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meishino

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60 ただでは終わらない

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 あれから二日が経った。ユークに戻ってくると私は急いで次の所長への引き継ぎを行った。


 ジェーンはあまり元気が無かった。自宅の駆除業者の作業が終わったらしいリンは私たちの家から去っていったので、二人だけのリビングはとても静かに感じた。


 ニュースで私が騎士団長に戻ると報じられてから、現実味を帯びてきた。


 ヴァルガには頑張れよとメッセージを頂き、ベルンハルトさんからは誇りに思うと連絡を頂き、陛下からはこれからよろしくね☆とメッセージを頂いた。陛下……この後起こることも知らずに、と私は一人笑ってしまった。


 因みに今はソーライのお手洗いに一人で入って感慨に浸っているところだ。


 実はもう今日でここを去ることになった。引き継ぎは早めに済んだし、騎士団からは早く来いと言われている。ためらう暇などなく、次の場所が私を求めている。


 今ロビーでは、『またねキリーパーティ~大丈夫だよ会いたくなったらアクロスブルーがあるからエディション~』と言う名の集まりがリンによって開催されていて、ソーライの研究員は全員参加しているし、その全員が頭に水玉模様のコーン型の帽子を被らされている。ゴムが耳の後ろに食い込んで痛くなるタイプのやつ。


 さて、戻るか。と私はお手洗いの個室から出て、調査部の廊下をゆっくりと噛みしめながら歩いて、ロビーへと戻った。


 カウンターには出前で頼んだオードブルがたくさん乗っかっていて、ジュースのボトルがカラフルに並んでいる。皆の話し声がワイワイと騒がしい。


 ロケインはクラースさんと釣りの話をしていて、ケイト先生とアリスとリンはネイルの話をしている。タージュ博士とキハシくんとラブ博士は電車の動力について熱く語っていて……あら?ジェーンがいない。


 ん?


 私はウォッフォンのポータルを出してジェーンの位置を確認した。この機能とももうお別れか。何だか、本当に寂しくなる。そんな切なさを持ちながらマップを開くと、ジェーンは何故かユークタワービルの前に立っていた。


「え?なんでジェーンここにいないの?」


「あ!キリー!さっきジェーンが記者会見するって言って、出ていったけど?」


 リンの言葉に私は驚いた声を出すと、皆が話すのをやめてこちらを見てきた。だ、だって、どう言うこと!?


「えっ!?何の記者会見なの!?」


「うーん」と、リンが口を尖らせた。「なんかセレスティウムの件らしいよ?ね、ケイト先生!」


「え、ええ。」


 ケイト先生が申し訳なさそうに私を見た。


「今日はキリーが最後の日だし、記者会見は別の日に行うと思っていたわ。セレスティウムの件は私がリーダーだったけれど、ほら私は、どうしても人前に出る事は難しくて、実はジェーンにもかなり力になってもらっていたから、代わりに会見をお願いしたのよ。それが今日だったなんて私も知らなくて、ごめんなさい。彼が出ていく時に皆で止めたのだけど、でもすぐに帰ってくるとは言っていたから。」


「あ、ああそうなの、じゃあ待ってる。」


「素直でウケる。」


 リンがプクプク笑い始めた。私はムッとして彼女を睨んでからグラスをチンチンと鳴らした。皆が私を見た。私は笑顔で言った。


「ジェーンがいないけれど、逆にそのほうが挨拶しやすいかもしれない。」


 あははははと皆から笑いが溢れた。


「本当に、今までありがとう。皆にはとても支えられて感謝してもしきれないです。これからは新しい所長の下で、もっともっと研究員の数だって増えて、ソーライがどんどん成長していくのを楽しみにしています。帝都に行っても、この場所での出来事をずっと忘れない。時々会いに来る。」


