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第75話 高崎家

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 トントン

 何回もタライさんの部屋の扉をノックするが反応が無い。おじさんが手慣れた様子でドアに聞き耳を立てて部屋の中の様子を伺ったけど、居留守とかじゃなくてやっぱり誰もいない様子だった。

「居ませんか」

 ポツリと呟いた家森先生に私は頷いた。

「そうですね……ベラ先生の部屋かな。」

 家森先生が少しニヤリとして私を見た。

「まさか」

 おじさんが首をかしげてから話し始めた。彼の声はちょっと大きいので廊下に残響がこだまする。

「なんでこんな時間に先生の部屋に?いやいや、先生と生徒なんやからそんなあかん事したらあかん。うちの頼人がそんな節操ないことする訳ない。」

 ……家森先生が遠くを見つめて気まずそうにしている。まあね。まあそうよ。
 私はポケットから携帯を取り出した。

「じゃあメールしてみますね。」

「ああメールなんや、なんか噂に聞いた通り通話は出来ないんやね。」

「そうなのです、この世界は……」

 おじさんと家森先生がこの世界について話している間に私はタライさんにメールを送った。

 ____________
 タライさんどこにいる?
 お父さんが来てるよ?
 今タライさんの部屋の前で
 家森先生と3人で待ってる
 ヒイロ
 ____________

 すぐに彼から返信が来た。

 ____________
 ……嘘やろ。
 今どこにいるか教えんもん
 親父が来てるなんて
 変な嘘やめろや。笑えんわ
 タライ
 ____________

「なにそれ、本当なのに……」

 呟きつつまたメールを返す。

 ____________
 本当ですって!
 身長180センチくらいで
 つり目でオールバックで
 ガタイが良くて
 威圧的な感じ。あと関西弁
 ヒイロ
 ____________
 ____________
 ……嘘や。嘘やと言って。
 嫌や。何で呼んでないのに
 来たんや。
 嫌や!行かへん!
 行かへんからな!フン!
 タライ
 ____________

「ええ!?どうしましょ、来ないって!」

 地上世界と地下世界の違いで話が盛り上がっている二人に声かけると、二人とも戸惑った表情になった。おじさんが私の腕を掴む。

「ほな、どこにおるか聞いてくれるか?」

「分かりました。」

 ____________
 どこにいる?教えて!
 ヒイロ
 ____________
 ____________
 秘密や!
 タライ
 ____________

 何でやねん……どうすんの。

「駄目ですって。どうしましょ。」

 家森先生が困り果てた表情で頭を抱えた。

「弱りましたね……どうして彼はそんな困ったことを申すのか。」

 仕方ない……私はマリー、ジョン、エレン、ケビン、リュウ、グレッグ、マーヴィン、ベラ先生に一斉送信でタライさんの居場所を聞くことにした。そのメールを送ってすぐに一通のメールが届いた。

 ____________
 俺の部屋にいるよ?
 リュウ
 ____________

 私は今送った皆に、分かりましたから大丈夫ですとまた一斉送信して、じっとこちらを見て待ってる家森先生とおじさんに言った。

「リュウの部屋でした。グリーン寮に行きましょう!」

「おおそうですか、行きましょ行きましょ!」

 そしておじさんと3人でブルー寮を抜けて星空の下の校庭を横断して、気味の悪いグリーン寮に着いた。

 おじさんはお化け屋敷にでも入ったかのように嫌な顔して身を縮ませながら歩くので、そんなに雰囲気悪いんだと改めて知ることができた。リュウの部屋をノックするとすぐにドアが開いて、ボサボサの金髪頭にヘロヘロTシャツにカーゴパンツ姿のリュウが出てくれた。しかし、何故か苦い顔をしている。

「すみません、さっき出て行っちゃいました……俺に裏切り者って言い残して。そのあとはどこに行ったのか分かりません。」

「そうですか……」

 おじさんが彼の部屋のドアを静かに閉めてから、額の汗をハンカチで拭いた。

「全くこの世界に来ても聞き込みさせられるとは思いもしませんでしたわ。頼人は何を考えとるんか全く……いや。それもそうなのかも知れん。俺は嫌われとんのや。やっぱ帰ったほうがええな。」

