が進捗を聞いてきた何処かのタイミングで、探したが、結果、見つからなかったとでも言えば、事は収まります。何も、捜索した結果、必ず見つかる保証などありません。我々は博士から、あのパーツの在り処を聞き出しさえすれば、それで良いのです。」
「まあ確かにね。」
話がまとまった我々は、ライネット博士に視線を向けた。博士は口を尖らせて、楽しげにヒゲを指で摘んでいる。
「……分かりました。ギルバート騎士団長を探します。」
「おお!そうかキルディア!やった!」
「それでそのブローチ、何処で見つけたんですか?」
私の問いに、博士は写真を見ながら答えた。
「これは先週、サウザンドリーフの村の村長……まあ、彼もわしの友人じゃが。兎に角、彼の家を訪ねた時に、彼の娘さんが胸元に付けていたブローチじゃよ。色味がルビーよりも深いから、ルビーではないと思ったが、でも陽の光にキラキラと反射して美しかった。それに石の奥に何か不透明なものが埋まっている気がして、これは珍しい石だと思ってな。あまりにも綺麗なので、写真を撮ってきたんじゃよ。あっはっは!」
『なるほど。』
私とジェーンが同時にそう言って、同時に立ち上がり、その場を去ろうとしたが、私の腕が博士に掴まれてしまった。
「何をしておるんじゃ。ほら正式に、わしの依頼を受理してくれ。パソコンで入力したり、詳しくわしの話を聞いたり、色々と手続きが残っておるじゃろうが?」
観念した私は一度席を離れて、オフィスから自分のパソコンを持ってきて、自分の太ももの上に置いて、パソコンで依頼書作成画面を開いた。
「それでは……ライネット博士の依頼は、友人であるギルバート様の捜索ですね……ここは科学を研究調査する研究所なんですけどね。」
「まあまあ!今の時代、人より優れた技術じゃろ!そう思って探偵社じゃなくて、こっちにきたんじゃ。シドロワ博士が位置測定装置を作っていたらしいから、すぐに見つかると思ったんじゃが。」
「位置測定装置で、許可を得ていない第三者の居場所まで判別出来ないでしょ……それで、ギルバート様の容姿の特徴や、何か情報はありますか?それを元に捜索します。」
「ない。」
「え?」
私は驚いて博士の顔を見た。彼は天井を見上げて、必死に考え込んでいた。本当に何も情報がないのか?博士は何度か唸った後に、私に聞いた。
「じゃあキルディアは、何かギルバート騎士団長について知っているかね?確か背はホラ、シドロワ博士ぐらい高かったような気が。」
「そうですか」ジェーンが答えた。「では、背は百九十センチ越えですね。それはそうとキルディア、パソコンを貸して下さい。依頼書の作成は私が担当しましょう。」
お言葉に甘えてジェーンにパソコンを渡した時に「私がお力になれますよ!」と、甲高い女の声がロビーに響いた。それは紛れもなくリンのものだった。リンは、彼女の言葉を聞いて意気が上がった様子のライネット博士の隣に座った。
「おお、そうか!お嬢さんドンドン話してくれ!」
「はーい!背はそうそう、ジェーンと同じぐらいで、声は割と優しい感じ。低過ぎず大き過ぎず、でも一度聞いたら、忘れない素敵な声。」
「リン、会ったことあるの?」
私の問いに、リンが何度も首を縦に振った。
「あるあるある。でも会ったというか、ずっと前に、帝都のパレードで見かけたの。その時はパレードがあるの知らないで、帝都に買い物に行ってたから、パレード見かけたときは、もう興奮しちゃって、だって生でギルバート騎士団長を見られたんだもの!騎士達に囲まれて行進する姿は、本当にカッコよくて呼吸さえ忘れた。それで腕に力入ってなかったのか、持ってた買い物袋を落としちゃったの。そしたらね、ふふっ!私が落としたのに気付いたギルバート様が、行進する騎士の間から抜けて、こっちにやって来て、どうぞって拾って、立て膝をついて、私に差し出してくれたの!それからもう、ずーっと彼の大ファンよ!まあちょっとだけ、ジェーンもかっこいいよ?でもギルバート様は、また違ったかっこよさなの!ふふっ!」
まるでパチパチキャンディーのように弾けた様子の彼女に、我々は無言になってしまった。しかしリンはその時のことを、まだ思い出し続けているのか、赤く染まっている頬を両手で包んで話し続けた。
「そう、思い出した!彼は右手で槍を持っていたから、右利きだと思う!」
