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meishino

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 走れ、走れ走れ!

 私はヴァルガとクラースさんに付いて一所懸命走った。廊下の突き当たりにある、開きっぱなしの自動ドアを抜けると、最後の通路を皆で走った。


 あと少しで施設から出ることが出来る。そしたらジェーン達とも連絡がつくし、教官に見つからないように帰るだけだ。


 もう挨拶なんてしない。何が触手だ、彼女は一体どうなっちゃったんだろうか、モンスターになっちゃったんだろうか。


「よし、出るぞ!」


 ヴァルガの声に私は頷いた。我々は施設の入り口から外に出た。そして声を失った。


 何故かお花畑の真ん中で、ルーが両手を上げて、苦い顔をしながら突っ立っている。その様子から、彼が遠くから銃を向けられているんだと感づいた私は、「何をしている?」と彼に近付こうとしたクラースさんの腕を掴んで止めさせた。


 隣のヴァルガと目が合った。彼も状況を察知したようで、ハンドガンを構えながら辺りを見回し始めた。私も見回すが誰もいない。するとルーが口を開いた。


「お、おかえり……どうしてそこで立ち止まってるんだよ?リンから聞いた、どうやら収穫があったようだな。じゃあ帰ろうか。アディッティム、ヴィトール。」


 彼の最後の早口の言葉は、インジアビス語だった。『敵は上にいる』と彼は言ったのだ。


 私はヴァルガに「彼女は屋上にいる、どうする?」と小声で聞いた。ヴァルガは一瞬驚いた顔をして、「なら」と言い始めた瞬間に、花畑の方から強風がこちらを襲った。


 それはすぐに止んだ。咄嗟に腕で顔を隠してしまったので、それをやめて花畑の方を見た。


 ルーの近くに、セミロングのウェーブがかかった、深緑色の髪をした、細身の女性が立っていた。明らかにヴァレンタイン教官だった。


 特にモンスター感はなく、しかもあの時と同じぐらいに若々しかった。全身ベルトだらけの黒いレザースーツを着ていて、肩が筋肉でゴツゴツしている。


 明るみのある黄色い肌で、優しげのある微笑み、緑の透き通った瞳が懐かしさを私に与えた。つい、言葉が出てしまった。


「教官……。」


「ギルバート、よく来てくれた。私は君を待っていた。」


 やばい。変に胸がバクバクする。このあと何が起こるのか、あまり悪いことは想像したくない。しかしそんな私とは裏腹に、教官は笑った。


「はっはっは、あまり緊張するな。久々に会えたんだ、嬉しいと思っている。隣にいるのはヴァルガか?生徒だった時と比べると、見事な勇姿になったものだ。」


 ヴァルガは一応お辞儀をした。私も真似をした。変な緊張感があるな。


「ルー、」教官がベルトに挟まっているハンドガンをトントンと叩きながら言った。「先程は君に銃を向けてしまい、申し訳なかった。本当にギルバートがいるのか、それを知りたかった。それが嘘で、もしここに来たのが盗人なのだとしたら、ただで返す訳にはいかないから。」


 するとヴァルガが私にかなりの小声で言った。


「彼女は敵対しない様子だ、しかし油断は出来ない。時を見て、脱出するぞ。」


「それは残念だ。」


 と答えたのは教官だった。いやいや、私でも聞き取るのがやっとの小声だったのに。彼女は地獄耳のようだ。じゃあさっきの私の小声も聞こえていたのか……?教官は私に近づいて来た。


「折角だからお茶をしようと言いたいところだが、生憎いいお茶がない。お菓子もちょうど切らしていてね、だから、思い出話でもしないか?」


 私は考えた。もうセレスティウムの件を言ってしまうのと、思い出話をして教官と仲良くなって、私を襲う計画を水に流してもらうの、どっちがいいだろう。うーん、仲良くなる方は成功確率が低いと考えた。ならばと口を開いた。


「ヴァレンタイン教官、セレスティウムの件ですが、今、それを必要としている人がいるのです。私の義理の父です。彼は今、インジアビスで苦しんでいる。」


『そのとーり!』と、皆のウォッフォンからリンの声が聞こえた。それが変な間を作ってしまった。まあ通信が復活してるの知れたからいいけど……。


 教官は長い前髪をかき上げて、私をじっと見た。


「あのメールの通り、私はお前にセレスティウムの作成権利を譲渡する。だが、それには条件がある。その条件が達成されない限り、私はセレスティウムをセクターから出す訳にはいかない。」


「条件とは、何ですか?」


 教官はふわりと笑った。


「ギルバート、君がセクターに残ることだ。」


「え?」と私は苦笑いした。そりゃそうだ、私だって地上に帰りたい。ここに残って教官の餌になるのは嫌だ……!


