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29 マカロンアイランド

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 今日は帝都への移動日だ。準備を整えて、明日の朝、帝国研究所へ向かう。まだ研究所では何が理由で我々が来るのかを理解していないが、チェイスがうまいこと見学だと誤魔化してくれた。


 入り口が見つかったら隠すわけにもいかないから、その時点で言うのだろうが、その辺のゴタゴタはチェイスに任せよう。


 私はただシンフォニウムの情報を回収することだけを心がける。それはアクロスブルーラインの電車の中でイヤホンで音楽を聴きながら肩を揺らしているクラースさんにとっても同じことだ。


 この向かい合った四人がけの席に、私とジェーンが隣で座り、前にはリンとルーペルトが座っている。リンは別に来なくても良いと思ったけど、総務の意味が分かってんのか云々と煩かったので、同行させた。


 そして通路を挟んだ横の座席に、クラースさんとケイト先生が座っていて、皆はそれぞれ自分のことをしている。ルーは電車が初めてらしく、しきりにウォッフォンでカシャカシャ撮っている。


 隣のジェーンはウォッフォンで電子書籍を読んでいて、リンもウォッフォンで何かサイトを閲覧している。私は暇だった。さっきまでルーとインジアビスについて四方山よもやま話をしていたけど、それも終わったし。


 何か、ジュースでも買ってこようかな。この電車には自販機があるから、そこで買おうか考えていると、急に興奮した様子になったリンが私を手招いてきた。


「ねえねえねえねえ!キリー!すごいよ!映画化の情報を見てたんだけど、ポスターがすごいの!アッハァーーーーー!」


「煩いよ……」


 私は周りの乗客に軽く会釈をしつつ、リンが見せてくれたホログラムの画面を覗いた。


「何の映画化なの?何これ……?」


 アクション映画なのだろうか?派手な戦闘服に身を包んだ美人の女性が大きな大剣を構えていて、大剣の刃に顔の半分を隠している。


 さらにその女性のことを後ろから抱きしめているのは、有名な俳優さんだったが、彼にしては珍しく、金髪の長髪のウィッグを被っていて眼鏡をかけていた。シャツにベスト姿だ。


 この二人の背後にはブロッコリーのように関連人物がキメ顔で写っていて、黒髪で目がぱっちりしたエンジニアっぽい格好の女性と、褐色肌で赤毛のムキムキな戦士、何故かぽっちゃり化したタレ目の研究所長に、更には謎のローブ姿の、丸眼鏡をかけた優しげなイケメン魔法使いまでいる。


 いやいやいや……いやいやいや……。


「まさかとは思うけど、まさか……」私は映画のタイトルを確認した。「ローズ……時を超えた私と彼の絆……ファーストシーズン!?」


 私の声に、リンが「アッハァー!」と甲高く笑い、皆が私のことを見た。隣のジェーンも画面を覗いてきたが、すぐに彼はぶっと吹き出してしまった。


 確かに、確かにさ、ミラー夫人が映画を作るって言ってたけど、本当だったの!?私は明らかに過呼吸になりながら、映画の詳細の文章を読んだ。


「マ……マカロンアイランドにある小さなコーヒーゼリー研究所でボスを務めているイディアの元に、一人の男性が訪れる。彼の名はジェニー、その正体は過去からタイムスリップしてきた人間だった……!ジェニーが過去の世界に帰れるようにイディアは協力することを決めるが、二人の間に、予期せぬ愛が芽生えて……!?、だって。芽生えて……!?じゃないよ!何これ!我々の話だよね?そうだよね?そうじゃないと言ってよ、ジェーン!」


「痛い痛い、こらキルディア、私を揺さぶるのはおやめください!」


 私は彼を解放した。彼は眼鏡を直してから言った。


「そうではないと私も発言したいところですが、どうやらこれはミラー夫人が我々を参考に書いた脚本のようです。私だってこのような羞恥、望んでおりませんよ。大体、どうしてマカロンだのコーヒーゼリーだの……作るなら作るで、もっと真面目に映画化して頂きたかったものです!」