 ええ?まだ来たばかりなのに。それに京都ってとっても遠いんでしょ?そんな遠くから来たんだから一度ぐらい会ってもいいと思うけど。家森先生も同じことを思ったのかおじさんに言った。

「遠路遥々いらっしゃったのですから、まだ居てください。一度だけでも少し皆でお話ししましょう。」

 その時私の携帯が鳴った。

 ____________
 何故か私の部屋に来たわ。
 どうしたのかしら?
 もう今日は疲れているのに
 ベラ
 ____________

「あ、今度はベラ先生の部屋だ。」

 私の発言におじさんが目も口もあんぐり開けて驚いた。

「ああ!?それはほんまか!?恩師に手を出すなんてそんな人間に育てた覚えはない!ささ早くベロ先生の部屋に案内してくれ!」

「ベラ先生だよ……」


 職員寮のベラ先生の扉をノックするとすぐに開いて、キャミソールにカーディガンを羽織ったベラ先生が疲れ果てた顔で迎えてくれたけど、見知らぬ男性がいたことに気づくとまた凛とした表情になり、さらに彼がタライさんのお父さんだと知ると部屋の奥に行ってタライさんの首根っこを掴んで連れてきてくれた。

「よう頼人……元気だったか?」

「元気や……何やねん。んごお!?」

 急におじさんがタライさんの首を絞め始めた。慌てて家森先生が引き留めようとしている。ベラ先生はもみ合う男たちの巻き添えにならないように私の肩を抱いて離れた場所へと移動させてくれた。

「やめろや!何やねんグエエ!」
「何しとんねん!お前、ベロ先生に手を出したらあかん事ぐらい分かるやろ!」
「落ち着いてください!落ち着いてください!」

「……ねえヒイロ、何あれ。あとベロって何なのよ?」

 床に転がりながらもみ合う男たちを眺めながら、ベラ先生が笑い混じりに私に聞いてきた。私は応える。

「……タライさんがベラ先生と関係あるって誤解してるらしいです。あとベロについてはさっきもベラ先生だよって訂正したんですけどね……」

 ガッ

「あああ!」

 その時、タライさんともみ合っているおじさんの肘が、止めようと二人の間に入ろうとする家森先生の顎にクリーンヒットしてしまった。

 彼らから離れて、痛そうに顔を歪める家森先生……どうやら舌を噛んでしまったようで彼が抑えた口元の手から血が垂れた。私は心配になって彼の元へ駆け寄った。

「だ、大丈夫ですか!?家森先生……痛い?」

「大丈夫です……ヒイロ、僕の部屋からドクターバッグ取ってきてください。もう既にあなたの懐中時計で部屋の認証外せるように設定してありますから。」

「わ、分かりました……。」

「全く!勝手に人の部屋で暴れて他人を巻き込んで怪我させて!大人のする事じゃないわね!」

 ベラ先生の叱咤が聞こえたすぐ後に、二人のごめんなさい……という弱々しい言葉が聞こえた。

 その後何故か引き続きベラ先生の部屋で、リビングの椅子に私と家森先生が座り、ソファにタライ親子が座って話をすることになった。

 家森先生はポーションで口を何回かゆすいだ後に、私に薬草の軟膏を渡して舌に出来た傷に塗るように指示したので、人差し指でちょっとつづ付けながら彼の傷に塗っている。それがしみるのか彼は口を大きく開けたままちょっと痛そうに顔を歪めている。