「是非とも!お待ちしております!」


 タージュ博士が笑顔で拍手し始めた。タージュ所長と称したほうがいいかな?なんて。


「今日はお別れパーティだけど、何も涙で別れる事は無いと思うから「あーもうそう言うのいいから!そう言う趣旨じゃ無いから!今日は騒いで寝るだけだから!」


 うるさいよリン……でもまあ、言葉はこれぐらいにするかとジュースを飲んだ。するとアリスが私に近づいてきた、ちょっと涙目だった。


「キリー、絶対にすぐに遊びに行くからね!本当にありがとう。大好きだよ。」


 優しくて温かいハグをギュッとしてくれた。私も目を閉じてハグし返した。暫しの温かさのあとでアリスが離れると、今度はケイト先生にハグされた。


「キリー、私も好きよ。悪いけれど私はソーライをすぐに辞めるわ。」


「え?」


「……ずっと考えていたのだけれど、やはり帝国研究所で力を発揮したいの。だから帝都で私を見かけた時は声をかけて頂戴。私は友達がとても少ないから。」


「うん、分かった。絶対に声かける。」


 ケイト先生が頬にキスをくれたので、まさかの出来事にちょっと照れていると笑いが起きた。


 その時だった。先生が離れた瞬間に、クラースさんがダイナミックに私のことを抱きしめてきたのだ。皆から笑いがどっと沸き起こったし、リンは写真を撮ってくる。


「ちょっと、苦しい!」


「キリー、お前と一緒に色んなこと乗り越えて楽しかった!……」と、彼は私の耳に口を寄せ、小声で言った。「作戦変更だ。俺もやっぱ帝都に行くぞ。いいアイデアが浮かんだら連絡する。協力しろよ。」と、言ってから私の背中をポンポンと叩いて離れた。


 ……本当に面白い人だ、と思って笑っていると。クラースさんが照れたような笑顔で、いつものように私の肩をどついた。


「さて!」と私は手を叩いた。「これからはタージュ所長の時代だからね、皆はもっと仕事がしやすいと思うよ。」


 するとタージュ博士が私に近づいてきて小声で言った。


「実は少し不安です。僕で切り盛りできるかどうか。」


「大丈夫ですって!タージュ博士なら出来ます!それにジェーンだっている。」


「なんかさぁ!」とリンがいきなり私とタージュ博士の間に入ってきた。びっくりした。「明日からはタージュ博士にジェーンのコンビなんだね!どうなるか楽しみだけど、波乱も起きそう!」


「僕もそう思います。」


 タージュ博士の弱気発言に皆で笑った。タージュ博士も不安だろうけど、秘書にジェーンがついてる安心感がすぐにお分かり頂けるだろうと確信しているので、私は気落ちしているタージュ博士の背中を摩った。


「ジェーンは何だかんだ言って、色々とサポートしてくれます。でも本当に、急に任せることになってしまって、ごめんなさい。」


「いえ。ボス……いえ、キルディアさんが騎士団長に戻る事は、帝国民として新しい希望ですから。」


 とは言いつつも、タージュ博士は苦虫を噛みつぶしたような顔だった。そんなになる?と思いつつ、私は笑った。


「はは、大丈夫ですって。新しい社員さんもこれからどんどん雇うんでしょう?タージュ博士のプロジェクトだって、このままでは人手不足ですから。」


「そうそう!」アリスが笑顔で頷いた。「あのプロジェクトは私やジェーン、ラブ博士だけじゃ全然労力が足りないもん!優秀な人たちをもっと迎え入れてくれないとね!それは楽しみだけど。」


「そうかぁ?」と呟いたのはラブ博士だった。「……俺は賛成しかねるな。前みたいにこの研究所がアリの巣の如く人でごちゃごちゃするのは歓迎できない。プロジェクトの重要性は理解するが、研究室だってまた相部屋になるのはな……。」


