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57 お怒り陛下

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「ほんっとうに君は話が通じないね!僕たちって話が通じ合ったことあるのかな!?一度も無いんじゃないかな!魔工学以外ではね!」


「そうでしょうか、今この瞬間に限っては、話が通じ合っていると考えますが。」


「……?」


 チェイスがじっと私を見て、ハッと何かに気づいて、今度は歯を食いしばって地団駄を踏み始めた。


 一度、激情に流されているリンと同じ飼育箱に入れて決闘をさせたら、カブトムシの対戦のような見世物になるのではないか?と、くだらない考えが過ぎった。


「ジェーンっ!」


 おやおや煩い。私は耳を塞いだ。


「君は本当に皮肉ばかり言うよね!?僕はわざと今まで話が通じ合ったことないって言ったのに、君が今ここで同意するなんて!やっぱり君は冷たい人だ!そうそう考えてみてよ、キルディアがこの国のお姫様になることを!民は幸福で満たされ、「キルディアはあなたが夫という悲しみにむせび泣くということですね。」違う!違うよ!」


 やはり話し合いをしても無駄なのではないかという考えが浮かんだ。ああ、本当に話の通じない男だ。私は腕を組んで立ち、チェイスは怒りに肩を震わせている。


「チェイス、私からのお願いです。どうかもう、キルディアを諦めてくれませんか?私は彼女を愛している。彼女が望まないのなら、策謀で第三者を陥れることを実行しません。もうヴァルガの件のようなことは二度としません。そう誓いました。」


「あのね、人は三歳になった時点で人格がもう決まってるんだよ。君はもう二度と自分の主性格を変える事は出来ない。ふとした瞬間に、今まで自分が使ってきた手法で乗り越えようとしてしまうんだ。そしてキルディアを失望させる。その未来が僕には見えているから、今のこの時点で彼女を手放せと言っている。それとも何か、君は、僕よりも優れた愛情を……彼女に与えている自信があるのか?」


 こうまで苛々させられる経験はない。主性格が変えられずとも、手法は変えることができる。認知は後天的フィルターだ。


 どうして私が彼に心理の仕組みを教えなければならない?もういっそのこと、キルディアと二人でタマラにでも引っ越した方が早いかもしれない。


「ねえ、どうなんだよ!」


 ふと床をじっと見つめていた私が陛下の方に視線を戻すと、彼はギラギラとした目つきで私をじっと睨んでいた。殺される確率70%。兎に角、回答した。


「私は、私なりの愛を与えているつもりです。愛情に優劣がありましょうか?気持ちの大きさで測るとしたら、そうですね、私はこの世界で一番大きくて深くて、時を超えた愛情を抱いているのは間違いありません。もし彼女がこの先どんな形になれど、性転換をしようとも、意識を失くそうとも、関係など無い。私は彼女の為にいくらでも変われますが、この胸には不変の愛が存在し続けます。」


「……。」


 チェイスは黙って、私に背を向けた。私は付け加えた。


「ええ、幸いなことに、彼女はありのままの私を愛してくれている。嬉しい限りです。」


「そうか、それは良かったね。」


「お分かり頂けたようですね。」


 チェイスは今までの勢いを失くして、じっとその場で立ち尽くして考え事をしている。私は彼に一言伝えてから、この場を去ろうと決めた。


「もうこれ以上はキルディアを解放してください、では。」


「ちょっと待ってくれ。」


 チェイスは急に振り返った。彼の表情は子どもが何かを閃いたときのようだった。


「ちょっと不本意なんだけど……聞いてくれる?」


「え、ええ。」私は硬く腕を組んだ。「聞く事は致しましょうか。」


「ありがとう。」と彼は微笑んだ。「思ったんだけど、じゃあ僕が君を征服すれば、キルディアは僕のものになるのかな?」


「は?」


「あれ?聞こえなかった?だから僕が君を征服すれば自動的にキルディアが「それは聞きました。征服するというのは、どういう意味ですか?」


 本当に気味の悪い男だ……私は手先が冷たくなった。


「うーん、例えば君が僕の虜になったら、僕がキルディアを征服したということになるのでしょう?」


「あなたは私に、この場で嘔吐しろと仰るのでしょうか?」


 私が口に手を当てて不快な顔をすると、チェイスは頬を膨らました。


「どういう意味だよそれ!また皮肉?もういい、だから僕が君を性的に」


『おいチェイス。』


 私はつい、口角が上がってしまった。ふふ、私のナイトのお出ましだ。チェイスはというと私のウォッフォンを凝視して、言葉を失っている。私はウォッフォンの音量をあげた。


『さっきから聞いてたけども「えっ!?キルディア!?キルディアだよね!?どの部分から!?ジェーン、君って本当に性格が悪いよね!」


「そうでしょうか。」


『最初から聞いてたけど、結構ジェーンが相手だとキツイこと言うのね。ジェーンに悪口言わないで欲しいのだけど。あとお願いだからその場で彼を襲わないで。』


 こうして私を庇ってくれるなんて、本当に愛おしい。私はウォッフォンを撫でた。


『大体、チェイスはジェーンが私を支配することが悪だと言っているけど、チェイスも私を支配しようとしているよね?』


「え、そんなことないよ……。」


『いやいやいや、ヴァルガの件を利用して、私にジェーンが悪だと植え付けようとするし、ジェーン本人にもジェーンが悪だと植え付けようとするし、やってること心理操作そのものでしょうが。ジェーンに君は手段を選ばないと言っておきながら、チェイスだって私を手に入れたいからってジェーンに性的に迫ろうとして手段選んで無いじゃない。あまり皇帝にこんなこと言いたくないけれど、騎士の時に見かけたサイコパスに思考が似てる。』


「あっはっはっは!……痛い。」


 私がつい笑ってしまったのをチェイスが気に食わなかったようで、腕を叩かれた。


「で、でもキルディア、君はもっと優しい人と一緒にいるべきだ!」


『ジェーンは優しいよ。チェイスはあまり知らないと思うけど、彼は一緒にいる時間が長いほど優しくなる人だ。私はそう思ってる。別に優しくなくてもいいんだけどね、はは……まあ兎に角、今の全部聞いてたし、はっきり言った方がいいかなって思うから言うけど、あまりもうチェイスとは会わないと思う。』


 あっはっはと笑おうとしたが、意外にもチェイスの目が赤く、ぽろっと涙を流してしまったので、私は咳払いで誤魔化した。チェイスは机に手をついて、震える声で言った。


「じゃ、じゃあ、せめてもの手助けがしたい。ツールフットの改良したら、ジェーンのがあるだろうけど僕のも試してみてよ。」


『うーん、もうあるから大丈夫だよ。ありがとう。チェイスのもとてもいいから、改良したら量産化して欲しいな。そしたら多くの人が助かる。ジェーンのはフットのほうも特殊な動力だから、量産難しいみたいだし。』


「そ、そうか。うん、そうなんだね。あれは君の為だけど。うん、そっか……。じゃあもう会えないの?」


『セレスティウムの件はケイト先生が担当してるし、私は明後日退院したら研究所のこともあるし、ユークアイランドに戻ります。後はそれぞれ、暮らす感じで……ごめんね。』


「分かった。もうその通信を切って。」


 ならばと私はこの部屋を出ることを決めた。行動が遅くなれば、何をされるか堪ったものではない。


「ではチェイス、私も失礼します。」


「ああ、またね。」


 彼の言葉が気になった。いや、ただの負け惜しみか。しかしもうこれで、チェイスは彼女のことを諦めるだろう。そう願うしかない。


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