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第26話 力の理由

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「なんやあれ!」

 僕のそばでヒイロを見つめて立っていた高崎がヒイロ達から少し離れた上空を指差して叫んだので僕もその方向を見た。ハッと思わず声が漏れてしまった。

 学園やヒイロ達の周りを群がって飛んでいたドラゴン達が遠ざかって行く。それもそのはずだ、そこには一際大きくて黒いドラゴンが翼を大きくはためかせながらヒイロ達を目掛けて飛んできたのだ。

「今までの赤いドラゴンは子どもやったんか……」

 文献でしか見た事のない、危険で獰猛どうもうな種類のドラゴン。
 そのドラゴンは明らかにヒイロ達の方に向かって飛んでいる。

 ヒイロもあれに気づき、歩みを速めようとするが、ベラがいるので思うように進まないようだ。これでは彼女が危ない!

「砲撃班!黒のドラゴンに威嚇射撃をしてください!」

 その時だった。僕の声でドラゴンに気付いたマリーが、僕のいる正門まで走ってきたのだ。

 見る限りでは彼女はヒイロがいないと歩けないような状態だったが今までのは一体……と思っているとマリーが僕のことを見つけてパッと笑顔になり、僕に駆け寄って来て僕のことを抱きしめてきた。

「ああ!先生!怖かったです……!」

「よ、よく帰りましたね。手当てを受けてくださ「一緒にいてください!家森先生……もう本当に怖くて。」

 マリーは涙を流しながら訴えかけてきた。正直、行動の妨げになるので離れて欲しかったが仕方ない。僕は彼女をそのままに、ヒイロを見つめながら管制室にいるリュウに合図を送るのを待った。

 ところがその時、正門は閉じ始めた。

 まだ目の前の坂にはヒイロとベラが残っている。何故!?

「何!?どうして閉まり始めたんや!?」

「分かりません!高崎はマリーをお願いします!僕は管制室に行ってきます!」

「ちょっと先生!」

 嫌がるマリーを無理矢理高崎に押し付けて僕は正門横の管制室へ向かって走り始めた。正門に隣接している為にすぐにリュウ達が待機しているその部屋に行くことが可能だった。

「何事ですか!?門を閉めるのをやめなさい!」

 そう叫びながら管制室のドアを開けると、そこには何故かシュリントン先生がいた。僕の怒号に怯えたような目つきをしたリュウやハロ……それにリュウと付き合っていると言われているレッドクラスのリサもいた。

 シュリントン先生は僕の肩を掴んで僕を諭すように言った。

「あの手のドラゴンに生半可な魔法は効かない。大惨事になる前に被害を最小限に抑えよう。」

 僕は肩に置かれたシュリントンの両手を振り払った。

「何を仰いますか!?あと少しで正門にヒイロ達は着くんです!このタイミングで門を閉めるなどどうして出来ますか!?」

「落ち着いて家森先生!リュウ閉めなさい。皆があのドラゴンに襲われていいのか!?そうなれば我々だって命を落とす危険があるのだ!」

「何を!?リュウやめなさい!」

「お、俺……どうしよう」

 板挟みにされているリュウの手元のレバーは閉まる、の方向に傾いていた。僕は彼に近づき阻止をしようとするがシュリントンに羽交い締めにされた。こんな時ばかり自分勝手に動いて……!憤りの気持ちが僕の胸を支配している。

 するとリュウがレバーを元に戻したのだ。ひたいからポタポタと汗を流しながら、彼は金髪の髪の毛を何度もかきあげて考え込んでいる。

「ヒイロ……でもみんなが。どうしよう」

 すると隣にいたリュウの彼女のリサがサラサラの長い黒髪を揺らしながら彼に近づいてレバーを下げてしまった。

「シュリントン先生の言うことも分かるでしょう?リュウ、貴方にも無事でいて欲しいの」

 すると彼女の言葉で納得したのか、頷いたリュウがレバーを下げてしまった。ヒイロよりも彼女の意見を優先させるか!これでは門が……!後少しで、後少しでヒイロが到着するのに!