私は頭を抱える。
「もう!ジェーンと同じぐらいの身長で、優しい声で、右利き?その特徴に当てはまる人って、何人もいるだろうし、第一に、顔の特徴なしで、どうやって探すの!?」
「だって、いつもルミネラ騎士団の全身防具の姿なんだもん!それがミステリアスで、また素敵なの!絶対に中身はイケメンだから。これは間違いないよ。」
「わしも昔は、彼の防具姿しか見た事がないな。取り敢えず、この情報だけじゃ無理かの?ブローチの場所を教えたじゃろう?追加の情報があったら、随時連絡するでな。」
まあ、今回はパーツの在り処が分かったから、それだけで大きな収穫だ。私は答えた。
「分かりました。これを元に捜索をします……期待はしないでね。」
リンとライネット博士が手をパーンと合わせて、喜びを分かち合った。
「深淵の地で暮らす、魔族という種族の人間が使用している邪悪な力じゃ。闇属性の力。今となっては、帝国は深淵の地と疎遠になってしまった。それもそうじゃ、あの地には瘴気がある。あの地で暮らせるものは、あの地で生まれたものだけじゃ。もちろん逆もあり、あの地で生まれたものは、この地では中々暮らせないらしい。兎に角、この地上にも闇属性の力は存在するが、殆ど薄れてしまって、その力を持つものは稀らしい。今この帝国で暮らす者は皆、炎か水、風か氷、地に光。そのどれか一つの属性が、生まれた時から、我々の身体に備わっている。いや、厳密には、無属性のプレーンというマイクロチップを身体に埋め込むことで、一人一人の体にあった属性が与えられると言ったほうが、正しいかな。非常に珍しいことじゃが、彼は闇属性の素質が、あったのだろう。それも普通の仕事だったら目立たぬが、ましてや騎士団長ともなれば、民の信頼が揺らぐ。古より闇属性の人間は、その力に蝕まれる傾向もあったという話もある。じゃから、特に国に仕える者は、闇属性の力を良く無い力と言っているのじゃ。イメージに関わるから。」
博士がごくっとお茶を飲んで、体を屈ませていたのをやめて、ソファに深く座った。
「なるほど」ジェーンが腕を組んで答えた。「理解しました。自分の属性を恥じてなのか、明確な理由は分かりませんが、それでいなくなった可能性は高いようですね。話を聞く限り、彼は民のことを一番に考える性格のようですし、自身の闇属性を恥じて消えることは考えられる。」
「そうじゃな、そう話している騎士団員も現に多い。まあ、それだと辻褄も合うしな。そこでだ!」
突然大声を出した博士に、私とジェーンの体が同時にビクッと動いた。
「すまん、驚かせるつもりはなかった。そこで……君たちに、依頼をしに来たんじゃ!行方不明のギルバート騎士団長を、探し出してほしい!金ならいくらでも出す!」
『え?』
私とジェーンが同時にそう呟いた。きっとこれは何か、彼なりのジョークなのかもしれないと思ったが、博士の表情は嬉々として、希望に満ち溢れているのを見て、彼が本当に、これを依頼しているのだと悟った。念の為、博士にもう一度聞くことにした。
「ギルバート騎士団長を探すのですか?本当に?ギルバート騎士団長を?」
「ギルバート騎士団長を探すですって?」
それは明らかにリンの声だった。彼女、聞いていたのか……まあ、ロビーで話をしている以上は聞こえちゃうんだろうけれど。博士はリンの方にも視線を向けながら、我々に向かって話し始めた。
「そうじゃ!今は、いわば帝国の危機!……もう遅いかもしれんが。いやまだ遅く無い、これからじゃ!ネビリス皇帝にヴァルガ騎士団長のペアでは、何か心許ない。ルミネラ皇帝が居なくなってしまった今、我々帝国民の心の拠り所は、もう彼しか居ない。じゃからギルバート騎士団長を呼び戻したいんじゃ!れ、レジスタンスでは無いぞ?念の為にな?」
そうは言うものの、博士は今、いかにも嘘くさい顔をしている。口笛を吹きそうなほどに口を尖らせて、やたらに鼻をこすっている。見た限り、どこまでも嘘くさい彼に、私は答えた。
「あ、あまりレジスタンスを助長するような、犯罪じみた依頼は、ちょっとお受けできないのですが。」
「な、何を言っておる!じゃあ、これはどうかな?わしの友人であるギルバート騎士団長を探して欲しいんじゃ。これならいいじゃろ?なあ、シドロワ博士は、どう思う?」
