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第77話 そのお守り

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 その日の翌朝、私と家森先生とタライさんは裏門の前のバス停まで、タライさんのお父さんを送りに来ていた。ベラ先生はさっきまでいたけど今は居ない。

 何故なら、家森先生がシュリントン先生にメールで至急職員室に来てくれと要請を受けたのを知ったベラ先生が「高崎くんの担任なのだから彼のお父さんをお見送りしてちょうだい」と家森先生の代わりに職員室に向かったからだ。

 おじさんはいつも眉間にシワが寄っているけど、慣れてみればずっとニコニコ接してくれる優しい人だった。今も私たちを見て微笑んでくれてる。

「ほな、もう授業始まるやろ?もう見送りはここまででええよ。街へ行ったらイスレ山への行き方聞くから大丈夫や。もう日本語通じるって分かったからな」

 ふふ、と笑った家森先生がおじさんに言った。

「街へ着き、何かわからない事があれば街の公衆電話から学園に電話してきてください。本当に遠くからお越し頂きありがとうございました。また来てください。」

「はい。また……来年、今度は家内と一緒に来ます。」

 おじさんが家森先生と握手した。次におじさんの言葉に対して何か話すだろうと私がタライさんを見ると、彼はちょっと照れ臭そうに口を尖らせながら言った。

「そっか……遠くから来てくれておおきに。また……もしかしたら帰るから。」

「そうか。いつでも来てくれや。ああ、せや忘れてた。」

 おじさんが何か思い出したかのようにボストンバッグをお腹の方までずらして中をゴソゴソと手探りで探し始めた。その様子を見る我々。

 おじさんはハンカチに包まれた何かをタライさんに差し出した。それを受け取ったタライさんは、ん?と首を傾げながらハンカチを広げた。

『は!?』

 私と家森先生とタライさんがほぼ同時にそう叫んだ。それもそうだ……ハンカチの中に入ってたのは……拳銃だった。

 タライさんがその拳銃のシリンダーを開けると中には弾がぎっしりと詰まっていた。何事か……ナニコレ。

「な!?なんやこれ!?なんでこんなもん!?こんな……モノホンの拳銃やんけ!」

 おじさんがニコッと笑いながら答える。

「そうやで?おとん、頑張ってお偉いさんに頼んでもろてきたんやからな?でもシーっや!な?秘密やぞ?あいたっ!」

 バシッとおじさんの肩がタライさんによって叩かれてしまった。家森先生は苦い顔をしていて、私は何故かタライさんからその拳銃を受け取ってしまった。ずっしりと重い……。

「何が秘密や!なんてものを所持してんねん!」

「俺は警官やぞ!所持してたって悪くないよ!それに頼人やって拳銃持ってたやんか。それと一緒やろ?」

「アホか!これは魔銃や!これだけやとただのオモチャなの!でもなんでこんな拳銃なんか……」

 私から拳銃を受け取ったタライさんがまじまじとその黒いボディを眺め始めた。何か文字が書いてあるのが見えて私がそれを指差すと、タライさんが読み始めた。

「……なに?SAKURA?もうこんなもの持ってきて……ええから戻しといてよ!」

 タライさんが拳銃をおじさんに差し出したがおじさんは受け取ろうとせず、そのゴツゴツの両手を背中に隠しながら言った。

「いいから!この世界は危険やねんぞ!ドラゴンとかもう……そんなん実際にいる世界でそんなオモチャの拳銃持ってたってあかん!もし魔力が尽きたらどうするんや!ポーションも無かったらもうお手上げやぞ!?」

「この一晩でめっちゃこの世界に順応してるやん!まあそうやけどさ……」

 確かに順応しすぎてる……私と家森先生は笑ってしまった。そしてタライさんがまたじっと拳銃を眺めているとおじさんがタライさんの肩をポンと叩いた。

「威力は確かや。もし危険になったらその時、私はお前のそばにいてやれん。代わりにこの銃を持っててほしい。これはお守りや。私が安心したいだけなんかも知れんが、お前に持っていてほしい。」