 僕は必死に抵抗するがシュリントンの馬鹿力が思ったよりも強い。
 その時、管制室に高崎が入ってきた。

「リュウ!?あかんで!」


 *********



 タライさんの掠れた大声が正門の隣の管制室から聞こえた気がした。黒く大きなドラゴンがこちらに向かってくるのが分かって、急ぎながら坂を歩く。ベラ先生を支える両手がもうプルプルと熱を持っているけど、絶対に落とさないようにぎゅっと更に腕に力を入れる。皆の声が異様に大きくなってきたのはさっきの大きなドラゴンが近づいて来たからかな。

 急がないと……歩みを出来る限り速め始めた時だった。前の方で、後少しで辿り着く正門が閉まりかけているのが見えた。

 え!?私まだ門から入ってないんですけど……??

「……!?」

 私は急ぐことを優先して体に力を入れていたので、待って!と言えなかった。なるほど、それが原因で皆は余計に騒いでいたのか。

 すぐに私は正門までやっとの事で辿り着くも、門は堅く閉ざされていた。

 大きくて、硬い、学園の校章が入った門を手のひらでトントンと叩いた。

 学園から拒絶された気がした。どうして、どうして待ってくれないのか。大きいドラゴンが向かって来ているのにどうして……あと1秒でも待ってくれなかったのか。ぽかんと口を開けながら私は閉じられた門をただ見つめている。

 すると門の向こうからドンドンと叩く音が聞こえた。

「ヒイロ!ヒイロっ!今開けるから!」

 ハッとした。これは家森先生の声だ。するとこのドンドンと言う音は先生がこの大きな門を叩いている音に違いない。そしてシュリントン先生の声も聞こえてきた。

「今門を開けて、あんたに、家森先生に何が出来るっていうんです!?ろくに攻撃魔法も使えないでしょう!?あのドラゴンでは私でも太刀打ち出来ない、この門を開けることは出来ないのです!」

「何を言いますか!?もう彼女達は到着しているのです!どうして、どうして貴方はそんなことが出来ますか……!」

 そう言う家森先生の声は何度も裏返っていた。その声色から、きっと彼は泣いているに違いない。

 最後まで、生徒思いの優しい先生だと思って、私の瞳からも涙がこぼれた。シュリントンは地獄へ行ったら必ず道ずれにしてやる……。

 私はベラ先生を正門の前の地面にそっと下ろして深緑のマントを先生に掛けた。息はしているけど頭から血が流れていて、意識はない。

「家森先生、ベラ先生……ありがとうございました」

 私は一礼して今来た道を戻ることにした。ドラゴンがすぐそこまで来ている。そんなことは知っている。でも、もう帰る場所は閉ざされてしまった。

 ならば……私を食べてそのまま満足してほしいと思った。それでドラゴンが帰ってくれれば門は開いてベラ先生は助かるだろう。

「ヒイロ!何してるんや!今俺のダチがみんなリュウ達を食い止めてる!すぐに開けたるから!戻って来い!ヒイロ!聞いとるんか!無視すんなコラ!」

 聞こえているよ。喧騒の中、タライさんの声はよく私の方まで響いていた。
 でももう私は戻りはしないと決めた。すぐにその門が開かないことだって分かってる。

 どうして開かないのか。
 どうして最後の最後でマリーは走れたのか。

 ぐるぐると負の感情を私の中を巡り始める。この気持ちに、私の腕の痛みも、私の感情も、全てが麻痺してしまった。

 坂の途中でグルルと響く低いうなり声が聞こえて、その方を向くとドラゴンは本当にそこにいた。大きな体、黒光りしているうろこ、よだれの垂れる口元には無数の鋭い牙が生えている。ああ、噛まれれば即死だろう。

 私を見守る周囲の喧騒はいつのまにか静まり返っていた。みんな緊張しながらこちらを見ているに違いない。

 ドラゴンの目は宝石のように煌めいていた。
 次の瞬間、ドラゴンは身体を捻らせて尻尾を私に叩き込んで来た。

 ドガッ

 あっ!と皆が叫ぶ。

 私は飛ばされてブラウンプラントの壁に打ち付けられて、その場に力無く座り込んだ。
 足も腕もボロボロになってしまった。何もかも。

「ヒイロ!……くっ!……スカーレットぉ!お願いです……誰か開けて!」

 ダン、ダン!と門の方から音が響いている。家森先生だ。その力強い優しさに、つい私は下唇を出して涙目になってしまった。
 門の下の方にはベラ先生がマントを掛けられたままぐったりと倒れている。