「おおお!」といきなり叫んだのはクラースさんだ。ホログラムを見て、歓喜の表情をしている。「俺がカッコよくなっている!これはケイトも出るのか?出るよな?ああー何だ、良いじゃないか!キリー、お前もこんなに美しくなって!」


「ああ?」


 私はわざと怒った。クラースさんは「すまん」と笑った。まあでも実際、このイディアという奴はとっても美しい。彼女が火山で腕を取られるシーンが見ものだ……。私はリンに聞いた。


「ねえ、火山のシーンって、ファーストシーズンで放映されるのかな?」


 リンは腹を抱えて笑ってから、答えた。


「キリー!ウケる!この女優さんが美人だから、ドラゴンにコテンパンにされれば良いって思ってるんでしょ!あっはっは!……ハアハア、どうなんだろうね、多分だけど、ファーストシーズンはガトーショコラの森らへんで終わるんじゃない?ガトーショコラは今私がつけたけど!あはは!」


「え!?ファーストシーズンでそこまでしか進まないの!?もしそうなら、どれだけシリーズ化させようとしているんだ……。」


 私が落胆していると、ケイト先生が言った。


「でも、良いじゃない。私はこの映画を楽しみにしているわよ。ふふ。」


 するとリンが反応した。


「うん!私も楽しみにしてる!絶対、映画館に観にいくつもりだもん!だってポスターには写ってないけど、ラブ博士だってきっと出てくるだろうし……!」


 そりゃあんた方はかっこいい感じで主人公のサポートをする役で出るから良いでしょうけど、このあらすじを読んだ感じだと、私とジェーンの恋愛模様がガッツリ入っているっぽいし、やはり恥ずかしい。


「……その映画化って、いつなんだろう?」


 私の質問には、ジェーンが答えてくれた。


「情報によると、今から本格的な撮影を開始するので、早くて来年でしょうか。このポスターは先に出したようですね、映画化については、ユークアイランドの制作会社と帝都の制作会社で先を争う形だったようですから、先手を打ち、先にポスターを公開したのだと……制作会社の社長がコメントを残しております。」


「ああそうなんだね。じゃあ来年から、この世は地獄と化すのか。」


 あははと皆が笑った。あははじゃないよ。そう思っていると、ウォッフォンがブーっと震えた。ホログラムの画面を出すと、スコピオ博士からの着信だった。私はそれに出た。


「お疲れ様で『お疲れ様ですとか言っている場合じゃないから!ねえ、ジェーン様が帰ってきたことについては、お祝いを申し上げたい所存です!』


 ……一体どうしたんだ?彼の声は泣いているのか、震えていた。


『だけどさ、なあ見たか?俺たちのこと、映画化するって記事が出てるって、職員が教えてくれたんだけどさ、何でなんだよ!何で俺は……何で俺っ……こんな小太りのおじさんなの!?アアアアア……フゥゥ……俺もうやだよ、こんなに頑張って研究して、こんなに頑張って生きてきたのにさ、折角の晴れ舞台で、何この仕打ち……誰?キャスティングしたの誰?ミラー夫人?』


「い、いや、知らないです。」


 私はジェーンとリンを見た。二人も分からないようで、首を振っている。


「キャスティングはミラー夫人じゃない気がするけど?きっと制作会社だと思う、俳優さんのギャラとか、そういう予算のこともあるし。でもこのおじさん、小太りだけど、顔はそこそこ『顔はそこそことか良いから!意味ありげに黒髪でタレ目なのが俺と掠ってて、それがまた気に食わないから!もっといるでしょ?俳優さん、もっとかっこいい人いるよな?俺と掠っててかっこいい人!だって俺、こんなに太ってない……分かるだろ!』


「分かりましたから……落ち着いてよ博士……、そこまで嫌だと思うのなら、ミラー夫人に頼んでみたら?制作会社に働きかけてくれると思うし。」


『言われなくてもそうするよ!じゃあねっ!』


 ブチっと通話が終了してしまった。なんでなんだろう、私が怒られる理由が知りたい。リンが「お疲れ様~」と、パインキャンディを私にくれた。


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