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第65話 彼女の策

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 セントラルホテルまで歩いて向かい、エレベーターで最上階のミア先生の部屋まで家森先生と二人で運んだ。もうぐったりしているミア先生、ちょっと心配になってきて何度も息してるか確認してしまった。

 この広いホテル、各階には10部屋程あるようだけど最上階には2部屋しかないようだ。家森先生がミア先生のポケットに入っているカードキーで中に入ると、ソファがいくつもある広々としたリビングがあった。しかもそこからは美麗な街の夜景を眼下に収めることが出来てしまい、思わずじっと眺めてしまった。部屋も他に何部屋あるか分からないし、このリビングにはホットタブと言われるちょっとしたジャグジーがあった。

「うわあ、綺麗な眺め。こんな広い部屋に一人で泊まっているんですか……」

「そのようですね。まあ山林地帯にはこのような場所は無いので、たまには息抜きしたくて泊まったんでしょうが、こうまで酔い潰れてしまっては意味もない気がします……さて、僕は彼女をベッドに運ぼうと思います。寝室はどちらでしょうか。」

 ああ、そうだ。寝室はどの部屋だろう、家森先生と手分けして探すことにした。私がすぐそこのドアを開けると、そこはやたらに広いトイレの部屋でしかもトイレの本体が金色だった……すげぇ。映画で見たような豪華さに思わず写真を撮ってしまった。違う違う、ベッド探さないと。私は隣のドアを開けることにした。

 そこにはマシュマロみたいにフワッフワの真っ白の布団が乗っかった大きなベッドがあった。サイドテーブルに何か薬の瓶が置いてあるし、多分ここで寝るに違いない。

「家森先生!この部屋っぽいです!」

「ああ、そちらに行きます。」

 遠くから家森先生の声が聞こえてきたあとすぐにミア先生を担いだ家森先生がこの部屋までやってきたので、私が布団をめくって家森先生が彼女をベッドに寝かせた。

 寝顔まで美しい……プリンセスのようだ……いいなぁ。

「ふう……これでいいでしょう。明日の朝には気付きますよ。さて、帰りますか。」

 はいと答えようとしたその時、なんとミア先生が目を開けてしまった。
 そして私は咄嗟にしゃがんでミア先生から見えないように身を屈めてしまった。何してんだか……。

「……家森くん、送ってくれたの?」

「あ、ああ……他の先生方は夜行バスに乗らなくてはいけなかったので僕が送りました。しかし女性の部屋に僕一人が来るのも何なので実は「家森くん、ありがとうございます」

 バレないようにチラッと覗いてみるとミア先生が家森先生に向かって幸せそうに微笑んでいるのが分かった……超出づらい。やばい。早く寝てくれないかな。

「いえ、それでは僕は帰ります。」

 ぎゅっ……とミア先生が家森先生の腕を掴んだ。

「家森くん、帰るの?」

「……はい。僕がここにいてはあなたが休めないでしょうから。」

「そんなことない。もう少しだけ居てちょうだい。」

「いえ、帰ります。」

 家森先生はじっと冷たい目でミア先生を見つめ、ミア先生は真剣な表情で家森先生を見つめている。そのうち彼女がしびれを切らしたのか白いブラウスの胸元のボタンを片手ではずし始めた。胸大きい……違う違う!ちょっと!?いきなりの大胆な行動に私は無言で慌ててしまう。

「何を。変な真似はおやめください……」

「ヒイロちゃんのことをとても大事に思っているのね。しかし彼女はあなたがいるにも関わらず合コンに参加するような女なのでは?本当にあなたのことを大事に思っているのかしら?」

 ……今すぐそのすらりとした鼻をつまんでやりたい。しかしまだだ、まだ機会を伺おう。

「それは彼女は、僕の後輩に騙されてただの食事会だと思って参加してしまったからです。元からそういう目的だと知っていれば参加はしなかったでしょう。僕からすれば、そんな彼女よりも酔っているなどと芝居を決め込んで、僕をこの場に連れてきたあなたの考えの方が理解出来ない。さあ僕の手を離してください。」

 ええ?芝居!?そうだったの!?

「……確かに最初は酔ったフリをした。でも半分は本当よ、一気に飲んだワインが予想以上に途中から回ってしまって、ここにどうやってきたかそれは分からないもの。」

 じゃあ私がここにいることや途中街中で家森先生とキスしたのも知らないんだ、ならよかった。良かったのか分からないけど良かった。

「……そうですか。ならばゆっくり休むべきです。それでは、あ、」

 あっ!

 その時、ミア先生が素早く身体を起こして、ぐいっと家森先生の腕を引っ張りながらベッドに倒れこんだ。

 バランスを崩してミア先生の上に倒れこむ家森先生。すぐにミア先生が彼の頭をガシッと掴んでキスをしようとした。

 危ない!うわあああ!?