 門を閉めた人……シュリントンにリュウ。彼らを心底憎く感じた。

 黒いドラゴンが私にとどめを刺そうと、向かって飛んで来た。

 ドラゴンが大きな口を開けて私へ突っ込んでくる。
 悲鳴や私の名前を叫ぶ声が辺りを包む。

「うぁあああっ!」

 心が暴走するのを感じた。
 瞬間、胸の辺りから赤い電撃のような炎が漏れ、力が溢れて、突撃してきた巨大なドラゴンを跳ね飛ばした。

 胸から溢れる紅の力を手の先から出るようコントロールしようと試みると、両手を這うように紅いヒビが覆い始めたのが見えて、ぞわりとした恐怖心を抱いた。でももうやるしかない!

『食らい付け!』

 え、誰の声!?いや、頭の中に響いた声だった。力強い女性の声だ。

 私の胸から溢れ出続けている炎の波動はドラゴンの体に激しくぶつかっている。

 何これは……?それに今の女の声は?頭の中で響いたように感じた。それにこの強すぎる力、自分でも恐ろしく感じる力だった。

 私の魔法で飛ばされたドラゴンは翼の自由をなくし、地面に叩きつけられた。
 ドラゴンは何とかアゴで体を支えるように起き上がった。

 もう一度向かってくると思い私は手のひらを構えたが、ドラゴンは私の方を見もしないで上空を飛び始めて火山の方へ帰っていった。

 シュルシュルと周りの紅の魔法陣も消え、炎の波動も治まった。両手の紅いヒビもシュルシュルと胸に向かって消えていっている……。

 しかし今のこの力は……?

 いや、今のこの力は……私の感情の暴走とリンクしているんだと思った。授業では全然意図する方向に魔法を発することが出来ないのに、この時ばかりは私が思うようにコントロール出来た。

 こんなに大きな魔法が自分から暴走して出るなんて……私はとても不安な気持ちに襲われたが同時にドラゴンがいなくなった安堵あんどの気持ちもあった。

 気づくと辺りは歓声に包まれていた。
 やっと開いた門の真ん中には、茶銀の髪をボサボサにして手を赤くにじませた家森先生が立っていた。

 そんなになるまで門を叩いてくれてたんだ。

 こちらに向かって走ってくる家森先生にありがとうございますと言う前に、私の目の前は暗くなって全身から力が抜けてしまった。




 自然に目が開いた。体が重くてなかなか自分で動かすことが出来ない。
 白い天井がぼやけて見える。少しづつ自分の体の感覚が戻っていく。どうにか体を起こそうとしたが、体の芯の方から激痛が走ってそれは出来なかった。

 再び白の布団の中に埋もれた。ああ、多分医務室に運ばれたのか。ぼーっと天井を見ながらそう思った。寮の自分の部屋のベットと比べると雲泥うんでいの差の寝心地に、仮病を使えば良かったといけない考えをしてしまってちょっと笑った。

 ぼやけた視界に誰かが入る。そのピチピチ白衣の後ろ姿はウェイン先生だ。短い黒髪がいつになくボサボサしている。先生は私が起きたことに気付くと、少し驚いた表情をした後すぐに質問をしてきた。

「ヒイロ、ここがわかるか?」

「……う。」

 私はこくっと小さく頷いた。そうか、そうか、と呟きながら先生は手に持っているカルテに何かを書き込んでから私の点滴のチューブを調節した。

 私のベッドの周りは薄いピンク色のカーテンで仕切られて個室のようになっている。この部屋には他にも怪我をした生徒が休んでいるのだろう。話し声と物音が結構聞こえてくる。