 ああ……その言葉に課外授業でドラゴン襲来した時に、バスで逃げる前にベラ先生がマントを私につけてくれた時のことを思い出した。その時のベラ先生も、私が安心したいだけよって私にマントをつけてくれた。それと同じなのかも知れない。

 私はタライさんの背中をさすって言った。

「持ってればいいじゃないですか。お守りです。」

「うん……せやな。まあ、暴発しないようにずっと部屋に置いとく。おおきに。」

 タライさんはその拳銃をベルトの間に挟んだ。それを見ていたおじさんはウンウンと何回か頷いた後に話し始めた。

「弾はこの世界にもあるかと思ってシリンダーに入るだけしか入っとらんよ。」

「そうなんや。まあこの世界にこの拳銃の弾は売ってないからまあ……部屋のインテリアにでもするわ。」

「何がインテリアやねん。使えや。あ!あとな、」

 その時、向こうの方の空にバスが向かってくるのが見えた。私の視線に気づいたのかタライさん達もバスが近づいてくるのを知ると、おじさんが早口で急いで言った。

「あとなんやったっけ?ベロ先生!彼女はいい人やから手放したらあかん!」

「な!?何を急に別れのシーンでブッ込んでくんねん!しかもベラ先生やから!」

 タライ親子のやりとりが面白くて笑ってしまう。家森先生も笑いを堪えながら彼らの話を聞いている。そんな中、おじさんはタライさんの両肩を掴んで真剣な表情でタライさんに言った。

「いいか!頼人。高崎家の男が誇れるものをお前は知ってるか?」

「なんやそれ」

「この美麗なつり目と……気に入った女性に執拗に迫るスキルや。」

 何それ……誰かと一緒じゃん。私と同じ考えだったのかタライさんはちらっと家森先生を見てからおじさんに言った。

「……俺のクラスの担任も似たようなの持ってるけどイッタァ!」

 案の定、彼のスニーカーは漆黒の革靴に潰されてしまった。それはもう仕方のないことなのだ。

「ああそうなん?なら家森先生を参考にしたらええやんか。協力してもらえ?私かて母さんの同僚の先生に協力してもらって、外堀埋めてこっち来てもらうようにしたんやから。家森先生、どうかこの子を助けたってください。」

 ええまあと苦笑いで頷く家森先生。顔面を覆いながらため息をつくタライさん。

「母さんになんて事してんねん……でもベラ先生はゲイやんか。俺は男やもん。その時点で無理やねんぞ。」

 到着したバスに乗りながらおじさんが言った。

「性転換しろ」

「乗り際になんてこと言い残してくねん!それに親父が息子に言うことか!」

 すぐそばの席に座ったおじさんが窓を開けてタライさんの方を見ながら言った。

「それぐらいに諦めるな言うことや!」

「まあ分かったよ……おーきに。あと気をつけてな!」

 私もタライさんのそばでおじさんに手を振る。

「また来てくださいね~!」

 はーいと車内からおじさんの声が聞こえた後すぐに、バスは裏門から去っていった。バスが見えなくなるまで、我々はずっとそのバスを見つめていた。

 はあとため息をついたタライさんが私と家森先生を見る。

「ヒーたんありがとうな。家森先生も……もう俺は一生、先生について行きますからね。」

「あ、いいです。一生なんて、そこまで面倒見きれません。」

 冷たく放たれた言葉にタライさんは一気に頬を膨らまして地団駄を踏んだ。

「なんでや!みんなで話し合ってる時に俺のこと大層気に入ってるって言ってはったのに!もういいもん!そんなん言うなら家森先生が大層気に入ってるヒーたんと今日の夜は俺の部屋で焼肉パーティしますから!」