 さっ

 二人の顔と顔の間に咄嗟に伸ばした私の掌が挟まった。

 あぶねえあぶねえ!手の裏表に二人の唇がくっついてて、ちょっと妙な感触だけど阻止できた……。

 家森先生がふふっと笑いを漏らしながら両手をついてミア先生から離れていく時に、ミア先生が私の方を見てきた。睨んでいるし多分、キス出来なかったことに対してめっちゃ怒ってるんだと思う。そして次に、私まで実はそばにいたことに対してなのか額を押さえて恥ずかしそうに考え込んでしまった。

「はっはっは……ミア、残念でした。さて帰ります。あなたを送る目的は果たしましたから。ヒイロ行きましょう。」

「あ、はい……」

 ベッドからじっとすごく睨んでくるミア先生が怖いので早々に彼女の部屋を去ることにした。怖かったけど、キスを阻止出来て良かった。部屋を出て、エレベーターの中に入った途端に家森先生が私の顎をくいと彼の方へ上げてキスしてくれた。

「ふふ、守ってくれましたか。」

「そりゃそうです……私のですもん。その唇。」

「うん、そうですとも。この小さく可愛い唇も僕のものです。」

 そしてまたちゅうとキスしてきたところでエレベーターが止まり、宿泊客のおじさまおばさまが乗ってきてしまったので、気まずくなってすぐに私たちは離れた。

 ああ、でも阻止出来てよかった。そればかり考えてしまう。もしあのまま目の前で家森先生がキスしてしまうのを見たら、ちょっと耐えられない気持ちになっただろう。

 家森先生の隣を歩いてホテルの出口に向かっていると、カウンターの中からホテルの従業員の男性が出てきて、家森先生に足早に駆け寄ってきた。

「すみません、家森様ですか?」

「はい。そうですが。」

「最上階宿泊中のミア様がお連れのスカーレット様をお呼びです。忘れ物をされたとかで。」

 え……私をお呼びなの?忘れ物?リュックだって肩にかかってるし、携帯だって、懐中時計だってあるとポケットから出して確認した。家森先生も不思議な顔をしながらその従業員さんに答えた。

「分かりました。一度確認します。ご連絡ありがとうございます。」

 彼はフロントまで足早に戻って行った。そして家森先生と目を合わせて首をかしげる。

「なんかおかしいですよ。行かなくていいんじゃないですか?」

「うーん……しかし一度確認してもいいかと。もし単にお話をしたかったのであればすぐに切り上げて帰ればいい訳ですから。一度行ってみましょう。」

 家森先生が言うなら行ってみるけど。ちょっと、いや結構怖いんだけど。でも家森先生が一緒に来てくれるならいい。我々はまたエレベーターに乗り最上階に向かった。

 ミアさんの部屋の前に着いて、彼女のドアをノックする。でもあのグッタリした状態でドア開けられるのかなと思った瞬間にドアが開いて、バスローブ姿のミアさんが普通に迎えてくれた。杞憂きゆうだったね……。

「それで話は何ですか?忘れ物なんて嘘……」

 家森先生が冷たい声で聞いた瞬間に、ミア先生は突然私の手を引いて部屋の中に入れ、そのドアを閉めてしまった。

 バタン!

「ええ!?」

「ちょっと二人で話しただけよ。ねえ、あなたワインは飲める?」

 ドンドンとオートロックの扉が叩かれている音がする。家森先生がそうしてくれてるんだろうけど、ドアが分厚いのか声は全く聞こえない。一気に怖くなって戸惑っていると、ミア先生が私の腕を引っ張ってリビングのところまで連れて行った。

「ねえ、飲めるか聞いているのだけれど。」

「……いや、お酒は飲まないです。」

「ふーん、そう言う体質?」

「いや……飲んだことないだけですけど。それを話したかったんですか?それともさっき家森先生と一緒に来てたから怒ってるんですか?」

 ミア先生はテーブルの上にあった赤ワインのボトルを掴んでラッパ飲みした。もう普通に飲んでるし、その豪快っぷりは何なんだろう……てかこの状況も何?と色々疑問に思っていると、いきなりミア先生が私に掌をかざした。

 え?

「さっきと言うよりも、あなたが彼といつも一緒にいることが嫌かな。私が苦労して漸く家森くんと同じ職場になれて、山林の副学園長になって、たまたまだけど全体会議に理事長じゃなくて家森くんが来てくれて。それで……憧れだった家森くんと一緒にお食事だって出来たのに。なのに、彼にはもう既にあなたがいた。」

 ジリジリと私に歩みを進めるミア先生。冷たく、何か覚悟を決めたような目がとても恐ろしく感じて私は後ずさる。

「ただじゃ済まさない。私の人生の目的を邪魔したあなたに罰を下す。」

「……でも彼氏じゃないんです。なんて言うかお世話にはなってるんですけど、今日だってたまたまですけど同じレストランで一緒に食事だったんです。本当はウェイン先生に呼ばれて家森先生とは会う予定なかったんです。本当です。」