「……すみません、家森先生。ベロ先生の言う通りこんなとこで喧嘩して、大人げなかった。ところで家森先生とヒイロちゃんは……仲ええようやね。」

 明らかに家森先生がギクッとした。それ以上に私がギクッとしてしまった。ハーブティーを入れて持ってきてくれたベラ先生がニヤニヤしながら話した。

「まあ彼女達の仲は良いようですね。まあこの学園には恋愛を規制する校則はありませんから。ヒイロも家森先生も仲が良くても何の支障もありませんわ。」

 それを聞いたタライさんが隣で座るおじさんの方を振り向いた。

「せやで?せやから俺もベラ先生と仲良くしたってええやん。」

 おじさんはブンブン首を振った。ベラ先生が彼らの様子を腕を組んでシンクに寄りかかりながら見ている。

「家森先生はええよ、此処の人間やからな。でもアンタはちゃう、アンタは地上の人間や。それらしく過ごしてくれんと困る。いつかはこっち戻ってくるんやから。」

 え……そうなの?いつか地上に戻っちゃうのタライさん?タライさんはおじさんから視線を逸らして言った。

「……それはまだ決めてへん。」

 それを聞いたおじさんが一気に顔を歪めた。

「ああ!?戻ってこなあかんぞ。まあええわ。明人も最近は体調崩しとってなあ、思うように働けんのや。」

 タライさんが驚いておじさんを見る。あきと?

「そ、そうなん?兄貴どうしたん?」

 ベラ先生に小声でお礼の言葉を言ってからハーブティーを飲んだおじさんが、少しの沈黙の後に言った。

「まあ……精神的なもんやな。それはええよ。それで、ここで話すのも悪いかもしれんけど頼人は今何年ここにおるん?学生なんか?」

 確かに……私とかベラ先生っていない方がいい?でもベラ先生はじっと彼らの方を真剣な表情で見ているし、私もまだ家森先生のお口に軟膏を塗っている。家森先生はここに居た方がいいだろうし……どうしよ。気まずそうにしているのが分かったのかタライさんが私に向かって言った。

「ヒーたん居てくれてええよ。ほんで話戻すと、俺は学生やしここにきて3年やね。」

「ほな、21の時からか?」

「せや。」

「何でや?」

 タライさんがブフッと笑った。

「何でって……興味あるからやろ。」

 おじさんがタライさんを睨む。

「そんな興味あるからって働かんと学生になるなんて。そんなんで食っていけてるんか?」

「貯金あるから食っていけてるで。」

「……それで学生になって何になるんや?」

 タライさんが背伸びをしながら言った。

「……まだ決めてへんな。」

「何やと?」

 おじさんの表情がまた一段と険しくなった。

「決めてへんで学生しとんのか!そんな中途半端なこと成人になってから許される訳あらへんやろが!」

 私の手首を持って一度軟膏塗りを止めた家森先生が、呂律の回らない感じのまま言った。

「お父様、落ち着きましょう。頼人君は、学園に3年在籍しています。専攻科目は有機魔法学なので、今の段階で街の薬剤師になれる資格がありますし、満期の6年在籍で看護師、調合師、あるいは貴重なポーションを製作出来る特科調合師になる試験を受けることが出来ます。頼人君は筋が良い方ですから、彼が望むのなら僕が推薦状を書こうと思っていましたし、心配には至らないかと。」

「……え、そうなん。家森先生。」

 ぽかんとして家森先生を見つめるタライさん。私だってちょっとびっくりしてる。タライさんのこといつも貶《けな》してるのに……何だかんだ実はそう思っててくれてたなんて、すごい。ただ普通に感動してしまった。何そのツンデレ。

 考え事をして何回か頷いたおじさんは家森先生に頭を下げた。

「そうなんですね、それは良かった。家森先生にそう言われたのなら安心できると言うものですわ。それで今は薬剤師になれる訳やけど、ほんならそう言う道に進みたいのか?」

 ……ん?