この問いの、ジェーンの回答によって、状況は大きく左右するだろう。私は恐る恐るジェーンに視線を向けた。彼は「うーん」と唸り、考えた後に言った。
「個人的には……彼の闇属性が、どういったものなのか気にはなります。しかし、彼を探していると公にすれば、この研究所が危ないでしょうから、ご依頼を引き受けるかどうかは……賛成しかねる。」
「ええ!シドロワ博士を信じておったのに!」
裏切られたと言わんばかりの表情を浮かべて、そう怒鳴ったライネット博士が、勢いよく立ち上がった時に、博士の膝がテーブルに当たり、テーブルの上に置いてあった博士の革製の手帳が、床に落ちた。それを拾おうとしたジェーンの動きが、何故か止まっている。ジェーンは手帳と一枚の写真を持っていて、その写真を驚いた表情で見つめていた。
「博士!この写真をどこで!?」
ジェーンがその写真を、テーブルの上に置いた。それを見ると、美しい真紅の宝石のブローチが、切り株の上に置いてある写真だった。色からしてルビーだろうか。それにしても大振りで、一体、幾らするのだろうと想像も付かなかった。私はそれを見て呟いた。
「何これ」
「ああ、ブローチじゃよ。だけど何で、これをどこで撮ったのか、知りたいのかな?シドロワ博士。」
ライネット博士が意地悪な笑みを浮かべている。彼の様子を見たジェーンが、頭をかいて困惑した後に、私に耳打ちをしてきた。
「実はこれ、行方不明になっていた、時空間歪曲機のパーツの一つです。」
えっ!と驚きの声を、何とか我慢した私は、その写真をじっと見つめた。こんなに美しいものが本当にパーツなのか?でも彼がそう言うのなら、そうに違いないし、それが本当なら、ジェーンはこれを欲しいはずだ。なるほど……この宝石の在り処を、ライネット博士から聞かなければならない。私は博士を見つめて、旅館のパンフレットの女将のように恭しい態度で質問をした。
「それ……とっても美しいですね。ああ、綺麗だなぁ、実物を見てみたいものです。どこで見つけたのでしょう?」
「いやぁ、本当に綺麗ですね。彼女随分と気になっているようでして、教えて頂けませんか……ぐっ」
今テーブルの下で、私はジェーンの革靴を踏んづけている。それもそうだ、何を人のせいにしている。
我々の願いを聞いた博士は、これは好機だと思っているのか、余裕のある笑みを浮かべて、何度も頷きながら言った。
「そうかそうか、ギルバート騎士団長を見つけてくれると言うのなら、この写真を撮った場所を教えてやってもいい。」
そうきたか、そう来るとは少し思っていたが。これは従わないと教えて貰えない気がする。何だか面倒なことになってきているな、とため息を漏らしながら私は博士に聞いた。
「じゃあ探すと言ったら、何処にこれが有ったのか教えてくれますか?」
「そうじゃな。キルディアは賢いのう。」
その時、テーブルの下で私の足が踏まれて、つま先に鋭い痛みが走った。見れば私のスニーカーの上に、今度はジェーンの革靴が乗っかっている。少し作戦会議が必要だ。博士の前だが、私はジェーンに再び耳打ちをして、話し合うことにした。
「分かってるよ!ギルバート騎士団長を探せってことでしょ?」
「そうです、そうすればパーツの在り処が判明します。それに、実際にギルバート騎士団長を捜索しなくとも、探すと明言しさえすれば、ライネット博士は納得するでしょう。依頼の方は、博士が進捗を聞いてきた何処かのタイミングで、探したが、結果、見つからなかったとでも言えば、事は収まります。何も、捜索した結果、必ず見つかる保証などありません。我々は博士から、あのパーツの在り処を聞き出しさえすれば、それで良いのです。」
「まあ確かにね。」
話がまとまった我々は、ライネット博士に視線を向けた。博士は口を尖らせて、楽しげにヒゲを指で摘んでいる。
「……分かりました。ギルバート騎士団長を探します。」
「おお!そうかキルディア!やった!」
「それでそのブローチ、何処で見つけたんですか?」
私の問いに、博士は写真を見ながら答えた。
「これは先週、サウザンドリーフの村の村長……まあ、彼もわしの友人じゃが。兎に角、彼の家を訪ねた時に、彼の娘さんが胸元に付けていたブローチじゃよ。色味がルビーよりも深いから、ルビーではないと思ったが、でも陽の光にキラキラと反射して美しかった。それに石の奥に何か不透明なものが埋まっている気がして、これは珍しい石だと思ってな。あまりにも綺麗なので、写真を撮ってきたんじゃよ。あっはっは!」