「焼肉!?ワァオ!」

 私のテンションは一気に上がる!確かに焼肉パーティはしたこと無かったし興味あったからそう言ってくれて嬉し「残念ですが今日の夜は僕の部屋で焼肉パーティをする予定なんです。」

「あ!?またそうやって俺のアイデアパクるんやからイッテェ!」

 タライさんがまた家森先生に足をぎゅっと踏まえれてしまった。まあ私としては今夜誰と一緒でも焼肉パーティが確定してるからいいんだけど。あ、そうだ。私は二人に聞いた。

「じゃあ家森先生の部屋でみんなで焼肉パーティします?」

 タライさんがパッと笑顔になった。

「あ!ええやん!俺も家森先生の部屋に行ってみたいと「却下です。今日はヒイロと僕の二人きりのパーティにすると決めました……ふふっ」

 意味ありげに家森先生が私に微笑んできた……何だろう。分からないけど、ここは彼の言うことに従ったほうがいい気がしてきた。そういう脅してる系の笑顔だ。

「じゃ、じゃあ家森先生と二人で今日はゆっくりします。タライさんはまた今度ね……」

 家森先生が校舎に向かって歩き始めたので、私とタライさんも後に続いて歩く。少ししてからタライさんが言った。

「まあまた今度でもええけど。そう言えば再来週から夏休みやん?ヒーたんどこ行くん?俺と街に行く約束覚えてるよね?」

 ああそっか!もう夏休みはそこまで近づいて来てるんだ!

「覚えてますとも!街に行って……あ、そうだ!海も見たい!」

「せや南の島のリゾートエリアも一緒に行こうや!」

「それいい!「却下します。」

 ……え?

 前を歩く無言の白衣が怖い。

 そして一息吸ってから彼が話し始めた。

「……いやあ奇遇ですね。僕は補習と夏期講習で忙しいのですが、まさか高崎くんも同じく補習と夏期講習で忙しいとは。」

 わざと高崎くんと言ってるのも変に優しい声色も怖い……それを聞いたタライさんが慌てた様子で家森先生の隣に小走りで向かって先生に聞いた。

「い、いや……せやかて俺優秀だって言ってたでしょう?ど、どうして補習?夏期講習はそりゃ出ますけど。」

「あなた赤点だったでしょう?補習受けなさい。」

 え。タライさん赤点なの?私が口を開けて驚いてるのを見たタライさんが首をブンブンと振った。

「それがおかしいねん!何でや!こっちは平均点以上取ってるんやで!?なのに赤点っておかしいやろ!俺が赤点ならグレースなんかもっと赤点やんか!ほんなら彼女も補習ですよね?」

 林の中の砂利道を通りながら、家森先生は振り向きもしないで答えた。

「彼女は違います。あなたはテストで良い点を取ったからと言って、すぐにだらける。ですから平均点以上でも点数を赤く光らせました。悪いですか?」

 ギュンと家森先生がタライさんの方を向くとタライさんが仰け反った。多分今、家森先生めっちゃ怖い顔してるんだろうな……私の方からは角度的に見えないけど。

「ま、まあ分かりましたはい……でも一週間は自由な日あるからその時ヒーたんとお出かけしたいんですけど。」

「まあ……それくらいは。」

 ちょっと待って何で私の予定なのに家森先生が許可してるんだろう。もうこれは今更なのかもしれないけど。彼のこれに慣れ始めてる自分もおかしいのかもしれないけど。

「それでは僕は少し自分の部屋に戻るので、ここで。」

 職員寮の前で家森先生が立ち止まった。私とタライさんは頷いて、彼と別れて林の中を歩き始めた。すぐにタライさんが口を開いた。

「あんたも大変やね。」

「まあ大丈夫。それでもお世話になってるほうが大きいから。」

「お世話ねぇ~……ほんで付き合ってんの?」

「だから付き合ってないですよ。」

 クックックとタライさんの笑い声が林の中を響いていった。何でその流れでいつも笑うのか、それは私には分からなかった。
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