 皆がそう思ったと思う。何故かタライさんは首を傾げたからだ。

「……俺は誰にも夢を話さん主義やねん。」

 ガシッとおじさんがタライさんの胸ぐらを掴んだ。

「夢話さん主義かなんか知らんが、今ここで話さんとどないすんねん!俺にも……家森先生にも言えないんか!?お前は昔から勝手なことばかり、少しは明人を見習わんか!明人も最近はアレやけどな……」

 おじさんは腕を組んで、はあと大きなため息を吐いてからソファに背を預けた。そんなおじさんに家森先生がまた話しかけようとするので私は彼の口から指を抜いた。

「学生の中には目標がない人も多々います。夢を話してくれずとも持っててくれることが重要ですし、もし無いなら勉学の中で見つけていくのも一つの手かと。」

 おじさんは家森先生を見つめた。

「家森先生の言うことも分かるんです。でもこいつは成人しとるし薬剤師なれる条件あるんやったらそれになったらええ話やんか。なあ頼人ちゃうんか?全く……家森先生や皆さんの前でこんなこと言うんは間違ってるかもせえへんけど、息子が二人してこんなんなってて情けないんですわ。頼人はいい歳してブラブラして、明人は折角大手の会社で部長になったのにズル休みして……そんなん大人のすること違う。」

 何それ……。

 タライさんがおじさんの肩をどついた。

「あ!?今は俺のことやろ!明人のこと言うんはやめろや!」

 おじさんもぐっとタライさんの首を掴む。

「ああ?お前は何やねん!何でまだ学生やねん!この先生と対して年変わらんやろが!ちゃうか!?」

 家森先生がおじさんの腕を掴む。

「お父様、彼には彼の生き方が「あるとしてもや!ここでこのタイミングで学生って何でや!夢を隠す主義?カッコつけたって実は目標もなくただ通ってるだけやろが!そんな無駄なことばっかして……こんな息子おること誰にも言われへんわ!」

 バンッ!

 !?!?

 突然、今まで静かに聞いてたベラ先生が腕を組んだままテーブルに踵落としをした。

 皆が驚いて言動を止めた。

 そして彼女の方へ視線をやる……すっごい、今までで一番怖い。彼女はおじさんを睨んだ。

「ごめんなさいね驚かせて、今日は仕事で酷く疲れてるし、ここは私の部屋だから言いたいこと言わせてもらうわね?さっきから聞いてれば何なのよあなた、どうして無駄だと言えるのかしら?「だって」静かにしなさい!聞いてないわよ!」

「……ごめんなさい」

 おじさんが縮こまってしまった。分かる。私と家森先生とタライさんはもう既に縮こまってる。

「無駄なんかじゃない、中途半端なんかじゃない。高崎くんにしてもお兄さんにしても毎日を一生懸命生きている。どうしてそこを気に留めないのよ!どうしていい所を見てあげないのよ!「それは」聞いてないわよ!いい?」

 ベラ先生がおじさんの額をガシッと大きな手で鷲掴みにした。やばい。

「私はこの前、事故で大怪我をした時に高崎くんに命を救われました。有機魔法学ってのは専門性が高くて本当に難しいことばかり。それなのにここまで続けてきた高崎くんの努力も知らないで勝手なことばかり言わないでちょうだい!「だからそれは」さっきからああすべきこうすべきって、だったら親ならもっと子どもを分かってあげるべきでしょう!肩書きがそんなに大事なのかしら!?もし高崎くんもお兄さんも無職だったらもう息子じゃないのかしら?逆に大統領や社長だったらその時だけ自分のことのように喜ぶの!?それが正しいこと?」

「……。」

「真っ当に日々の努力で掴んだものの結果なら、たとえ学生に戻ったとしても働けなくなったとしても、日々の積み重ねに焦点を当てて誇りに思うべきでしょうが!彼を信じてあげてちょうだい。」

 ふん、とベラ先生がおじさんを解放した。おじさんのおでこに赤い手の跡が残ってる……。おじさんは目を丸くして聞いてたけど、その視線を下に落とした。

「確かに私は明人や頼人の表面だけを見ていたのかもしれない。しかしそれには訳があるんですわ。私は貧しい家庭に生まれて苦労したんや。なんとか公立の大学入って警官になれて、収入が安定して家族を持って幸せになったんや。せやから、ちゃんとした仕事を目標を持って生きて欲しい。」