『なるほど。』
私とジェーンが同時にそう言って、同時に立ち上がり、その場を去ろうとしたが、私の腕が博士に掴まれてしまった。
「何をしておるんじゃ。ほら正式に、わしの依頼を受理してくれ。パソコンで入力したり、詳しくわしの話を聞いたり、色々と手続きが残っておるじゃろうが?」
観念した私は一度席を離れて、オフィスから自分のパソコンを持ってきて、自分の太ももの上に置いて、パソコンで依頼書作成画面を開いた。
「それでは……ライネット博士の依頼は、友人であるギルバート様の捜索ですね……ここは科学を研究調査する研究所なんですけどね。」
「まあまあ!今の時代、人より優れた技術じゃろ!そう思って探偵社じゃなくて、こっちにきたんじゃ。シドロワ博士が位置測定装置を作っていたらしいから、すぐに見つかると思ったんじゃが。」
「位置測定装置で、許可を得ていない第三者の居場所まで判別出来ないでしょ……それで、ギルバート様の容姿の特徴や、何か情報はありますか?それを元に捜索します。」
「ない。」
「え?」
私は驚いて博士の顔を見た。彼は天井を見上げて、必死に考え込んでいた。本当に何も情報がないのか?博士は何度か唸った後に、私に聞いた。
「じゃあキルディアは、何かギルバート騎士団長について知っているかね?確か背はホラ、シドロワ博士ぐらい高かったような気が。」
「そうですか」ジェーンが答えた。「では、背は百九十センチ越えですね。それはそうとキルディア、パソコンを貸して下さい。依頼書の作成は私が担当しましょう。」
お言葉に甘えてジェーンにパソコンを渡した時に「私がお力になれますよ!」と、甲高い女の声がロビーに響いた。それは紛れもなくリンのものだった。リンは、彼女の言葉を聞いて意気が上がった様子のライネット博士の隣に座った。
「おお、そうか!お嬢さんドンドン話してくれ!」
「はーい!背はそうそう、ジェーンと同じぐらいで、声は割と優しい感じ。低過ぎず大き過ぎず、でも一度聞いたら、忘れない素敵な声。」
「リン、会ったことあるの?」
私の問いに、リンが何度も首を縦に振った。
「あるあるある。でも会ったというか、ずっと前に、帝都のパレードで見かけたの。その時はパレードがあるの知らないで、帝都に買い物に行ってたから、パレード見かけたときは、もう興奮しちゃって、だって生でギルバート騎士団長を見られたんだもの!騎士達に囲まれて行進する姿は、本当にカッコよくて呼吸さえ忘れた。それで腕に力入ってなかったのか、持ってた買い物袋を落としちゃったの。そしたらね、ふふっ!私が落としたのに気付いたギルバート様が、行進する騎士の間から抜けて、こっちにやって来て、どうぞって拾って、立て膝をついて、私に差し出してくれたの!それからもう、ずーっと彼の大ファンよ!まあちょっとだけ、ジェーンもかっこいいよ?でもギルバート様は、また違ったかっこよさなの!ふふっ!」
まるでパチパチキャンディーのように弾けた様子の彼女に、我々は無言になってしまった。しかしリンはその時のことを、まだ思い出し続けているのか、赤く染まっている頬を両手で包んで話し続けた。
「そう、思い出した!彼は右手で槍を持っていたから、右利きだと思う!」
私は頭を抱える。
「もう!ジェーンと同じぐらいの身長で、優しい声で、右利き?その特徴に当てはまる人って、何人もいるだろうし、第一に、顔の特徴なしで、どうやって探すの!?」
「だって、いつもルミネラ騎士団の全身防具の姿なんだもん!それがミステリアスで、また素敵なの!絶対に中身はイケメンだから。これは間違いないよ。」
「わしも昔は、彼の防具姿しか見た事がないな。取り敢えず、この情報だけじゃ無理かの?ブローチの場所を教えたじゃろう?追加の情報があったら、随時連絡するでな。」
まあ、今回はパーツの在り処が分かったから、それだけで大きな収穫だ。私は答えた。
「分かりました。これを元に捜索をします……期待はしないでね。」
リンとライネット博士が手をパーンと合わせて、喜びを分かち合った。
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