 怖いよ、怖いよ。命乞いしないと殺されるよ!私はさらに後ずさって、ソファにつまづいて座ってしまった。ミア先生はワインボトルを持ったままジリジリと近づいてくる。これ……推理ドラマで見たことあるシチュだけど!?いやいやいや!どっちが犯人でどっちが被害にあうのか想像したくない。

「彼氏じゃないと言っても彼はあなたのことが好きよ。ならばこの場で、彼にもう会いたくないとメールしてごらんなさい。その返事を見て、これからどうするか決めるわ。」

「何でそこまで……「出来ないのかしら!?」

 胸倉を掴まれた……。と、取り敢えず従わないとそのワインボトルで殴られるかもしれない。でも、そうだ。こっちだって魔法がある。私は掌をミア先生にかざした。

「……なんの真似?あなた魔法で私に敵うと思っているの?」

「暴力はよくないです……自己防衛しますよ?」

「ああそう」

 ドン!

 ……?

 彼女が素早くポケットからハンドガンを出して私の太ももを撃った。

 ……けど痛くない。打たれたところを見ると直径1ミリも無いぐらいの赤い点が出来ていた。

「これは?ええ!?撃たれたのに痛くない。」

「ああ、幻覚弾よ。抵抗されては厄介だから。私も彼と同様に有機魔法学の専攻なのでね。麻酔の効果もあるからふらふらするでしょうけど。」

 ああ確かに……目の前が歪んでスゲえ。幸せな気分だ。あはぁ、これはいい。
 ニヤニヤしているとミア先生が何か気持ち悪いものを見ているような目で見てきた。

「……効きすぎたかしら。まあいいわ。メールを打ってちょうだい。打てないならログインした携帯を貸して。私が打つから。」

 私はポケットから携帯を出して、ログインしてからミア先生に渡した。ミア先生は私と密着して同じソファに座って私に画面が見えるように文を打った。

 そんなことされるのは多分嫌だけど、今は感情がわからないぐらいにふらふらする。しかも目の前にお花畑まで見えてきた。

「すごいねぇ、お花があるよ……何で?」

「幻覚が始まったわね。さあこれを送るわ。」

 ____________
 ミア先生とお話ししました
 色々考えた末に、私は
 家森先生と一緒にいること
 諦めます。
 将来は楽団に行って、
 他の奏者の方とお近づきに
 なりたいもの。
 ヒイロ
 ____________

「……ちょっと言い回しが私っぽくない。」

「……どの辺よ?」

 私は彼女から携帯を受け取って文章を直してあげた。何やってんだろ。でも今はふらふらして楽しい気分で笑ってしまう。

 ____________
 ミア先生とお話ししました
 色々考えましたけど、私は
 家森先生と一緒にいること
 諦めます。
 将来は楽団に行って、
 他の奏者の方とお近づきに
 なりたいと思って。
 ヒイロ
 ____________

「あはは!これで完璧ですよ。」

「大して変わってない気もするけど……まあどうもね。」

 ごくっとワインを飲んだミア先生が彼にメールを送信してしまった。心の片隅で、嫌だと思う気持ちがほんの少しある気がした。でもそれは海に沈むアリのような小ささですぐに見えなくなってしまった。

「でもこの返信でこれからどうするって。どういうことです?」

「ああ。家森くんがどれほどあなたのことを想っているのか知りたかったのよ。それでもなお彼があなたことを求めてきたらそれだけ気持ちが強いということ。ならあなたを消すしかないわ。」

 は!?

「いやいや!いやいや!」

 ポーンとメールの着信があった。家森先生~私を求めないでくれ。

 ああ、でもよく考えたら大丈夫だ。だって前だって一緒に居たくないって言ったらそうですか、って反応してくれたし。

 ____________
 何を。バカなことを。
 それに今の銃声は一体?
 それともこれはミアの策か
 いずれにせよ、僕は
 あなたを愛している。
 何があっても離すものか。
 家森
 ____________

 ……。

 ……オーマイ。

 嬉しいけど嬉しくない。この気持ちわかる?先生。
 嬉しいんです。愛してるなんて初めて言ってくれて嬉しいけど……ミア先生が私の首を掴んでるの。
 しかも超睨んで。

「……もういいわ。この馬鹿げた携帯はあなたに返すわね。冥土の土産にでもしなさい。」

「ううう!」

 ミア先生が私の首を本格的に締めてきた。その表情は見たことない、人間が攻撃的本能をむき出しにしている猟奇的な顔だった。これは本気だ……やば。

「言い回しが違うなんて言ってきて、そうよね、彼にこれだけ想われてれば余裕よね」

 いやそれは脳内がお花畑になってたから何も考えられなくて……ああもうだめだ。息が出来なくて……意識が飛びそう。

 ゾワゾワと右手から紅い日々が急激に私の顔まで達する。それを見たミア先生はハッと恐怖に視線を揺るがせたが更に力を込めてきた。
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