 ため息をかましまくるラブ博士の背中を、リンがべしっと叩いた。


「まあまあ!賑やかって事は、儲かってるって事だし、すなわちお給料が増えるって事だから!そしたら今度建設される予定のタワマンに住みましょう博士!」


「俺はタワマンは嫌だ……。」


 ラブ博士の意見など聞いていないのか、リンが勝手にタワマンに住んだらという妄想をペラペラとオウムのように話し始めた。


 私は少しジェーンと電話したくなったので、今のうちにとロビーから離れて、研究所のエントランスから出て、止まったままのエスカレーターを登っていった。


 外に出ると、星空がキラキラと輝いていた。明るい夜だった。この満点の星空は、帝都に行ったら輝きが半減する。


 どういう訳かユークアイランドやシロープ島の島エリアだと、輝きが増しているらしい。これともお別れかと思うと、少し寂しく感じた。


 ウォッフォンにメッセージが来た。リンからだった。『何でいなくなる!?もうすぐ記者会見始まるよ!』というものだった。


 私は『はい、外で見ます!』と返事して、その場で記者会見を見る為に、ウォッフォンのホログラムを出した。


 ニュースの視聴数ランキングを開くと、一位のところにスーツ姿のジェーンがカメラのフラッシュを浴びているサムネがあった。


 その動画を開くと、ライブ中継が始まった。今さっき会見が始まったようで、ジェーンはセレスティウムの説明をしていた。


 ウォッフォンのホログラムを使ってプレゼン的な感じで説明しているが、とても分かりやすい。教師に向いているかもしれないと思った。ジェーンの説明は簡潔に終了し、早速記者から質問が飛んだ。『副作用は?』『価格は?』


 ジェーンは淡々と答えている。暫く立っていたので、足の裏が疲れてきた私は、近くの草むらの上に座って、続きを見ることにした。


 会見はユークタワービルの前で行われているから人目につきやすく、時折ジェーンに向かって、女性の黄色い声援が飛んでいる。


 今でもおモテになられるのですね……。ジェーンが彼女らに手を振る度に若干の嫉妬心が芽生える。これからは帝都とユークに別れて暮らすことになるけど、我々は乗り越えられるだろうか。


 ジェーンがソーライを辞めないでくれて良かった。もう少し駄々をこねるかと思っていたが、意外にもヴァルガと話し合ったあの時から、彼は率先して引継ぎ業務や、今後のタージュ博士との連携の準備を行ってくれた。


『念のため、プロジェクトのリーダーはケイト・アドラーであることを今一度お伝えします。……他に、何か質問はございますか?無ければ、会見は終了させて頂きます。』


 ジェーンの声だ。そう言えば、騎士団長に戻るという興奮感で薄れがちだったけど、彼と別々の家で暮らす生活はどうなるだろうか。


 寂しいものにはなりそうだ。でもきっと彼も、私が騎士団に戻ることを喜んでくれるはずだ。


『これはセレスティウムには関係ない質問ですが、よろしいでしょうか?』


 男性の記者がジェーンに聞いた。ジェーンは『ええ、構いません。』と頷いた。


『キルディアさん……いえ、ギルバート様がもう一度帝国に戻ってくるということになりましたが、シードロヴァ博士はどうお考えでしょうか?もしや二人の関係はさらに進展するなんてこともあるのでは?』


『……。』


 ジェーンが目を逸らして、鼻でため息をついた。ギルバートの名が出て、さらにワアワアと盛り上がっていた会場だったけど、ずっと黙っているジェーンの様子で少し静かになってきた。


 考えがまとまったのか、何度か頷いてからジェーンがマイクに口を近づけて答えた。


『彼女との関係はもう既に存在しておりません。次の地でも、より一層のご活躍を期待しております。以上、会見は終了させて頂きます。ありがとうございました。』


 ……?


 ……は?


『博士!』『二人が別れた理由は!?』『お待ちください!』と記者がスタスタ去っていくジェーンを追いかけていくが、ジェーンは用意していたタクシーに乗ってしまった。


 え?


 こんなフラレ方ある?


 しかもこんな急に……。


 開いた口が塞がらない。ウォッフォンのホログラムを消した。見ているのか見ていないのか、取り敢えず夜空を見上げていると、背後でガチャっと扉が開いた音がした。


 スタスタと足音が近づいてきて、私の頭に軽くベシッと手が当たった。振り返るとリンがいて、涙目で私に抱きついてきた。


「そんな、泣かれたら、これが現実みたいじゃない。」


「キリー……ジェーンは酷いよ。こんな、何もこんなさ。」


 海のさざなみの音が、いやに私の胸に響いた。


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