「じゃあ何でこんな息子誰にも言えないなんて言ったのよ。」

 おじさんの目の前に立って腕を組んだまま彼を見下ろすベラ先生。

「そ、それは正直世間体もありますわ。警部の息子がどっか行ったと思ったらその地で働かんと学生やて……笑いのネタかと思うやろ。」

ブォン

 その時、ベラ先生が片手に風の魔法陣を出現させて、なんと家森先生に向けて風の刃を放ってきたのだ。

 咄嗟のことに彼の口の中に指を入れたままの私は何も出来ない。

 瞬間的にタライさんがこちらに水の魔法陣の手のひらを向けてるのが見えたが、何が起こったのか分からない。

 もしかしたら家森先生が切られてるかもと恐ろしい想像をしながら彼の方を見ると、仰け反って目を細めている家森先生の前に現れた水の防御壁が、ベラ先生の風の刃から彼を守ってくれていた。

 タライさん……防御壁の魔術を使えるようになってる。本人も驚いているのか自分の手のひらをまじまじと見ている。

「今なら彼は私の風の刃だけでなく銃弾からも人を守れるわ。ここまで魔法をコントロールするのにどれだけ苦労するか知らないでしょうけれど、あなたにとってはこの学びが笑いのネタなのかしら。世間体も大事だけれどもっと彼ら自身のことに目を向けるべきだわ。私からは以上よ。」

 腰に手を当てておじさんを見下ろすベラ先生……おじさんは何度も深く頷いている。考え事をしているおじさんの隣で立っているタライさんが、頭をポリポリかきながら言った。

「ま、まあそんな感じで。別に応援してくれんでもええよ。俺のことは忘れて兄貴を支えてあげてほしい。俺は俺で頑張るし、もう会いにも行かへんし。それでええやんな?」

「ええ訳あるかい……お前は俺の息子や。応援はする。」

 おじさんの言葉に、タライさんが口を開けっぱなしにしている。

「なあ頼人、他にも魔法は使えるんか?」

「そ、そうやなぁ……専用のハンドガンがあれば水の銃弾を放てるし、道具があれば水のダガーも作れるね。」

「そうか……京都府警に来たら活躍しそうやな。」

 おじさんのジョークに我々は微笑んだ。タライさんはちょっと嬉しそうな表情で言った。

「まあ地上で魔法使ったら重罪やけどね。」

 おじさんが立ち上がった。

「せやな、私は息子たちにお金の面で苦労して欲しくなくて、勝手に自分の信念を押し付けていたんや。それで苦しめとったんやな。ほんなら悪いことした。ごめんな、頼人。お前を信じるから。明人のこともしっかり支えるから心配せんとここで勉強続けてくれ。」

「わ、わ……あ、おおきに。あ、握手するん?はい」

 ぎこちない親子の握手に私たちが笑った。そしておじさんはベラ先生と家森先生を交互に見る。

「家森先生もベラ先生もいい先生がおってよかった。生徒の人生もその家族の人生も変えるきっかけを与えてくれる先生なんてそう簡単におりゃしません。私は感謝の気持ちでいっぱいですわ。ありがとうございます。」

 おじさんが頭を下げたので慌てて家森先生が立ち上がって止めた。

「そんな僕は何も。顔をあげてください。また、時間があるときに遊びに来てください。」

 おじさんが顔をあげた。ベラ先生も、いいえと彼に微笑みながら返した。

「ありがとう。ああせや!頼人、正月の予定はあるんか?はーちゃん?」

 タライさんは盛大に顔を引きつらせた……それもそうだ。はーちゃんは結婚してしまった彼女さんの名だ……どうしてなのか。

「か、彼女とはもう終わったんや……もういいから!全く何も言わんと勝手に来て……俺の部屋泊まるしかないやんか。案内するからいこ。その前に」

 タライさんが立ち止まったので、玄関に向かっていたおじさんは振り返る。
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