 しかし教官は続けた。


「私は煮物が好きだ。じっくりと素材をとろけさせて、熱々のまま頂くのが堪らない。ギル、お前を煮込もうとは思わない。だが同じように熱くはさせるだろう。」


 何言ってんの?


 私は静かにクラースさんを見た。彼は冗談でなのか、一緒にいてやれと言わんばかりに顎をくいっと動かした。


 私は彼を睨んだ。熱くさせるとはどういう意味か知らないけど、最終的に教官の胃の中に入ることになりそうだから、断りたい。


 何て言って断ろうか考えていると、ジェーンの声がした。


『私はジェーンと申します。お話を伺いましたが、別の条件の提示を願いたい。ギルバートは既に私のものですから、彼女がセクターに残ることは賛成出来ません。』


 すると教官は微笑みを消して、私のウォッフォンを見つめた。


「そうか、その声があのジェーンという男のものか。ジャミングを解除しようとしていたのも、お前か?」


『ええ、そうです。私と、チェイス皇帝です。』


「チェイス皇帝……そうだったな、私が地下から出られないうちに、ルミネラ皇帝三世からネビリスに、そしてチェイス皇帝へと時代が変わった。ギルよ、ルミネラ皇帝がどうしてセレスティウムにお前を近づけないようにしていたか、分かるか?」


「え、それはよく分かりません……。」


「セレスティウムには闇属性以外の人間の力を大幅に増幅させる力がある。そして、闇属性以外の人間が摂取すれば、中毒性が生じる。それが争いの種になることを理解していたからだ。人々はこれの存在を知れば、これを巡って争うようになる。平和の種は、争いの種でもある。それを陛下は理解しておられた。陛下はギルバートを守りたかったようだ。既にマテオやミハイルが知っただけで、あの二人は我が物にしようと争っていた。陛下は、お前がそれに巻き込まれないようにしてくれたのだ。」


「それは……有り難き幸せですが……。」


 教官の真っ直ぐな目つきが辛い。そして陛下は少しそうなのかもと思っていたが、本当に私を守る為にセレスティウムの情報を遮断していたんだ。何だか、彼の優しさを思い出してしまった。胸が温かくて辛かった。


 兎に角、私が帰っちゃダメっていう条件がやはりちょっと無理なので、他の条件が欲しい。私はチラッとヴァルガを見た。彼は戸惑いながら重たい口を開いた。


「その、セレスティウムが争いの元になるかも知れないというのは理解しました。どうにかして、闇属性以外の人間が使わないようにする体勢を整えるしかない。しかし、どうしてもギルバートはここに残らなくてはいけませんか?国がその体勢を作るのにも、セレスティウムの増産についても、ソーライ研究所の所長である彼女は必要です。そこのルーなら幾分……。」


「あ!お前!俺を犠牲にするなよ……!」とルーが歯を食いしばってヴァルガを睨んだ。すると予想外にも、ヴァレンタイン教官が「はっはっは!」と笑った。私たちは驚いて彼女を見た。


「ヴァルガ、彼女が必要なのだね。それは理解したよ。しかし私も譲れない理由があるのだ。それは言えないが、ギルバートがここに残ったとしても、監禁をするつもりはない。ジェーンもたまにここに遊びに来られるだろうし、彼女が帝都に行くのも止めはしない。だが毎晩の就眠はここで行うことだ。それが私の条件である。」


 であるじゃないよ……ここで寝泊りしてる間に、絶対に私を食べるに違いない。それは嫌だ。


 まだジェーンと恋人になったばかりだし、セクシーなグッズだってたくさん買って、まだやることがたくさん残ってるんだから死ぬ訳にはいかない。


 どうにか別の条件で納得してもらうしかない、とその時、ウォッフォンから明るい声が聞こえた。



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