 右隣のカーテンの向こうからうっ!と男の声がした。

「痛がってるぞ、優しくしろ」

 その声以外にも、何人かの声が聞こえてくる。せーのっ、と言っておお!と彼が友達の支えを借りて立ち上がったようだ。

 沈黙が何秒か続いた後、すぐにベットにどすんと落ちる音がした。あー、と落胆の声がする。

「まだ立つのは無理かー。」

 と怪我した本人の呟く声が聞こえると、その音を聞いたウェイン先生が私の部屋のカーテンと隣のカーテンを一気に開けた。

「おい!あまり無理させんな!」

 友達らを注意してからカーテンを閉めるとその向こうからすみません、と謝る声が聞こえた後にお前のせいで怒られたじゃないか、と聞こえた。もう会話が丸聞こえなのね。

「ヒイロちょっと待っててくれ。少し出るな?」

「あ、はい」

 ウェイン先生はバインダー片手に私のカーテンの部屋から出て行った。

 一人になったところで、部屋の中を改めて見渡した……といってもカーテン一枚で仕切られただけの空間だけど、それでも個室感があるから良い。

 私の右隣では立とうと努力している人達がいて、もう反対の左側は窓際だった。陽の光が窓の白いカーテンを明るく照らしている。ああ、だんだんと視界が戻ってきた。

 自分の体を改めて見ると、右腕に点滴のチューブが刺さり左腕は三角巾で固定されていて、右足はギブスをつけて中に吊るされている。左のふくらはぎは包帯を何重にも巻かれていたが寝ている時に緩んでしまったのだろう、包帯が少し取れている。

 満身創痍まんしんそうい。よく生きていたなぁと自分を褒めた。
 布団をずらして左のふくらはぎの包帯を巻き直そうとしたが右手だけではうまく出来ず、もう包帯を取ってしまうことにした。

 するとふくらはぎに傷があるのが見えたが、それは綺麗に縫われていた。これはウェイン先生がやったのだろう。ここには彼しか医師はいないし。あの荒々しい性格でもこうして繊細な作業が出来るんだな……まあ医師だから当たり前かもしれないけど、意外さに少しクスッとしてしまった。

 包帯を取り終えてベッドテーブルに置いて薄眼で窓の白いカーテンを眺めた。そしてあの胸から漏れた炎の魔法のことを考えた。

 限界の時に出て来た、炎の波動。それは以前の私が身につけていた魔術なのだろうか。

 これからも限界を感じた瞬間にああやって胸から飛び出るのだろうか。あの紅いヒビに全身を覆われたりする時が来るのだろうか。いつかそれが私の意識さえをも飲み込んだりするのだろうか。そう考えるととても怖かった。目から涙が一粒、二粒、と頬を伝った。自分の感情を糧とする炎の力に恐怖を感じる。

 もう使いたくない。抑えたい。いつか自分じゃ抑えきれなくなるくらいに暴走してしまうかもしれない。瞬きをするたびに大粒の涙がこぼれた。
 そして以前のこの体の持ち主を、恐ろしく感じてしまう。

「ヒイロ入るぞ。」

 突然シャッとカーテンを少し開けてウェイン先生がまた入って来た。

「……痛むか?」

 先生は私の涙を見て、注射器で点滴のジョイント部分に何かの液体を注入しながら聞いてきた。

 私は抜け切った力で首を少し振るとそうか、と一言だけ反応してウェイン先生はカルテにまた何か書き込んだ。

「よし。これで安定するだろう。また後で来るから、もし何かあったらこのボタンを押してくれ」

 ウェイン先生は枕元にあるコードの繋がったボタンを点滴がつけられている私の右手に持たせてくれた。

「ありがとうございます。」

 私の声が聞こえたのか先生は反応せずにこのカーテンの部屋を出た後、カーテンをシャッときつく閉めた。

 私は一体どれくらい寝ていたのか、あの後どうなったのか何も分からない。とにかく携帯を見ようと思ったが、携帯が置いてあるベッドの横のサイドテーブルまでも体を動かすことが出来なかった。

 それでもたまに走る激痛程度で済んでいるのもこの点滴で繋がれたらポーションの成分のおかげだと思った。しかし……はあと何度もため息をついてしまう。とにかく今は休むしかない。

 今頃、タライさん達は何をしているだろう。リュウも。リュウ……。

 リュウが正門を閉めてしまったことを思い出して胸が苦しくなった。
 どうして閉めてしまったんだろう。考えているとスッとまた右手に紅いヒビが入り始めたのを発見して慌ててリュウのことを考えるのをやめた。

 体が治ったらこの力を調べよう。
 そして、過去の事も。

 そんなことを考えているうちにふと急に眠気が私を襲ってきた。
 目を閉じてそのまま、また眠ってしまった。
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