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meishino

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51 固い担架の上

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 意識を取り戻すと、私は担架の上に寝そべっていた。周りには手術着の帝国研究所の産業医さんと、看護師さん、それからケイト先生も同じ手術着の格好をして、何かバタバタと作業を手伝っていた。


 どうやら帝国研究所の医務室のようだ……うちの医務室よりもかなり広い。


 私が意識を取り戻したことに気付いた、ふくよかでウェーブ髪を後ろで結んでいる医療スタッフの女性が、私に声をかけてくれた。


「痛みはある?私はバーバラ。」


「痛みは、あまりありません。私はキルディア。」


「ふふっ。」


 何このやりとり。同じことを思ったのか、同時に笑ってしまった。身体を起こそうとすると、彼女が慌てて私の肩を掴んで止めた。


「いけないいけない!今から手術をするから、今度は麻酔をかける。動かないで頂戴。」


「バーバラはお医者さんですか?」


「ええ、ここの産業医。因みにケイトとは医学院時代クラスメイトだったのよ。」


「そうですか。」


 私は再び担架の上に寝た。バーバラが忙しなく私の足以外の手当てをしてくれている。もう右手も無ければ、右足の太腿から下も無い。腕はジェーンのおかげで何とかなったけど、ジェーンか……。


 そう言えば彼はここにいない。いるのは医療スタッフだけだ。きっと部屋の外で待っているのだろう。というか、私しか居ない。私はバーバラに聞いた。


「クラースさんや、ルーはどうなりましたか?それとヴァルガです。彼が一番酷い傷を受けている。」


 バーバラはマスクをしていて表情が隠れているが、悲しげな目だった。


「クラースとルーペルトは身体を酷使しただけだから、ポーションを点滴しながら別室で休んでいるの。でもヴァルガ騎士団長は……うん。これから彼がどれだけ頑張れるか、それにかかっている。あのトゲも魔力放出区域の研究員の力を借りないと抜けないし、時間がかかりそう。手術で一命を取り止めたとしても、今までのように騎士の仕事を出来るかどうかは……。」


「そんな……。」


「でもあなたのせいではない。あなたはあなたの体を治しましょう。」


 私は無言で頷いた。教官がヴァルガにトゲを大量に放ったあの時、私が光の大剣を出していれば、彼を守る事が出来たはずだ。何度考えても、ジェーンが大剣を与えてくれなかった事が、とても憎い。


 彼は謝っていた。でも私はまだ彼を許すことが出来ない。暫く会いたくない。なんて考えたら可哀想かな。でも彼が最愛の人だってことが思い出せなくなるぐらいに、私は怒りで燃えていた。


「部分的に麻酔をするね。」


 バーバラが私の足に注射をした。即効性があってすぐに体がぐたっとして、足の感覚は全く消えていった。ケイト先生と数人の医療スタッフが「それでは始めましょう」と隣の部屋に消えていった。多分、隣の部屋にはヴァルガがいるのだろう。


 ケイト先生達が消えてからすぐに入り口のドアが開いて、数人の防護服姿の研究員が小型のメカを持って入ってきた。どうやら彼らは魔力制御区域の作業員のようで、キョロキョロと辺りを見て戸惑っていた。


 するとバーバラが「隣の部屋にお願い。」と声をかけた。彼らは頷いて金属製の自動ドアを開けた。


 その時に、ヴァルガの叫び声が聞こえた。重厚なドアが閉まるとその声は全く聞こえなくなった。私の不安げな顔を見たのか、バーバラが私の肩をとんと優しく叩いた。


「大丈夫、ヴァルガ騎士団長は強いから。さあ、続けるからね。」


「はい。」


 ヴァルガが無事に戻ってくるように目を閉じた時に、また入り口のドアが開いた気配がして、私はその方向を見た。ドアはやはり開いていて、一人の小柄な女性が不安げな顔で中に入ってきた。


 大きな丸眼鏡をかけたブラウン肌の女性で、シャツにチノパンを合わせて、大きなカーキ色のショルダーバッグを背負っている。黒い髪の毛は後ろで二つに結われている。声をかけようとしたが、麻酔が上まで来たのか口が動かなかった。


 私はバーバラに視線を送った。彼女が気付いてくれて、振り返り、その女性に声をかけた。


「あらあなた、スタッフ以外は入り口で入ってこないように声をかけられなかった?ごめんなさい、今は立て込んでいるから、外で待っていて欲しいの。」


「……。」


 しかしその女性はバーバラの言葉を無視して、なんと隣の部屋に行こうとしてしまった。バーバラが今度は結構きつく声をかけた。


「ねえちょっとあなた!ここにいないで欲しいって言ってるの!そこに入ってはだめ!」


 しかしその女性はドアを開けてしまった。バーバラは「まったくどういうことなの!?」と怒りながら、血濡れたゴム手袋を取って、新しいのを嵌めながら、近くの看護師さんに彼女の元へと行かせた。


 ヴァルガの叫びが激しい。きっとあのトゲを抜くのが、かなり痛むのだろう。その女性はドアのところで不安げにしたままじっと見つめていて、看護師さんが女性の肩を掴むと「ひゃっ」と声をあげた。


 するとヴァルガが、叫ぶのをやめて、痛みに震える声で言った。


「ぐっ!……あ、……誰だ呼んだのは、くそっ!……トレイシー、帰れ……お前に見せるもんじゃない……!」


 その時に、その女性がヴァルガの恋人なのかもしれないと思った。しかしトレイシーは看護師さんに腕を掴まれて引かれようとも、そこから離れようとしない。女性がヴァルガに向かって叫んだ。


「ば、るが……!」


 バーバラと目が合った。看護師さんがドアを閉めると、トレイシーは必死な様子で看護師さんに手話を始めた。


 彼女は、耳が聞こえなかったんだ。看護師さんは戸惑った様子で、ポケットからメモを取り出して何かを書き始めた。


 看護師さんがメモを見せると、トレイシーは一度頷いてからドアへと向かった。先にドアが開いてトレイシーが出ていく時に、ジェーンが少し顔を覗かせた。目が合った。酷く心配した顔で私を見つめていた。すぐに扉が閉められた。


「ケイトから聞いたよ、セレスティウムのこと。」


 バーバラが言った。私は彼女を見た。


「ヴァルガ騎士団長に刺さっているのは魔力の結晶で、取り除いても身体に支障が残ると思う。でもケイトがヴァルガ騎士団長に提案したの。セレスティウムを使えば、闇属性の人達と同じように作用して助けることが出来るって言って。でも彼は、一つはベルンハルト、一つは研究用だって、拒否してしまった。彼なら大丈夫、乗り越えられるって思いたいけれども。」


 そうですね、と私は心で頷いた。バーバラは私の足の処置をしながら言った。


「セレスティウムがあれば、多くの闇属性の人たちが救える。使い道を間違わずにいけば、ヴァレンタインのようにはならない。出来ればどうにかして他の属性には作用しないように改良をしたいけど。兎に角、あれを量産すること、知識を広めること。そしてそれは、ソーライと協力していきたいと帝国研究所は考えているの。」


 私はまた頷いた。ありがたい話だが、眠くなってきた。起きたら忘れそうだ。まあ私が忘れてもみんなが覚えているか……。とろりと目を閉じた。


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