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第100話 ヒイロノート

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 天地を揺るがしたその日、空は緋色に染まり、アルビンの目論見は塵と化した。
 下山した僕が何故一人だったのか、その理由を知ると皆は涙を流した。

 彼女の追悼式は学園の体育館で行われた。その間ずっとグレッグの泣き叫ぶ声が聞こえていた。僕は未だに彼女がいないことが信じられず、全校生徒の前で何も話せなかった。何も頭から浮かんでこなかった。

 世界が色彩を無くした。それから僕はその式をどう迎えていたのか、或いは職員室でどう過ごしたかなど覚えないままに帰宅した。

「ただい……」

 ま、と言葉をこぼしかけて、まだ陽の光が差し込むリビングの床にカバンを落とした。テーブルの上には彼女の赤いリュックがあった。家族のいない彼女、これは僕が受け取ることになった。

 リュックの赤い色が彼女の存在をほのかに感じさせて、それが憎く感じた。胸に生じたくだらない憎悪の感情にため息をつきながら僕はそれに向かって歩いた。

 立ったまま、リュックを開いた。これを開けるのは彼女が居なくなってから初めてのことだった。

 中にはPCと充電器、ペンに、彼女の財布に、僕との財布、それから……花柄のノートが入っていた。ソフィーから貰ったものらしい。そのノートは彼女がいつも大切そうに持ち歩き、色々と書き込んでいたのを思い出す。

 僕はその花柄ノートを手にし、ピンクの可愛らしいお花の表紙を見てから丁寧にページをめくり始めた。

 人リスト
 ベラ先生 担任
 リュウ 一番最初に会った人
 タライさん バスの運転手
 家森先生 光魔法学の白衣の人
 マリー ポールに飲まれた女性
 リサ リュウといつも一緒にいる
 ハロ エレンのことが好き?
 ジョン エレンの彼氏
 エレン ジョンの彼女
 シュリントン 炎魔法学のヒゲ

「最初の頃に書いたのか……。」

 僕は少し笑ってしまった。僕は白衣の人だと思われてたか。まあそうだろう、いつも白衣着ている。それにシュリントンの言われよう……。久々に味わった彼女の面白さに、僕は切ない気持ちを持ちながら次のページをめくった。

 家森先生の好きな食べ物!
 肉じゃが
 そぼろ丼
 野菜炒め、オイスターソースで
 味噌汁は違う
 バーグ
 ポテトサラダ、ナツメグ大量
 シチュー
 唐揚げ
 卵焼きは甘め
 オムレツは半熟
 ゆで卵も半熟
 ヤモリ
 酢豚 果物入れるな

「ふふっ……よく知っている。」

 ポロリと涙がこぼれてしまった。ノートにじわりと滲んだ。いけない、僕は少しノートを自分から離して次のページをめくった。

 ヒイロ
 ヒイロ ヒイロ
 ヒイロ ヒイロ

 これはセントラルホテルで、僕が彼女に貰った万年筆で書いたものだ。今でもそのペンは胸ポケットに毎日入れている。ああ、この頃に戻りたい。僕はまたページをめくった。

 出たとこ原宿?
 なぞ~
 東京→国分寺
 中央研究所 地図を見る
 家森秋穂さん 旧姓速水
 原宿→新宿→国分寺
 立川行きのおじさんget
 秋穂さんのお家に泊まる
 ハンバーグうまま!

 よくも僕の為に……あんな未知の世界である地上へ行ってくれた。全てが感謝しきれない出来事だ。ああ、ヒイロ。

 僕は床に涙の跡を残しながら次のページをめくった。他のページとは違って殴り書きになっている……それはクリードの曲の解読だった。

 へ、ほへ
 と なにこれ
 解読CDEFGABC上下

 新しい私、アルビン、くいとめろ
 時の架け橋、クイーン救え
 炎燃え尽きる、闇照らされる、まで
 我が記憶、消え去ろうとも
 魂、奴に、食らい付け

 我が身はくさび
 地と地を結ぶ
 我が身は盾
 勝ちどき永遠に

 一緒にいられなくてごめんなさい.
 どこに行ったとしても私の胸の中にはずっと欧介さんがいる.
 ヒイロ
 P.S.このノート見たな~!

「ああ……!」

 僕はその場に泣き崩れた。自分自身が最終手段なのだと悟った時はどれほど辛かっただろう。どれほどの思いだっただろう。

 なんて事が起きた。僕は魂の片割れを失ってしまった。せめて、彼女が生きている間に恋人として……もっと彼女を幸せにしたかった。彼女の好きなところへ行き、彼女の好きなことを一緒にしたかった。後から後から溢れる後悔の念。情けないほどに溢れる涙。

 僕はノートを抱きしめた。

 もう一度彼女を抱きしめたい。それすらももう二度と叶わない……もう一目見たい。そんなことすらももう二度と叶わないなんて。

 彼女の姿が少しだけ見たくなって僕は携帯の待受を見た。彼女の全身の写真もあるが今はまだ見ることが出来ない。その待受は、お揃いの無属性の写真だった。

 ああ、彼女の手のひらにも同じスカイブルーが乗っかっている。

 僕のことをたった一人、受け入れてくれる人だった。僕のことをたった一人、理解してくれる人だった。

 僕にとって彼女は世界そのものだった。

 天に向かって声を上げて泣いた。
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